百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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初めて一話の文字数が1万字を超えました……。

そしてエデン条約編、終了でございます。
次回は閑話を挟んだのちに「時計じかけの花のパヴァーヌ編」に突入する予定です。
そのため、今話の投稿後に書き溜めを行うつもりなので期間を開けてから投稿しようと思います。ご留意ください。
次回は…遅くても一カ月後までには投稿するつもりです。

-追記-
2部来ましたねぇ……へッヘッヘ…まだミレニアム書ききってないぃ…!
幸い大きな矛盾は無さそうなので、もうしばらくお待ち下さい。



第四十二話 終幕

 

 トリニティ、ゲヘナ、シャーレ、そしてアリウスを巻き込んだ大騒動は収束に向かい始めた。先生によるベアトリーチェの打倒報告がティーパーティーに送られ、一刻も経たぬうちにミネを先頭にした生徒達によってアリウスは制圧された。

 

 当然、カタコンベから現れて早々に「救護ッ!!」なんて言いながら突っ込んでくるミネにアリウスにいた生徒達は迎撃しようとしたが、その背後から付いてきていた者達によって取りやめる。

 諸悪の根源であるベアトリーチェがいなくなったことで、無事に戻ってくることが出来るようになったアリウス生達が涙ながらに帰還したからだった。アリウスに戻ることが出来ていない間は鬼が保護していたからか、血色が良くなっている。

 

 いくらアリウスの教えが離れなかったとしても仲間が大切であったことには変わりない。戻ってきた仲間達が敵ではないと必死に説得したおかげで、アリウス自治区に残っていた生徒達も少しずつ敵意を萎ませていった。

 

「スバル先輩、マダムとの連絡が…!」

「私達、どうすれば…!?」

「……大丈夫。今は現状の確認が最優先だから、他の皆がはぐれていないか確認してきて」

「「は、はい!」」

 

 マダムとの連絡が途絶えたことで混乱してしまった後輩達を落ち着かせた梯スバルは、複雑な視線をミネ達に向ける。

 ずっと恨んできた相手が自治区に押し入ってきたことに対する負の感情があれば、消息を絶った後輩達が以前以上に元気な姿を見せたことに安堵する自分もいる。

 

 さらに言えば、突撃してきたミネがこちら側の戦意が無くなってきたことを察知した瞬間に一人一人の健康状態の確認を行い始めたのもスバルを悩ませた。特に危害を加えようとしているわけではないため質が悪い。

 危害を加えようものならすぐに抵抗出来るというのに、それすらも躊躇わせる。

 

「心配しなくても大丈夫。彼女が…ミネさんがしているのは、これからのことを考えてのことだから」

「!?…誰ですか?」

 

 突然声を掛けてきた相手に驚き、牽制目的で銃口を向ける。向けた相手はスバルの行動に何も言わず、懐かしそうにアリウス自治区を眺めてため息を一つ。

 あの大人は、ここを要塞のようにしようとしていたのだろう。雨を凌げそうな屋根が今も少ないことがいい証拠だった。

 

 スバルはそんな相手の姿を注視して少しでも情報を得ようとする。ヘイローが見えないことから恐らく大人。実力がどの程度の物なのかは不明だが、自分が気づかない間にここまで気配を殺せた辺りはやはり手練れの筈。

 容姿はブロンドに近い色をしたショートヘアーで目元が髪で隠れて見えないが、口元は何故か少し微笑んでいる。

 

「……?」

 

 容姿にスバルの意識が向かった際に、何かが引っかかった気がした。違和感、と言うよりは既視感。目の前の大人と自分は会ったことがある気がする。だが自分があったことのある大人はベアトリーチェが精々で、それ以外は皆無だ。

 そして何よりも、何故だか目の前の大人に対して憎悪が湧いてこない。あの救護と共にいたならトリニティに属するもののはずなのに。

 

 それ以上に感じるものは……親近感。

 

「……突然銃口を向けてすみません。その……」

「どうしたの?何か聞きたいことでもあった?」

「何処かでお会いしたことは、ありますか…?」

 

 すでに銃口は下げられていて、口をついてでた問いかけに大人は少し悩む。鬼から隠すように言われているわけでもなく、自分が率先してこの役に立候補した時は頭を下げられてまで感謝された。

 ならここで隠すのは悪手だろう。不信感を買ってしまえば、将来的な禍根を残してしまうかもしれないし。

 

「……10年ぐらい前に、私の顔を見た覚えがあるんじゃないかな?」

「10年ぐらい……?……!?」

 

 10年ぐらい前。つまりはベアトリーチェの支配が始まった時期のこと。スバルもまだ小さく、自分が守られていた頃のことだった。

 内乱が収まって早々に始まったベアトリーチェの教育。今のアリウスのように教えが浸透してしまった環境ではなかった頃は、当然反発もあった。しかし相手は大人で、反骨芯は何度も何度も砕かれる。幼心に見ていたその光景は、今でも覚えている。

 

 そんな光景の中で、何度も何度も心を砕かれては立ち上がりベアトリーチェに反抗していた先輩がいた。目元がブロンドに近い色の髪で隠れ、仲間を率いてベアトリーチェに立ち向かい……処分された人。

 目の前の大人が高校生に戻ったらその人とうり二つだろう。そう思えるほど、あの時見た顔と目の前の大人は似通っていた。

 

「いや……でも……っな、何で…?」

 

 否定しようとする常識ともしかしてと思ってしまう感情が鬩ぎあった結果、スバルは疑問を抱いた。もしも本当に生きていて、処分されたはずの日からずっと外で生きていたのなら、ここにはない生活の中にいたというのなら……わざわざ戻ってきたいとは思わないはずだ。スバルでさえそう思うような環境に戻ろうとするなんて、外で居場所を失ったか希望を捨て去ってしまった時だけだろう。

 だが目の前の大人にそんな様子は見られない。一本の軸が心に存在し、二本の足で大地を踏みしめているのはすべてに諦めたわけじゃないことを示す所作。

 

 そんなスバルの疑問に大人は、以前鬼と会話を交わした支部の管理者は苦笑を漏らす。

 

「……私達は外の世界でずっと準備をしてきた。死ぬはずだった命を救ってもらってからは頑張って外の常識を学んで、みんなで一緒に道具や資材、資金を蓄えて……ここに戻ってきた。アリウスを、故郷を救うために」

「……っ!」

「今更何様気取りでって思われても仕方ないね。スバルちゃん達がここで苦しんでるのに、私達は外の世界で生きていたから」

 

 でも、と管理者は続ける。その視線はアリウスの風景からスバルへと向けられ、少しの揺れも無く視線を交差させる。

 風に吹かれて露わになった瞳を見ていると、思わず気圧されそうになる。それほどまでに強い意志が宿っていた。

 

「今に至る今まででアリウスを忘れたことは無かった。すぐに助けに行けないことをずっと後悔して、何度も何度も一人でアリウスに突入しようとして、でも鬼様に命を無駄にするなと言われて……この時を待っていた」

 

 ベアトリーチェがいなくなり、アリウスのすべてが大人の支配下から外れるこの時を……ずっとずっと待っていた。

 

「スバルちゃん」

「っ!?な、なんで頭を下げて…!?」

「今のアリウスの中で一番の年上は君だって聞いてね、なら頼みたいことがあるのなら君に頭を下げてでも頼むのが筋だから」

 

 一切の躊躇いもなく年下に頭を下げる大人にスバルが面食らうが、管理者は気にせず頭を下げた状態のまま話し出す。

 

「私達はずっとアリウスに正式な学校を作るための用意をしてきた。給食のための食材や制度、寝泊まりするための宿舎に自分達だけでも食材を作るための教材や勉強するためのBD。そして何よりも、アリウスが独立した学校であることを証明するための許可書」

「アリウスが独立したって、でもトリニティとは……」

「鬼様が連邦生徒会、いわばキヴォトス全体を取りまとめる組織の会長から設立認定書を頂戴したの。その力はどんな学園の意思や大人の声もすべて跳ね除ける絶対的な約束。

 すでにトリニティの生徒会全員から批准を得ているから、アリウスは正式な学校として大手を振って生きていける。……だから、どうかこの手を取ってほしい。絶対に後悔させないって約束する」

 

 スバルへと頭を下げたまま手が伸ばされる。しっかりと伸びきった手は宙を掴んだまま、寂しそうに手のひらが開けられている。

 向けられたスバルはその手を取るかを迷っていた。スクワッドがいなくなった少しの間だけでなく、それ以前から後輩達を取りまとめていたのは事実。大切な後輩達が少しでも生きていられるようにと腐心していたのは紛れもなくスバルだった。

 

 だからこそ、目の前の手を取ることに躊躇いを覚えてしまう。目の前の先輩が信頼できないからではない。年下に躊躇いもなく頭を下げて頼み込んだ姿だけではない。アリウスのためと言っていた用意そのものは嘘偽りはないと思える熱量を持ち、そもそもここでホラを吹くメリットがあるようには思えない。

 その裏を疑ってしまうからこそ、手を取ることに躊躇いを覚えてしまう。

 

「頭を上げてください。あなたに、先輩に聞きたいことがあるんです」

「どんなこと?」

「……外の世界で、私達アリウスの生徒が何の手助けも無く生きていけると思えない。内乱が収まり、マダムの教えが始まったあの時に先輩がアリウスから出たのなら猶更のこと……ならその裏には、誰かの手助けがあったはず。恐らくその誰かは、先輩の言う鬼様?という人なんでしょうが……」

 

 その人は、何のためにアリウスに関わろうとするんですか。

 

「……何のため、か」

「先輩がここに関わろうとする理由はわかりました。理解もできました……しかし、その人の動機だけがわかりません。それがわかるまでは、先輩の手を取ることは出来ません。……あの子達を、守るものとして」

 

 もしも鬼様という存在に先輩がずっと騙されていたとしたら、スバルが手を取ってしまえばベアトリーチェの時に逆戻りしてしまうかもしれない。その時、果たして自分が守ろうとした者達は手のひらから零れないと断言できるだろうか。

 可能性がある以上は疑わなければいけない。大人の都合に振り回されたいなんて思うわけがないのだから。

 

 管理者はスバルの疑念を理解し、どこまで話していいものかと悩む。全てを話すことは鬼から禁じられているので、伝えていい部分だけを継ぎ合わせて説明しなければいけない。

 

「スバル、鬼様はね……一度、アリウスに来たことがあるの。アリウスの環境を何とかしようとしてね。でもベアトリーチェに妨害されて、今に至るまで何も出来なかった時期が続いた」

「……」

「……うーん、やっぱり私から鬼様のことを説明するのは難しいなぁ…」

「何故ですか?何か隠す理由でも?」

「うん。鬼様から口止めされててね。でも口止めされてるところが動機にあたるから、説明できなんだよなぁ。それを説明できないとスバルは納得してくれないよね……」

「当然ですね。動機が不明な相手ほど信頼できない存在はいませんから」

 

 スバルの返答に管理者は悩みこんでしまう。そして考えて考えて、でも説明は出来ないなと脳内で堂々巡りを繰り返し……ある決断を下す。

 

「よし、スバルちゃん!鬼様と会って直に動機を聞いてきてほしいの!」

「はい?」

「私では言えないことが多すぎるから説明できない。となるとスバルちゃんは信頼できないし、アリウスのことに私達は関与できない。それは嫌だから何とかしたい、なら鬼様本人から説明してもらえばいいって思ってね」

「…まぁ、その理屈は理解できますが」

「よし、ならそれで行こうか!あ、アリウスの子達のことは大丈夫。他の皆が色々と持ってきてくれるから現状に混乱する子もちゃんと保護するよ。ずっとあの環境にいたから拒食症とか患った子がいてもすぐに診察するし、簡易的なテントとかも持ってくるから安心して眠れるよ。…あ、あれがそうだね」

「……本当に、用意をしてきたんですね」

 

 管理者とスバルの目線の先には新しい人員がカタコンベから現れ、協力してテントや毛布、そしておかゆなどの胃にやさしい食料品を大量に持ってきていた。

 現状の把握を終えて合流しようとした後輩がそれに気づくと、運んでいた者達も気づいて色々と渡していく。遠くからは炊き出しが行われているのか、スープのような匂いが漂っている。

 目の前の先輩の言葉に嘘は無い。そう確信できる光景だった。

 

「……ありがとう、ございます」

「お礼なら鬼様に。あの人がいなかったら私達は生きていなかったし、アリウスに何も出来なかったから」

「なら、なおさら会わないといけませんね」

 

 ────後日スバルは管理者の案内の元で鬼と出会い、お礼を言った後に動機を聞いた。そこで何を聞いたのかはその場にいた者しかわからないが、結果的にスバルは鬼達から伸ばされた手を握ることになる。

 

 少しずつアリウスが変わっていく中、時々スバルは後輩を連れて鬼の下に出向いては交流しているらしい。その目的は色々とあるが、後輩達が外の世界を見て一喜一憂する姿を優しく見守っているとか、いないとか。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 カタカタ、カリカリとタイピングと筆が走る音がシャーレの一室から聞こえてくる。そこにはトリニティから戻り、連邦生徒会へ提出するための書類の製作に勤しむ先生の姿があった。

 先生だけではない。隣り合った机には白いモップと見間違うほどの髪を持った空崎ヒナが先生の手伝いをしていた。ヒナはシャーレに宛てられた書類の整理を行いつつ、万魔殿に提出する報告書も片手間で済ます。

 

 先生との時間を過ごしていたからか、その肌の血色は良くヘイローは元気に光を放つ。ヘイローに関しては先生づらいしか判別がつかないがとても元気であることは誰の目から見てもわかる。

 

「ねぇヒナ」

「どうしたの?」

「ヒナは鬼って名前を聞いたことがある?」

 

 鬼と言う名前が先生の口から発せられると、ヒナの手が少しだけ止まる。先生はその様子には気づかぬまま考えに耽る。

 

 アリウス自治区での戦いが終わり事態が収束に向かい始めた際に、先生はアリウススクワッドやヒフミ達に鬼のことを聞き出そうとした。

 ベアトリーチェが言っていたことが気がかりであったのもあるが、何故か鬼は先生を避けるようにして行動していることが気になった。鬼と関わったであろう生徒達は皆鬼のことを詳細に話さないように釘を刺され、どのような人物なのかもわからない。

 生徒が信頼しているとはいえ、実際に見なければわからないものもある。そのために鬼のことを知ろうとするが、霧のように掴みようがない。

 

 アリウススクワッドは先生に礼を伝えてすぐさま姿を消し、ベアトリーチェはある存在に回収されたため聞き出せなかった。

 

「私、その鬼さんに何かしたかなぁ……」

 

 今までの行動を見れば、その『鬼』は子供のために動く大人であることは自ずと導き出せる。ナギサを立ち直らせ、ミカを踏みとどまらせ、セイアを救った。

 唯一アリウス自治区に現れなかったのは先生がいたからと考えれば納得できる。

 

 だからこそ解せない。何故自分を避けるような行動をするのか。少なくとも自分は鬼と出会ったことも会話したこともなく、避けられる心当たりも無い。

 自分が想像するような人間であるのならば、共に酒を酌み交わしながら子供達のことを楽しく話せると思っているが……。

 

「鬼面って人も何か知ってるのかなって思ってアポ取ろうとしても忙しいから無理って拒否されるし、知ってるだろうみんなは口止めされてて聞くことが出来ないし……う~~~ん……」

「……」

 

 無言で席を立ってコーヒーを淹れ、先生に差し出すヒナ。お礼を言いながら受け取れば、コーヒーの香りが漂う。

 

「ありがとう、ヒナ。今度コーヒーに合ったお菓子でも買いに行かない?」

「いいの?折角だから行こうかな」

「やった、じゃあ次の当番の日に行こうか!」

「ふふ、楽しみにしてるね」

 

 ぱたぱたと揺れる羽がヒナの喜びをわかりやすく表すのを微笑ましく眺める。そして鬼に関することは一旦保留することにした。いずれ会ってみたい相手だが、向こうが避けているのなら無理に会うこともないだろう。

 いずれ会う日を期待して、今日も先生は生徒達を見守る。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「キキキキキキッ!ゲヘナよ、私は帰ってきた!!」

「先輩うるさいです。これから調印式のことについて考えないといけないんですから、さっさと話し合いましょう」

「…チッ、面倒な……」

 

 ゲヘナ学園に存在する万魔殿の本部、その一室の窓から景色を見下ろしながら宣言する羽沼マコトに、棗イロハが声を掛ける。

 珍しくイロハが仕事のことをマコトに聞けば、こちらも珍しく調印式についての話し合いのための準備に取り掛かろうとする。

 

 ぶつくさと文句を言いながらトリニティから届いた資料に目を通すマコト。彼女は調印式のあの日、アリウスの手によって飛行艇を爆破されて瓦礫の中に埋まっていた。当然他の万魔殿のメンバーも同様にがれきの中。

 しかし瓦礫に埋まって数秒すると何かに抱きかかえられて全員が脱出、気づけば安全地帯に運び込まれてミネの手でマコトはベッドに包帯で縛り付けられていた。他は普通に手当てを受けてアリウスの襲撃が収まるまでは待機していた。

 

 マコト達を助け出した正体は救助活動に尽力していた鬼だったが、それを万魔殿の面々が知ることは無い。

 

「それにしても、珍しいですね?マコト先輩が調印式のことを嫌々ながらも進めようとするなんて」

「フンッ。鬼からの警告がなければこっちから蹴っていたがな」

「……そう言えばなんですけど、その鬼?って誰なんですか?私も知らないんですが……」

 

 そういうイロハもまたマコトのように資料に目を通す。内容は再開する調印式の日程についてで、今度はトリニティ側からの場所の指定がされていることが追記されている。

 

 マコトは資料に目を通すのをやめ、イロハの疑問に目を伏せる。そんなマコトの反応にイロハはおや、と思う。

 基本的にマコトは過激なこともするし相手の精神を逆撫でするような発言を意図して行う。トリニティには一際その様子が現れており、以前の調印式すらも利用しようとする部分があった。

 

 しかしある時、万魔殿に設置されたマコトの机に置かれていた便箋に目を通してからは態度を一変。裏で手を組んでいたアリウスとは即座に手を切り、ミサイル対策の防空網すら用意した。ミサイルが名も無き神々由来の物でなければ撃ち落としてたかもしれない。

 

 後からそのことを知ったイロハはとても不思議に思った。あのマコトが便箋一つで行動を変えるとは何があったのか、と。

 ちなみに便箋以外にも個々人の机に置かれていた物があり、イロハは安眠枕、サツキは「猿でもわかる催眠術の方法」と書かれた本、チアキは一眼レフカメラ、イブキは忍者の服に身を包んだ可愛らしい熊の人形だった。

 もしも鬼が本当に便箋等を届けた存在ならばお礼をしたかった。マコト以外は贈り物に目を輝かせ、イブキは熊の人形を抱いてはしゃぎ回っていたのだし。

 

「……イロハ、カイザーグループが何故キヴォトスのインフラ事業に関わっていないのかを知っているか」

「カイザーグループが?……そんなことあるんですか?」

 

 イロハの疑問は正しい。カイザーグループといえばあらゆる業界に手を出し、その力はキヴォトスに生きる人々の生活に深く根付く影響力を持つ。その貪欲なまでの野心を持った会社が、インフラに関わる業界に手を出していない。そんなことがあるのだろうか。

 

「カイザーはインフラ事業に手を出し、キヴォトス全体と言えるほどの範囲を担っていた。だが今は違う。それが何故かわかるか?」

「いえ、全く。あの会社がそこまで伸ばした腕を引っこめるとは思いませんし」

「キキキッ、その通りだ。何かしらのきっかけがあったからこそインフラから退いた」

 

 マコトの机の引き出しから一枚の紙を取り出し、イロハに渡す。受け取ったイロハが紙の内容に目を通すと、訝し気な表情でマコトを見る。

 

「……なんですかこれ。時刻と……数字?」

「数字とは逆の方向を見てみろ」

「……()()()()?」

 

 それだけではない。砲兵、工作兵、空挺兵、航空隊……特殊作戦部隊(Special Operation Force)。いくつもの兵科の名前がそこに載っていた。

 

「……いや、いやいや……さすがにこれはなにかの冗談では?」

「ほう、どうしてそう思う?」

「だって……」

 

 イロハはその資料を信じることが出来ない。マコトの話からこれを出してきたということは、恐らくカイザーの持つ兵力を示した資料なのだろう。

 だがその数を示す数字ではない。これは……

 

「午前6時から15分と経たずに()()()()なんてありえないでしょう」

 

 その資料にはカイザーの軍隊がどれだけの被害を受けたのか、そしてそれはいつ起こったのかを示す情報が載っていた。だがその数と時間が異常としか言えない。

 どの兵科にも最低でも大隊規模が配属され、全てをまとめれば一師団は下らない。一企業がそれだけの兵力を持っていることにはゾッとする思いだが、それ以上にそれだけの兵力がたったの15分で全滅と言うのは何かの冗談としか思えない。

 

 そんなイロハの様子をマコトは愉快そうに眺め、その資料の数字に至る経緯を解説する。

 

「10年程前にある資料がキヴォトス中にばらまかれた。その内容は世界中に出回り、テレビでは持ちきりの話となったのを知っているか?」

「10年前……あ、もしかしてカイザーの汚職事件の話ですか?」

 

 イロハが思い出したのはある大事件のことだった。そのニュースは凄まじいスピードで出回りニュースではそのことしか取り扱わなかったほど。

 事の発端はある企業がリークした資料だった。そこにはある企業の汚職、グレーすれすれどころか法にすら抵触する行いの数々が暴露されていた。

 

 暴露された企業は当然カイザーで、暴露した企業の名は……『大和』。

 

「資料が出回りカイザーがその対応に苦しんでいた頃、カイザーは資料の出処の操作と共に口封じに動いた。当然相手は大和であり最初はここまで大事になるほどの行動を取っていなかった。だが……」

「ずっと失敗して、最終的にここまでの兵力を?」

「当時の全戦力を引っ張り出してきていたそうだぞ?それだけの力がたったの15分で木っ端みじんになるところはさぞ愉快だったろうなぁ……キキキッ!」

 

 マコトは本当に愉快そうに笑っているが、イロハは笑い事ではないと思っていた。当時は自分もマコトも初等部を卒業しておらず、イブキ至っては年齢で言えば1歳の赤ちゃんなのだ。そんな時期に、自分達の預かり知らぬところでほぼ戦争まがいのことが起こっていなど笑えるはずがない。

 よくよく資料を見れば、カイザーは午前6時に作戦を開始。百鬼夜行を全方位から囲うようにして大和の本社に向かっていたことが記されている。

 

「これだけの戦力を15分で片づけるとか、大和にはスーパーロボットでもいたんですかね?」

「一人だ」

「……はい?」

「たったの一人で、この戦力を排除した」

 

 今度こそイロハは言葉を失い、マコトは高笑いを上げてイロハの反応を楽しむ。初めてこの資料に目を通した時はマコトも似た反応をしたものだったから。

 

「当時の映像は入手できなかったが、その戦いとも言えない蹂躙劇を知る者は皆口を閉ざしこう言うそうだ。

 『鬼神の逆鱗を踏んだのだ』、と」

「鬼神……もしかしてそれが、鬼という人なんですか」

「知らん」

「は?」

「誰も断言しないし誰も口にしようとしない。だがその鬼神と鬼が同一人物であると自ずと導き出せる。事実として、鬼の面を付けた大人が社長をしていると噂される大和はその戦いを経てキヴォトスのインフラ事業をカイザーから奪い取り、独占したからな」

 

 結局カイザーはその失態から手にした企業の多くが離反し、一時期は大幅に弱体していた。今は昔と変わらぬ影響力を取り戻したが、自身が独占していたインフラ事業は戻ってくることがなかった。

 

 イロハはマコトの話ぶりからそれが真実であると理解し、マコトがその鬼に警告されて考えを変えた理由に納得する。

 だがマコトはイロハの考えを察すると、「なによりも重要なのは」と続けた。

 

「雷帝が奴に興味を示していた」

 

 マコトの言葉に目を見開く。

 雷帝。他学園がその者を知っていることは稀な話だがマコトは違う。雷帝の遺産が存在していると知った時はいつものイロモノ具合も鳴りを潜め、チリ一つ残さずに消去しようとするほどに神経を尖らせる存在。

 その雷帝が興味を示した相手からの警告、それはマコトが考えを変えるに足る理由だろう。 

 

「このマコト様とはいえ、龍の逆鱗で踊る趣味は無い。そしてトリニティのティーパーティーは鬼と関りを持っているという話もある以上、業腹だが調印式を拒否することは出来ん。鬼をゲヘナに取り入れる一歩となるならば、あの鳥風情と手を組むこともやぶさかではないのだからな」

 

 トリニティと手を組むという事実を鼻で笑いながらも調印式の日程について書かれた書類に判子を押す。押された判子は認可の文字が書かれていた。

 

「イロハ、お前にも伝えておくが……キヴォトスにおいて藪をつついて出てくるのは蛇ではない」

 

 

「ことと場合によっては、鬼よりも恐ろしい何かが飛び出してくる。気を付けろよ」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 マコトがイロハに鬼のことを教えていた時、話題の中心だった鬼はどうしていたかというと。

 

「」

「」

「」

「」

 

 口から魂のようなものを出しながら机に突っ伏していた。その周りにはミカにナギサ、セイアのティーパーティー三人衆も仲良くぶっ倒れている。

 

「アツコ、何か飲めるものを頼む。ヒヨリは軽食を、ミサキは毛布を持ってきてくれ」

「うん、わかった。紅茶とかが良さそうかな?」

「これだけ話し合ったら倒れてしまう物ですものね……辛いですね、苦しいですね……カロリーメイトを持ってきますね…」

「アヤメさんとナグサさん、一人じゃきつそうだから手伝ってほしいんだけど……」

「了解~、手持無沙汰で暇だったしね」

「ミネさんの所なら、もしかしたら貸してもらえるかも……」

 

 倒れた四人をサオリが丁寧に抱きかかえて寝かせ、他のアリウススクワッドのメンバーといつもの二人が休ませるための用意を進める。

 

 何故こうなったのか。その理由は至極簡単なものだった。

 

 精神的な過労である。

 

 アリウスとの交流は勿論のこと、ベアトリーチェによって劣悪な環境となった自治区の整備や高等学校などの設置。そして何よりも、アリウス生徒の健康状態の把握などが四人に降りかかったのだ。

 

 一番頭を悩ませたのは健康状態である。アリウスのほぼ全生徒はまともな食事を取ることが困難な状態が続き、比較的マシな生徒は拒食・過食症に近い症状を患っている場合があった。もっと酷い時は免疫能力の低下だけでなく臓器にも異常が発生している者もおり、通常の食事を取らせるのも困難な者さえいた。

 制圧直後にミネ達救護騎士団が率先して健康状態の把握に走ったおかげでほとんどのアリウス生徒の状態が把握出来たが、山のように積もった生徒の健康状態を記した資料は四人の目から光を奪った。

 

 さすがにアリウスに関わることは自分達も動くべきだと考え、政治に疎いミカも一緒に手伝った結果全員が倒れる事態に陥った。

 

 ナギサはアリウスの環境の酷さとこれから取るべき対応を考えると胃が痛くなり、紅茶を口に含んでダウン。ミカは山のように積もった資料に目を通した結果メンタル的なダウン状態。セイアは目覚めて早々に降りかかった問題を新しく得た直感を用いて解決するために尽力し、体力的なダウン。

 

 そして鬼はというと、なんとか食事方法に気を付けなければいけない生徒の判断と食材の確保、アリウス自治区の居住地の整備計画、如何様にアリウスに勉強を教えるのか等々……現状で最優先事項と判断できる箇所の調整が終わった反動で机に突っ伏した。

 

 生徒の食事はミネ達の判断を仰いだうえで必要な栄養が摂取できる料理の指定、居住地は前々から計画していた宿舎の建設、勉強は他学園に合わせるよう形でBDを用いる。許可さえ得られればシャーレの先生の手も借りるつもりだった。

 10年以上もの間に練り続けた計画と用意、そして伝手をフル活用して問題の解決に挑んだ。そこにティーパーティーの三人の力が加わったことで、不備が生まれそうな対応の補強も済んだ。

 

 その結果、一旦区切りをつける意味合いも込めて精神がストップをかけたことで鬼もダウンに陥った。

 

 傍から見ると一日も経たずにアリウス自治区における制度調整や環境整備用の計画を完全に作り終えたように見えるが、本人達はこれで終わりではないことを知っている。

 

 まだアリウス自治区における運営機関の整備は済んでおらず、その運営機関の動向を監視するための組織も調整できていない。前者はアリウススクワッドがいるものの、後者をどうするべきかをまた話し合わなければいけない。それ以外にも問題は山積みだ。

 

「あと一日、頑張ろう……」

「「「はい……」」」

 

 何日と議論を重ねたうえで詰めていきながら調整する内容を一日に凝縮した時間が、さらにもう一日分の議論と共に待っている。

 明日の日程を予測したナギサは完全に脱力し、ミカの羽はしおれ、セイアの耳はぺたんと畳まれてシマエナガが心配するように飛び回り、鬼はさらに魂のような煙を上へ上へと昇らせる。

 

 アリウススクワッドと二人によって強制的に休憩させられながらも、四人は一時の眠りに浸るのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

「ありがとう、鬼さん」

「ん?急にどうしたよ」

 

 翌日、お昼を回って午後に差し掛かったころに鬼達はもう一度議論を重ねていた。今回はアリウススクワッドの面々も加わり、生徒会とその監査委員会にあたる組織について話し合っていた。

 主体となって話し合うのはアリウススクワッドだったので、前日に予測していたようなデスマーチは無かった。四人は安堵の息を吐き、あーでもこーでもないと話し合うスクワッドを見守ることに。

 

 そんな折にミカが鬼に礼を述べた。鬼は礼を言われる心当たりがないので不思議に思ってミカへ聞き返せば、ミカは嬉しそうに羽をパタパタと動かす。

 

「今は大事な話をしてるってのはわかるんだけど……やっぱり、こうやって同じ机を囲んでお喋りするのを望んでたから。それを叶えてくれて、ありがとうって」

「……オレ一人じゃ叶えるのはもう少し先だったろうがな」

 

 そう言いながら自作の羊羹を口に含む。鬼達の目の前ではアリウスの生徒とトリニティの生徒が同じ机を囲み、互いに憎悪を向けることなくお茶を飲んでお喋りする光景が広がっていた。

 まだトリニティへの憎悪を抱いたままの生徒も確かにいる。故に、ミカの望んだ光景を完全に実現したとは言えない。

 

 だが確かにミカが望んだ光景が、そこにあった。アリウススクワッドが提案し、ナギサやセイアが不備を正した提案に修正しながら話し合う。

 

「でもね鬼さん。鬼さんがいなかったら、あんな事件の直後に私達がこうやって話し合うことも難しかったって思ってるよ」

「私も同意見だな」

「セイアちゃん?」

「君がいなければミカもナギサも心を病んでいただろう。誰にも気づくことなく、自分の中に抱えて……私も同様だがね」

「……」

「それに君が根回しをしていなければミカは傲慢な魔女として吊るし上げられていただろうし、アリウスはテロリストとして偏見の目に晒されていただろう。

 今の光景がここまで早く実現したのは、君のおかげだよ」

「……オレはオレがしたいことをしただけだ」

 

 目を逸らすように顔を背ければセイアは口元を手で隠してクスクスと笑い、ミカは鬼が照れていることに気づいてにんまりと笑う。

 

「あははっ!鬼さん照れてるの?かわいいところもあるんだね~」

「ふむ、珍しいこともあるものだ。折角だから見せてくれないか?」

「嫌だが?」

「鬼面さんが照れたというのは本当ですか?」

「鬼さん照れたの!?何に照れたのか聞かせて!」

「わ、私も……」

「社長、何かあったのか?ナギサが血相を変えてそちらに近寄ったが……」

「に、賑やかですね……」

「折角だから私達にも聞かせてほしいな、そっちで話してたこと。ね、ミサキ?」

「……興味ないから」

「何で一気に集まるんだよ!?さっさと生徒会とかのこと話し合わんかい!」

 

 議論の形が崩れ、一気に賑やかな茶会へと移行する。折角だからと和菓子の練習をしていたアヤメとナグサも加わり、全員で鬼を問い詰める。

 

 あれだけのことがあった後でも、生徒達は変わらず青春の日々を過ごすのだった。

 

 




『鬼ぃさんとカイザーのいざこざの経緯』
鬼:アリウスのためにも色んな用意が必要……せや!インフラ企業を立てれば伝手もコネも作れるし資金も稼げるやん!早速作るべ
カイザー:は?なんだこの弱小企業。叩き潰したろ

鬼、カイザーのちょっかいに暴露資料(証拠付き)でカウンター。大炎上祭りの開催

カイザー:何してくれとんねん、去ね(全戦力派遣)
鬼:テメェが去ねや鉄クズ(単騎撃破)
カイザー:は?は?は?(全滅)(大幅弱体化)
鬼:じゃあギャラ貰って帰るんで……(インフラ事業の独占)

めっちゃ省略しまくったらこんな感じ。
余談ですが、当時の鬼はカイザーとのいざこざよりもインフラ事業の経営の方がしんどかったらしいです。
人手は足りないし色んな企業と連携してインフラ整備しないといけないしカイザーが力を取り戻して来たらちょっかいをかけようとするので叩き潰さないといけないし……。

なんとか乗り切って今に至りますが、色々とあったそうです。

それでは皆様、また今度。
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