百鬼夜行の鬼   作:龍玉

44 / 51
そろそろエデン条約も終わりそう。


第四十話 宣言

 

 コツ、コツと歩く音が空虚に響く。その後ろからは足音の主に追従するように7人の足音が続き、誰もいない廊下を歩く。

 足音が止まる。目の前に立ちふさがる扉がその足音の主を拒絶するように鎮座するが、気にせず扉を開く。

 

 その先に一人の大人が立っていた。

 長身に黒い長髪、着飾ったドレスは妖艶な大人の雰囲気を醸し出す。しかしその頭部は一枚一枚に目が付いたような翼で構成され、普通の人間の顔など鼻から下だけだった。

 

 その身から漏れ出す悪意を隠しもせず、女──ベアトリーチェは先生へと口を開く。

 

「初めまして、先生」

「初めまして、ベアトリーチェ。あなたがアリウスの生徒達を苦しめていた大人だね」

 

 穏やかな口調からは薄っすらと怒りの感情が漏れている。ただただ静かに先生の視線がベアトリーチェを射抜くも、ベアトリーチェはクスクスと笑うのみだ。

 後ろに控える生徒達は大人同士の戦いに身を引き、だがいつでも飛び出せるように警戒は解かない。

 

 そんな子供達の姿を愉快そうに見ながら、ベアトリーチェの複数の目が先生に向いた。

 

「苦しめた。苦しめたですか……ふむ、おかしなことを仰いますね、先生。私はただこのアリウスを手中に収め、教えを説いただけです。

 全ては虚しい。ただ虚しいだけだと」

「その教えは生徒達のもの?それとも他の誰かのもの?」

「ほう?」

「あなたの言ったその教えからはなんの教訓を得ることが出来ない。ただただ後ろ向かせるだけの教えを教えとは言わないよ。……あなたがこの子達を利用するためだけに曲解したものだよね」

 

 後ろからベアトリーチェを力強い意志を持って睨むアズサを見る。

 全ては虚しい……それはそうだろう。世の中は理不尽なことだらけで、何も出来ずに潰れてしまうことだってある。それは否定できない。

 だがそこで終わってしまうのは駄目だろう。それこそ、アズサが口にするような言葉が続かなければ、誰も言い伝えようとしない。

 

 全ては虚しい───だとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。

 

 昔から言い伝えられた教えというものは、人が前へと進み、誰かに繋げるようにと願った思い。その思いが誰かを苦しめるなんて、あってはならない。

 ならば、アリウスに伝わるこの教えは……悪意を持って曲解し、捻じ曲げられたものだろう。

 

 以前一人の生徒が力の限りを振り絞って結ぼうとし、しかし捻じ曲げられてしまった約束のように。

 

「……くくくっ。えぇそうです。私が捻じ曲げました。

生の謙虚さを教える金言は無価値な空虚へと歪曲し、堕落を警戒する厳格な自責は逃れられない罪悪感へと歪曲し……燻ぶっていた憎悪を滾らせ続けたのです。全てを敵と見なすほどに」

「なんで?何が目的でそんなことをしたの?」

「簡単なことです。このキヴォトスを、大人が子供を支配する「楽園」にするため」

 

「ですから先生、今からでも遅くありません。ロイヤルブラッドを渡してくれませんか?」

 

 瞬間、後方で待機していたアリウススクワッドとアズサ、そしてお面を付けた二人の銃口がベアトリーチェに向けられる。

 唯一最後の二人の銃口が向いた瞬間にピクリと反応するも、構わず先生に語り掛ける。

 

「あの子は私が丹精込めて教えた生徒です。あの子を生贄として捧げれば、きっと私達大人に素晴らしい福音を与えてくれる。私の計画にとって最も重要なピースなのです」

「頷くと思う?あなたみたいな大人にさ」

「…ならば、あることを教えて差し上げましょう。今ロイヤルブラッドの傍にいる大人…あなた方が鬼と呼ぶもののことです」

「……鬼?じゃあやっぱりアズサの言っていた人は……

「先生もご存じでしょうが、あの者と私は同じ組織……ゲマトリアの一員でした。あれに黒服やマエストロ達は懐柔され、今まで行っていた実験も一切行わくなり目指していた筈の目的すら忘れる始末。

 しかし私だけは違いました。あれに常に目を配り、その面の下に隠した本性が現れるまで待ち続け……ついに暴いたのです」

 

 裂けるような笑みで嗤う姿は何かを企む姿で、傍から見ている者からしてもその続きを言わせるメリットはないと分かっている。

 しかし、目の前の大人の言うことに何故か惹かれてしまう。不思議なことに、その言葉に嘘はないと分かっていたからだったか。

 

 そして自身の勝ちを確信し、ベアトリーチェが言葉にする。

 

 

 

 

 

 

 

「あの鬼は、生徒を喰らう化け物でした」

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「不思議に思いませんでしたか?何故サオリよりも上のアリウス生がいないのかと。私がアリウスの内乱を収めて十数年、今に至る間も生徒は次の学年へと進み、卒業します。卒業すれば今度は社会に出ることを目的として行動しますが、私の支配下にあるアリウスから出ることは叶いません。当然、ここで後輩たちに指導を行います」

 

 饒舌になったベアトリーチェの言葉に口を挟むことが出来ない。

 

「先生はあれの影からアリウスを見ていたでしょう?その中にサオリよりも年上の存在を見ましたか?見ていないでしょう。当然です、既に死んでいるのですから」

「……」

「私がそれを知ったのは、既にあれが任務に出ていた生徒を喰らった後でした。本性を現したあれと真正面から立ち向かうことは愚策だったので、ここに姿を現した瞬間にミサイルを叩き込み、地下に幽閉したのです」

「マダムが、立ち入りを禁止した地下室か…?」

「えぇそうです、サオリ。あの地下室に鬼を閉じ込め、封印しようと思いました。……しかし隙を突かれ、逃亡を許してしまったのです」

 

 鬼と関わった者ほど疑心暗鬼に陥る。己を教え導き、故郷を救う手立てを授けてくれた相手と認識する者達はベアトリーチェの言う鬼と今まで見た鬼が脳裏で鬩ぎあう。

 鬼をよく知る二人はその銃口に迷いは無いが、その脳裏には確かな疑問が生まれていた。目の前の大人の言うことが本当だったら、今まで見てきた鬼は何だったのか、と。

 昔の鬼を知らないからこそ生まれてしまった疑念だった。

 

 唯一鬼と関わっていなかった先生はベアトリーチェの言葉に揺らぐ。もしもベアトリーチェの言葉が真だとするならば、今最も危ないのはアツコ。

 アリスクから聞いていた作戦の立案者の下にいるという情報とその立案者が鬼だとするならば、先生達が傍にいない今こそ狙い時だ。

 

 ベアトリーチェを放っておくことは出来ない。大人として絶対に許すことの出来ない目の前の存在は絶対に悪意の手を生徒に伸ばすだろう。

 しかし生徒に命の危機が迫っているのならばその危機を払わなければいけない。

 生徒の危機に駆けつけない先生なんてここにはいないのだから。

 

「わかりましたか先生。今私に構っていれば、ロイヤルブラッドの命が失われる可能性があります。あの神秘を鬼が喰らってしまえば、その力に抗える者はいなくなってしまうでしょう。それをあなたは望んでいるのでしょうか?」

「……っ!」

「さぁ、今すぐここから去りあの紛い物を消し去ってくれるのならば、私は今あなた方に何もしないと約束しましょう。何処へ行こうと私の知ったことではありませんから」

「な…っ!?」

 

 その言葉の意味をわからずに言う大人ではない。鬼を排除した後ならいざ知らず、ここから去ろうとするのならば本当に何もしないのだろう。

 だからこそ先程の言葉に説得力が生まれ、それだけ彼女にとって鬼が煩わしいものだと納得してしまう。

 

 先生達の意識が逸れ始めたことに気づき、アヤメとナグサが銃を持ち直す。もしも先生達がアツコの救助に向かうとするのならば、刺し違えてでもここでベアトリーチェを倒さなければいけない。

 

 例え目の前の大人の言うことが本当だとして。ここまで誰かを傷つけ、苦しめ、騙して利用しようとした目の前の大人の悪意は変わるのだろうか。いや、ずっとここに居座ったままだろう。

 目の前の大人の悪意によってミカは涙を流し、ナギサは誰一人として信じることが出来ず、セイアは起き上がることすら出来なくなり……アリウスは、長い間憎悪に支配され続けた。

 

 絶対に倒さなければいけない。倒さなければ、その悪意はより多くの人を狙ってしまうだろうから。

 

 互いに頷き合い、先手を奪うために飛び出そうとする────

 

 

「鬼さんはそんな人じゃありませんっ!!」

 

 

 震わせた拳を握りしめ、勇気を振り絞った一人の声で止まった。

 

「……はい?」

 

 揺らいでいた先生ですら呆け、ベアトリーチェは困惑の声を漏らす。全員の視線が集中するのも気にせずに、一歩ベアトリーチェへと踏み出す。

 堂々たるその姿からは大人への畏怖など存在せず、真っ直ぐに敵を見据える。

 

「あなたがあの人の何を知ってるんですか!同僚の人だからって全部を知ってるわけじゃないでしょう!?」

「…いきなり何を言い出すのかと思えば、意味のわからないことを……化け物を排除しようとすることの何がおかしいというのか。そも、あなたこそあれの何を知ってるのです?あれの本性は────」

「鬼さんの本性なんて関係ありません!私はあの人のことを信じてるんです……同じペロロ様を好いた人として!」

 

 カバンから取り出したブサッ……キモッ……意味不明な人形が取り出され、ライオ〇キングのように掲げられる。

 傍に立つアズサだけが目を輝かせ、他の面々は総じて困惑した様子でペロロ人形を見る。

 

「確かに私は鬼さんのことを全部知っているなんて言えません。時間で言えばあなたの方が多いはずです。だけど一緒にペロロ様のことを語り合ったあの時間は、あの人のことを信じることが出来ると思えるものでした!」

 

 思い出すのはあの直談判後の時のこと。セイアからのヘルプとアリウス出発の少し前に、ヒフミはアズサを連れてペロロ様の布教を行っていた。

 

 約束したしな~と鬼は出迎え、その一日はヒフミとアズサと共にモモフレンズのことを学んだのだ。

 まさか小一時間どころか半日もヒフミのマシンガントークが続くとは思っていなかったが、時折こっちの様子を気にしながらモモフレンズの良さを伝えていたのでこっちのことを配慮してはいたのだろう。

 「お前さんらの好きなものなんだろ?別に何時間かかっても構わんよ」と言った瞬間にヒフミとアズサのブレーキが吹き飛んだので仕方あるまい。

 

 結果鬼はモモフレンズのことを少しばかり理解し、ペロロ様のことは「人形として見たらまぁ可愛いか。人形として見たら」と認識した。

 一番好きになったのはスカルマンだったのでアズサは興奮し、また一人モモフレンズを好いた人が増えたとヒフミは喜んだ。

 

 その際にヒフミは鬼に聞いたのだ。何故ここまで自分達の話を聞いてくれたのか、と。

 

『?そんなの、後になったら聞いてやるって言ってたからだが……』

『それはわかるんですけど、鬼さんは最初はペロロ様のこともご存じなかったじゃないですか。だから何も知らないのに何時間も話していたら、嫌になってしまわないか不安で……』

『…んー。オレは嫌に思ったりはしてないがなぁ』

『そ、そうなんですか?よかったです…!』

『なら私からも一つ聞いてもいいだろうか?』

『なんだ?』

『私達がモモフレンズのことを話していた時、何故あんなにも暖かい目で私達のことを見ていたんだ?』

 

 これといった意図もなく問いかけたアズサに対し、鬼が目を瞬いて質問を理解しようとしていたように思える。

 鬼がそんな目で自分達のことをみることをヒフミも不思議に思っていた。しかしその様子からは、鬼に自覚は無いようだった。

 アズサの問いかけから心当たりがないかを探ったのか、右に左に首を傾けて合点がいった仕草をする。

 

『そうだなぁ、お前さんらが自分の好きなことに夢中になれてるからかな』

『夢中に?』

『そうだ。アリウスで過ごしていたアズサはわかるだろ?自分のやりたいことがやれず、誰かに強制されるようにして生きる息苦しさは』

『……』

『十何年も手出ししなかったオレが言うなんて何様のつもりだって言われるかもしんないがな、やっぱり今を生きる子供には、前を向いて生きてほしいんだよ。

 自分のしたいことをして、なりたいものを目指して頑張って、辛さも悲しさも楽しさも幸せも知って……次の世代に繋げてほしい。それが出来るのは、今を生きる人間にしかできないからな』

 

 そう言う鬼は、何処か遠くを見つめていた。子供を見守る大人の献身、そしてこれから死ぬような言葉にヒフミは口をついて言葉が出る。

 

『鬼さんは、これから死ぬつもりなんですか…?』

『…あぁすまん!変な言い方になっちまったな、別に死ぬつもりは無い。少なくとも、子供が元気に生きれる世界になるまではな』

『じゃあなんで、そんな言い方になったんですか』

『…んー、いつ死ぬかわからないってのもあるが……"これから"を作るのは、今を生きる大人じゃないって考えてるからかね。大人が環境を作り、そのさらに上に今を生きる子供が"これから"を築く』

 

『往々にして生き物はそうやって繋いできた。その流れを崩したいとは思わなくてね』

 

「……誰だって、隠したいことはあります。私だって、先生だって、アズサちゃんだって……鬼さんだって」

 

 誰にも言いたくない、知られたくないことは誰しもが持つ秘密。ヒフミだって秘密はある。

 限定グッズを得るためにブラックマーケットに入り浸るし、ライブに向かうためにテストをブッチしたし、ある銀行強盗団の(巻き込まれたとはいえ)ボスだし。

 先生にだってあると聞いている。大人だけど自分達みたいに特撮というものに熱心で、限定品を得るためにポケットマネーを使うなんて聞いた。アズサもまた、以前まではアリウス出身であることを隠していた。

 

 ならば、あの鬼にだって皆に隠していることがあるのだろう。誰にも触れられたくない秘密が。

 

「もしかしたらあなたの言っていることが本当なのかもしれません。それを私達が確かめることなんて出来ないけれど、嘘だと断定することだって出来ません」

「ならばこの問答に意味は────」

「でもっ!鬼さんが何の理由もなく、誰かを傷つけたりしないって私は信じています!あの人はいつだって、先生のように暖かく見守ってくれる人だから……!」

 

 また一歩、ベアトリーチェに近づく。ついには先生の横を通り抜け、全員の先頭に立ってすらいた。

 

「私、あなたに言いたいことがあります。あなたが皆を苦しめたのも、ここで誰かを傷つけ続けたのも…全部、自分のためだと聞きました」

「…そうですが?それの何が悪だというのか。子供は大人に搾取され、互いを憎しみ、傷つけ、堕落する。大人はその屍の上に立ち世界を支配する。それがこの世界の本質であり真実。そしてこの神秘と恐怖の転炉を踏み台にして、私達はさらに高次元の存在に────」

「私はっ!そんな世界は嫌ですっ!!」

「っ!?」

 

 生えているはずのない桜の花びらが舞い、ヒフミの足元を離れて悪意と立ち向かう者達の頬を撫でる。

 

 

「誰も前を向くことの出来ない世界なんて嫌です。そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです

 

それが真実だって、この世界の本質だって言われても、私は好きじゃないんです!」

 

 

「私には、好きなものがあります!

 

平凡で、大した個性もない私ですが……自分が好きなものについては、絶対に譲れません!」

 

 

「友情で苦難を乗り越え

 

努力がきちんと報われて

 

辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……!

 

苦しいことがあっても……誰もが最後は、笑顔になれるような!

 

そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!」

 

 

 暗く、澱んだ空気が漂うアリウスの空が割れて光が漏れる。まるで逆光のようにヒフミの背を照らし、ありえない現象にベアトリーチェは顔を顰める。

 

 

「例えあなたが言おうと、誰が何と言おうとも……何度だって言い続けてみせます!

 

私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!

 

終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!

 

私たちの物語……」

 

 

「私たちの、青春の物語(Blue Archive)を!!」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。