百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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ちょっと遅れちゃった。


第四十一話 決着

 

「空が……晴れた…?」

「…アリウス自治区が晴れるなんて、聞いたことない」

「き、奇跡なんでしょうか…?」

 

 たった一人の啖呵を境にしてアリウスの空が晴れ渡り、バシリカの外で青空が広がる。中にいた者達にもそれは視認でき、あり得ざる現象に言葉を失う。

 先生ですらバシリカから垣間見える青空に目を奪われ、先程までとは打って変わって空を眺める。

 

 それはアリウスの各所に点在していた者達にも見えていた。

 突如広がった青空にユスティナ聖徒会は無感情に顔を上げ、アリウスで待機していたアリウスの生徒達は驚きでいっぱいのまま空を見る。

 

「……綺麗」

 

 一人、薄紫色の髪を持つ大人びたアリウス生もまた空を仰ぎ、無意識のままポツリと零す。その言葉はここにいる者達全ての総意であり、そこに虚しさも悲しみも存在しない。

 教え込まれた指針すら忘れ、ただただ空の綺麗さを享受するのだった。

 

 トリニティ内でミネ達と共にセイアの回復に尽力する鬼も世界の変化に気づき、仮面の下で汗を流しながら笑みを浮かべた。

 悪意を飲み込み、前を向こうとする強い意志がある方向から溢れている。それが出来るとするのならば、あの中では先生か……もう一人か。

 

「やるじゃねぇか、ヒフミ…!」

 

 お守りに力を注ぎ続ける横でミネがセイアの状態を確認していく。ミカやナギサ、アツコはミネに頼まれた検査機や毛布等を持って後方で待機していた。

 

「脈拍安定、呼吸も一定の間隔で行えています。瞳孔の反射も確認……もう大丈夫です。命に別状はありません」

「っよかったぁ…!」

「寿命が縮む思いでした……」

「何とかなって、よかったね……」

「あぁ。……後は、向こうだけだ」

 

 鬼は変化の起きた方向を見つめる。そこには今もなお戦う者達がいる。

 

「…頼んだぞ」

 

 場面は戻り、バシリカに立つベアトリーチェはその顔を酷く歪ませながら前方を睨む。

 

「……私の領地で、そんな戯言を吐くとは……っ」

 

 怒りで握りこんだ扇子が悲鳴を上げるように軋む。ベアトリーチェから湧き上がる激情に気づいた先生がヒフミを引き寄せ、すぐさま自分の傍へと手繰り寄せる。

 その横には生徒達が戦闘の構えを取り、先程とは打って変わって一つの意思をマダムへと向ける。

 

 すなわち、反抗の表れ。

 

「サオリィ……!育てた恩義も忘れ、私にその銃口を向けるというのですか……っ!」

「…私を育ててくれたことは感謝する。例え全てが虚しいものだと教えられようと、どれだけ苦しい思いをしようと……育ててくれたのはマダムだ」

 

 命を握られながら、恐怖と暴力で支配されていたとしても……生きていたのは、確かにベアトリーチェのおかげだろう。先生と鬼が聞けば青筋の一つでも立てそうな事実だが、少なくともサオリはそう思っていた。

 他の二人も同様に、育ててくれた恩義はあるかもしれない。

 

 だからこそ、その恩義を持ってここで決別する。自分達の自由意思を抱きながら。

 

「私達の人生は虚しいものなのかもしれない。だがそれが、今日最善を尽くさない理由にはならない」

「……!サオリ…!」

 

 嬉しそうにアズサがサオリへと顔を向ければ、同様にアズサを見ていたサオリと視線が合った。互いが同時に頷けばその目に強い炎が宿ったかのようだった。

 

「マダム、いや……ベアトリーチェ。私は、私達はあなたに抗おう」

 

────あなたの下らない目的のために、大切な家族の命をくれてやるつもりはないのだから。

 

「~~~ッッ!!!」

 

 突き付けられた子供の反抗の意思に、少しの澱みも無い瞳に今度こそベアトリーチェは堪忍袋の緒が切れた。かっぴらいた複眼がサオリ達を血走った目で捉えて離さず、わなわなと震える体と共に空気がざわめく。

 

「大人に搾取される備品が、支配者に逆らうと…!?調子に乗るなァッ!!」

 

 薙ぐように腕が振るわれると、先生達の後方から叫び声のような何かが聞こえた。まさか調印式に現れた怪物が?と思い振り返った全員の視線の先には、複製されたユスティナ聖徒会の姿があった。

 しかしその先頭に立つのはただのユスティナ聖徒会ではない。一際背丈が高く、それぞれの手に重火器を携えたユスティナ聖徒会の生徒が他を先導するようにこちらへ向かってきている。

 

「な、なんですかあれ!?あんなユスティナ聖徒会の人っていましたか!?」

「調印式で見た戦術兵器とは雰囲気が違う……」

「ユスティナ聖徒会における、ハイエンドモデルってやつかな?ベアトリーチェ」

「よくお分かりですね、先生。そう、ここへ向かうあれはユスティナ聖徒会の中で最も偉大と謳われた聖女を元にして作り出した私の切り札です。そして……!」

「っ!?アンブロジウスが…!?」

 

 意表を突けたことに気分を持ち直したベアトリーチェの後方に巨大な異形が現れ、ベアトリーチェを抱擁するように包み込んでいく。

 異形──アンブロジウスがその体を炎へと変えながらベアトリーチェへと溶け込んでいき、ベアトリーチェもまたそれに合わせるようにしてその姿を変えていく。

 

『ロイヤルブラッドがいない以上は別の神秘を用いるのみです。複製とはいえ、異邦人の救い手たるその神秘は確かなもの………私が有効活用して差し上げましょう!』

 

 人の姿からかけ離れた姿へと変貌したベアトリーチェ。その体はベアトリーチェ自身の面影を残しながらもアンブロジウスの炎が焚かれ、随所に青白い装飾が施されている。

 

『さぁ、私の敵対者である先生。後方からはバルバラ、そして私の袋小路ですが……勝てるとお思いで?』

 

 その威圧感はマエストロが顕現させたあのヒエロニムスにも引けを取らない。目の前の大人の力が絶大なものであるということを肌で感じる。

 さらに言えば、自分達の後方からは今取り込まれたであろう異形以上に厄介そうなバルバラという聖女が距離を詰めに来ている。

 

 従来の戦略において、挟み撃ちや袋小路に追い詰められた者が生き残ることはまず無い。ここにいるのは薩摩武士のような戦馬鹿ではなく、戦う力を持っただけの生徒達と先生なのだ。一方だけの戦いならば指揮が間に合うが、残りの一方は空白になってしまう。

 

(こうなったら────)

 

 己の懐に存在する切り札に手を伸ばす。力を振るったものの代償を持って盤面をひっくり返せるほどの鬼札を切れば、即座に対処が可能となるだろう。

 天秤に乗っているのは生徒の安全と、リスクを取ってでも戦った場合のメリット。だが先生からすれば選ぶ余地のないもの。ベアトリーチェと向き合い、勢いに任せて大人のカードを引き抜く────

 

「行くよ、ナグサ!

「うん、アヤメ

 

 二度の発砲音と何かの怯む声。振り向いた先生の目線の先には飛び出した二人の生徒の姿があり、傍にいたアズサやヒフミも飛び出す速度に驚くことしか出来ない。あまりにも速い二つの影は少しの時間も経たずに聖女バルバラと接敵し、ばら撒かれる弾丸を避けながら他のユスティナ聖徒会を倒していく。

 不思議なことに呼び合っているだろう名前は聞き取ることが出来ないが、二人だけで戦おうとしているところに支援をしようとして、鍛え抜かれたコンビネーションで相手を翻弄し続ける二人に拒否される。

 

「ここは私達に任せて、先生はそっちをお願い!」

「大丈夫、いつもの稽古に比べたら何段階も易しい」

「あれと比べるのは酷じゃないかな?それじゃあみんな、また後で!」

 

 乱戦の合間に放たれた弾丸が廊下の柱を打ち抜き、崩れた柱が壁となってユスティナ聖徒会との戦場に繋がる道が塞がれる。まったくと言っていいほどに緊張も不安もない二人に呆気を取られるが、なるようになれと切り替えてベアトリーチェと向き合う。

 すでに他の生徒達も準備を整え終え、いつでも戦うことが出来る。

 

『最後通牒です、大人しく私の慈悲を受け取りなさい』

「断る」

『……わかりきっていましたが、改めて聞きましょうか。何故?何故あなたは高みを目指さないのです』

 

 切って捨てられた返事など一切気にせずにベアトリーチェは先生へと問いかける。そこには心底不思議がる疑念と呆れが含まれていた。

 

『あなたはわかっているはずです。何かが進化するには何かを犠牲にしなければならない。魚が陸に上がるために鰭を失くしたように、猿が人になるために二足へと変わったように』

「それは否定しないよ。だけど、その犠牲に子供が入るべきではない。そう思っているだけ」

『──何故?何故?何故?何故何故何故何故何故何故────……』

 

 ぎょろりと視線が先生に向けられる。花弁のように広がった顔全体に存在する瞳から向けられた感情にヒフミとヒヨリが小さく声を漏らし、サオリやミサキ、アズサが小さく冷汗を流す。

 ただ一人、先生だけは待ち構えるようにして仁王だつ。

 

『あなたはすべての生徒を審判することが出来る。救うことも変えることも出来る絶対的な力を有している。あの紛い物の"色彩"を宿す鬼にすら届くはず────』

「それは違うよ」

『!?』

 

「私は審判者でも、救済者でも、絶対者でもない……悲しむ生徒のための、ただの先生だよ」

 

「そして────あなたのような、子供を利用する大人を絶対に許さない……大人だ

 

 彼女とよく関わる会計の少女ですら見たことのない憤怒の顔でベアトリーチェを睨みつけ、シッテムの箱を起動する。

 

「お願い、()()()

『はい、先生!このスーパーアロナちゃんにお任せを!』

 

 誰にも聞き取ることの出来ない会話をすれば、先生の専属秘書であるスーパーAI、アロナの声が聞こえる。純粋な幼子のようなその声に眉間に寄った皺が緩むのを感じながらも、適切にシッテムの箱を操作する。

 すると俯瞰するような視点となり、打破すべき相手の全貌を捉えることが出来た。

 

『……いいでしょう。絶望を抱きながら、懺悔するがいい!!』

「行こう、みんな」

 

 頼もしい返事を耳にしながらベアトリーチェに立ち向かう。

 決着の時は近い。

 

◇◆◇◆◇

 

 単発式のライフル、百蓮が何人も貫いては煤も残さずユスティナ聖徒会を消し去っていく。一度も立ち止まらずに撃ち抜いているが、的確に急所を射抜き続けていた。

 

 しかしコッキングの瞬間を失くすことは出来ず、小さな隙は生まれてしまう。柱に隠れ、即座に排莢と装填を行うアヤメに向かってバルバラの重火器が放たれようとするが、重火器を持つ指を撃たれて怯んでしまう。

 

「ナグサナイス!」

 

 嬉しそうにアヤメが言えば、バルバラを妨害したお面の美少女であるナグサは頷きを一つ返す。背後から飛び掛かってきたユスティナ聖徒会を視認しないまま潜り抜けて回避すれば、即座に頭を撃ち抜いて沈黙させる。

 

「やっ!」

 

 三方向からの飛び掛かりをジャンプで避けて一人を残して殴り倒し、最後の一人を掴んでアンブロジウスへと投げつける。

 投げつけられたユスティナ聖徒会はアンブロジウスの放った火球に衝突して他のユスティナ聖徒会を巻き込みながら姿を消していく。

 

 狙いを変えたバルバラがナグサへと銃口を向ける。そこにはユスティナ聖徒会を投げつけた瞬間に四人ほどの他生徒からの猛攻を凌ぐナグサがいた。

 バルバラの持つバルカン砲が回転し、銃弾の雨を降らそうとした瞬間だった。四度の発砲音が響いた瞬間にナグサの周りにいたユスティナ聖徒会が消滅し、即座にナグサが伏せる。

 

 その向こう側には、ナグサの百蓮が向けられていた。

 

 バルバラが瞬時に回避行動を取れば、その右肩を撃ち抜かれる。

 

「ありゃ、そう簡単には当たってくれないか」

「アヤメ、ありがとう。さすがにあのままなら、被弾覚悟で行くつもりだったから……」

「どういたしまして。んー、レンゲとユカリがいたらもっと攻められるんだけどなぁ」

「キキョウがいたら、私達の攻防の切り替えるタイミングも滑らかになるんだけどね……」

 

 そう言いながらも即座に排莢と装填を終え、攻めあぐねているユスティナ聖徒会を撃退していく。

 バルバラと二人が接敵してからはこの構図が続いていた。一般のユスティナ聖徒会が攻めようにも効果は無く、バルバラが攻撃しようとした瞬間には絶対に鉛玉が飛んでくる。唯一後方から火球による攻撃をしているアンブロジウスには二人の銃撃が届くことは無い。道中にいるユスティナ聖徒会に阻まれるというのもあるが、それ以上にアンブロジウスの攻撃を利用するために生かしているという点が大きいだろう。

 火球を投げれば銃弾か投げられたユスティナ聖徒会が衝突して爆破を起こし、より巨大な火球を投げつければ即座に退避する。しかし巨大な火球である分爆破は大きく、ユスティナ聖徒会も巻き込まれないように突っ込むことは出来ない。

 

 二対多だというのにまったく劣勢さを見せないアヤメとナグサ。少しばかり疲れて来てはいるが、いつもの百花繚乱の鍛錬に比べればひどくマシに思える。

 そもそも鍛錬ではアヤメ達が多の側に入って戦い、鬼との手合わせを始めるのだ。百花繚乱組はインク弾で立ち向かい、鬼は真剣を使わずスポンジで出来た剣で戦うが攻め方自体は本気で取り組む。そのため、ほぼほぼ百花繚乱組がボコボコにされて終わる。

 

 まず鬼の気配が読めない。攻撃の瞬間ですら気配は読めず、鬼本人が言うには「闘気を抱かず空気のように構える。そこに敵意が無ければ、生き物は意図して反応することは出来ない」らしい。ただの生徒相手に大人げない。

 次に攻撃。気配が読めずとも木刀の軌道自体は予測できるため、受けた一撃をもとに回避すればKOは回避できる。が、そもそもの振る速度が頭がおかしいレベルで速く、本気で回避してもかすることは無い。必中なのだ。自分の実力に自信のあった者達の心がへし折れるレベルの攻撃によっていつも百花繚乱組の体はスポンジのインクまみれになる。

 

 いつも吶喊して鬼の体幹を崩そうとするレンゲや率先して鬼と接近戦を繰り広げるアヤメは基本的に全身インクまみれであり、他の三人も体のどこかしらにはインクの一閃が残っていた。

 

 いくら体が頑丈とはいえ、ここまでボコボコにされれば精神的に来るものがあった。何度も何度も会議をして対策を考えては意にも介さずに突破され、ユカリが加わってからはより一層鬼との攻防が激しくなっていく。

 疲れ切った体で入ったお風呂は格別で、後輩がいるのに「あ゛あぁぁぁ……」なんて声が漏れるほどだった。といってもナグサ達も気持ちは痛いほどわかるので苦笑で済ましていた。

 

 そんな鍛錬の日々を繰り返し、メキメキと実力を付けていった結果、鬼がアビドスから帰ってきた頃。ついに鬼の腕に一発だけ命中した。

 全員の動きが止まってしまったあの時間は今も覚えている。今でさえあれが本当なのか疑ってしまう程だった。鬼がよくやったなと褒めればどっと疲れがやって来て泥のように眠り、起きて早々に漂ってきた焼き肉の匂いに体が食事を求めて腹を鳴らす。

 

「…あれからそこまで時間が経ってないの、今でも信じらんないな」

「そうだね…そんなに時間も空かずに、今はここにいるもんね」

「ねー」

 

 緩い会話を続けながら妨害が間に合わなかったバルバラの掃射を回避し、崩れ切った壁をバリケード代わりにして一呼吸いれる。

 鬼との手合わせを繰り返す内に百花繚乱紛争調停委員会や修行部、イズナ等の実力は他学園の生徒に比べて頭一つ抜けた実力を得た。特に鬼とかち合うことの多かった者は闘志の無い攻撃でも体が危機感を感じ取って反応できるようになり、鬼との手合わせよりも前に比べたら段違いに打たれ強くなったのだ。

 どれだけ強くなったかを具体的に言うと、百鬼夜行で風流を追い求める怪談家の一人が地団駄を踏んで頭を抱えるレベルで強くなっている。

 

 打倒が不可能なはずの怪異を殴り倒しかねないレベルで強くなった者達の中でアヤメとナグサは特に強くなった。少しの間ならば鬼とも格闘を行い、振るわれたスポンジ剣を躱すことも出来そうになっている。

 その成果は今も続く戦いで発揮されていた。

 

「────」

「よーし!さっさと倒しちゃおうか、ナグサ!」

「そうだね。早く鬼さんと会いたいから……このままやっちゃおう、アヤメ」

 

 複製されたユスティナ聖徒会は完全に消え、ただ一人残ったバルバラが仕切り直そうとするように雄たけびを上げればアヤメとナグサも構え直す。すでにバルバラにも限界が近づき、次の一撃が最後となることを感じ取っていた。ボロボロになった体で銃口を二人それぞれに向ける。

 

 どちらかが動いた瞬間に勝負が決まる。じりじりと二人が近づき、バルバラは不動の構えで待ち構え────二人が飛び出す。

 

「────!!!」

「「っ!?」」

 

 最後の意地とばかりに放たれた擲弾が三人の間を爆破し、遮った煙を裂くようにバルカン砲の弾丸が飛び出す。自分達の頬を掠ることも気にせずに突撃した二人が弾丸を放った。

 最後まで諦めなかったバルバラが横に飛びのくようにして回避する、が……体が落ちるようにして急停止する。

 

 見れば飛びのいた瞬間の足が撃ち抜かれていた。では、もう一発は?

 

 

 

「お休み、バルバラさん。どうか安らかに眠ってね」

 

 

 

 吸い込まれるように百蓮の一撃がバルバラのガスマスクに命中する。百蓮は"幽霊を捕らえる銃"。その効果は死したはずのバルバラに対して効果は抜群だったようで、その動作を停止する。

 撃ち込まれたガスマスクが砕けて地面に落下して霧散する。そのマスクの下にあった顔には、静かな微笑みが浮かんでいた。

 

 

────ありがとう、ございます……

 

 

 別れの言葉が聞こえた気がした。言ったかもしれない本人はすでに消え去ったので確認することも出来ないが、今となってはどちらでもいいだろう。

 今必要なのは、仲間達の無事なのだから。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 銃弾が、ミサイルが、どす黒い色をしたエネルギー玉が神聖な場所とされたバシリカを抉っては壊し、聖域とされた面影を消していく。

 地に根を張る花のようにその場から動かないベアトリーチェがサオリやミサキに指を向けて鳴らせば、回避したその場に赤と黒が混じった色をした炎が上がる。残った腕から青白い炎が現れ、薙ぎ払うように振るえばベアトリーチェの周りで炎が舞う。

 

 間一髪で炎を避けたミサキが銃口をベアトリーチェに向けた瞬間、先生の指示によってベアトリーチェの気を引くべく放ったヒヨリの狙撃が飛んだ。寸でのところで回避するものの、少し遅れて放たれたミサキのミサイルを避けるのは無理だった。

 

「喰らえ」

『ぐぅっ!?っ小癪な真似をッ!』

 

 横薙ぎに振るわれたベアトリーチェの腕がミサキへと迫る。回避しようとするが巨大化したベアトリーチェの腕の範囲はあまりに大きく、直撃を避けても掠った指がミサキを吹き飛ばす。

 

「かは…っ」

「ミサキ!」

『よそ見をしてる場合ですか?』

「しまっ────」

 

 ベアトリーチの頭部から放たれた三又の光線がアズサとサオリを飲み込んで爆発する。ミサキが攻撃を喰らったことに動揺した二人は光線に晒されるものの、サオリがアズサにぶつかるようにして光線の中から脱する。しかし体のそこかしこから煙が上がっていた。

 

「三人とも、大丈夫!?」

「けほっ、掠っただけだからなんともない」

「私とアズサもまだ動ける」

「私も、サオリのおかげで致命傷には至ってない」

 

 三人の無事を確認するが先生は歯噛みする。アリウススクワッドの攻撃をあれだけ受けてなお、ベアトリーチェは健在だったからだ。いくらか疲弊しているとはいえその攻撃の苛烈さは変わらず、まともに直撃すれば戦闘不能に陥るだろう。さらに言えば召喚されるユスティナ聖徒会や雑兵も厄介で、そちらの妨害も馬鹿にならない。

 雑兵はヒヨリの狙撃やアズサの攻撃によって処理しているが、サオリとミサキだけではベアトリーチェの撃破は困難だった。

 

 アリウススクワッド全員で総攻撃をかければ倒せる可能性は出てくる。しかしそれを向こうもわかっているのか、それぞれの攻撃のタイミングを的確にずらすように攻撃を被せてくる。

 

『…出し惜しみは無しです。これで終いとしましょう…!』

「っさっきよりも大きい…!?」

 

 ミサキの言葉通り、ベアトリーチェの頭上には投げつけられていた火球の巨大バージョンが浮かんでいた。あれをまともに喰らえば、キヴォトスの人間でも一溜りもない。

 しかしその行動に先生は勝機を見出した。

 

「ヒフミ!」

「は、はいっ!?」

「前にブラックマーケットで使ってたあれって今も出せる!?」

「出せます!」

「よし…!みんな、私のタイミングに合わせて!」

 

 先生の指示によってサオリ、ミサキ、アズサの三人がベアトリーチェの周りを囲むように走り出す。火球の狙いが一定にならないようにするのと全員が一度にやられるのを防ぐためだった。

 

『…いいでしょう。ならばこうするだけです』

 

 火球の一撃で一人を戦闘不能にしても残った者達で攻撃されるのはまずい。ならば走り回る三人を狙うよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『その判断を後悔しなさい!』

 

 ベアトリーチェのすべての目が先生とヒフミ、そしてヒヨリに向けられる。その意図に気づいたヒヨリがヒフミと先生を攻撃の範囲から逸らそうと動き出すが、先程の先生の言葉を思い出して中止する。持っていた狙撃銃は変わらずベアトリーチェへと向けられており、揺るがない。

 ヒヨリの行動を訝し気に思いながらベアトリーチェは火球を投げつけようとする。指示する人間さえいなくなれば、戦況は絶対的に自分へと向くと確信しながら。

 

『さらばです、忌まわしき敵対者────?』

 

 自分の視界の端に何かが投げつけられる。そこにあったのは円盤であり、デコイだとベアトリーチェの知識が叫んでいる。

 しかしそれから目が離せない。現れた意味不明な人形が奇怪な音楽と共に踊りだし、彼女の思考が踊りだすペロロ人形を理解できずに固まった。

 

 それが敗因だと気づかずに。

 

「釣られたね、ベアトリーチェ」

 

 ミサキの放ったミサイルが火球よりも上空へと放たれては分かたれ、拡散する爆弾のように火球へと降り注ぐ。全弾が火球に命中すると誘爆を起こし、ベアトリーチェだけを巻き込んで大爆発を起こした。

 

「い、行きます…!」

 

 すかさずヒヨリの狙撃がベアトリーチェの頭を打ち抜き、脳を揺らした。致命的なまでに大きい隙を見逃さないサオリとアズサはほぼ同時に引き金に指をかける。

 

「さらばだ、マダム」

「私達は前へと進む。虚しさも喜びも、全部抱えて」

 

 一発の弾丸に全霊の思いを込めて放つ。全力の神秘が込められた二人の一撃はベアトリーチェの胸に衝突し────

 

 異形となったベアトリーチェが縮み、元の姿へと戻った。倒れこんだ彼女はピクリとも動かない。

 

 

 エデン条約から端を発した事件の終わりを迎えることを、その場にいた者達が察した。

 

 

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