百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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第二十九話 連帯

 

 朝、桐藤ナギサは今日も今日とて補修授業部の動向を探る。すでに第2次特別学力試験の脱落が確定しているため、最後の学力試験さえ過ぎれば全員が退学となる。晴れて裏切り者を追放できるのだ。

 あの四人の中に、エデン条約を妨害しようとしている裏切り者がいることはわかっている。その裏切り者候補の中には、自分の親友である阿慈谷ヒフミも含まれていた。

 

(ヒフミさん……)

 

 自分を慕ってくれる親友を疑うような真似はしたくなかった。だがエデン条約が近づくこの時期の彼女の行動は目に余る。

 そもそも彼女には出入り禁止のブラックマーケットに入り浸り、ある犯罪集団と関わっているという容疑が掛かっていた。それに試験自体もすっぽかして落第する始末。スパイとして動いていたために試験に参加できなかった、なんて見方すらできる。

 

 補修授業部を設立するにあたり、彼女に裏切り者の捜索を秘密裏に行ってもらうように頼んではいるが……彼女が裏切り者の可能性は拭い切れなかった。

 

 極度の疑心暗鬼がナギサの周りすべてが敵に見えてしまう。先生にも指摘された疑いの目は、ただ一人残った幼馴染を除いて敵対心を作ってしまう。

 唯一の味方だと思っていた先生にも見放されたと思ってしまうほどに。

 

「ふぅ……」

 

 胸中に渦巻く疑心を紅茶と共に流し込む。それも次で終わる。補修授業部の追放が叶えば、後は調印式を乗り越えさえすればいい。

 そう思いながらティーパーティーとしての職務に取り掛かろうとすると、あることに気づく。

 

「……ミカさん、今日は遅いですね」

 

 程々に時間が過ぎているのに、喧しく思うぐらいには賑やかな幼馴染の姿が現れない。何か連絡が来ているかと思ったがモモトークには何も来ていない。

 不審に思いモモトークで連絡をしてみる。するとすぐに既読が付き、返事が返ってくる。

 

「『準備が遅くなっちゃって遅れそう!もう少しだけ待って~』……杞憂でしたか」

 

 いくら実力のある彼女のこととはいえ思わず心配してしまった。

 もしもエデン条約を妨害したいとなれば、ティーパーティーがいなければいい話だ。だからセイアは襲撃され……ヘイローが壊された。

 次は自分かもしれない、いやもしかしたらミカかもしれない。そんなふうに思ってしまえばもう止められない。誰が裏切り者だ?エデン条約か、それとも足の引っ張りか、怨恨か……。

 

「すみませんが、少し外してもらっても?」

「承知しました」

 

 溢れそうになる感情がバレないように、お付きの生徒を一度下がらせる。護衛は部屋の外にいるので敵襲でも逃亡自体は可能だ。

 もう一度気持ちを落ち着かせるために紅茶に手を伸ばし、幼馴染の到着を待つ────

 

 

 

 

「すまんがちょっとだけ時間を貰うぞ、桐藤ナギサ」

「ッ!?誰────」

 

 声を上げる寸前に口を塞がれ、椅子ごと後ろへと引き倒される。

 

(暗殺……ッ!?しかしこのまま倒れれば物音で!)

 

 倒れた瞬間に迎撃する、そのつもりで銃に手を伸ばしながら倒れる椅子に身を任せる。あと少しすれば地面に接触するはず、そう思ったナギサの思考の斜め上の現象が起きた。

 

 とぷんっと影の中に沈み込む。予想外の現象に驚きながら周囲を確認しようとするが、周りは暗闇のみで構成された世界しか広がっていない。

 口を塞いでいた手が退けられるが、水の中にいると判断したナギサの脳が息することを拒んでしまう。

 

(どうにか、助けをっ)

「……ここに来た全員そうだけど、水の中にいるって誤解しちまうのか?おーい、別にここでも息は出来るし喋れるぞ?」

「は?……えっ!?本当に息が……!」

「悪いな、他の生徒に勘付かれたくなかったからこんな形での接触になっちまった。すまん」

「っ何が目的ですか、まさか……あなたがセイアさんを!?」

「あの狐っ子ならそこでぷかぷかしてるぞ?」

「やぁ」

「は???」

 

 暗闇に慣れてきた目で下手人の姿を確認すると、すぐ横で海月のようにぷかぷかと浮いている死んだと思っていた身内が声を掛けてきた。

 一気に流し込まれた情報でナギサの頭は処理限界を迎えるのだった。

 

「え……え?セイアさん…?」

「なんだい?あぁ、死亡報告に関しては刺客から身を守るための偽装だよ。蒼森ミネに協力してもらったんだ」

「……生きて、いらしたんですか……?」

「……ギリギリだがね。今も寝たきりの状態のまま動くことは出来ない状態でね、今は特別な条件下だからこうやって話すことが出来ているんだっと?」

「…よかった……また、話せて……!」

「……君には心配と負担をかけてしまったね、ナギサ。申し訳ない…」

 

 目の前に浮かぶセイアが本人そのものであるとわかったナギサが必死に藻掻いて近づき、セイアへと抱き着いて肩に顔を埋める。

 湿った嗚咽が耳元で聞こえてきたセイアはミカのようにナギサを抱きしめ、落ち着くまでの間静かに待ち続けた。

 

 鬼がその様子を見守っていると、傍にアヤメとミカが共にやって来た。ミカは影の世界にやってくるのが初めてだったので、その手伝いのためにアヤメを連れてきたのだ。

 

「……ナギちゃん」

「…ミカ、ちゃんと謝るんだよ?」

「うん。…ナギちゃんには、迷惑を掛けすぎちゃったから……謝らないと」

 

 少しずつ落ち着いてきたナギサを見ながら決心を固めるミカ。周りの様子を確認しに行くために離れるアヤメの言葉に頷くその横顔は一切の躊躇が無く、揺らぎも無い。これならばちゃんと話し合えるだろう、ミカが二人へと近寄る姿を見ながら鬼は確信した。

 

◇◆◇◆◇

 

 頭を下げて謝るミカと、呆然としながらもミカの言葉を聞き続けるナギサを一瞥し鬼はセイアに目を向ける。

 出会った当初の諦めに満ちた瞳は薄れ、少しの希望がその目に浮かんでいる。情報の共有をした時もそうだったが、今のセイアは積極的に動き、働きかけていた。

 何がきっかけとなったのか、それを探ろうとする鬼の視線に気づいたセイアが鬼を横目に見ながら微笑を浮かべる。

 

「今は彼女達のことを気にするべきではないかな?」

「……そうだな」

 

 話を振る前に逸らされた。そして逸らした本人はやはり以前とは違っている。そう思いながらも鬼は二人へ視線を戻す。

 戻した視線の先では、何処から取り出したのかわからないロールケーキをミカに突っ込むナギサの姿があった。

 

「ミカァッ!」

「んぐぅ!?」

「……。えらく斬新なお仕置き方法だな」

「ふふっ、いつもの光景が戻って来たね」

 

 その後、ミカへのお仕置きが終わったナギサに現状の共有を行った。やはりと言うべきか、情報の多さに目を白黒させてはいたが何とか処理できたらしい。

 同時に、自分がしていたことにも後悔の念が浮かびもしていた。

 

「アリウス分校が、エデン条約を…」

「あぁ、それにお前さんとセイアの命も狙ってる。向こうからしたらミカを神輿にした上でゲヘナと戦争を起こし、漁夫の利の形で両校を滅ぼそうとしてる。それが出来なかった場合はエデン条約を奇襲してって感じだろうな」

「では、ではっ補修授業部の方々は……無実の方々だったと…!?」

「いや、そこにもアリウスの生徒はいるんだよ。ただ…どうにもスパイだとは言い切れなくてな。そうだろ、セイア」

「そうだね、白洲アズサは完全なアリウスの生徒ではないよ。彼女は教えられた教義は『習っただけのもの』として受け止め、必死に藻掻いている。完全な味方とも言えないが完全な敵とも言えないのさ」

「……ですが私は、そのようなことも知らずに……退学に追い込もうと…!」

「はいストップ」

「んむ!?」

 

 続きの言葉が出る寸前に鬼の指がナギサの口を閉ざす。急な行動にナギサも驚き、セイアとミカも同様に驚きつつ目を見開いた。

 

「過去は変えられない。お前さんのしたことだって、ミカのしたことだってそうだ。…お前さんが自分を責めちまう気持ちもわかる」

「…!」

「だけど、まだ何も終わっちゃいない。補修授業部の面々は最終試験が残ってるし、裏切っちまったミカはやり直そうとしてる。そしてそれは、お前さんもだ」

「私も……」

「後悔した、自分を責めた。なら次は?そこで足を止めちまうのか?」

「……いえ、違います。自分が犯したミスは自分で拭います。そして……次なる危機を、今度こそ退けます!ティーパーティーの一人として!」

「…良い答えだ、それに良い目をするようになった」

 

 ナギサの瞳の奥に一本の芯が形成されたのを確認し、満足気に頷く。

 すると裾をクイクイッと引っ張られたので不思議に思いながら振り返れば、少し膨れっ面のアヤメがいた。どうやら周囲の確認が終わってすぐに戻って来たらしい。

 

「な、なんだ?」

「……ずるい」

「ずるい?何が?」

「私あんなのされたことない」

「…もしかしてさっきのか?いやする必要ないだろ────」

「ずーるーいー!私にもやってよぉ!」

「だから襟首を掴むなああぁぁぁああ!?」

 

「…わーお☆」

「どうやらかなりのヤキモチ焼きだったようだね。少しわかってしまう自分がいるが

「……」

「?ナギちゃん、どうかしたの?」

「い、いえ!……暖かかった

 

 アヤメが鬼を掴んで前後左右に振り回し、仲直りが出来たティーパーティーはそれぞれの反応をしながらそれを眺める。

 その後鬼達は無事に情報の共有と協力が約束され、上層部の連携が固まったことで安心してアズサに接触を図るのだった。

 

 余談だが、何故かナギサが鬼の連絡先を欲しがり続けて渋々承諾し、ついでに私も私もとミカとセイアとも連絡先を交換することになった。

 アヤメは「ライバルが増えた…」とぼやいたとかなんとか。

 

◇◆◇◆◇

 

「合格ライン……80点以上?」

 

 最終試験が迫った補習授業部と先生、その試験前日に改めて試験内容を確認していた五人は急に下がった合格ラインに目を疑った。

 そしてラインが下がったのならば他の所は、と確認していく。

 

「は、範囲は?もしかしたら違う範囲をさせようとしてるとか…!」

「いや、範囲はそのままだ。先生、場所はどうだ?」

「…ううん、こっちも変わってないよ。トリニティ第19分館の第32教室。時間も……」

「か、変わらず午前9時からです…!なんで急に合格ラインだけが……」

「ハナコは掲示板をよく確認してるでしょ、何か知らないの!?」

「……いえ、これと言った情報はありませんでした。気掛かりなことと言えば、本館がやけに静かだったことでしょうか……人の気配が無くなったようで」

「や、やっぱり何かしようとしてるんじゃ…!?」

「念のため、私の方で掲示板をずっと見ておきますが……あまり収穫は無いかもです」

「ハナコちゃんも、寝た方が…」

「ふふっ、私は大丈夫です。…先生、もしかしたらですが……」

「うん、ナギサの方で何かがあったのかもしれない。けれどナギサにもミカにも連絡が付かないから確認のしようがないんだよね……」

 

 そう呟く先生は、少し前のことを思い出す。ナギサに呼ばれ、彼女の疑心暗鬼な状態を指摘したこと。それ以降彼女とミカにはまったくの連絡が取れない。

 

(……あの時の私は、ナギサのことをよく見れていなかった。何が先生だ、ずっと一人で戦ってるのはナギサだったのに……)

 

 あの時のナギサは、何処か怯えながらも強がっているようだった。それもそうだ、友達が殺され、次は自分か幼馴染が狙われるかもしれない極限状態に彼女は置かれていたのだ。疑心暗鬼になるのも仕方ない。

 それを自分は他人事のように指摘し、付き合ってられないなんて言い方で突き放してしまった。連絡が取れないのは、もう彼女から敵だと思われているからだろうか。

 

 もう一度彼女と話し合いたい、そう思っても会う手段がない。

 

「…とりあえず、今日は休もう。明日のために体力は戻しておかないと…」

「私はもうちょっとだけ復習する!100点を取っちゃえば、後から何を言われても関係ないんだから!」

「あ、あはは……私も少し付き合ってから寝ようと思います。アズサちゃんはどうしますか?」

「私は……先に休んでおこうと思う。体力の回復はいつだって大切だからな」

「では先生、おやすみなさい」

「うん。みんなも、おやすみなさい」

 

 それぞれからの返事を聞き届け、先生は自室に戻る。彼女もまた明日に備えるために、情報収集に勤しむのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

 夜が更けたころ、白洲アズサは一人合宿所から離れた場所を歩く。思い出すのは、己の家族とも言える相手とのやり取り。

 

『明日の午前、桐藤ナギサを襲撃する』

『…!ま、待ってサオリ、まだ準備が……』

『確定事項だ、しっかりと準備をしておけ』

 

 明日の午前。つまり補習授業部全員で受けなければならない試験の時間に、アズサは抜け出さなければいけない。

 その結末では……補習授業部の退学と、桐藤ナギサの死が引き起こされる。

 

 拳を握りしめる。想定以上の力で握りこんでしまったのか、手のひらには爪の跡が残ってしまった。

 

「…コハル、ハナコ、ヒフミ、先生……」

 

 思い出すのは皆との時間。共に試験に臨むために学んだ日々。困難を乗り越えるために力を合わせた瞬間。そのどれもが優しく、楽しく、暖かい記憶となってアズサに残る。

 だが自分はアリウス分校の生徒であり、トリニティを裏切るためにやって来た刺客。任務の遂行を最優先として動かなければいけない。

 

「……っ」

 

 だが、……だが、四季を彩るような記憶があった。かけがえのない奇跡があった。大切な友達との絆があった。

 それを、それを裏切りたくない。

 

 前へと進んでいた足が徐々に遅くなり、少しずつ歩幅も小さくなり……ついには、止まった。

 

(……私はアリウスの潜入任務のためにやって来た生徒。だがそれと同時に……補修授業部の、仲間だ)

 

 アズサは覚悟を決める。皆に黙っていたことを伝えよう。そして桐藤ナギサに迫る危機を教える。それが皆に対する誠意だ。

 俯いていた顔を上げ、一歩を踏み出す────瞬間、何かの布が擦れるような音がした。

 

「すまんがちょっと時間を貰うぜ、白洲アズサ」

「────!?」

 

 先程まで何もなかった後方からの声に驚き、しかしすぐに攻撃を加えようとする。

 銃を構える寸前、後方にいた何かの姿が掻き消えたように感じ────目の前が何かで覆われた。CQCを仕掛けに来た、そう判断してカウンターを準備しようとして……違和感を感じた。

 

(……これは、抱きしめられている…?) 

 

 腕ごと抱きしめられていることに気づき、すぐさま抜け出そうとする。しかしあることに気づいた。

 敵意が無い。そうだ、ここまで密着しているかつ動きを封じている状態なら何をしようが相手の有利に働く。だが何もしてこない。

 それになんだか、安心するような温かみがあった。

 

「悪いな、お前さんにも手伝ってほしくてな……アリウスをベアトリーチェから解放したい。そのために協力してほしい

「ッ!?」

 

 囁くようにして言われたベアトリーチェという言葉に反応し、バッと顔を上げる。そこには、赤い鬼の面と赤い瞳が穴から覗いていた。

 それは、遠い昔に見た覚えのある風貌で────

 

「あな、たは……」

「しーっ……このまま情報共有する場所に行くから、そのままな」

 

 ある一点に気づき、そちらにも人差し指で口を塞いで静かにするように合図したかと思えばそのまま地面に倒れこむ。

 ぶつかる、そう思ったアズサが目を瞑れば、ドボンッと水に落ちるような音がした。

 

「ここ、は…?」

「お?最初から喋れんのは初めてだな。さて、急な招待になって申し訳なかったな」

 

 アズサを解放した鬼はそのまま後方へと進む。そこには三人のティーパーティーと面を付けた二人の生徒が立っていた。

 

「ようこそ白洲アズサ!お前さんにもちょっとだけ手伝ってもらうぜ」

 

「アリウスを、ベアトリーチェの野郎から解放する計画……その一部にな。よろしく頼む!」

 

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