「というわけで、エデン条約に向けた作戦会議を始めたいと思います。パチパチ~」
「「わ~い!」」
「元気だね……」
「無事に心の傷が癒えたということでしょうか」
ミカとセイアの仲直りが済み、ミカの調子も元に戻ったころに鬼は作戦会議の始まりを宣言した。ミカが起きた後のことを考えて調理していたアヤメとナグサも集まり、ミネから許可を得た上で病室にホワイトボードを持ってきて準備も済ませてある。
ミカはベッドに座りながら食事を楽しんでいるが、セイアはまだ起きることが出来ていないので寝たきり状態のままだった。
「今回の作戦会議では、どうやってエデン条約を乗り切った上でアリウスへの対応策を考えていきたい。そんで最初に言っておきたいのが、今回のエデン条約におけるトラブルの原因は長年降り積もった不信……と、アリウスに居座るクソ野郎の悪だくみだ。はっきり言うが、このクソ野郎がいなかったら無事にエデン条約が結ばれたと言っていい」
「それって鬼さんが言ってた、ベアトリーチェって大人のこと?結局誰なの?」
「現ゲマトリア…まぁオレの元同僚で生徒のことを消耗品だの道具だのほざいてアリウスに洗脳教育をしたやつだ。あいつがこのエデン条約でやろうとしていることはただ一つ、アリウスを利用しきった上で"色彩"っつーバケモンと同様の存在になることだ」
「色彩?聞いたことがありませんが…」
「キヴォトスの外に位置し、ゲマトリアが打倒する存在と考えるバケモンだ。それ自体は意識があるのか、目的があるのか、物体なのか、概念なのか、そもそも存在しているのかすらわからない。ただ到来するだけの不吉な光と解釈されている。
その光は神秘を反転させ、人格を狂わせる。そんな存在にベアトリーチェはなろうとしてるのさ。その過程でアリウスを洗脳し、ミカを騙し、トリニティ内で潰し合うように仕向けた」
食事をしていたミカの手が止まり、少し俯きがちに目を伏せる。仲良くなりたいと思っていた存在の裏には恐ろしい大人がいて、しかも自分を利用しようとして友達を傷つけた。そのことに気づけなかったことを後悔する。
そんなミカを不憫そうに見ながらも、鬼が質問する。彼女の知っている情報の整理のためだ。
「なぁミカ、補習授業部にいる白洲アズサ…彼女は元アリウス生だよな?」
「…うん。アリウススクワッドのサオリちゃん…錠前サオリに聞いたの。アリウスと和解したいけどまだ信じあうことは出来ない、だからそっちから一人トリニティに編入させてみて、もし受け入れられたら他の子達もって……」
「やっぱりか…なら白洲アズサもアリウスと繋がってるって思ってもいいな」
「…うん。でもね、アズサちゃんは本当のスパイじゃないって思うの」
「……あ、そっか!本当にスパイだったらセイアちゃんのことを見逃したりしないから…!」
「そうですね、本当に刺客ならば止めを刺しに来るはず。しかし実際はそのようなこともなく、補習授業部で試験に挑んでいる……」
もしかすると、今もアリウスと定期的な連絡をしている可能性がある。しかしスパイとして動くのならばセイアを逃したりはしない。となれば潜在的な味方である可能性があり、早期的な接触が必要となるだろう。
そしてそれはナギサも同様で。
「補習授業部は……第2次特別学力試験が終わったところだったな。となると、恐らくナギサは次の最終試験で補修授業部を落としにかかる。その前までには彼女の身柄を確保、アリウスから身を守らなきゃいけない」
「ならばやはり早期的な救護を────」
「待てって、お前さんは救護騎士団の団長だろ?そんな立場の人間がティーパーティーを襲ったってなったらほぼクーデターみたいなもんだ。やるにしてもオレかアヤメとナグサが適してる」
「ですが、彼女の精神はすでに限界一歩手前の状況でありティーパーティーとしての権利を越権した行動を取り始めています。これ以上エスカレートしてしまう前に、クーデターだろうとなんだろうと構わず確保するべきです」
「……まぁ、早期的な確保が重要なのは確かだな。これが終わったらさっさと攫いに行ってくるか。そんで、ナギサとアズサの接触が終わったら……今度はアリウスが問題になるな」
「私がアリウスと会ってきた方がいいかな?」
「…いや、アズサもそうだが、ミカにはアリウスと関わるのは最低限にしてほしい。こっちの情報が漏れる可能性を少なくしたいからな」
「じゃあ鬼さん、どうやってアリウスの対応をするの…?」
「簡単な話だ……向こう側に嘘の情報を流して、わざと襲撃を掛けさせる。そこで痛手を与えちまえば向こう側はすぐに攻撃が出来なくなるし、スパイがいなくなったと考えたら手出しも難しい。そうなりゃ、自ずと調印式に攻撃を加えようとする。後はそこで……」
「質問してもよろしいでしょうか」
垂直に立てられた手はミネのものだった。どうやらナギサの確保がすぐに行われることがわかり、座して待つことに納得したらしく疑問の消化を優先しているようだ。
「どうぞ」
「何故調印式までにアリウスへの攻勢をかけないのでしょうか?すでに救護対象がはっきりとしているのならば、素早い行動が望ましいのでは…」
「良い質問だ。本当ならトリニティの全勢力をつぎ込んででもアリウスを制圧したい。だけどそうもいかないのさ」
鬼がホワイトボードに色々と書き込んでいく。そこには『トリニティ』『アリウス』『補修授業部』『鬼』と書かれており、それぞれが丸で囲まれる。
そしてトリニティにナギサ、アリウスにスクワッドと巡航ミサイルにカタコンベ、補修授業部に先生とアズサ、鬼にミカとミネと書き足される。
「巡航ミサイル…?」
「アリウスが持ってる戦略兵器でな、名もなき神とかいう過去のオーパーツの技術が組み込まれてるせいで目視でしか発見できないミサイルだ。オレはこれを調印式まで撃たせたくない。被害が大きすぎる分、備えが必要だ。だから出来るだけ撃たせるのは遅らせたいんだ」
「何故そのような兵器をアリウスが…それに、カタコンベ?」
「このカタコンベが厄介でな。変な魔法でもかかってんのか、周期的に構造を変化させるせいで本来の入り口がわからないんだ。だから、わからない状態のまま突っ込んじまうとそのまま中で全滅すらあり得る。唯一その周期性を知っているのは日頃利用している……」
「アリウス……!」
「多分だが、この周期性を一番知ってるのはこのスクワッドだと思う。そのスクワッドさえ確保すれば、カタコンベの侵入も楽になる。だが調印式を台無しにしたいベアトリーチェからしたらこの手札は調印式まで切りたくないから、ナギサの襲撃をするにしても出てこないだろう。逆にこの手札を切るとしたら……」
「調印式だね?向こうが一番邪魔をしたいのはこのタイミングだから」
「exactly!調印式までアリウスに手を出さない理由をまとめると、相手の全戦力を調印式に割かせたい、スクワッドの確保をしてアリウス侵攻の用意をしたい、最後にそもそも現状で攻め込めないってところだな」
ミネの質問に答え終わったのでホワイトボードを綺麗にする。そして別の事項を書き加える。今度の議題は、最初のアリウスとの対応が終わった後、つまり調印式での対応について。
「向こう側はトリニティとついでにゲヘナをぶっ飛ばしたい。となればこの調印式にミサイルをぶち込んでくるはずだ。元々忌み嫌い合ってる学校同士だから、ここでめちゃくちゃにしたら勝手に自滅しちまうかもしれないからな」
「そんなことないって言いたいけど、私がそうだったからなぁ……」
「ずっと嫌い合ってた人同士だし、そうなっちゃうのも仕方ない気もするけどな……」
「そうだ、ずっと嫌い合ってた者同士なんだよ。だからここで相互的に向けていた不信が悪さをする。「この異変はなんだ」「トリニティがやったんじゃないか」「ゲヘナが攻撃を仕掛けてきた」「「やっぱり講和なんてむりだったんだ」」ってな」
「……!」
「勝手に食い合っているところを後はアリウスが攻めちまえば、被害も少ないままトリニティとゲヘナは滅ぶ。……その時、俺達の眼下でどんな地獄絵図が広がってんだろうな?」
鬼のその言葉に、四人は戦慄する。犬猿の仲と言えるような相手が足並みを揃えるなんて普通は無理だ。そこにお互いへの不信感が乗っかればなおのこと不可能に近づく。
そんな状況でどっちが出したかもわからない攻撃が飛んでくれば、自然に相手を疑い始める。
そこから先は、泥沼の争いとなるのは想像に容易い。
「こうなってくると、トリニティだけでも真に相対するべき相手が何なのかを周知させなきゃいけない。両方がそれぞれを疑ったらもう修正は不可能だからな」
「となると、ナギサさんへの情報の共有は最優先となりますね。あとは正義実現委員会委員長の剣先ツルギさんも必要になりそうですが……」
「そこは追々だな。ツルギってあの子だろ?ショットガン二丁持ちの。頭のキレは良いだろうから伝えときたくもあるな」
「はい、鬼さん質問!」
「どうぞ」
ミカに食べてもらうつもりで作りすぎたおにぎりの山を減らしながら、アヤメも手を上げる。横にいたナグサは静かにおにぎりを食べているが、食べ過ぎってしまったのか少ししんどそうに見える。
「なんでトリニティだけなの?ゲヘナにも伝えたらよくない?」
「ん、あー……それも考えたんだがな、どこまで伝えるべきか迷ってるんだよ」
「迷ってるって、どうして?」
「簡単に言ったらゲヘナのトップがアリウスと繋がってそうなんだよ」
「嘘でしょ?」
「残念だが嘘じゃない。あそこのトップは旨い話に飛びついては痛い目にあうやつでな、そんな馬鹿を利用しない手は無い。アリウス側が「トリニティを攻撃するから防衛を減らせ」って言ったら嬉々として減らしそうなんだよ」
「でも鬼さん、アリウスはゲヘナのことだって嫌いなんだよ?なのにゲヘナにだけ肩入れするとは思えないけど…」
「いえミカさん、アリウスには両方を同時に攻撃できる手段があります」
「…!ミサイル…!?」
「言っただろ、旨い話に飛びついては痛い目に合うって。下手したら調印式が最後の痛い目かもしれんがな…だからどう伝えるべきなのか迷ってるんだよ。最悪の場合、ゲヘナの風紀委員会にだけ伝えるってのもありなんだが……」
「風紀委員会……ゲヘナみたいなところに、トリニティみたいな委員会があるんだね」
「無かったら一日と経たずにゲヘナは滅んでんじゃねぇかな?あ、そうだ。今度風紀委員会に会ってみたらどうだ、ミカ。あそこはゲヘナの中で唯一と言っていいほどまともな奴らしかいないぞ。あとは給食部の子達とか」
「……本当にまともなの?私ゲヘナの子って迷惑ばっかりかけてるって思ってるんだけど……」
本当にまともな存在がゲヘナにいるのか、なんて怪訝そうに聞いてくるので鬼は少し失笑してしまう。外ばかり見ていると中を見れないというのは基本的な話だ。
しかしミカがその中身を簡単に見れる立場じゃないのも真実。ミカのいる分派、パテル分派は過激な生徒が多いと聞く。その長たる彼女がゲヘナに行くなんて、喧嘩を売りに行ったなんて思われかねない。
「全員が迷惑児だったら他学園と喧嘩してすぐに潰れちまうだろうよ。それを前もって防ごうとする生徒がいるから、なんとかなってるのさ」
「…そっか、そうだよね。本当に嫌な人ばっかりだったら、他の学園が許したりしないもんね……なんで気づかなかったんだろう……」
「周りがずっと言ってることを聞いてたら自分も同じ考えだって錯覚しちまうもんだ。今気づけただけでもいいと思っとけ」
「わかった。今度、その子達と会ってみたいな」
「任せとけ。……話を戻すが、ゲヘナには風紀委員会にだけ伝えとく。それと、マコトにも牽制しとくべきか。そんで調印式は……俺達だけじゃちょっと足りないな」
「そうですね、ここからはナギサさんも混ぜるべきかと」
「ナギちゃん……早く謝らないと…」
今決められることは大体決められたのでお開きの雰囲気が流れる。そこにミカが質問したそうに手を挙げた。タイミング的に最後の質問になりそうだなと思いながら鬼が促す。
「ナギちゃんとかツルギちゃんとかに共有するのはわかるんだけど、なんで先生には共有しないの?」
「……」
やっべと言いたげに鬼が顔を背け、ミカが心底不思議そうに見つめる。
ミカは以前、先生に接触していたから知っている。あの時は利用するつもりで話していたが、それでも彼女の目的はわかっている。
『私は生徒の味方だから』
『勿論、ミカの味方でもあるよ』
あの言葉に嘘偽りは無いように感じた。ならば、トリニティのことや調印式のことを彼女にも共有すればさらなる戦力の増加も見込めるのではないだろうか。
先生は他学園生徒の間を取り持つコミュニケーション能力があり、混乱する状況の中で最重要な指揮系統に立つことが出来る。ならば彼女に協力を取り付けるのも必要だとミカは思った。
そんな意図を込めたミカの視線に鬼は頬を掻きながら返答を返す。
「……先生にも協力してほしい、が……オレの立場が邪魔するんだよな……」
「鬼さんの立場?」
「少し前にオレの元同僚が先生に敵視されちまってな、おかげで元ゲマトリアってことがバレたら信頼関係がおじゃんになる。今は横の繋がりを重要視する以上、オレから先生に共有ってのは無理だ」
「私達から先生に伝えるのは?私なら先生と話したことがあるし……」
「それなら大丈夫だ。生徒側が動いてるってなったら向こうも働きかけてくれるはずだしな。ただ、そこでオレのことは話さないでくれ。『アリウスに騙されてることに気づいたミカがセイアと和解して、アリウスの計画を阻止するために協力を持ちかけた』っていう筋書きで行きたいからな」
「うぅ……結局先生には嘘をつかないといけないんだね……」
「すまん、初手で躓いたら意味ないからな……バレるとしてもアリウスを封じ込めた後が一番丸い。ベストはベアトリーチェの排除後なんだが…」
「……一先ずナギちゃんの確保だね」
「あぁ。アヤメとミカはオレに付いてきてくれ。ナグサはミネの手伝いを頼む。いつアリウスがここをかぎつけるかもわからん以上、護衛は多くて困らん」
「わかった!」
「ナギちゃん、胃を痛めそうだなぁ……」
「ミネさん、少しの間だけどよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
会議を終え、それぞれのやるべきことのために動き出す。ふざけた大人の悪だくみを木っ端みじんにするために。
セイアとの共有はトリニティでの連携が固まってからになりそう……。
⁻追記—
共有じゃなかったお話だった。