エデン条約を乗り越えたキヴォトスは変わらぬ喧騒と青春の日々を過ごす。トリニティから帰還した三人も日常に戻り、久しぶりの集合となった。
「じゃじゃーん!どうかな」
「おー…!委員長らしさに磨きがかかってるみたいで綺麗だ!いい青春を送ってるじゃないですか~!」
「洋風なふぁっしょんも似合いますの~!」
「……ど、どうかな」
「ナグサ先輩も似合ってるね。鬼さんが選んだの?」
「えっと、私が選んだの。この服なら私に合ってるかなって」
「ふーん……いいなぁ」
鬼の家に戻った二人が新しい私服を見せ、レンゲ達ならどんな服が合うかなどを想像する。和風な服以外だと様々なファッションが存在するので、色んなバリエーションが考えられてそこそこ楽しい。
「鬼様はどのような衣服を選ばれましたのでしょうか」
「オレか?オレはレンゲにあげたライダージャケットの予備とかだな。ほら、この写真みたいなのを」
「……!な、なんと素晴らしきお姿…!」
「鬼さんの写真?どんなのどんなの!」
「これです。袴姿の貴方様も麗しく思いますが、このようなお姿もまた格別でございます!」
「わぁ〜!なんていうか、ワイルドな大人って感じがする!」
「はは、なんだそりゃ」
ゲームのコードをテレビに接続しながら準備を進める鬼の後方で二人が写真を見ていた。鬼のお披露目後に三人で再度撮った写真で、アヤメとナグサが鬼を挟んでポーズを取っている。
百鬼夜行の住民は洋風というより、和風な服装を好むことが多い。学業に勤しむ生徒などは別であるものの、やはり目にする服は和服が主なものとなるのだ。
それは鬼とて変わりなく、彼がいつも着る服は毎日見ている袴、そして祭り等の行事の際の着物程度だった。故に鬼のライダージャケット姿は新鮮で、見慣れない服を着こなす姿に見惚れてしまうのだった。
そんな二人を微笑ましく見ながら鬼はコントローラーを起動する。エデン条約を終えた後に知り合いから送られたゲームで、特別な賞を取った作品なんだとか。
ゲームを起動するとファンタジーゲームのようなオープニングが流れ出し、アヤメ達もそれに気づいた。
「ゲーム?鬼さんってゲームもするんだ」
「知り合いに勧められてな。エデン条約も終わって一息ついたし、気分転換にしてみるかと」
「ゲームのタイトルは…えーと?『テイルズサガクロニクル2』?師匠、2ってことは1もあるんだよな?そっちはいいのか?」
「……………。一回クリアしたし、別にいいかなって」
「へ〜!もうクリアしてたゲームだったのか!じゃあアタシも今度やってみようかな」
「レンゲ」
「ん?なぁに師匠」
「悪いことは言わん。やめとけ」
「え?」
「……テイルズサガクロニクル………何処かで聞いた覚えがあるような……あ」
「キキョウ、知ってるの?どんなゲームなの?」
「……ナグサ先輩。悪いけど、私の口からはとても言えない」
「な、何があったの…?」
ゲームに興味を示したユメにコントローラーを渡し、ワカモと一緒にチュートリアルを進めるのを見ながら、鬼は以前のことを思い出す。
それはゲマトリアの元同僚である黒服、デカルコマニー、ゴルゴンダの三人と飲んでいた時のことだった。
ゲマトリアとしての集まりではなく、ただのプライベートの集まりということもあって近況報告や自慢話を交わし、程々に時間が進んだ頃に黒服からある提案があった。
あまりこの面子で集まることもないし、ゲームでもしませんか?と。
鬼を含めた三人もこれに賛成し、何らかのアクセントを加えたゲームをしようと四人で考えた。そして目についたゲーム、テイルズサガクロニクルに手を出した。
それが地獄の始まりとも知らず。
『私はチュートリアル通りにAを押しました。だと言うのに何故死亡しているんですか?何故?何故?何故何故何故……』
『おいこのスライムなんで銃持ってんだよ!?しかも即死とか、序盤のゲーム難易度じゃねぇッ!!』
『植物人間とは大脳の機能が失われ、脳幹などの生命維持機能のみが働いている状態を指します。また、四季を表す植物で構成された珍奇な人々を形にした偉大な画家は存在しますが、このような男性のことを植物人間と指すことは不可能なはず。この作品を構想した者はどのような
『ぞう゛い゛う゛ごっ゛だぁ゛ッ!!』
序盤で詰み、中盤で詰み、終盤で詰む。まだ序盤は誰か一人がゲームオーバーになるのを囃し立てたり、次はどう攻略しようかなんて話し合う余裕があった。
中盤から全員の気力は0だったような気がする。終盤に差し掛かった際にデカルコマニーが「そういうこった!」ではなく「コロ、シテ……」と喋ったことから、その時の大人四人の気力が想像できるだろうか。
少なくともあの時の四人にあったものは、たかがゲーム一つで挫折してたまるか、なんていう大人の意地だけだった気がする。
無事に100%クリアをするまでに掛った時間は、下手したら一週間はあったかもしれない。当然、ぶっ通しでの話だが。
「…ッ!さ、寒気が…!」
「大丈夫?毛布持ってこようか?」
「ちょっと思い出しただけだから大丈夫だ、アヤメ。ほら、お前さんらもユメと一緒にやってみるといい。初代はやばいが、2は良作らしいしな」
「え、いいの?じゃあまずは見学しとこうかな」
序盤の街で装備を買いそろえるワカモを百花繚乱組とユメが観戦するのを横目に、鬼は縁側に座って皆から少し距離を取る。
見上げれば、快晴の空が広がっていた。
トリニティでも見ていた空を眺めて、不意にテイルズサガクロニクルを進めてきた元同僚…黒服との会話を脳裏に浮かばせて目を閉じる。
『そう言えばですが、名もなき神々の王女が目覚めたそうですね』
『……は?おい、マジで言ってんのか?』
『えぇ。貴方に協力を要請したであろう調月リオの妨害がありましたが、存在の確認は出来ました。現在は天童アリスと名乗りゲーム開発部の部員としてミレニアムにいるそうです』
『黒服はどうするんだ?』
『名もなき神々の王女とそれを信奉する無名の司祭の技術は興味深いですが、名もなき神々の王女にはすでに先生が接触していますので……今回は見送ろうかと。それに王女が存在する以上、「鍵」もその傍にいるでしょうから』
『……』
「…………はぁ~……」
降って湧いた面倒ごとにため息が漏れてしまう。なんでエデン条約が解決したと思ったらそれ以上の厄ネタが現れるのか。アリウス自治区、現アリウス学園の問題も少しずつ解決してポルタパシスとかいう面倒ごとの存在を知った後だというのに、休みは無いのか。
最近になって連絡が止まないミカへの返信をしながら少しだけ気分を入れ替える。ミカから「アリウスの子達とお茶会がしたいけれど、何が好きなのかわからない」という質問が来たので、「ちゃんとしたお菓子なら基本的に好き嫌いは無いぞ。アレルギーとかは前の書類見ればわかるから、そこから判断したら大丈夫だと思うぞ」と返す。
するとミカから魂が抜けたキャラクターのスタンプが送られ、「あの山を見るのはもう嫌だなぁ……」なんて哀愁漂う返事が届く。思わずクスリと笑いながら、「セイアとナギサを頼ってみな。二人も協力してくれるだろうよ」で〆る。
アリウスに寄り添おうとするミカのことを考えたおかげで、気分を持ち直した鬼は直面する問題を再確認出来た。
その問題は……名もなき神々の王女の無力化、最悪の場合は排除しなければならないということ。
ゲマトリアに少しの間所属していたことで、鬼はその力の一端を知っているし、その目的もまた同様に知っている。もしも名もなき神々の王女が本性を表したのならば、その身を排除しなければキヴォトスで生きる子供達の未来が閉ざされてしまう。
その未来だけは、鬼が絶対に否定せねばならない。そのためならば、生徒と共に過ごしているだろう王女を切ることすら躊躇わない。
迷えば敗れる。それは、戦いの基本だ。
「……だが王女が目覚めてるのに何も起こってないのはおかしい。王女が覚醒したなら、少なからず世界に異変が起きる」
黒服が推測したことが外れるのはおかしいことではない。キヴォトスでは覆い隠された秘密が多すぎる関係上、新たな事実が発見されればそれまでの仮説も破棄されるものだからだ。だが、発見した事実を見間違えるということはない。
故に王女が目覚めたというのは本当なのだろうが……何故、キヴォトスにいる生徒と共にゲームを作っているのか。黒服の仮説が正しいのなら、王女にとってキヴォトスの生徒は敵だろうに。
そもそもとしてリオは黒服の妨害をしている以上、王女の存在を把握しているはず。なのに何故鬼に伝えないのか。あの都市に関わっている以上、鬼にも情報共有はする必要がある。
「……あいつ、まさか」
リオは徹底的なまでの合理主義者だ。その性分は食生活にまで影響し、鬼かリオの側付きのメイドであるトキが食事を作らねば、近所のスーパーにある唐揚げ弁当しか食べない。
最近は自動で食事を作る機械を発明しようとしているらしいが、ちゃんとした食事をするのか心配で仕方ない。
そんな彼女が今まで備え続けていたキヴォトスの危機を前にして、果たして手をこまねくような真似をするだろうか。いや、絶対に排除しようと動くだろう。
彼女の視点らしく合理的に考えれば、ミレニアムどころかキヴォトス全体を滅ぼすような相手が完全な状態になるぐらいならば、それ以前に消せばいい。当たり前の話だ。唯一の懸念点はその相手が化け物ではなく、人のように生きて人のような心を持っている可能性があることだろう。
もしも人に限りなく近い相手を殺すという判断を下した時、その判断を下した人間は殺人をしていないと言い切れるだろうか。それをあの合理主義で自分を守ろうとする彼女が、心の奥底では常に平和を脅かす存在に怯えている彼女が受け止めきれるのだろうか。
そんな仮説が思い浮かんだ鬼は眉間を揉みほぐす。
今の状況は、エデン条約の時とほぼ同一の状態。あの時はすでに陰謀が渦巻き、鬼は後手に回る状態で情報を集める必要があった。今回に至っては協力者と呼べるはずの少女から情報が伝えられておらず、黒服が教えてくれなければ気づくのも遅れていただろう。
では何故リオが鬼に情報を隠したのか、だが。
「自分一人で罪を背負うってか?」
もしも王女を排除することになった場合、人として生きていた経歴がある以上世間は殺人が起きたと考えるだろう。その時最も後ろ指を差されることになるのは殺人を行った存在だ。
リオは孤独だ。キヴォトスに存在する危機を察知し、備え、一人でに計画を進めてきた。鬼に協力を打診する前でさえ、誰にも心を開かなかった。唯一の味方と言えるトキすら完全に信頼せず、ビジネスパートナーじみた関係性であろうとする。
トキ本人がどう思っているかは、恐らくわかっていないだろう。
そんな彼女は今まで誰にも理解されず、支持されず、孤独に戦ってきた。そんな現状に罪が増えたところ些細なことと考えるのだろう。それが合理的な収拾の付け方だと信じて。
……もしも、リオが鬼に協力を持ちかけぬまま計画を進めていたのなら、自分一人で進めるしかないと考えていたのなら、その身に子供が背負うべきではない罪科が課せられていたかもしれない。
「子供に罪を背負わせてどうするってんだ、ド阿保」
だが今は違う。鬼は孤独なリオの戦いを知っている。少しでも力になれたらと資金の援助を行い、孤独に苛まれる心が安らげるようにと何度も交流を試みた。時々行う報告会の度に弁当を渡し、昼頃ちょうどならばトキも巻き込んで三人で食事をした。
アヤメやナグサのように何年もの時間を掛けて信頼関係を構築できたわけではないため、その心が完全に開かれているとは思っていない。しかし鬼は既に彼女は他人とは思っていなかった。
一人で戦っていた生徒が、孤独に責任を抱えて消えようとする。そんな子供を知っていながら放っておく大人が何処にいるというのか。
「……」
最悪の場合、つまり王女が覚醒し、世界に滅亡の危機が迫ったのならば────鬼が王女を殺す。リオの手を汚させたりはしない。
「ユメさんユメさん、そこは全体魔法でもいいんじゃない?」
「でも魔力が切れちゃいそうだよ~…」
「…いや、アヤメの言う通り全体魔法がいいかもしれない。このままだとジリ貧だし…」
「さっきのパターンを考えると次のターンに勇者に攻撃がくる。体力的に耐えれるか怪しいから、一体でも倒せる可能性に掛けた方がいいかもしれない」
「ここはどーんと行っちゃいましょう、ユメ先輩!博打も時には必要ですから!」
「ユメ先輩、先程の身共が使ったさんだーすとーむであれば、かなりのだめーじが期待できますの!」
「うふふ!もしも負けてしまったら次は私の番ですから、あまり気負わなくても大丈夫ですわ」
「う~!なら、一か八かだ~!」
「……ったく、楽しそうで何よりだ」
ゲームに夢中になっている7人は負けたら次の人に移る形で進めているようで、仲良く攻略していた。そんな姿を見れば、鬼の抱いた決意もより固まるというもの。
あの平和を守る。そのためにも、ミレニアムに向かわなければならない。
「お節介焼きな大人を舐めるなよ、リオ」