百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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あと2日か……長かったような短かったような。
皆さんはGW中どんな過ごし方をしていましたか?自分はそこまでゆっくりできた気はしなかったです。


第四十六話 会長

 

「お前さんもそうだが、リオの奴はちゃんと飯食ってんのか?最近会うのが難しかったから、弁当も渡せてないしな……」

「ご心配なく。鬼様のお弁当が無い日は私が料理していますので、問題ありません。時々唐揚げ弁当に引き寄せられますが」

「……一週間で何回?」

「3、4回ほどでしょうか」

「……来る前に買い物行って正解だったな」

 

 トキと共に影に潜った鬼はエリドゥに向かいつつ、リオの近況について聞き出す。彼女は研究やらなんやらで自生活に無頓着になったからか、身の回りをトキに任しているのだ。

 なので、トキほどリオの食生活について詳しい者はいないと断言できる。トキがいるのに日に三回は廃棄寸前の弁当に惹かれてしまうという現状は、頭を抱えてしまいそうになるが。

 

 恐らくだが、リオは今も昔も廃棄寸前の弁当を買うことの利点を合理的と考えて買っているのだろう。諭すつもりで廃棄寸前の弁当ではなく自炊した食事を食べるように言った時なんかは……

 

「貴方のお弁当はとても美味しいわ。トキの料理と比べても絶対に劣らないぐらいに。でも廃棄寸前のお弁当は通常時の半額の値段で買うことが出来るし、手早く効率的に一食分の料理を確保できるの。いつも作ってくれるお弁当の凝り具合を考えれば、貴方が料理を作る時間も相当長い筈。トキの料理も同じで、作る時間を省いただけ別の作業に時間を掛けられるでしょう?特に貴方ほどとなれば、それ相応に確保しなければならない時間が多くなる。……少なくなった野菜はどうするのかですって?サプリで補えるわ。サプリが駄目なら、この野菜ジュースを飲めばいい。さらに言えばお弁当のバリエーションも増加し続けていて──────……」

 

 と、延々と半額弁当を買う利点とそれに付随して発生するメリットを述べられた。

 鬼は面倒くさくなって、その時調理中だった熱々のおでんを握りしめながら一言。

 

 

「今度余計こと言ったらその口塞ぐぞ……」

 

 

 以降リオがお弁当を買おうとすることはパタリと止んだが、鬼の弁当が無くなった反動でまた廃棄弁当に誘われているらしい。最近は調理でドジをしなくなったユメを送り付けて自炊できるようにするべきだろうか。

 

「以前にパンケーキの調理に臨んだ際は、10枚ほどの失敗作が出来上がりましたね」

「パンケーキに挑んだのか……リオの奴、ちゃんと成長してんじゃねぇか!化け物が生まれてないだけ上出来だな」

 

 ゲヘナの給食部に所属する、ドジっ子ながらも常識を持って料理に力を入れる少女を脳裏に浮かばせながら歩く。稀にゲヘナに散歩に向かった際に配膳を受けることがあり、少しだけ顔見知りなのだ。部長の愛清フウカには食料品や調味料の配達などで話すことがあるし、ゲヘナでは一番出会うことが多いかもしれない。

 パンケーキで彼女達のことを思い出したのは、ジュリの作る手料理は何故か化け物へと変化するので時々トラブルを起こしてしまうからだ。立ち合わせた時は基本鬼が制圧し、そのまま胃袋に納めている。

 

 食えるかわからない化け物を食っているので、味の感想は微妙の一言だが。

 

「鬼様、もう間もなく着くころかと」

「お、そろそろか。リオは……管制塔か。それならこっちの用を終わらせるとするか。トキ」

「何でしょうか」

 

「厨房って何処だ?」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 トントントンとトキの握る包丁が優しくまな板を叩く音が鳴り、鬼が鶏肉から皮を離してモモ肉だけにしていく。

 さらにショウガも摺り続け、ルーも同じぐらいにまで切り刻む。

 

「肉は……ちょい炙るくらいでいいか。後は弱火で煮込んでくれ。その後は肉、ショウガとガラムマサラ、トマト、玉ねぎの順で入れて欲しいんだが…」

「ガラムマサラの量はどうしましょうか」

「一振りぐらいでいいんじゃないか?辛すぎるのは嫌だろうし」

 

 そう言いながら、鬼はレタスと余ったトマトを一口サイズにまで切っていく。さらに皮と共にデコポンも切り結んでレタスとトマトの山に添え、特製のドレッシングで形が崩れない程度に混ぜ込んでいく。

 少しの間煮込んでいる内に水の無かった鍋の中に水が現れ、ショウガやガラムマサラの香りが厨房全体に香りだす。

 

「……良い香りですね。ですがこのままルーを入れてしまうと私の服が汚れてしまいます。どうしましょう」

「エプロン着ろ。オレのジャケットに視線を向けんじゃねぇ」

 

 トマトと玉ねぎから染み出した水分に刻んだルーを入れれば瞬く間にカレーの色へと変色し、混ぜ込む内にドロドロとしたものへと変化した。トキが味見をすればスパイシーさとスタミナ抜群のカレーのルーが舌の上に踊りだし、移動と調理でほんのりと疲れた体が元気になる。

 

 カレーのルーの出来に満足したトキが鬼にも味見させると、鬼も満足そうに頷く。これならリオにもいい効果があるだろうと考え、鍋に蓋をして影に投げ込んだ。

 

「鬼様の影は本当に便利ですね。私が使用するアビ・エシェフも入るのでしょうか」

「この大きさの影なら入るぞ?今度入れてみるか」

 

 雑談を交わしながら鬼がサラダをボウルに入れ、トキは白米をおひつに入れて影の中に仕舞い込む。鬼がいればお盆いらずなので、すっごく楽。さすがに厨房から管制塔まで持っていくことは無いが、日常生活で四次元ポケットがあるというのは夢がある。

 トキがそんなことを考えているのも露知らず、鬼はワクワクしながらも食事の準備を進めていく。

 

 今回鬼がトキと共に作った料理は、スタミナ無水チキンカレーだ。せっかくならあまり食べたことの無いカレーを食べてみてほしいという気持ちで作ったが、お昼には少し重いかもしれない。食えなかったら鬼の胃袋に放りこむつもりだが。

 また、足りない緑成分は鬼特製ドレッシングを付けた爽やかサラダで補っており、栄養バランスも考えてある。

 

 準備を終え、トキと共に管制塔まで移動するとリオの影の中から息を殺して近づく。そして二人一緒に音もなく現れ、どこかソワソワしたリオの肩を叩いた。

 

「ッ!?……びっくりさせないでちょうだい。トキも、悪ふざけはやめて?」

「申し訳ありませんリオ様、鬼様が一緒にリオ様を驚かそうと言い出したので逆らうことが出来ず……」

「速攻で売りやがったなテメェ。まぁドッキリ大成功ってことで満足したし、飯食うぞ!」

「ドッキリとご飯の関連性が見えないのだけれど」

「安心しろ、気分でやったから関連性は全然無い。しいて言うなら飯時だから用意したのは良いけど、久しぶりに出すからなんかインパクト欲しいなって」

「時々貴方が大人のように思えなくなる時があるの…」

「大人が悪ふざけしようとするとこうなる。いい勉強になったな」

「何が?」

 

 リオが鬼の言葉に疑問符を浮かべている間もてきぱきと配膳を進めていく。管制塔の一室の隅に机と三人分の椅子が用意され、カレーの良い匂いがご飯の湯気に乗って三人のいる部屋に充満する。リオは、カメラで確認していたとはいえ、やはり実物を前にすると唾液が自然に生成されて喉を鳴らす。

 昼時に重いかもしれないと心配になったが、この様子なら大丈夫だなと鬼は笑い、椅子に腰かけて手を合わす。 

 

「そんじゃ、話し合いも兼ねて…頂きます」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 カレーのルーと白米が半々で乗ったスプーンを持ち上げると、熱で蕩けたトマトと玉ねぎ、解れた鶏肉がルーに紛れるようにして姿を現す。

 息を吹きかけ、少しでも温度を冷まして……一口で食べる。

 

「!……おいしい」

「リオ様、サラダもどうぞ」

「頂くわ」

 

 多数のトマトが入っているにも関わらず、その酸味はフレーバー風味に抑えられショウガや鶏肉の味が主役になっている。そこに少量のガラムマサラが含まれることでより強く味が凝縮し、辛すぎず甘すぎずのいい塩梅を作り出す。

 さらにサラダが若干のスパイスを口にすることで甘みを増し、食欲を促進させる。

 

 辛味が苦手な人でも、この献立ならば進んで食べるのではないだろうか。リオがそう思うほどにこのスタミナカレーは美味い。オレンジの甘味は疲れた脳に、ショウガと若干の辛さは体に元気を与えてくれる。

 鬼もカレーの完成度に舌鼓を打ちつつ、リオの様子を伺いながら話しかける。

 

「そういやリオ、エリドゥっていつ完成してたんだ?知らなかったんだが」

「貴方がエデン条約のために、トリニティに滞在していた頃には完成していたわ。本当ならすぐに連絡したかったのだけれど……アリウス自治区の問題やETOの話で忙しいかと思って、貴方から連絡が来る頃に伝えるつもりだったの」

「あー…確かにあの時点で知らされても、逆に困ってたかもな。気遣わせてすまん」

「謝られることではないわ。それに、エリドゥの完成には貴方の力無しではここまでスムーズに進むことは無かった。なのに伝えなかったのは私の責任で、謝るべきなのは私の方よ」

「タイミングが悪かっただけだから謝らなくていい。それよりも───」

 

「何で王女のことも黙ってたんだ?」

「……!」

 

 リオに問いかける。当然その質問にリオの手は止まり、静かに皿へ下げられる。本当は昼飯を終えた後に聞いた方が、今の雰囲気を壊さずに話題に出せると思っていた。だがエリドゥの完成が知らされなかった理由が鬼の事情に絡んでいたと知り、なら同様の理由で知らされなかった可能性を考えて切り出した。それに急に切り出すよりも自然であると感じたのだ。

 

 が、リオの反応を見るに同じ理由で知らされなかった、というわけではないらしい。

 

「…私のことを探していたのはそのためね」

「当たり前だろ?元々エリドゥの援助も名もなき神々の王女みたいなやつらに備えるためだったし、その王女が目覚めたなら猶のこと動くべきだろう」

 

 トキが用意してくれたお茶で喉を潤しつつ、残りのカレーを一気に掻きこんで合掌。血肉となった食事に感謝しつつ、居住いを正す。

 

再定義(リテクスチャ)。オレの知る情報が正しいのなら、王女が覚醒すればそれに対抗できる存在は極少数だ。物質変換だけでなく振るわれる権能も無視できない。故に王女=キヴォトスの滅亡……それなのに、オレに王女が目覚めたことを伝えなかったのは……」

「───私一人で行うべきだと思ったから」

 

 鬼の答えを遮るようにリオが断言する。鬼の視線に一切の揺らぎも無く見つめ返し、食事が始まってからも緩まなかった姿勢をさらに伸ばし、堂々とする。

 

「貴方がエデン条約に力を注がなければならなかった以上、王女が目覚めたことを伝えるわけにはいかなかった。もしもその情報が貴方に届いたことで両方を取るための動きが必要になり、行動範囲を逸脱したものとなったことで少しの行動のズレが発生すれば大惨事になっていたでしょう」

「……」

「私個人で情報を集めたからこそ断言できる。貴方があの時トリニティに注力していなければ、不幸な事故が必ず起きていた。それだけの大事件だった。例えば……ティーパーティーの生徒によるクーデター、とか」

「………ホント、何処で得てんだその情報」

 

 王女が目覚め、ミレニアムにやって来た時期と鬼がトリニティに向かい情報収集に走っていた時期は少しの重なりがある。王女の目覚めの方が早かったが、リオが王女を時限爆弾のような存在と判断した頃にはすでに鬼はトリニティで奔走していた。

 その時にはすでにティーパーティーの連携を取るために鬼はアヤメとナグサと共にメンタル面に注意を払っており、そこに王女の目覚めという余計な情報が入り込めば何かしらのミスが起きていた可能性がある。ティーパーティーの連携とアリウスからの転入生への接触があそこまでスムーズに済んだのは、トリニティのみに目を向けていたからというのは事実。

 知ったとしても何かしらの手は打てていたかもしれないが、それでも不安は拭えなかっただろう。

 

「三大校の内の二つが地図から消えかねない事件と、連邦生徒会ですら詳しい場所の把握が出来ていなかった自治区の問題。そこに王女まで加わってしまうのは危険だと判断し、こちらで対処することを決めたの」

「……むぅ」

「それに、あのベアトリーチェという大人……ニュースの情報の出処が貴方の企業かつ用意周到な社会的抹殺を狙った注意喚起を見るに、貴方と浅からぬ因縁があったはず。その悪意がいつ牙を剥くかわからない以上、そちらの対処も重要であることは明白だった」

 

 鬼はリオの言うことに理解と納得してしまう。エデン条約、アリウス、ベアトリーチェときて王女の目覚めも加わる。さすがの鬼でも頭は抱えるだろうし、ミスが発生した可能性は否めない。事実当時の鬼はトリニティだけでなくアリウスの問題も抱え、ベアトリーチェが表舞台から姿をちゃんと消すかどうかも気が気でなかった。

 

 王女の目覚めが伝えられなかった状況に納得した鬼だったが、そこでリオは気まずそうに視線を逸らした。それは、何処か鬼に申し訳なさそうで。けれど自分がやらねばならないという意志も感じられて。

 

「……貴方が百鬼夜行に帰ったであろう頃には、既に名もなき神々の王女の危険度は図り終えていたわ。戦闘を目的とした活動のための肉体、1tを物ともしないであろう握力、そしてミレニアムで屈指の実力を持つC&Cを相手に戦闘目的を達成する……あの戦闘力に覚醒した王女の力が加わった時、誰にも止められない魔王が誕生してしまう。それだけは絶対に避けなければならない」

「……ん?」

「?どうかした?」

「いや、後でいい。というかC&Cを相手にしたって、どういうことだ?トキ、お前さんも戦ったのか」

「いいえ。私は影で戦闘データの収集に動いていました」

「…試し行為だったの。私と彼女、明星ヒマリが共同して王女の正体を確かめるための。私の場合は危険度を、ヒマリの場合は王女の正体を確かめるためだったけれど」

 

 詳細がリオの口から説明される内に、鬼は面の上から眉間を揉むようにして頭を抱える。リオとヒマリが共同して計画した実験、そこには先生の姿があったのだ。先生がいたということ自体はまだ理解できる。恐らく補習授業部の顧問となる前の時期なので、ミレニアムにいることもわかる。

 だがしかし、生徒会の襲撃とハッキング、挙句に没収されたものの強奪とは如何なものか。誘導されたこととはいえ、襲撃をやろうとしたゲーム開発部もやばいしそれに至るまでの行為を先生が止めようともしなかったのは駄目だろう。

 

 王女のこととか、あんまり先生に存在を把握されたくないとか色々あるが……一回でいいから全員に拳骨してから問い質す必要があるのではないだろうか。

 

「……すぐに伝えなかったことは、悪いと思ってる。けれど……」

「けれど?」

「………これは私一人が背負うべきなの。ミレニアムを守るビッグシスターとして、そしてこの世界に生きる人間として」

 

 そう言うと、リオは手元からホログラムを投影する。そこには何処か深海魚のような造形をした機械が映っており、それを認識した鬼は面の下で目を見開く。

 

不可解な軍隊(Divi:Sion)……まさか、もうミレニアムに?」

「既に廃墟から現れているわ。私の方で侵入を防いでいるけど、何時抜け出した機体が現れるかわからない。もしこのロボット達が王女と接触すれば、何も知らない生徒達に被害が及ぶ」

「……」

「ごめんなさい、貴方に言うべきことではないのはわかってる。だけれど、ここからは私一人でやらせてほしい」

「……。今の王女は生徒として生きてるんだよな。そんでお前さんがやろうとしていることは、王女の排除か。もし本当にそれをしようとするなら、お前さんに対して恨みを持つ人間だって現れるだろう」

「王女が暴走した場合の被害が無くなるのなら、私への印象なんて些事よ」

 

 そう告げるリオの瞳は固い決意が滲み、ミレニアムに住む人々のために王女を排除しようとする覚悟を持っていた。大を救うために小を切り捨てる。そのためなら汚名すら被ろうとする姿に、鬼は嫌な予感が当たったと瞳を閉じる。リオの言葉の意味、そしてその結末に勘付いたであろうトキは反応するも、努めて平静を装う。

 

 トキの様子に気づきつつ鬼は考える。リオはまだ行動していない。つまり、彼女の手はまだ汚れていないのだ。ならば。

 

「リオ」

「何かしら」

「お前さんの懸念も理解できるし、そのために動こうとするその覚悟には尊敬の念を覚える。だけどな、オレはお前さんが自分一人で責任を背負い、被るべきではない汚名を被るのは許容できない。それはオレだけじゃない」

「…?貴方だけじゃない?」 

「トキだよ。ずっとお前さんを支え続けたトキが、自分の主が孤独になることを喜ぶと思うか?」

「……」

 

 リオの視線がトキに向けられるが、向けられた本人は変わらずリオの背後で待機するようにして黙したまま。確認するようにリオが名前を呼べば、ゆっくりと瞳を開けて返事をする。

 

「貴女もそう思うの?」

「……はい」

「……トキ、貴方もわかってるはずよ。この話の結末において、誰かが責任を負わなければいけない。なら、直接手を下した者がその責任に殉じた結果一人になろうとしても仕方ないの」

「私を置いて、ですか」

「私は貴女を縛り付けていた。名もなき神々の王女という脅威が無くなったのならば、貴女は自由になるべきよ。だから────」

「嫌です」

「……!」

 

 鉄皮のような表情がほんの少しだけ歪み、リオの言葉に拒否を返す。初めてトキが拒否の反応を見せたからか、リオは少し動揺しながら目を見開く。

 何かに堪えるように体の前で組んでいた手に力が入りながらも、トキは主に対して初めての我が儘を話す。

 

「私は今まで、縛り付けられていたと思ったことはありません。私は自分の意思でリオ様に仕えていました」

「トキ……」

「リオ様が何処へ行こうと何になろうと、私はリオ様と共にありたいのです。……この我が儘を、どうかお許しください」

 

 トキが頼むように頭を下げれば、リオは答えに窮した。鬼が見守る中、リオはトキと向きなおり、体を起こさせながら語り掛ける。

 

「…ごめんなさい、トキ。私は貴女を縛り付け、不自由な身にしてしまっていたと思っていたの……こんな私を許してほしい」

「リオ様……」

「貴女がいいと言ってくれるのなら、私の傍にいてちょうだい。只一人のエージェントとして」

「…!イエス、マム」

 

 普段ならあまり見せないだろう声色と表情で返事が返される。リオもまた、今まで自分に尽くしてくれた相手の初めての我が儘に喜びを覚えたのか、笑みが零れていた。

 二人の関係が近まり、リオがすぐそばにいた理解者に気づいたことに鬼も安心する。元々トキのことも案じてはいたが、こうなればリオも一人にならないしトキも共にいることが出来る。もしも鬼が提案するつもりだった計画の善し悪しに関わらずリオが表舞台から姿を消そうとした時、必ずトキも置いていくだろうことはわかっていた。

 だがそんな未来は来ない。

 

「リオ、お前さんがやろうとしていることをオレは絶対に否定しない」

「……!」

 

 二人の間にあったであろう小さな隔たりが消えるのと同時に宣言すれば、リオの見開かれた目が鬼へ向けられる。

 リオがやろうとしていること、つまり王女の排除……それを鬼は否定しないと言ったのだ。只人なら受け入れらないだろう計画を、リオの覚悟と共に受け入れている。

 

「だがそれをお前さんが実行すれば、責任がお前さんに向かっちまうのも事実……だからこそ、王女に手を下すのはオレがする」

「ッ!?駄目よ、この問題はミレニアムの問題でもあるの」

「名もなき神々の王女の問題は一学園の内に収まらん。ならお前さんだけに責任が行くのもおかしな話だ。せめてこのぐらいはさせてくれ」

 

 肩をすくめるように言っても、リオは未だ納得いった様子を見せない。鬼を信頼していないというよりも、鬼を巻き込んでしまうことを恐れているのだろうか。そんなリオの懸念も理解しつつ、鬼はリオに思いを告げる。

 

「お前さんはキヴォトスに存在する危機を知って以降、ずっと備えるために頑張ってきた。実力主義のミレニアムの生徒会長になるまで努力し、最悪の場合に備えてエリドゥを作ろうとした。トキがその傍で支えていたとはいえ、それでもずっと頑張ってきた。……お前さんは本当に凄いやつだよ」

「……っ」

「だからこそ、このぐらいはオレにもさせてほしい。今まで頑張ってきたお前の代わりになれることがあるのなら、オレが代わりにやるべきだ。それが、子供にしてやれる大人の義務の一つだと思っている」

 

 その言葉と差し伸べられた手にリオは狼狽える。自分のしてきたことを称賛され、自分がやるべきだと思っていたことを大人がやるべきだと言われる。それは未だ17年しか生きていない身には初めての経験だった。

 困ったように目線を伏せ、しばしの沈黙を挟んで鬼の目と向き合う。

 

「責任のすべてを貴方に丸投げするわけにはいかない。これはミレニアムの長として、ビッグシスターとしての責任だから」

「……」

「…だけれど、貴方に大人として義務が存在するのなら、それを無視するわけにもいかない」

 

 ぎこちなさを感じながらも鬼の手を取る。それは、リオが鬼に心を開いたということでもあった。

 リオが自身の手を取ってくれたことを嬉しく思いながら、鬼はトキを見やる。リオの手を取る、つまりは協力するということでもあるが、それをトキはどう思うのかを確認するためだった。そんな鬼の視線を感じ取ってか、トキは鬼に一礼を見せる。不満は無いらしい。

 

「これからよろしくな、リオ」

「えぇ、よろしく」

 

 改めて協力関係を作った話し合いも終わり、中断していた昼食を温め直して再度食べ始めることに。まだリオとトキの分が残っており、残すのも勿体ないので食べきってしまおうという魂胆だった。

 二人が食べ進めるのを見守る中、そういえばと鬼はリオに質問する。

 

「そういえばリオ、王女がC&Cと戦ったって言ってたよな?」

「えぇ、G.Bibleというファイルに鍵がかかっていて、それを開錠するためのハッキングツールを囮にして実践データを収集したの。それがどうかした?」

「……」

 

 鬼は思案する。リオの言うことが本当なら、ミレニアムでも屈指の戦闘集団であるC&Cと王女は戦った。つまり敵対的な存在と相対する状態だったはず。ならば───傍仕えの侍女が黙って見ているはずがない。

 

「リオ、王女は一度も王女としての力を振るってないんだよな」

「えぇ、ミレニアムに来てからは一度も」

「……オレの知識では、王女は今のキヴォトスそのものを滅ぼすために生まれた。その補助をするための侍女とともに」

「なんですって?」

 

 鬼が振り返るように言えば、リオは驚きの声を上げる。そもそもとして鬼はゲマトリアとしての知識があったが、リオは自力で調べ上げた情報でありそこには差異が生まれる。鬼は名もなき神々とそれを信奉する存在を知っているが故に王女の目的も知っていたが、リオは名もなき神々を信奉する存在の目的まではわかっていなかった。

 目的を知っていたのなら、アリスがミレニアムに来た時点で排除に動く。それをしなかったのは、王女の危険度が分からなかったため。そして何よりも、王女が天童アリスという一人の人間である可能性を捨てきれなかったためだ。

 

 鬼はリオも王女の目的を知っているものだと勘違いし、リオは鬼の持つ情報は自分と同じレベルのものだと思っていた。そのため前提条件となる情報のすり合わせを行わず、今の今まで、キヴォトスの脅威という漠然としたものを相手とするための協力関係だったが故のすれ違いが起きていた。

 

 だがそのすれ違いは、不幸中の幸いとして露わとなった。

 

「なぁリオ、王女はミレニアムに来てから何をしていた?どんな生活を送っていた?何でも良い、オレの知ってる王女とのすり合わせを行いたい」

「……トキ、天童アリスの戦闘データをまとめた書類を持ってきてもらえないかしら」

「了解しました」

「彼女がミレニアムに来てからの全てとは言えないけれど、その生活パターンは調査してあるの。確認してちょうだい」

 

 トキが持ってきた資料とリオの提示した天童アリスの生活パターン───つまるところ、ミレニアムでこなしてきたクエストの日々の全てに目を通し、鬼はある一つの可能性を導き出す。そして、名もなき神々についての情報を与えてくれた黒服に感謝する。

 

「……リオ、お前さんに一つ謝らないといけない」

「え……」

「さっきまで王女に手を下すのはオレがするべきだと言っていたな。訂正させてほしい」

 

「もしオレの予想が正しければ……王女の無力化が出来るかもしれない」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 エリドゥから離れ、鬼はミレニアムに再度やって来た。図書館、売店、モニュメントの周りなどを練り歩き、何かを探すような素振りを見せる。

 

 エリドゥで鬼はリオとの情報のすり合わせを行い、現在の王女の異常について把握した。鬼の予想が正しければ、今の王女は王女ではあるが世界を滅亡に導く存在足りえない。

 その根拠は、彼女の傍に付き補助を行うはずの『鍵』がいないというものだった。

 

 『鍵』、それは名もなき神々の王女の侍女であり権能に繋がる扉を開くための存在。王女は鍵を持つが故に名もなき神々の力を振るい、世界を滅ぼす。逆説的に言えば、鍵がいなければ王女は力を存分に振るうことは出来ない。また、鍵が既に王女と共にあるのならば、鏡探しやゲーム制作といった行為をせずに行動に移っているはず。

 もしも王女の傍に鍵がいないのであれば、王女と鍵が接触しない限りは世界の危機は訪れない。

 

 さらに言えば、今の王女はそもそもとしておかしな状態にある。人工知能じみた動きも行動も取らず、ゲームに出てくる勇者を目指しているという。言動もゲームテキストに出てくるようなもので、名もなき神々の王女からかけ離れた様相となっている。

 自分が王女であることを忘却したような状態なのだ。

 

「だからこそ、さっさと『鍵』の所在を見つけ出して確保しなきゃいけないんだが……」

 

 もしも王女が王女であることを忘却し、『鍵』がその傍にいないのであれば……『鍵』を封印に近い措置を取ることで、王女の無力化が出来るかもしれない。そのために鬼は王女がクエストと称して活動していた場所を辿り、名もなき神々の力の残照が無いかなどを探している。

 王女の傍にいないとなれば、『鍵』は王女を探すために動くはずでありそれを見つけ出す必要がある。接触されてしまえば世界が終わるのだから、地道だろうと虱潰しに探さなければならない。リオとトキには不可解な軍隊(Divi:Sion)の動きを元に『鍵』の場所を探ってもらっており、そちらの調査が終われば一気に進歩する。

 

 唯一の懸念点は、この動きを王女……天童アリス、明星ヒマリ、そして先生に知られること。リオと鬼は王女の無力化に方針を転換したが、無力化に失敗した場合は最後の方法───王女の排除に動く。

 

 つまり、天童アリスのヘイローを壊すのだ。

 

 リオ曰くヒマリはアリスを一人の後輩として見ているため、排除に動くことはなく逆に妨害に動くだろうとのこと。そして先生も同様にアリスを生徒として接しているため、リオと鬼の手段には抵抗してくることは想像に容易い。アリスに知られることなど言語道断だ。それはリオからも言及されており、接触はあまりにもリスクが高い。

 

 鬼が王女のクエストの経過を辿る際は気配を戦闘時の物と同一にしており、周囲の存在が鬼に気づくことは無い。誰かであることはわかるが、意識を向けようにも誰なのか認識できないのだ。これは監視カメラを通して見たとしても同様で、明星ヒマリが鬼に気づく可能性は薄い。違和感を得てしまった場合はその範疇に収まらないが、まず無いだろう。アスナには気づかれるが、あれは例外も例外だ。

 余談だが、鬼がサンタに扮してプレゼント爆撃を行っている間も同じ気配にしているため、特異現象を調査するヒマリやその後輩は「本当にサンタがいた……?」と疑いをかけている。勿論鬼はそんなことは知らない。

 

「……駄目だな、名もなき神々の力の一片すら存在しない。おかげで王女が王女に覚醒してない可能性も強まったが、この際関係ないな……」

 

 直近のクエスト場所である公園に鬼はやって来たが、やはり他の場所と変わりない。少しだけ肩を落とし、考え事をするためにベンチに腰掛ける。

 

 現状、不可解な軍隊(Divi:Sion)がミレニアムに来ている以上『鍵』もミレニアムにいることはわかっている。だがその尻尾をまったく掴めていないため、もしかすると『鍵』は一つの場所に留まっている可能性がある。

 それが鬼でもリオでも探知できない場所にいるのならば、ジリ貧の状態から抜け出せない。向こうからすれば『鍵』本体ではなくロボット群の一体と王女が接触すれば王女の機能を引き出せる可能性がある以上、物量作戦で動けば確実に王女が覚醒するかもしれないのだ。

 思わず滅入るように天を仰ぎ、空に浮かぶヘイローを眺める。

 

「……ちょっとだけ睡眠を取るか。王女がオレに気づくことも無いだろうし、ばったり出くわすなんぞありえんしな……くぅ~~っ!っはぁ……」

 

 ずらしていた仮面を元に戻し、気配を維持したまま仮眠を取る。少しだけ休憩すれば何か妙案が浮かぶかもしれないという思惑の元、和やかな空気と陽だまりの中瞳を閉じる。

 

 スズメが囀り、百鬼夜行にいる時のような風が髪を撫でる。通りでは実験について話し合う生徒達の談笑が聞こえ、遠くの方では失敗したであろう実験による爆破が耳に鋲打つ。そんな喧騒をBCMに寝入ってしまう。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「───!─────」

「……?」

 

 微睡から意識が起き上がる。自身のすぐ傍に誰かが座り、こちらに意識を向けているような気がした。しかし鬼の気配は謂わば空気に近く、認識することに収まらず意識を向けることさえ困難。睡眠に入ったとて、鬼の気配の維持は途切れない。

 では自身を挟んで喋っているのかと判断し、もう一度意識を夢に送ろうとして……違和感に気づく。

 

 あれ?もう片方には誰もいなくね?

 

「……」

 

 うっすらと目を開け、恐る恐る意識を向けてくる存在を確認する。まさかそんなことないだろうと現実逃避を行い、頼むから野生の凄腕エージェントか暇で散歩していたアスナであってくれと願う。

 

「あっ!眠りしサムライが目覚めました!」

「うっそだろ」

 

 王女がいた。

 

 

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