百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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番外編最終話です。ちょっと短め。


番外編4 私を忘れないで

 

 

「……逃げて、いい…?」

 

 聞いたことのない言葉を復唱するように呟くアヤメの姿は、疲れ切って何も考えられない人のようだった。その思考には、迫りくる期待や願望から逃げるという選択肢は浮かんでいないのだろう。

 

「そうだ。逃げていいんだよ、お前さんは」

 

 鬼が体を起こしてアヤメと向かい合えば、アヤメも鬼の腰元に座り込む形になる。その瞳からはいまだに涙が流れているから、鬼も何度も何度も涙を拭い、ハンカチを取り出してアヤメの顔に押し付ける。

 

「お前さんは今までずっと頑張ってきた。誰かが望む七稜アヤメとして、完璧な委員長として、都合のいい誰かとして……その頑張りが少しでも報われるように、オレ達もお前さんに寄り添ってきた。だってよ、滅茶苦茶頑張ったのに、それが当たり前みたいに流されるなんて……悲しすぎるじゃねぇか」

「……っ」

「……本当は、お前さんと元のアヤメの二人を会わしてやりたい。そんでもって、お前さんはこんなに元気でいられる世界があるんだって、その未来を掴むために一緒に笑っていこうぜって言ってやりたい。だけどそれを、この世界は許しちゃくれない」

「私が、二人いるから…?」

「そうだ。お前さんもわかっているように、一つの世界に同一人物は二人もいられない。どちらかがはじき出されちまうのさ……だから、お前さんは元の世界に戻んなきゃいけない。さっき言ったみたいに、成り代わっちまったら誰かの仮面を被って生きていくみたいなもんだからな」

 

 『元の世界』という言葉に反応し、アヤメが俯く。しかし鬼もそこに躊躇いを持ってしまえば、後戻りできなくなると感じて言葉を紡ぐ。

 唯一空いていた左手だけはアヤメの頭に置き、慰めるように撫でる。

 

「いいか、アヤメ。お前さんが元の世界に戻ったとしたら、三つの選択肢が出てくるだろう」

「選択、肢……私が今後、どうしていくかっていう?」

「そうだ。一つ目は、今までのように生きていく。二つ目は、今までと違う感情や視線を向けられることも承知の上で自分を曝け出す。そして三つ目が……百鬼夜行から遠く離れて、自分を曝け出して生きてもいい場所を探す。オレは、この三つ目の選択肢を勧めよう」

「遠く離れてって、そんなことしたら皆がなんて思うか…!」

「関係ない。その皆からの期待がアヤメを追い詰めちまったのは事実なんだしな、そこから離れるってのは間違ってないと思うが……」

 

 不安そうに見つめてくるアヤメの目を逸らさずに見つめ、己の思いが伝わることを祈る。

 

「アヤメ、いいか。自分ではどうしようもないことに、それでもと立ち向かい続けるのは確かに勇気あることだ。だがその結果、自分を見失っちまうってのは駄目なんだ。本当に無理で、それ以上背負えないなら……逃げたっていいんだよ。お前さんの逃げは、臆病じゃない」

「臆病じゃない…?皆からの期待が嫌なのに…」

「それで壊れちまったら本末転倒だろうに。……もしかしたら、逃げた先でもお前さんは逃げちまう可能性がある。一度逃げれば、それは癖になっちまうからな」

「じゃあ────」

「だから。……だから、いつかは立ち止まり、振り向かないといけない。自分に向けられた期待と視線に、ノーと言える勇気を持たなければいけない。自分が逃げた原因に……もう一度、立ち向かわなければいけないって、俺は思う。けど────!」

「わっ!?」

 

 不意に鬼に引き倒され、鬼の上に倒れこむ。そして仰向けになるように回されたことで自分達の上にあったものが見えるようになった。

 

 そこにあったのは、満天の星空だった。雲一つなく、星と月だけが見える空の海。

 

「振り返るその時まで、世界を見てきたらいい!綺麗なことも汚れたこともあるだろう。だが人は両方を知り、大きくなる。今は綺麗な部分を知り、心を落ち着かせていきな。……どうだ?この星空は」

「………綺麗」

「だろ?」

 

 しばしの間、二人で寝転びながら星空を眺める。時々流れる流星を見ていると、先程までの悩みが霧が晴れるように無くなっていく。だがそれだけでは、問題の先延ばしに過ぎない。

 そのことは鬼もわかっている。だからまた体を起こし、アヤメの後ろから話しかける。

 

「世界には目を背けたくなるような景色もあるだろう。だがそれと同等以上に心が奪われるような景色もある。それを探しにいくのもありかもな」

「……こんなにいい景色を一人で見たくない、かな」

「なら、誰かを誘えばいい。七稜アヤメという人物を知らない誰かと出会って、ありのままの自分でも仲良くなれる相手を探して一緒に見に行けばいい。何度も見に行ってそいつと仲良くなれたのなら……一緒に、振り返ってほしいって頼めばいい。一人じゃ無理でも、二人なら。二人でも駄目なら、三人でだ」

「……会えるかなぁ。そんな人に……こんなに弱い私を、見てくれる人がいるかなぁ……!」

「何言ってんだ、もう会えてんじゃねぇか!ユメにこっちのナグサ、レンゲにキキョウ、祭りのおっちゃん達に……そして、オレに」

「……っ」

「……大丈夫。世界は広いんだ、もしかしたらお前と仲良くなれないやつもいるかもしれないけど、絶対に仲良くなれる奴とも会える。キヴォトス全域を散歩してるオレが保証してやるよ」

「はは、何それ…!」

 

 後ろから抱きしめる鬼の手に、ぽたぽたと涙が落ちていく。泣きながら笑うアヤメはその腕を握りしめ、体重を鬼へと傾ける。

 もう少しだけ、あともう少しだけ……この人と見るこの景色を独占したくて。

 

「ねぇ、鬼さん」

「ん、なんだ?」

「出来るかなぁ、私を見てくれる、友達が……」

「出来るさ。こんなに優しいやつを避ける奴がいるんだったら、どれだけ捻くれてる奴なんだよ」

「そうかなぁ……」

 

 少しだけ、眠くなってきた。思考がぼんやりとしてきて、自分を包み込む鬼の体温に身を委ねたくなってくる。

 あぁ……やっぱりこっちのアヤメが羨ましく思ってしまう。こんな人が傍にいてくれるこちらの自分を妬ましく思ってしまう。

 

 だから、少しだけ意地悪をしようと思った。

 

「ねぇ、鬼さん」

「なんだ」

「仮面、外してほしいな」

「は?なんで急に……」

「えへへ、鬼さんの素顔って見たことないなって思ったから」

「……あんま外したくないんだけどな。全部は外さんぞ?」

「それで十分だよ。ほら、早く見せて!」

「こっちのお前さんみたいになって来たな……ほれ、口元までしか見せんぞ────」

 

 瞬間、鬼の首がアヤメに引き寄せられる。上からアヤメの顔を覗き込む態勢になっていたことで、鬼の頭が下へと向かい────

 

 星空の下で、二つの影が一つに繋がった。

 

「────────おっ、まえ……!!」

「ふ、あはははは!……初めて、しちゃったな。こっちの私もしてないんでしょ?」

「当たり前だろうが…!?んでお前らは、こう…不意打ち気味に……!」

「ふ、くくっ……!だめ、我慢できない!あはははは!はは、ははは……!

……大好き。

例えあなたのいない世界でも、あなたのことを思い続けるから。

だから……私を、忘れないでね……」

「……!アヤメ……」

 

 細い寝息が腕の中から聞こえる。閉じられた瞼の下で、流れていた涙が止まる。安らいだ様子で眠る少女の頬を撫でて、優しく見守る。

 

 少しずつ、少しずつ。その体に宿る魂と神秘が薄れていく。死の気配はしない。恐らく、元の世界に戻るのだろう。そして元のアヤメが帰ってくるのだろう。

 あぁ、だが。完全に帰ってしまう前に、せめてもの思いを送ろう。

 

 己を愛し、身を休め、その背に乗せていた物と向き合おうとする彼女に。

 

 

 

 

「……オレも、オレ達も忘れないよ。君のことを……

……愛してる」

 

 額に口づけを一つ、落とす。彼女に幸ある未来があることを、一心に願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああああああの、鬼さんなんで私のおでこに!!!?!??!??!」

「えっ」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ほらー起きろー!もうお昼回ってんぞ~」

「うぅん……もう少しだけ……えへへ…」

「うーん…うーん…!あ、アヤメちゃんも鬼さんにぃ……」

「アヤメがぁ……ユメさんがぁ……!うぅん……」

「…ん~!ふぁ……あ、おはようございます、師匠…」

「ん……レンゲ、櫛貸して……」

「なんで一年生組がちゃんと起きれて先輩組が軒並み寝込んでんだよ?ったく、こっちはあんまり変わんないもんだな……」

 

 並行世界との入れ替わりという珍事が発生しても、鬼の家は変わらない。今日も今日とて慌ただしい一日が始まる。

 違う未来を歩んだ彼女のことを、その記憶に刻み付けながら。

 

 流れ込んだ風が一枚の写真立てを揺らす。

 神社に行く前にと撮った写真が収まっており、そこに映る六人は、みんな心からの笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 





「ナグサ先輩、委員長は……」
「……これ」

『委員長を辞退し、旅に出ようと思います。またどこかで会える日がありますように』

「…そっか。アヤメ委員長は、行っちゃったのか…」
「うん。百蓮も置いて行って。……私、今までアヤメのことを見ようともしなかった。ずっとアヤメの隣にいる自分のことでいっぱいいっぱいで……アヤメの、辛さも知らずに…」
「……変わらないとね。私も、百鬼夜行も……」

◇◆◇◆◇

「くっそ!?生活安全局にあんなに強いやつがいるなんて知らないぞ!?」
「に、逃げろ!勝てっこない────ぎゃ!?」

「ご協力感謝します。おかげで被害も無くことを済ますことが出来ました」
「お礼なんていいよ~。これが仕事だもん」
「……あの、なぜ生活安全局に?あなた程の腕ならば、公安局に編入も……」
「……いいんだ。ここなら私も、私らしく生きられるから。私のことを、受け入れてくれた子達もいるから……それに」
「それに?」
「大好きな人に、色んなことを見て来いって言われたからね!……ね、カンナちゃん。私、上の人をちょぉっとだけ脅……げふん。お話しようと思っててね。もし私が手伝ってって言ったら……手伝ってくれる?」
「……はぁ……内容によります」
「そう言ってくれると助かるよ~!」

「アヤメせんぱ~い!一緒にご飯食べに行きましょ~!美味しそうなお料理屋さんを見つけちゃったんです!」
「いいね~!フブキちゃんも誘って行こっか!」

「……鬼さん、聞こえますか?私、色んなことを見て、色んなことを知りました。私のことを見てくれる後輩も出来ました」

「いつか、百鬼夜行のみんなにも会おうと思います。会って、みんなと話し合いたいなって思ってます。だから……だから、ちゃんと向き合うことが出来たら……出会った時みたいに、褒めてくださいね」

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