百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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第三十話 連携

 

 夜、合宿所の先生の部屋にヒフミとコハルが入ってきた。やはり明日の試験のことを考えたら眠れなかったのか、先生の下にやって来たのだ。

 

「それにしても、ハナコちゃんとアズサちゃんは何処に行ったんでしょう…?先程から姿が見えませんし…」

「いつもの見回りじゃない?アズサ、この時間になったら何処かに出かけてるし…」

「アズサが見回りを?」

「え、うん。合宿所に来てから結構な頻度で出かけてるわよ?そう言えば、決まって夜のこの時間に出かけて同じ時間に帰って来てるような……」

「アズサちゃん、明日の試験が不安なんでしょうか……」

「……」

 

 アズサが見回りに出かける、それ自体は何の疑問も無い。何処か軍人気質を持った常識に疎い彼女が見回りを行い、安全確認を行うというのは理解が及ぶからだ。

 だが彼女が出かけるのは、合宿所に来てからさらに頻度が増したという。

 

(もしかしたら、アズサはこの一連の流れについて何か知っているかもしれない)

 

 彼女が見回りと称して出かけているのは何かしらの情報を得ようとしているからなのかもしれない。

 何故情報を得ようとしているのか、その理由に先生の考えが周り……一つの憶測が浮かぶ。

 

 それは、彼女がナギサの言っていたトリニティの裏切り者かもしれないというものだった。

 

(だけど、補修授業部の皆と過ごす彼女は何処にでもいる少女だった)

 

 常識に疎くありながらも勉強を楽しみ、補習授業部と楽しむ彼女からは何かを害するような気配はなかった。もしも本当にアズサがトリニティの裏切り者なのだとしたら、そこには何かしらの理由がある筈。

 ならば生徒を教え導く者として、自分がするべきことは────

 

「……アズサとも話をしないとね」

「アズサちゃんと?」

「あ、聞こえてた?ごめんね、ちょっとした独り言だから」

「そうですか…?」

「こうなったら、ヒフミ!一緒に勉強するわよ!その内眠気が来るかもしれないし、復習も出来る!」

「あんまり推奨できない睡眠導入だね」

「あはは…でも、確かに復習はしときたくもあるかな────」

 

 ヒフミの言葉を遮るように扉が開け放たれる。中にいる三人が急に誰が、と困惑していると扉を開けた正体である浦和ハナコが肩で息をしながら三人の様子を垣間見る。

 三人ともいることを確認したのか、焦った様子で喋ろうとして咳きこんでしまう。

 

「ハナコちゃん!?ど、どうしたの…!」

「あ、あんた、なんでそんなに息が切れてるのよ!?誰かに追いかけられでもしたの!?」

「ち、違…っ!はぁっ、はぁっ…」

「ハナコ、深呼吸しようか。落ち着いてから喋らないと、より一層焦っちゃうよ」

 

 ハナコの背中を擦りながら息を落ち着かせる。先生に合わせるようにヒフミも背中を擦り、コハルがその周りを鳥のようにグルグルと回り続けた。

 先生とヒフミのおかげかハナコも比較的楽に息が出来るようになり、一呼吸いれて話し出す。

 先程彼女が見てしまったことを。

 

「っ先生、今すぐお二人を連れて付いてきてください!アズサちゃんが攫われました!!」

「「「ッ!?」」」

 

 いつもなら下ネタすれすれの言葉づかいでからかうハナコの何時にも増して真剣な表情からは、嘘を一切感じられない。となれば、彼女の言っていることは本当のことで。

 すぐさまシッテムの箱があることを確認し、外出の準備を整えてハナコと共に合宿所を飛び出す。困惑したままなものの緊急事態であることはわかっているヒフミとコハルもその後ろをついていくが、アズサが攫われたという話には付いてこれていないらしい。

 

「ハナコ、誰がそんなことしたかは見た?」

「鬼の面を付けて和服を着こんだ大人でした。私のことにも気づいていたようですが、静かにするよう合図したのみで危害は加えられていません。アズサちゃんも最初は抵抗しようとしていましたが、何か話されたのか抵抗をやめてそのまま…!」

「…鬼の面……」

 

 鬼という言葉を何処かで聞いた気がする。そう考えた先生が思い出したのはアビドスでの戦い。カイザーPMCの理事長が怯えるように何度も言っていた話の中に"鬼"と言う単語が出てきていた筈。

 だが現状のアズサの誘拐とカイザーPMC襲撃が繋がらない。何が目的なのかを考察したくても情報があまりにも足りていないからだ。

 

「ここです!ここでアズサちゃんが消えたんです!何か、影の中に沈み込むようにして…」

「っアズサー!いるなら返事してーっ!!」

「先生、私はあっちを!」

「なら私はヒフミの反対に行く!」

「待って!もしアズサだけが標的じゃなくて、私達も狙ってるのなら単独行動はマズい!私がコハルと一緒に行くから、ハナコはヒフミと一緒に!」

「「わかりました!」」

「コハル、行こう!」

「うん!」

 

 二手に分かれた四人の声が虚しく校舎に響く。怖気づいてしまうほどに人けのない場所を歩き回っては名前を呼び、どうかこの声が届いてほしいと願いながら大切な仲間の姿を探す。

 しかし無情にも時間だけが過ぎ行き、時計の針が12時を指す。

 

 どれだけ探しても見つからず、コハルの目に涙が浮かんできた。時々軍人か?と疑いたくなる言動をするが、彼女もコハルにとっては大切な仲間なのだ。

 そんな仲間が攫われたなんて、正気でいられるのも難しい話だ。

 

「うぅ~……!何処に行ったのよ、あずさぁ…!」

「呼んだか?」

「あ、アズサ!あんたも手伝ってよ、アズサが攫われちゃったのよ……!」

「いや、あれは攫われたわけではないぞ?それに私を私が探すのは無理だな、鏡を持ってこなければ……」

「いいから!ヒフミもハナコも、先生も心配して……ん?」

 

 待て、自分は今誰と話している?先生は少し遠くにいるだけで声は届く距離にいる。しかしこの声は自分のすぐそばにいるような……。

 

 会話相手の方へ体ごと振り向く。そこにはいつもの制服姿をした白洲アズサがᓀ‸ᓂと形容できそうな表情で立っていた。

 

「みんなを心配させてしまっていたのか……私もまだまだだな、全員に気づかれないように抜け出せないなんて」

「……」

「コハル、みんなに話したいことがあるんだ。私の、隠していたことについて……」

「……」

「…コハル?どうした、いつもハナコと話している時の目をしているが……」

「……い」

「い?」

「────いたああああああぁぁぁあああッ!!!」

 

◇◆◇◆◇

 

「あとはツルギだけだな。それにアリウスがやって来る時間についても把握できた。順調順調」

「そうですね。後は彼女と補習授業部がどう動くか……」

 

 影の中から覗くと、アズサに向かって飛びつくヒフミと安堵した様子でアズサを見る三人がいた。

 鬼達は無事にアズサとコンタクトを取り、協力してもらえるよう約束してもらったのだ。想定以上に時間が掛かってしまい、補習授業部の面々が探し出しに来てしまうアクシデントが発生したものの目的自体は達成した。

 

「ちゃんと戒厳令は出してくれたか?」

「抜かりなく」

「じゃあ鬼さん、私とナギちゃんは正義実現委員会の所に行ってくるね!」

「あぁ、それが終わったら少しでも休んでくれ。……もうじき、アリウスがやって来るからな」

「…うん」

「…そうですね」

 

 ミカとナギサがアヤメと共に影の世界を移動する。彼女達が正実に根回しをしてくれれば後は決行時間を待つのみ。アヤメに関してはナギサの護衛として動いてもらっている。

 

「……で?そろそろ聞いてもいいかい、セイア」

「ふむ、君と二人きりの時間になるのは久しぶりな気がするな。最近はミカもナギサもいたから賑やかな時間を過ごせていたよ」

「そいつは良かった。さっさとあいつらの説得に動いたかいがあったってもんだ」

「おかげでミカは()()にならずナギサは己の中に信念の炎を燃やした。……それは、君のおかげだよ」

 

 鬼が肩をすくめてもセイアの視線はその瞳を静かに見つめる。居心地悪そうに鬼が頬を掻けばからかうように笑った。

 

「結局お前さんが前を向くようになったのは何でなんだ。ミカの説得が終わったあたりからお前さんの目は少し活力を持つようになった。だけど…ミネも、アヤメも、ナグサも…オレも何かした覚えはない」

「君からはそう見えたのかい?」

 

 鬼が頷くとセイアはその場で一回転して優雅に舞う。この世界を水ではなく影が満たしていると考えたのか、無重力のように浮き始める。

 

「そうだね、君も他の皆も私に何かしたわけじゃない。そしてシャーレの先生が何かしたわけでもない。……ただ、前を向き続ける君達の姿に少し思うところがあっただけさ」

「前を向き続ける……?」

「あぁ。君も白洲アズサも、そしてシャーレの先生も……目の前が地獄のような世界になろうと、ただただ絶望が広がろうとも決して諦めはしない。君に至っては暗黒も諦めも怨恨も鼻で笑い、吶喊しては蹴散らす。そんな姿が眩しくてね」

「……」

「……怖かった。あの炎が大地を燃やし、積もり続けた恨みによって引き起こされた二校の争いとアリウスによる攻撃の未来が。その先には破滅しかないと思っていた。そしてその先に存在する、誰も抗うことの出来ない恐怖がこの世界の外からもやって来ることにもただただ怯えるしかなかった」

 

 その恐怖を思い出したのか、少し震えた肩を鬼が支える。人肌の温度を感じたのか震えが収まり、少し悪くなっていた顔色もマシになった。

 

「……だけど彼女が言っていたことを思い出したのさ。『例え全てが虚しくても、それが諦める理由にはならない』、とね」

「…!アズサか…」

「私は未来を知った。例えそれが抗うことも失せるような絶望であっても、この世界には諦めるという言葉を知らない人間がいる。ならば私も、未来を知った程度で諦めるわけにはいかない。……君が前を向くようになったと思ったのは、こんなところかな」

 

 肩を支える鬼に微笑み、少しだけその体に身を預ける。急に身を委ねてきたことに驚きつつその体を押しのけたりはしなかった。

 そのこともわかっていたのか、鬼の胸を枕にしてそのまま優雅にくつろぎ始めた。

 

「うん、中々に寝心地がいいじゃないか。これが現実でも使えるならな」

「なに人の胸を枕にして寝てやがる。こんなに呑気ならもう起きれるだろ」

「さぁ、それは私にもわからなくてね。……なぁ、鬼面さん」

「なんだ」

「君は私に質問を一つした。ならば私からも一つ質問してもいいかな」

「質問?……別に構わんが、何を聞きたいんだよ。面白い話なんざオレには無いぜ」

「それ本気で言ってるのかい?……なぁ鬼面さん。君は何故、折れなかったんだい」

「は?何のことだよ」

「君はアリウスに半年……いや、一年近くいただろう?」

「…………」

 

 不自然なほどに鬼の動きが止まった。そしてセイアの後頭部に続きを促す視線が突き刺さる。やはり隠していたかと思いながら、セイアは口を開いた。

 

「少し前までは何の映像だったかわからなかったが、白洲アズサの反応で確信を得た。あそこまで驚く彼女は中々見たことがなかったしね」

 

 アズサの反応。それは彼女に協力を取り付けたあと、鬼にあることを聞いた後の彼女の反応のことだった。彼女も確信がなかったのか、何故か二人きりになった後に聞いていたのだ。

 

 

 

『じゃああなたは、あの部屋にずっと────』

『待てアズサ、あそこはまだ残ってんのか』

『あ、あぁ。マダムすら決して近寄ろうとしないし、私達も10年間立ち入りを禁止されていたから……す、すまない。こんなことを聞いてしまって……』

『……いや、大丈夫。逆に謝りたいのはこっちだしな。10年間もアリウスに手出しできなかったのはオレのせいだ。すまない……』

『っあ、頭を下げないでくれ…!あなたを責める気持ちなんてないんだ!』

 

 

 

「鬼面さん、君は……何故今も、誰かのために動こうとしてくれるんだい」

「……」

「断片的なものでしかなかったが、君のことを少しだけ知ることが出来た。……だが、だがっあれはあまりにも────!」

「セイア」

「っ!」

「……オレのために怒ってくれてんのか?」

「…当たり前だろう。あんな、あんな仕打ち……常人のすることではない」

「そりゃなぁ。あのクソ野郎が常人だと思ったら大間違いだぜ?お前さんもあいつに狙われた身だから知ってんだろ」

「……」

「オレは…自分の信念を曲げずにいられただけだ。それが出来なきゃ、ここにいないだろうよ」

 

 その言葉を聞き、体を反転させたセイアが鬼に抱き着いて胸に耳を当てる。

 一定のリズムで鳴る心臓が目の前の大人が確かに生きていることを教え、直に触って確かめた体がその肉体の強さを示す。

 そして何気ない仕草で鬼の腹部に手を当てようとして、デコピンで体を離される。デコピンとは思えない威力に脳が揺らされ、思わず身悶えしてしまう。

 

「何しようとしてんだゴラ。さすがに許さんぞ」

「いっっっっったぁ…!ミカでもないのにその威力はおかしいだろう!?」

「鍛えてるだけだ。ほらさっさと帰った帰った!」

「イケずだねぇ…」

 

 姿を消した鬼に文句を言うが、まったく相手にされずそのまま無視されてしまった。さすがのセイアも諦めて自分の本体がある場所へと向かい始める。

 その脳裏にはある映像…いや、イメージ像に近い何かが浮かんでは消える。

 

 血のように赤い鎖、音も光も一切存在しない独房のような部屋、しかし床一面に広がるステンドグラスのような何か。

 

「彼に堕ちてしまう者達の気持ちが分かってしまうな。彼が煙のように消え去ってしまいそうに感じるのも、平等にね……」

 

 

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