「ひぃぃぃぃぃ!?な、なんでハリセンで私の弾が弾けるんですかぁ!?」
「っ!……また落とされた。ただの手裏剣なの?あれ」
「ちぃ…っ!瞬間移動をしているみたいだ、手応えがない…!」
「さすがはアリウス仕込みの戦闘術だな、近づきたくても近づけねぇ」
地上から響いてくる揺れに合わせるように、地下通路でもまた戦闘が続いていく。
鬼が振るったハリセンがヒヨリの狙撃を弾き飛ばし、ミサキの放つランチャー弾を手裏剣が誘爆させ、サオリのCQCを交えた銃撃が近づこうとする鬼を牽制。
鬼を抜ければ勝ちのアリスクに対し、誰一人としてここから先に行かせてはならない鬼。勝利条件の差によって出来た戦況は、にっちもさっちも行かない。
いや、唯一鬼と掴み合って投げられたサオリだけは気づいている。
(この男、本気を出していない)
実際には本気で戦っているのかもしれない、だがそれは全力ではない。三人の撃破よりもここに留めることに尽力しているような気がするのだ。
「貴様、何が目的だ…!私達をここに留めて何の利がある!」
「わざわざ言うと思ってんのか?」
衝撃で崩れた外壁を盾にしてマガジン交換を行い、地下通路へ続く道の真ん中で仁王だつ鬼に問いかける。しかし答えることなく切り捨てられ、投げられた手裏剣が飛び出そうとしたサオリを牽制する。
「オレはここに突っ立ってお前さんらが諦めるまで待てばいいだけだしなぁ」
「待てばいい…?貴様、シャーレの先生とやらがこちらに向かってくるまでの時間稼ぎをしているのか?」
「そう思うか?」
「…少し違うよね。人を待ってるのは確かだけど、先生じゃない。先生だったら古聖堂にいなかった理由がわかんない」
「…ほぉ、よく見てんな?確か……戒野ミサキだったか?なんでそう思うのか聞いてもいいか?」
サオリの反対側にあった外壁を盾にするミサキがそう言えば、感心した様子の鬼が逆に問いかけてくる。己もセイントプレデターの弾倉交換をしながら、口を開いた。
「あんだけ撃ち込まれたヒヨリの弾とかをハリセンで弾いたり私のミサイルを手裏剣で防いだり、挙句リーダーと接近戦になったら無傷で投げ飛ばす」
「こう聞くと人間技じゃありませんね……」
「どう考えてもそっちの方が格上だし一人で制圧も出来る。なのにそれをしないのは、さっき言ったことが合ってるなら先生じゃない誰かを待ってる。違う?」
感情的になりかけているサオリを落ち着かせるために自身の推測を話すと、鬼のいる方向から拍手が聞こえてきた。
「相手との力量差を正確に把握し、その目的にまで推測が及ぶ。さらにはサオリが冷静になれるようにとオレとの会話に乗り出すとはな。さながらアリウススクワッドのブレインってとこか?」
「…リーダーに関しては気にしてない」
「本当かねぇ?……そろそろかな」
「……本当に貴様は誰を待っているんだ」
鬼の言うことが嘘で、本当は先生を待っていると考えたが今なお地上では戦闘音が続いている。ならば本当に違う誰かを待っているのだろうが、それが誰かわからない。
急がなければ鬼の待つ人間が来る。そう考えてサオリが壁を飛び出して鬼へと走り出す。即時射撃によってサオリの神秘が込められた弾丸が鬼へと殺到する。
それに合わせるようにしてヒヨリとミサキの射撃も発射。先行するようにサオリを追い越して鬼へと向かい、互いにぶつかり合って鬼の目の前で爆発を起こした。
サオリの銃弾を弾いた直後の爆発だったため、突撃するサオリとハリセンを振り抜いた鬼の間が爆炎で遮られる。
「っ!」
「っとと」
ハリセンが炎を切り裂いた瞬間にサオリの拳が鬼の面へと向かい、空いた手が一撃を受け止める。
膝蹴りを鬼へと叩き込もうとするも、掴まれた腕を起点とした投げにより視界が回転。一切の重力が感じられなくなった。
(投げられた…!)
360°回転どころではない視界となりながらも冷静な判断を下すサオリ。鬼が手刀の形で頚髄を狙っているが、それを喰らえば昏倒は免れない。
ヒヨリはまだ狙撃するには排莢がまだ間に合っておらず、ミサキはサオリに誘爆する可能性が存在するために打つことが出来ない。
ならばとサオリが右手の引き金を引けば、回転する体に合わせて銃弾がばら撒かれた。さしもの鬼も攻撃を中止して後方に飛んで避ければ、服を掠るようにして銃弾が通り過ぎる
「危なっ」
「ちっ…!」
受け身を取ったサオリが姿勢を低くしたまま下がればその頭上をヒヨリの狙撃が飛んでいく。首を傾けて弾丸を回避すれば、今度は体の中心目掛けてミサイルが飛んできた。
「氷鬼」
体に触れる直前にミサイルの本体に鬼の手が触れると、急速に空気が冷え込んで機体そのものを氷漬けにした。
今まで影を使った移動と鬼火という炎の攻撃以外の新行動。それにサオリの顔が苦虫を嚙み潰した顔になった。
「まだ手札があるのか…っ」
「少しずつ出していけばお前さんらは警戒するしかないだろ?時間を稼がれてるのが分かってるのにさ」
「ひぃん、いやらしい人ですぅ!」
「いやらしい!?」
また外壁と瓦礫を盾にしたサオリ達と鬼の膠着状態となる。いくら三人で隙を作ろうにも阻まれる現状に少しずつ苛立ちが溜まっていった。
そんな三人の後方から足音が聞こえてきた。
まさか、鬼の言っていた存在が?そう思った三人が振り返り…絶句する。
「────サオリ、もう終わりだ」
「アズ、サ?」
「アズサちゃん!?」
「……なん、だと?」
ここにいるとは思っていなかった存在。裏切り、しかし日の当たる場所で今も生きている、生きてくれていると思っていた相手。
左右に誰なのかわからない生徒を二人伴って地下通路へと姿を現したアズサは、静かにサオリと視線を交わした。
「何故ここに、アズサがいる」
「…サオリやみんなを、止めに来た」
「まだ諦めていないのか?お前に希望とやらを与えたのは……あの先生と、貴様か」
「さぁな。少なくともアズサは最初からあぁだったぞ」
「……Vanitas vanitatu et omnia vanitas.アズサ、わかっているだろう?すべては虚しいものだ…!」
「だとしても、それが今を諦める理由にはならない…!逆に聞くが、サオリ!その虚しさは、憎しみは誰の物だ!?サオリが最初から持っていたものなのか!?」
サオリの返答に銃口を向け、問いかける。そこから感じられるのは例え争ってでも止めてみせるという意思。サオリも同様にアズサへと銃口を向けるが、ほんの少しだけ震えている。
その先を言葉にされるのを恐れるように。
「私はそうは思わない。あの憎しみも虚しさもただ教えられてきただけのものだ」
「でたらめを言うな…!なら何故私達は苦しみ続けた。何故虚しさばかりを感じ続けた!それを否定することは出来ない!!」
「…その憎悪は、トリニティの生徒やゲヘナの生徒から与えられたものじゃない。マダムが与え続けたものだ」
「…っ!」
アズサの言葉に銃を持つ手がブレる。
無いものと断定し、押し殺され続けた心を言い当てられたような気持ち悪さ。その得も言われぬ感覚を間違いだと見て見ぬふりをする。
アリウスに存在する環境を作り出したのは、昔のアリウス分校を迫害し弾圧したトリニティとゲヘナによるものだ。今に至るまで続くのもそうだ。だからアリウスは復讐するべきだ。
だって、そう教えられてきたから。
震える手で銃の引き金を引き、アズサを黙らせようとした。しかしその手が優しく掴まれて止められる。
誰だ、ミサキか?ヒヨリか?それとも後ろにいた鬼か。
「…サオリ、もういいよ」
まるで童話からそのまま現れたかのような容姿に、天使のような羽。
突然やって来ては自分達と和解しようとした少女、聖園ミカがサオリの手を掴んでいた。
サオリとアズサのやり取りを見守っていたミサキやヒヨリは突然現れたミカに驚きを隠せない。
アヤメとナグサにアズサ、そして鬼だけは把握していたのか変わらず三人のやり取りを見守っていた。鬼は影から飛び出すミカから任せてほしいと言われ、三人は目配せで伝えられた。
「ねぇサオリ、覚えてる?私とあなたが初めて会った時のこと」
「何を……」
「アリウスの生徒をトリニティに一人編入させて、その子がトリニティで平和に暮らせたなら…アリウス生も私達と仲良く過ごしながら幸せになれるってことを証明したいっていう提案」
「…まだそれを信じていたのか?あれはお前を騙すための────」
「ううん。あの時はわからなかったけど…今ならわかる。あの時のサオリは、本当にアズサちゃんならって思って推薦した。私の言った『和解の象徴』になれるって」
サオリを見る目は憎悪を向けてきた相手に対する瞳ではない。負の感情はそこに一切なく、サオリの目と向き合っている。
「…もしも、本当に私を騙すために応じたとしても……あなたのことを、私は今も信じてる。ねぇサオリ、アリウスの子達と私達が仲良くなるのは、本当に無理なのかな。アズサちゃんが幸せに生きてるのは、あなたのおかげだったのに」
優しく掴んだ手がサオリの銃へと移動し、静かに地面へと下ろさせる。何が正解なのかがわからなくなったサオリはされるがままに、銃を手放した。
「……何故だ」
詰まり続けた言葉を吐き出すように、サオリが口を開く。真っ直ぐなミカの瞳に対し、サオリの瞳は揺れ動いて定まらない。
「何故、お前は……私達を、信じ続ける…?私達はお前を利用し、トリニティを破壊しようとした…人を殺すための訓練をし続けた、人間なのに……」
「そうだとしても、私はあなた達のことを信じ続ける。誰かと仲良くなるためには、相手を信じ続けなくちゃいけないから。…私は諦めないよ。あなた達と一緒に笑い合える未来が来るまで」
「……っ」
ミカの言葉が本気だと理解した時、サオリは崩れ落ちた。膝で立たなければ蹲ってしまいそうで、なんとか堪える。
しかしその目からは、静かに涙が零れる。声も無く泣くサオリをミカが抱擁し、優しく背を撫でる。
「…ありがとう。サッちゃんのことを止めてくれて」
「その感謝はアズサとミカに言ってやってくれ。オレはずっとここに立ってただけだ」
「でも、ずっと昔から私達のことを何とかしようとしてくれてたのはあなただよね?」
「……」
完全に戦意が無くなった彼女を見る鬼の傍に、暗がりから一人の少女が現れる。本来なら付けているはずのマスクを外した秤アツコがそう言うと、鬼は沈黙する。
ずっと昔から何とかしようとしても、手出し出来ずにいたことで苦しむ子供がいた。それは今も鬼の心にささくれだった事実として突き刺さっている。
それを感じ取ったのか、アツコはそれ以上のことは言わなかった。
ヒヨリが「え、姫ちゃん!?」と声に出して驚いたことで他の二人もアツコの存在に気づく。
「アツコ、ずっとその大人の後ろにいたんだ…」
「うん。木の人形さんに連れてこられたの」
「そうだったんですか!?全然気づきませんでした…」
「……アツコ、無事だったのか……良かった」
「…サオリ?……気絶しちゃった」
傷一つないアツコの姿を視認したサオリは疲労の限界を迎え、ぷつりと糸の切れた人形のようにミカに倒れこむ。溜まり続けた疲労が限界に至ったことで気絶したのだろう。
「……一応聞くが、まだやるかい?お前さんらのリーダーはもう動けないし、秤アツコもここにいるが…」
「私はどっちでもいい。このまま帰ったところで死ぬだけだろうし、あなたと戦って死んだっていい」
「殺すわけないだろうが。ならこのまま付いてきてもらうぞ?で、そっちのユメ似の…ヒヨリ?はどうする」
「えへへ……も、戻っても辛くて苦しいだけですし、あなたについていったら情報を出すまで拷問されるんでしょうね……やっぱり辛いですね、苦しいですね……」
「だからやらねぇって言ってんだろ。そもそもお前さんらに協力してほしいのになんで反発させるようなことをすんだよ。まず全員に風呂入ってもらって飯食ってもらって、英気を養ってもらう」
「ほ、本当ですか!?リーダーとミサキちゃんに姫ちゃんも一緒ですか!?」
「当たり前だろ」
「お代わりもしていいですか!?」
「構わんよ」
「降参します!」
「そうか。で、アツコは……」
「みんなと一緒にいれるなら、私もついていくよ」
アリウススクワッドの降参を聞き入れた鬼がアズサに視線を向ける。アズサはどうするのかを聞きたいのだ。
「私は…一度みんなの所に戻る。そして、もう終わったことを伝えたい。…その後に…アリウススクワッドの皆とも会っても、いいだろうか」
「あぁ、積もる話もあるだろうしな。それじゃあアズサ、また後でな」
「あぁ。また後で」
アヤメとナグサも鬼の傍に近寄り、アリウススクワッドやミカも一緒に影へと沈み込んでいく。少しすれば、地下通路はアズサを一人残して静まり返った。
「……帰ろう、みんなの元に…」
崩れ落ちたサオリの姿を思い返す。静かに気絶するその肩にはまだ背負ってしまったものがあるだろうが……それでも、ほんの少しだけでも降ろすことが出来たと信じたい。
もう家族のようで師匠のような大切な人が苦しんでほしくなかったから。
次は、己の故郷に居座る元凶との決着を着ける。戦いを終えた先生達の声を聞いた体が覚悟を決める。
例え全ては虚しくとも、決して諦めない。
晴れた空を見るその瞳には、虚しさの一つも存在していなかった。