百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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第三十三話 灰燼

 

 通功の古聖堂で調印式が始まった。整列するトリニティの生徒もゲヘナの生徒も、互いにメンチを切っては一切譲る気配を見せない。

 はっきり言って講和をする場所で見せる顔じゃないと思う。

 

「始まったね、鬼さん」

「あぁ」

 

 影の世界に複数人の話し声が聞こえる。姿を見せるわけにはいかない鬼達三人衆と、留守番なのに意思だけを寄こしてきたセイアの姿がそこにあった。

 

 セイアに関してはミネに絶対安静を命じられているのに、「本体が無事であれば命に支障はない。安心してくれ」と言い放ってここまで付いてきた。

 古聖堂近くの診療所でミネが「精神体の確保方法」と書かれた本を読み漁ってセイアの精神体を捕まえる手段を模索しているのも知らず、鬼の背中に張り付いて移動していた。

 

「ゲヘナの風紀委員会は……まだ来てないのか。となると、まだバリアも持ってないよな……」

「可能性はあるだろう。どうする?」

「……今ここにいる面々の内、委員会の部長副部長はすでに双方が攻撃してくるわけではないことは周知済み。ユスティナ聖徒会の対処法も同様。バリア自体はすでに渡されている。問題は、ミサイルのタイミングとマエストロからの情報が来るかどうかなんだが……」

「そのマエストロ?さんが連絡できない状態だったら待つのは悪手じゃない?」

「……二人共、オレは今から風紀委員会の下に向かう。すぐに回収してこっちに戻って来るけど、恐らくミサイルがその間に降ってくるはずだ。となればそれに合わせて…」

「アリウスも動く」

「そうだ、そしてそれに合わせてユスティナ聖徒会も現れるだろう。二人はすぐに飛び出して非戦闘員の退避と敵の討伐を頼む」

「わかった」

「鬼さんは、風紀委員会の委員長さん達を回収したらどうするの?」

「オレは……」

 

「道中にいる相手を辻斬りしながらトリニティ全域に散らばった怪我人を回収して安全区域にまで運び続ける。それが終わり次第、アリウス生達の確保だ」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 高速道路を一台の車がトリニティの古聖堂に向けて走る。その中にはゲヘナ学園風紀委員会委員長、空崎ヒナとその側近の天雨アコが乗車していた。

 

「そろそろ着きますね」

「そうね」

 

 車から見える景色を眺めながらアコがそう言えば、ヒナからの返事が返ってくる。二人の間にある空気は講和のために向かう物ではなく、どちらかと言えば敵地に赴く戦士の空気だった。

 それは事前に先生から伝えられていた情報があったが故のものだった。

 

 

 調印式の前日、つまり鬼達がカフェにいたころのこと。先生は一度ゲヘナにいるヒナの元に訪れてある情報を伝えていた。

 

「調印式に、襲撃が…?」

 

 聞き間違いかと思って先生に確認すれば、聞き間違いではないと否定される。

 

「トリニティで受け持った生徒の一人が教えてくれたんだ。アリウス分校っていう学園の子達が、悪い大人に利用されてエデン条約を襲撃するんだって」

「それじゃあ、エデン条約で結ばれるETOは…?」

「結成されない可能性が高い。それ以前に、アリウス分校とユスティナ聖徒会?を何とかしないといけないからね」

「……」

「……私はね、ヒナに休んでほしい。ずっとヒナも頑張って来たから、調印式のことは私に任せて────」

「先生」

「ヒナ?」

「私のこと、心配してくれるのね」

「当たり前でしょ、私の大事な生徒なんだから」

「…ふふっ、そうね。そうだったね……」

 

「大丈夫、先生。あと少しぐらい頑張っても罰は当たらないわ」

 

「それに、私は一人じゃないから」

 

 

「……」

 

 その後、詳しい情報も聞くことが出来た。襲ってくるのはアリウス分校と正体不明の存在、ユスティナ聖徒会。そしてその二勢力が来る直前に、ミサイルが会場に撃ち込まれるということも聞けた。

 

 どうやらトリニティ側でミサイルの対策が練られているらしいが、それも会場限定での対策らしい。

 となれば、ヒナ達も急ぎ会場に向かわなければいけなかった。

 

「現着次第、アコはトリニティのトップと一緒に指示に動いてちょうだい。多分だけど、想像以上の混乱で指揮系統の崩壊が起きる可能性が高いから」

「…わかりました。ヒナ委員長は?」

「私は先生の護衛に付く。敵からすれば一番厄介な相手かつ弱点だから、決して攻撃させるチャンスを与えてはいけない」

 

 アコが「先生だけずるい……」と心の中で呟いていると、運転手が声を上げる。古聖堂が見えてきたのだ。

 ヒナが手元に愛銃、終幕:デストロイヤーを手繰り寄せていつでも戦闘態勢に入る。そしてしばしの精神統一をしようとして……気配を感じた。

 

「誰?」

「?委員長、ここには私達しか…」

 

「────さすがだな、ヒナ。お前さんのその気配察知力といい実力といい、前よりもずっと強くなってやがる。最近はちゃんと眠れてるのか?」

 

 車内の天井付近に存在する影から鬼の生首が逆さまに現れ、挨拶してきた。思わずアコは仰け反って驚き、運転手は一瞬だけハンドル操作が狂ってしまった。

 

「だっ、誰ですか!!?しかも何故ヒナ委員長のことを呼び捨てに────」

「誰かと思えば、鬼さんじゃない。えぇ、おかげさまで前よりも深い睡眠が取れてるわ」

「そりゃよかった。結構拘って選んだ枕だったからそう言ってもらえると助かる」

「それで、なんの用?何かあったからここに来たんでしょ?」

「おう。単刀直入に言うとな、爆破を防ぐためのバリアー発生装置がお前さんらに届く前にミサイルが来そうでな?間に合いそうになかったから渡しに来た。これがその装置だ。オレがスイッチを押せばすぐに展開されるけど、無理言って作ってもらった関係上使い捨てだ。お前さんと運転手の子も持っとけ」

「ありがとう」

「え、ちょっ、な、何なんですかあなたは!?何故ミサイルのことを!?いえ装置に関しては感謝しますけど!!」

「あ、え、わ、私にもですか?」

「おう。ちゃんと持っとけよ?持ってる人間のことを認識してバリアを張るからな────こんな風に」

 

 影から鬼の手が現れ、その手に持ったボタンを押すと三人の手元にあった装置が起動して各々の体の周りにバリアーを展開させる。

 

 アコが先程の会話から装置を起動させた理由に気づいた瞬間、耳鳴りと共に爆破が視界を覆いつくした。

 

◇◆◇◆◇

 

「始まった…!ナグサ!」

「うん…!」

 

 影の世界から見守っていたアヤメとナグサの目の前で装置が一斉に作動し、会場にいた全員にバリアーが付けられた。

 当然事情を知らない人々は突然のことに驚きを隠せず、逆に事情を知っている人々はすぐさま周囲の警戒に当たる。

 

 そしてバリアに驚き、握手を交わそうとした手が離れた瞬間に轟音が辺り一帯に響き渡る。

 

 衝撃と爆発によって古聖堂が崩れ落ち、その場にいた人々の悲鳴が飛び交った。しかし誰一人として怪我はなく、落ちてきた瓦礫もバリアーによって弾かれては地面で砕け散る。

 

 瞬きの間に起きたそれは、辺り一帯を火の海に変えてしまった。

 

「行こう、すぐに来るはず────」

「待ってアヤメ!!」

 

 仮面を付け直して飛び出そうとしたアヤメの手をナグサが引っ張り、急停止する。驚いて振り向けば、青ざめた顔をしたナグサが虚空を見ていた。

 

「何か……おかしいの」

「え…?」

「寒気が、止まらない」

 

 震える体に覚束ない声色、ナグサの異変にアヤメが踵を返した瞬間のことだった。影の世界の出入り口である光がより一層の輝きを放つ。

 寸でのところでアヤメがそれに気づき、ナグサごと光から体を離すと────

 

 先程の爆発を大きく上回る衝撃が影の世界にまで届いた。

 

 二度目の衝撃が会場を襲う前、鬼は吹き飛んだ車からヒナ、アコ、運転手の生徒を引っ張り出していた。

 

「このシールド凄いな、まだ維持してやがる……さすがはリオだな。今は引っ張り出すのに手古摺っちまうけど」

「それは仕方ないんじゃ…?」

「ありがとう、おかげで傷一つないわ」

「ありがとうございます……」

「どういたしまして。うし、オレの影の中を通って行った方が速いからこん中に────?」

「…?どうかしましたか?」

「────伏せろッ!!」

 

 微かに聞こえたジェット音、首筋に沿うような悪寒。そして自身の直感に従ってトリニティの自治区に目を凝らした瞬間に見えた。

 戦略的に見れば一発で十分な威力を持ったミサイル、その二発目が。

 

 即座に三人を蹴りだして影に叩き入れ、抜刀の構えを取る。狙うはミサイルの切断。空中で爆破させることで被害を少しでも減らす。

 

 世界が薄く染まり、視界が白と黒で構成された世界を映す。そこには、古聖堂上空に到達せんとするミサイルも存在した。

 亜空間内でおよそ700年の鍛錬を積み上げた末に磨き上げた剣術。音も光も無い空間でただ一心に振り続け、そこに一切の休みは無い。

 

 100年で型を作り、200年で己と刀を同一のものと捉え、300年で己と空の在り方を見出す。

 400年で斬撃を飛ばし、500年で世界を認識し、600年で世界そのものに切れ込みを入れ、700年で隣り合う世界の壁を切り結んで繋ぎ合わせた。

 

 世界を切り、常人ならば狂うはずの時を剣戟に賭して尚正気を保つ男にこの世は神秘を見出した。

 

 これぞ鬼を超えた存在、()()であると。

 

「居合」

 

 一言の後に、力強くしかして繊細な一筋の光を空に描く。世界を切らず、されど万物を絶たんとする光。

 

 鬼が刀を振り抜いた瞬間、古聖堂上空で巨大な爆発が衝撃波を伴ってトリニティを揺らした。

 

「……マズい」

 

 残心を解いた鬼はすぐさま影へと飛び込んだ。そこにはバリアーが剝がれ始めた三人が存在し、異変の起きた地上を確認しようと飛び出す寸前だった。

 

「っ鬼さん、状況は?」

「二発目のミサイルが古聖堂上空で爆発した。炎の被害自体は無いだろうが衝撃波自体は向こうの人員に襲い掛かっているはず。バリアーがまだ維持されていたからダメージは無くても、吹き飛んだ上で気絶してる可能性がある」

「となればすぐに援護しに行かないといけないね。アコ、私が先行するから鬼さんに…」

「いや、オレが三人一緒に連れて行く。この世界の移動方法はオレの方が詳しいからな。それでいいか」

「私は構わない」

「知らない大人に触れられるのは避けたいのですが、この際文句は言ってられませんし…」

「私も、構いません…!」

「よし、すぐに向かうぞ。捕まっとけよ!」

 

 ヒナとアコを右脇に、運転手を左脇に抱え込んでロケットのように発進する。あまりのスピードに耐え切れず、運転手の頬が餅のように伸びては後方に置いてけぼりにされそうになる。

 

「向こうに付いたらすぐに先生に合流してくれ。ユスティナ聖徒会は…」

「聞いてる。脚部に攻撃して身動き取れないようにした上で縛り上げるのよね?」

「あぁ。不死身の存在だが銃弾で消えるくらいの脆さらしいからな、倒せない以上は行動不能にするのが最適だ」

「まだユスティナ聖徒会とやら発生した原因はわかっていないんですか?」

「シスターフッドに出入りする生徒が推測してくれてるらしいんだが…まだ情報自体は届いていない」

 

 一分もしない内に古聖堂付近に到着する。光の向こう側では慌ただしく生徒達が動き回り、ユスティナ聖徒会を捕まえたり誘導したりして対処している。

 指揮系統はまだ生きているのか、いがみ合いつつもトリニティ生とゲヘナ生が比較的協力して戦っていた。

 

「一つ頼みがある。先生と合流しても絶対にオレのことを教えないでくれ。向こうはオレのことを知らないはずだ」

「はい!?何故わざわざ正体を隠すような…」

「オレのことが知られたらちょっと不都合なんだよ。そんじゃあ頼んだぞ!」

 

 運転手を放り投げ、続けてヒナとアコも同様に光へと放り投げる。「ヒナ委員長をもっと大切に扱いなさい!」なんて怪獣の雄たけびを無視しながら鬼も違う光から飛び出す。

 

 案の定、混乱する人々や怪我人で溢れかえった街並みが広がっていた。

 

「こっからは時間の勝負だな…テメェの好きにはさせねぇよ?クソババァ……ッ!」

 

 体に影を纏わせて鬼であるかどうかを隠して動き出す。

 高速移動で駆け回る影が、再びトリニティに現れた。

 

 一方そのころ。ヒナ達が乗車していた車の残骸跡地に複数人の人影が立っていた。一人残らず呆然とし、立ち尽くす。

 

「……」

「……」

「……もしもし、サオリ姉さん」

『どうしたヒヨリ、空崎ヒナの足止めに失敗したのか?』

「いえその……影も形もありません……」

『なに…?』

 

 槌永ヒヨリ、本来の任務であるヒナの足止めをするために高速道路までやってきたものの、対象の姿が消えていたために徒労となるのだった。

 

 

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