影から飛び出した鬼が避難が終えたことで閑散としたトリニティの街並みを突き進んでいくと、遠くから覚えのあるが聞こえてきた。
その方向へ向かえば、攻守を幾度となく変えながらアリウス生とユスティナ聖徒会の相手をしていたであろうアヤメとナグサがアリウスの生徒達を捕縛している場面に出くわすのだった。
「アヤメ、ナグサ!無事だったか!」
「もちろん!あれだけ鬼さんに揉まれたのに負けてらんないよ」
「鬼さん、ユスティナ聖徒会の姿が急に薄くなったり現れたりしたけど一体何が…」
「わからん。セイアが言うには、オレが色々とやったことが偶然にもアリウスの計画を妨害したとかなんとか……。あっ!てかオレお前さんらに間違ったこと教えてたんだよ!」
「間違ったこと?」
「ユスティナ聖徒会だよ。今は何とかなってるけどあれ実際はずっと出てくる奴らだったんだ。だからオレが想定してた捕縛もあんまり意味なくてな……すまんかった」
「やっぱりそうだよね!?百蓮で倒しても倒しても勢いが変わんなかったもん!!」
「本当にすまん…!二人には今度埋め合わせはする!」
「言ったね!?約束だよ~」
「二人とも、それより古聖堂の状況が大事じゃないかな。私達の方で何かした覚えがないならあっち側に何かが起こったってことだし」
「…それもそうだな。二人とも、まだ動けるか?」
「全然大丈夫!」
「私もそんなに疲弊はしてないかな」
「よし、なら早速向かうぞ!」
捕縛し終えたアリウスの生徒達を影の中に収納し、三人で古聖堂へと向かい始める。
セイアは影の中でミカと一緒にいるので心配は無く、避難もすでに終えているし診療所には救護騎士団がいる。
あとの心配事は今なお抵抗しているだろうアリウススクワッドとマエストロの言っていた聖徒の交わりの正体。
この二つが終われば、今回の事件は一旦の収束を迎えるだろう。後はアリウスにいるベアトリーチェを引きずりおろし、アリウスの環境の整備が終わりさえすれば長年の雪辱が果たせる。
鬼がそう考えていると、古聖堂の方向から強烈な存在感を放つ何かが現れたのを感じる。どこか神秘的でありながら恐怖も同時に覚えさせる気配。
それは誰しもが人ならざるものであると思わせるものだった。
共に行く二人も感じ取ったのか、少しだけ顔色を変えた。
「これは…っ」
「鬼さん、これがもしかして……」
「
「どうするの鬼さん、あっちの方に向かう?」
「……いや、どうやら先生達が向かうみたいだ。アリウススクワッドは……撤退しようとしてるのか?引いてるな」
「なら私達は……!」
「アリウススクワッドを捕まえないとね!」
仮面を被り直し、全速力で鬼の疾走についていけばすぐに古聖堂の跡地に辿り着いた。しかし捕縛されたアリウス生などがいるのみで、アリウススクワッドらしき姿は見られない。
「あれ、いない?」
「もしかして、もう撤退済みだった…?」
「…ん、メールだ……マエストロ?……なるほど」
「思ってたよりも行動が早かったね…って、あれ?あの子って……」
「白洲アズサちゃん…?」
「…!アヤッ…危なかった、名前を出しちゃうところだった」
「あ、今は誰もいないから気にしなくていいよ?それよりアズサちゃんはどうしてここにいるの?確か鬼さんに頼まれて、ヒフミちゃん?って子と一緒に
「そっちはもう終わったんだ。だからヒフミと一緒に待機してたんだけど…サオリねっ……サオリ達がまだここにいるって聞いて居ても立っても居られなくて…」
「じゃあ、ヒフミちゃんは…?」
「コハルと一緒に戻ってきた正義実現委員会の人達と一緒にいる。……私の我が儘に、「絶対に戻って来るって約束してください。じゃないと許しません!」と見送ってくれた」
「…!…じゃあ、絶対に戻らないとね。アズサちゃんの、大事な人達と」
「…あぁ。絶対にだ……!…そう言えば、鬼は一緒にいないのか?姿が見えないが…」
「「え?」」
アズサの疑問に首を傾げた二人が辺りを見回すも、先程まで一緒にいた鬼の姿が忽然と消えていた。代わりに一枚の紙が落ちており、重しで飛ばないようにされている。
「もしかして、鬼さんの…?」
ナグサが紙を確認すると、やはり鬼の直筆で書かれた手紙だった。すぐに読み進めて行けば、鬼が何処に向かったがわかる。
「『古聖堂の地下通路でアリウススクワッドを挟み撃ちにする』……アヤメ」
「わかってる、鬼さんと一緒に下見してた時に見つけた道だね。アズサも一緒に来るよね?」
「もちろんだ。私も一緒にサオリ達を止めたい…!」
「よし、ならさっさと向かっちゃおう!」
アヤメの意気込みと共に三人が歩き出す。向かう先は古聖堂から通じるカタコンベ、その地下通路にいるはずのアリウススクワッドの下へ。
◇◆◇◆◇
時間は少し遡り、鬼が古聖堂へと向かっている時点で古聖堂では今まで一番大きな戦いが始まっていた。
「邪魔」
「ひゃあっ!?」
「ターゲット補足……」
当初の予定通りヒナを抑えて他の各個撃破を考えたアリウス側だったが、まったく消耗していないヒナが相手では無謀としか言えなかった。
事実ヒヨリと残っていたユスティナ聖徒会がヒナへと銃口を向けるも、一切の苦も無く蹂躙していく。
ヒナの弾丸が放たれるたび、スナイパーとして距離を取っていたヒヨリごと辺りの瓦礫を破壊していった。そして障害物が無くなったことでマシロの狙撃が通るようになったことで、ヒヨリの頭へと重い一撃が放たれる。
ギリギリのところで回避されるが、すでに詰みの状況に近かった。
「ヒナタ!」
「はい!イオリさん、今です!」
「了解────!規則違反者どもめ!観念しろぉっ!」
「くっ……!」
すぐさまミサキがヒヨリの援護を行おうと小型ミサイルを上空へと放つも、先生の指揮によって補助が掛かっているヒナタのグレネードランチャーによってすべて撃墜される。
さらにその隙を突いたイオリの突撃によって距離を詰められ、ロケットランチャーを放とうとすれば自爆してしまうほどに追い詰められる。
ならばと現れては消えてを繰り返すユスティナ聖徒会を盾にしようとするも、その一体一体にイオリの精密な狙撃が放たれて完全に消滅する。
しかし距離を開けることには成功し、わざとイオリの近くの地面に発射することで爆発を加える。さすがのイオリでも完全な回避を出来ず、爆発から出てきた体には煤と傷跡があった。
「さすがにやるな…!」
「……面倒くさい」
残ったアリウススクワッドのリーダー、サオリは剣先ツルギとの一対一の戦いに挑んでいた。
最初はアリウス生徒も混じった混戦となっていたが、自傷を厭わないツルギの体当たりや弾丸が放たれる内にサオリのみがツルギの前に立っていた。
「剣先、ツルギィ……ッ!貴様、化け物か!?」
「かか、かかかかか……ぁぁはははははは!!化け物ォ…?違う!私は悪魔だ…お前たちのなぁッ!!」
アリウスによって刻み込むように教えられた体術でツルギとぶつかり合うも、早々に分の悪さを察して銃撃戦に移る。
しかし少しの傷が出来ても少ししたら再生するツルギにとって一対一の戦いなど負ける気はせず、されど一切の慢心を取り払ってサオリへとショットガンをぶっ放す。
ツルギの実力によって威力の増したショットガンが巻き上げた煙に重なった一瞬の内に手榴弾を地面に落とし、ツルギの突進を誘い込むことでダメージを与えようとする。
突進と共に距離を詰めようとしたツルギはその耳に金属が落ちた音を捕らえており、どの位置に落ちたかを把握しようするのと同時に煙へと突っ込んだ。
煙の奥にはサオリの姿が存在し、突進を回避しようとしながらも攻撃を加えようとするのも確認出来る。しかし未だに手榴弾は確認できない。
ならば手榴弾は自分の下にある────
「ツルギ、全力で前に飛んで!」
「いひひひはははァ!」
「ッ!?」
ツルギが手榴弾の位置を把握するのと同時に先生の指揮が飛ぶ。躊躇いなく先生の指揮に従って全力で前へと飛べば後方で爆発が起きた。
さすがに誘い込みを避けられたのは苦しいらしく、しかめっ面のままツルギへと銃撃を加えようとする。
しかしサオリも把握しているようにツルギは正義実現委員会の委員長であり、キヴォトス最強の一角を担う頂点の存在。
ゲリラ戦を仕掛けたサオリならいざ知らず、真正面からの一対一ほどツルギに有利に働く戦況は無い。
「壊れろォ!!」
「ぐぅっ!?」
サオリの鳩尾へとツルギの肘鉄が叩き込まれ、サオリから呻く声が漏れた。ギリギリのところで急所は外したものの、与えるダメージは深刻なものだった。
ツルギが二撃目を加えようとする瞬間に0距離からの射撃で距離を離し、乱れた呼吸を整える。
マスク越しに荒い息が漏れるのも気にせず、苦々し気にツルギを見やる。
そこには額から煙を燻ぶらせながら佇むツルギの姿があった。思わず奥歯を噛み締めればギリィと音が鳴った。
その視線は既にツルギから外れ、その後ろへと向けられていた。そこには何一つ曇っていない瞳を向ける先生が立っている。
先生の瞳がこちらに向けられていることに気づくと、思わず眩しいものを見ているような気分になった。まるで家族のようだった弟子、アズサを見ているようで────
「シャー、レ……っ」
思えば最初から異変が起こっていた。本命だった二発目のミサイルが放たれた後だというのに会場にいた者達に傷は一切なく、しかし衝撃自体は受けていたのか吹っ飛ぶ者もいた。
だが先生は少し埃を被った程度しか変わりなく、最初から襲撃を予測していたかのようにテキパキと避難を進めながらアリウス分校からの攻撃を防衛していた。
アリウス側は襲撃によって調印を捻じ曲げることに成功するも、ゲヘナの生徒が到着するやいなやユスティナ聖徒会に異変が起きたかと思えば先生が新たなETOを宣言。
無限に現れるはずの兵を失った。
それ以前の話もそうだ。トリニティの生徒として潜入したはずのアズサは前を向き始め、アリウスの教えに真っ向から反発し始めた。
利用する筈だったミカもいつの間にか手を切っており、トリニティ内では彼女を擁護するような声も出ているらしい。
サオリにとっての
あの場所で教えられたことが、呪縛のように脳裏で響く声が、自分達が救われることは無いという静観が一人の少女の精神を削っているからだった。
Vanitas
誰の物かもわからない憎悪が激情となる。
「シャアアアアアレエエエエエッ!!!」
「……」
空虚なまでに響く絶叫に、先生は何も返さない。
彼女は知っていたからだ。サオリが、アリウスが持つその憎悪は彼女達自身が望んで持ったものではなく、押し付けまがいに持たされたものだと。
そしてそれを利用しようとする、許しては置けない存在がいるということも。
故に先生が取る行動は一つ。
「────いいよ。おいで、サオリ。私がその心を、受け止めてあげるから」
それは君が進むべき道ではないと教え、彼女自身が選んで進む未来へと導くこと。
先生として、生徒を助ける。
その信念を胸に抱いてシッテムの箱に指を添わせ……直後に響く揺れに辺りを見回す。それはサオリも同様で、突然の異変に動揺が隠せなかった。
その場にいた全員が揺れが収まるのを待ち、終わりが来た頃。アリウス分校がやって来た道、カタコンベへと通ずる地下通路の入り口付近から光が溢れだす。
赤い祭服を身にまとった無貌の異形が祈りを捧げながら姿を現し、光が足元に魔方陣を描く。神秘的な何かを思わせながら、その内実には確かな恐怖が存在していた。
「あれは…マダムの協力者が手掛けていた筈の戦術兵器!?」
「予定よりも早すぎる……」
「と、となると、姫ちゃんに何かあったのでしょうか……」
「先生、あの化け物は……」
「わからない、けど手は出すのは待って」
それぞれがそれぞれの判断を下す中、地下通路から革靴で歩く音が聞こえる。
「このような形で貴殿を持て成すことをどうか許してほしい、先生。私はあの女を好くことが一切ないが、任じられた仕事を放りだすほどの無責任さを持ち合わせていないのだ」
「……誰?」
「私はマエストロ、ゲマトリアに所属する一介の芸術家だ」
歪な軋みが木で出来た体から奏でられ、その存在の不可思議さを強調する。タキシードを着こなし、双頭を持つ木の人形は、
「私に任命された役目は二つ。
一つ、エデン条約の理を捻じ曲げアリウス分校がETOの構成員となることを手助けすること。
二つ、
「何が目的なの」
「先程も言ったとおりだ、先生。貴殿の考えるようなことは私はしない。そんな品性のかけらもない所業を行えば、自罰的な炎が我が身を焦がすだろう」
空気が冷え込み、大人同士の間に生ずる得も言われぬ重力を伴った睨み合い。
アリウスに洗脳まがいの憎悪を植え付けたわけではないと否定されたものの、先生はマエストロが現れた理由を知っても何故目の前にまで現れたのかがわからない。
それが分かるまでは下手に動けないために睨み続ける。
歪に体を軋ませ、マエストロはアリウススクワッドへ邪魔だと言いたげに手で払う仕草をする。
「…っ!…総員、撤退だ。姫を回収しアリウスに帰還する」
「は、はいぃ……辛いですね、苦しいですねぇ……」
「早く行くよ」
「っ!待って!」
「すまないが先生、彼女達の後を追うことはよしてもらおう」
アリウススクワッドが地下通路へと姿を消し、先生がその後を追おうとすると巨大な化け物が行く手を阻む。ただの怪物ではない、一種の反則行為の具現化はただ祈りを捧げるのみ。
「先生、貴殿が私の作品に打ち勝った場合は私は何もしないと約束しよう。今の役目は貴殿と相まみえることで終了するのだから。…最も、そう簡単に敗れるほど私の作品は脆いものではない」
「……反則行為には反則行為、本当は切りたくなかったんだけど……」
「先生…?」
「…素晴らしい。それが例の「カード」か。人生を、時間を代価として得られる力」
ヒナの困惑の言葉に応えるように取り出したカードを視認し、静かにマエストロは震える。
それはゲマトリアですら根源も限界も把握できない不可解なもの。先生という大人の切り札。
「嗚呼、ゴルゴンダなら、鬼面ならあれをどう表現し、呼称しただろう……何か高次的な表現をするのだろうか。公平な観点から示唆するのだろうか」
「あぁ、先生。そうして手に入れたものの輝きを────私の作品に、全力で応えてくれたまえ!」
◇◆◇◆◇
地下通路を走るようにして進むアリウススクワッド。その傷は未だ癒えないが、それでもなお進み続ける。
大切な家族に何かがあったかもしれない。その一点だけで気力を振り絞ってカタコンベへと向かう。
しかしカタコンベへと通じる道の真ん中に、誰かが立っている。アツコではない。和服を身に着け、赤い鬼の面を被った銀髪の大人。
「悪いが、ここから先は一方通行だ。出てからはもう戻ることが出来ない」
「誰だ、貴様……!」
「ど、何処かでお会いしましたかね…?なんだか見覚えが……」
「あるわけないでしょ、あんなわかりやすい特徴の大人と会ったことあるなら忘れるわけないし」
「まぁそこはどうでもいい。オレからしたらさっさとお前さんらをとっ捕まえて飯食わせて元気にして次の計画に移りたいんだわ。大人しくしてくれ」
「素直に言うことを聞くと思っているのか」
「いや?どうせあのクソババァのせいで聞いてくれんだろうなとは思ってた。念のために聞いただけだ。うちの身内に初手に暴力を振るうのを悲しむやつがいてね」
「優しい方なんですね…」
「まぁな、そこがあいつの美徳だし。…さて、そろそろ息も整ってきたころか。ならこの先を行きたくば────」
「オレを超えていけ」
鬼がそう言えば、アリウススクワッドの三人が臨戦態勢に移る。戦う目つきとなったサオリに合わせるように鬼も腰に差した刀に手を掛ける。
……が、刀を持った手を離して袖口へと突っ込んで何かを探す。
てっきり刀で戦うと思っていた三人が肩透かしを食らった気分になっていると、袖口から白い何かが現れた。
それは紛れもなく……
「……ハリセン?」
ミサキの疑問に答えるように、風がひらりと流れた。