「わぁ~……!アリス、三段アイスなんて初めて食べます!空腹ゲージが大幅に回復しそうです!」
「空腹ゲージ?……ミネラルクラフトとかいうゲームにあったな、そんな概念」
イチゴ、チョコ、メロン味のアイスが積み重なったアイスクリームを楽しんでいるアリスの横に鬼が座る。嬉しそうにアイスを食べるアリスの横顔を鬼が見つめていると、それに気づいたアリスが不思議そうな顔で見つめ返す。
なんでもないように視線を切れば、気にした様子もなくアイスに意識を戻す。
アリスが鬼を見つけ、仮眠から戻った鬼がアリスの存在に気づいた時、鬼は即座に離脱を図った。
もたれ掛っていた椅子の背から跳ね起き、すぐ近くの木の影に殺到しようとした。しかしアリスが鬼が逃げようとしていることに気づき、
「!突発的なミッションの発生です!サムライを捕らえます!」
と言いながら鬼の足を寸でのところで掴み取り、鬼は無様に顔面から地面へ落下した。結局アリスは鬼に会話がしたいと強請り、逃げようとしても捕らえられたので鬼は諦めた。
現在アリスが食べている三段アイスは、鬼が逃げようとしたことのお詫びだ。アリス本人は「パンパカパーン!ミッション報酬です!」と喜んでいたので、winnwinnの関係と言えるだろうか。
「そんで?何でオレのことを追いかけたんだ?お前さんとは初めてだろうに」
「あ、忘れていました!アリスは天童アリスと言います。アリスはサブクエストを探していたのですが、サムライを見つけて新たなクエストのフラグであると感じ、サムライが目覚めるまで待っていたのです!」
「サムライ……見ようによってはサムライに見えなくもないが、かといって何でオレのことが分かったんだ?気配は消してたはずなんだが」
「アリスは探知魔法を持っていませんよ?」
「……普通に見つけたってことか?」
「はい!」
「名も無き神々の力か?」と小さく呟けば、アリスは不思議そうに首を傾げる。その反応に鬼はもしや、と思う。
「あー、王っ……アリスって呼んでもいいか?」
「はい、アリスはアリスです!ですがアリスは貴方の名前を知らないので教えてほしいです!」
「名前は…サムライって呼んでたし、お侍さんでいい。そんでアリス、お前さんは……
「……?」
鬼が発した単語に、アリスはしばし考えこみ……申し訳なさそうに首を振る。
「ごめんなさい。アリスのデータベースに名もなき神々というデータはないです」
「じゃあ鍵とか、キーってのは?」
「そちらも無いのですが、どこか懐かしいような気がします……」
「……」
鬼は確信する。今の王女、アリスは名もなき神々の王女であることを忘却しているのだと。つまり、今のアリスはただの子供であり、勇者を目指す魔王の卵に近い。彼女がカギに接触しない限りは王女にならず、勇者を志す生徒のままだ。
ならば鬼が取るべき行動は。
「……よし、アリス。お前さんがオレを捕まえた理由は確か……新しいクエスト?が発生すると思ったんだよな」
「はい!アリスは日々クエストを熟すことでレベルアップを果たし、勇者を目指しています!」
「なら、ちょっと付き合ってもらおうか」
アリスがなろうとするものを応援し、手助けし、夢を叶えられるように見守る。
魔王が勇者になれるように。
◇◆◇◆◇
「ここが図書館です!モモイ達がゲーム制作のために時々来ることもあれば、勉強のために立ち寄ることのある場所です。残念ながらモンスターの攻略情報を取り扱った本はありません」
「ほー…やっぱりトリニティの古書館とかとは違うな。こっちは論文とかが多いのか……『身体の大きさを10倍にした場合に発生する位相の変化に付いて』?面白そうなもんを取り扱ってんな」
「巨大化の魔法でしょうか?勇者でも使えますか?」
「魔法っつーよりもアイテムに近いだろうし、出来るんじゃないか?」
「あっ!アリスが通っているゲームセンターです!ここではよくチビネル先輩とエンカウントするんです」
「チビネル先輩って、美甘ネルのことか?なんでチビを付けてんだ……」
「チビネル先輩は職業メイドの恐ろしい先輩ですが、格闘ゲームではレバガチャに頼ってしまいます。なので私によく負けてしまい、興奮状態に陥ってはアカネ先輩に連れていかれます!」
「元気そうに言ってっけど、それ本人の前では言うなよ」
「?」
「エンジニア部です!アリスはここで勇者の剣を得ました」
「勇者の剣?その馬鹿でかいレールガンのことか」
「はい!ウタハ先輩達から譲り受けた光の剣:スーパーノヴァです。ウタハ先輩曰く、エンジニア部の過半期分の予算をつぎ込んで製造したらしいです」
「は?過半期?」
「───おや、アリスじゃないか。元気そうでなによりだ。そちらの男性は……」
「あっ、ウタハ先輩です!」
「あぁどうも、こういう者だ。今はアリスのクエストに付き合ってる途中でね、ミレニアムについて紹介してもらってんだ」
「……なるほど、貴方があの大和の社長さんか。ミレニアムにようこそ、楽しんでくれているかな?」
「アリスと一緒に歩いてるだけでどっかから爆発は起きるわ他の学園じゃ見ない技術群の山だわで飽きねぇな」
「ふふ、それは良かった。ところで、その腰に差した刀は貴方の物かい?少し見せてもらっても?」
「こいつか?別に構わんが」
「ウタハ先輩、こちらはお侍さんです!今はアリスのサブメンバーとして行動していますが、いつもは武者修行をしているらしいです」
「なるほど……お侍さん、少しこの刀を改造してもいいかい?柄の部分と刃を鎖で繋いでボタン一つで刃が飛び出すからくり仕掛けにしてみたくてね……」
「おうコラ、人の得物をわけわからん絡繰りにしようとすんじゃねぇ」
「ついでに柄頭のところに暗闇で見えるようにライトをつけて、鍔のところにBluetooth機能も付けてみよう。スマホを取り出さなくても日常的に便利な物に……」
「増えた!?いや待て、オレの日本刀にBluetooth機能付けるって言ったか!?待てやめろ!それ作んのにどんだけ時間が掛かったと思ってんだ!!」
「説明しましょう!日本刀とはある地域で生み出された固有の刀剣のことを指します!「折り返し鍛錬法」で鍛造された鋼を刀身とする点と刀身と茎が一体となり、柄と茎に開けられた目釘孔に目釘を差し込むことで柄に固定する構造、焼入れによる湾曲した全体形状、断面形状が5角形から7角形で、横から見た刀身中央から棟よりの刀身が最も分厚い部分に稜線がある鎬造りの形状を持ちます。また鋼の材料には玉鋼というたたら製鉄の鉧押し法で作り出された貴重な鋼が使われており、その粘り強さは他の刀剣を凌ぐものとも考えられています!事実冶金学者の肩が日本刀の鋼の硬度を調べたところ、理論値を大きく超える数値が出たとか────」
「なんでそんな知ってんだお前さん!?」
「コトリとヒビキが現れました!三人はお侍さんの刀に興奮しているみたいです!」
「笑ってないで助けてくれねぇかなぁ!?」
◇◆◇◆◇
「ひどい目にあった……」
「お侍さんの武器に興味津々でしたね。鍛冶屋の性というものでしょうか」
「ロマンを求める人間の性だろうな」
鬼からのクエスト『ミレニアムの探索』を終え、二人は元の公園のベンチに戻ってきた。鬼は草臥れ、アリスは笑顔。とても元気そうで何よりである。
アリスが「宿屋での休憩はまだ少し先ですね」と言いながら休んでいるところだが、鬼はポチポチとスマホを操作している。どうやらメール機能を使用しているようだが、何故かとても短い文章を送るとそのまま電源を切る。
鬼はアリスとの探索の合間にも似たようなことをしていたが、アリスがその動作に気づくことはない。自然な動きで操作し、何事もなかったかのようにアリスとの会話に戻る。
周りから見ても違和感は無い動きで書いたメールはリオへの定期報告であり、彼女からの報告を確認することにも併用していた。棚から牡丹餅的にアリスのクエストに付き合いながらそれは幾度となく繰り返されており、すでに向こうからの結論も固まり鬼に伝えられている。先程のメールがそれだった。
内容は、
────王女の排除を保留、『鍵』の把握・確保を優先。またDivi:Sionを確認したため、可能ならば王女をミレニアムから遠ざけてほしい。
……というものだった。リオも現在のアリスの状態から『鍵』の確保が重要であると判断したらしい。しかしアリスの持つ危険性そのものは排除されていないため、保留となっているのだろう。
それに伴って『鍵』がいるであろう場所も伝えられているが、後半の内容を無視することは出来ない。まったく予想していなかった出会いがあったとはいえ、アリスとDivi:Sionの接触は絶対に避けなければならないまま。なので最悪の場合を考え、アリスをミレニアムから離したいのだが……
「アリス、お前さんはこの後は……」
「アリスはデイリークエストを終えたので、ゲーム開発部に戻ります!モモイ達がゲーム制作のために知恵を振り絞っているので、アリスも手伝わなければなりません」
「そうか……」
自身の所属する部活に関わることを中断させて遠ざけるというのは、少しばかり不自然だ。先程まで共に歩いていた時ですら怪しかったのに、今度は鬼が連れていく形になる。アリスが鬼をリードする形だったために怪しいで済んだが、部活の活動をさせないまま逆の形になると児童誘拐の構図にしかならない。
すでに不純異性交遊に片足を突っ込んでいるようなものだが、ロリコンの謂れだけはごめんなのだ。
しかしここで妙案が浮かぶ。
「アリス、今はモモイってやつがシナリオを作ってるんだったよな?」
「そうです!今は未知の領域を開拓するための挑戦をしているみたいです」
「ならさ、お前さんらじゃ経験したことの無いことがあったら考えやすいとは思わないか?」
「アリス達が、経験したことのない……?」
こてん、とアリスが首を傾げる。鬼の面がズレていることで見えるようになっている口元がニヤリと笑い、ベンチから立ち上がる。
「折角オレからのクエストを達成したんだ。その報酬はあってしかるべきだろう?どうだアリス、どんな報酬が貰えるのか、気になりはしないか?」
「クエストの報酬…!アリス、気になります!」
出会った時のようなキラキラした目で見てくるアリスにこそばゆいものを感じながら、鬼は影に手を突っ込み、バイク用のヘルメットをアリスへ投げ渡す。
受け取ったアリスが何かを察したのか、頭上でビックリマークが立った気がした。
「ドライブに行こうか、アリス」
◇◆◇◆◇
高架橋を通り、道行く人々を追い抜きながら加速した車体が高速道路に進入し、その速度を一段上げる。通勤ラッシュが既に過ぎた頃というのもあり、とても空いた道路を鬼とアリスが乗るハヤブサが走り抜ける。
鬼はアクセルを回し続けた状態で背中を見やる。そこには鬼の腰に腕を回し、渡したバイザー越しに景色を眺めるアリスが相乗りをしていた。バイザーの奥には楽しそうなアリスの顔があり、喜色に満ちた声を上げている。今はバイザーに付けたマイクの電源を切っているが、付ければその声がマイクから響き渡るだろう。
鬼がドライブに誘った理由はリオからの頼みのためであるが、もう一つ違う理由があった。
それは違う地域に行くことで、アリスにより世界を知ってもらいたいという願いだった。
アリスは目覚めて間もない頃にゲーム開発部と先生に保護され、ミレニアムプライスという大会のようなものを経験して今に至る。今はクエストと称して散策を続け、時にミレニアムの外に出ていることもあるらしいが、他学園とまではいかない。
せっかくの機会なのだから、違う学園に赴くのも良い刺激になるだろう。それこそ、シナリオ製作の足掛かりにしてもいい。彼女の仲間にはほんの少し申し訳ないが、アリスを少しの間借りることにした。
「アリス!聞こえてるか?」
『きゃあああああああ!あははははは───あっ!はい、聞こえてます!』
「そろそろ高速道路から降りるが、そのままオレの影に入る!あんまり驚くなよ!」
『お侍さんだけが使えるワープポイントですね!アリスは大丈夫です!』
「そうか、ならいい!それと───」
『それと?』
「今、楽しめてるか!?」
『────はい!とても、とても楽しくて、気持ちいいです!』
アリスの返事に了承の言葉を返してマイクを切り、高速道路から降りて影へと飛び込む。そして高速道路時以上にギアを上げて回転数を上げ、最高速度で影の世界を疾走する。頭上を通り過ぎる光がステンドグラスのように輝いて見えて、まだ昼なのに真夜中の世界を走っているようだった。
その景色にはアリスも感動し、目的地に到着したことも気づけないほどに目に焼き付けていた。
◇◆◇◆◇
鬼がアリスのバイザーを外せば、やっとアリスはバイクが止まっていたことに気づき、いそいそとバイクから降りる。
「お侍さん、アリス達はどこへ向かっていたのですか?」
「オレが住んでる百鬼夜行だ。ちょっとの間だが、見て行ってくれ」
鬼の後を辿って影から這い出すと、何処かの山の頂上に出たようだった。きょろきょろと辺りを見回すと、街を一望できる場所を見つけ、街を見下ろす。
「わぁ……!」
そこには、和を感じさせる景色が広がっていた。
遠くの神木が穏やかに街を見守り、鳥居を修繕する職人達が忙しなく働いている。その下では駄菓子屋や和菓子の店が軒を連ね、小中高問わず生徒達が楽しそうに通りを行く。中には人力車に乗って景色を楽しむ人もいた。
アリスにとっては初めての世界、景色、そして香り。
「どうだ、百鬼夜行は」
「……すごく、綺麗です」
横に立つ鬼の問いかけに言葉少なに答え、自然の空気に包まれたまま一つ深呼吸をする。木々の香りが体を通り抜け、不思議な気持ちを抱く。科学が発達し、便利さに満ちたミレニアムでは感じ得ない世界だった。折角ならば、ゲーム開発部の皆と共に来てみたかった。この初めての感覚を皆で共有し、新しいクエストに出かけてみたい。
自身の仲間のことを思い出していると、アリスの持つスマホから連絡が届いた。誰からの連絡だろうかと思い、確認して見ると、そこにはゲーム開発部の皆の名前が載っていた。
『アリス、今デイリークエストの途中?そろそろゲーム作りに取り掛かるよ~!』
『アリスちゃん、今何処にいるかな。お姉ちゃんが暇で暇で仕方ないって言ってるからそろそろ戻って来てね』
『あんまり、遠くに行きすぎないでね』
「あっ……モモイ達からの連絡です。そろそろ部室に戻らないといけません……」
「ん、今日はここまでか。そんじゃあ帰るか」
「……」
「……?どうした?」
「…アリス、またここに来たいです。今度は、モモイ達と、先生と一緒に……」
「……。アリス、ゲーム開発部の皆は大切か?」
「…?はい、とても大切で、とても大好きな……宝物のような友達です」
「そうか。……なぁアリス、もし自分が魔王だと言われた時……その皆は、どうすると思う?」
「アリスが、魔王…?」
寝耳に水といった様子で聞き返すアリスに、鬼はある例え話を話す。
「お前さんは勇者を目指してるだろう?他の人も勇者とか、賢者とか、学者とかを目指してたりする。けれど突然、その人が魔王みたいな存在に堕ちることがある」
「そんな酷いことが、あるのでしょうか……」
「無いとは言い切れない。この世界は不思議なことで満ちてるからな」
「……」
俯き、考えが纏められないまま首を振る。何故か、アリス自身が魔王だという例えを元にして、皆がどう反応するのかと考えようとすると、胸の奥が痛む。もしも、自分のことを拒絶されてしまったらどうしよう。大切な友達に拒絶されたら、自分はどうなるのかを考えようとして、考えるのが辛くなる。
「……わかり、ません」
「それは魔王が悪い存在だから、皆に悪い存在を拒絶されると思ったからか?」
「…そうです」
「ならアリス、逆に考えてみな」
「逆に、ですか?逆だと……モモイが、魔王に…?」
「そうだ。その場合、お前さんはモモイを拒絶するか?」
「アリスはしません!モモイは大切な友達です!」
「お前さんは勇者で、モモイは魔王なのにか?」
「……ぁ」
そう言われて初めて気づく。自分は勇者を目指している。勇者は魔王を倒し、世界を救う人間だ。ならば魔王を倒さなければいけない。
相手が、大切な友達だろうと。
「でも……でも……っ」
「……」
「アリスは……友達を傷つけたく、ありません……!」
「勇者は魔王を倒すもんだろう?」
「だとしても!モモイは大切な友達です、勇者ならば大切な仲間を倒すのではなく、助けるものです!」
アリスの言葉に、自分の中に打ち立てた一本の軸を逸らさなかった答えに、鬼は……
「────よく言えたな、アリス」
「わ……っ!?」
笑みを零し、その頭を撫でまわす。アリスの視界がグルグルと周り、視界の周りを星が飛び交う。
「意地悪なことを聞いて悪かった。お前さんを見てると、つい心配しちまってな。アリス、さっきオレは聞いたよな、もしアリスが魔王だと言われた時に皆はどうするかって」
「あぅぅ……」
「お前さんは友達を傷つけたくないと言った。例え魔王が相手だろうとだ。なら皆も同じ答えを出すんじゃないか?例えお前さんが魔王だろうと、友達を傷つけたくないってな」
「……!」
「究極的な話、相手を受け入れることが出来たのならそこに争いは生まれない。そこに至るまでが果てしなく遠いが、例え魔王だろうと勇者だろうとお互いがお互いのことを受け入れて仲良くしようとしたら仲良くなれるもんだ。アリスの答えも、相手が魔王だろうと友達で、傷つけたくないから受け入れるって見方が出来るだろ?」
「あ……」
鬼は笑い、影から取り出したハヤブサのエンジンをかける。そして呆然と立ち尽くすアリスにバイザーを投げ渡せば、アリスも再起動した。アリスがバイザーを付け直すと、鬼はさらに続ける。
「アリス、お前さんに一つ助言しておく。相手を受け入れるのが果てしなく遠い時、そこにはいつも自分が立ちふさがるもんだ。自分の悪い面、見たくない面、自分じゃないって拒絶したい面がな。その自分を、拒絶しちゃいけないぜ」
「自分の悪い面を、ですか?」
「そうだ。悪い面だろうと、自分じゃないって言いたい面だろうとそれは自分だ。人は完璧じゃない、どう頑張っても悪い所はある。それを受け入れてこそ、真の勇者だ」
「真の、勇者……」
「魔王の自分を受け入れ、勇者としての在り方を貫け。そうして初めて相手を受け入れる態勢になる。……まぁ、オレの経験則からの物言いだがな」
「……」
バイザーを付けたアリスが静かに鬼に掴まり、ひしっと寄りかかる。準備が出来たと判断し、鬼はバイクを発進させる。
今度は急ぎの帰りのため、全て影の世界を通っていると、マイクからアリスの声が聞こえた。
『……お侍さんは、本当に魔王と勇者が仲良くなれると思いますか?』
「かなり難しいが、絶対に無理とは思わないな」
『なら、仲良くなれない時は……どのような時ですか?』
「……細かく言えば色々とあるが……そうだな。譲れないものがあった時だな」
『譲れないもの?』
「あぁ。絶対に譲れないもの。例え相手がなんだろうと自分がなんであろうと、絶対に譲ることが出来ないものが人にはある。そして譲れないものがぶつかり合った時は、どちらかが折れるまで争いは止まらない。もしそうなったら……自分を貫け」
『自分を……』
「そうだ。お前さんは勇者を目指している、だろ?」
『……!』
マイクの奥側で息を飲む音がする。それは自分の存在に揺れ、原点に立ち返ったからこそ得た気づきによって漏れた声なのかもしれない。
当初、鬼はアリスにこんなことを聞くつもりはなかった。しかし百鬼夜行の景色に感動し、それを大切な人と共有したいと願うアリスを見たことで早急に聞くべきだと感じた。
鬼はリオと共にキヴォトスの危機を排除するために動いているが、その結果に誰かの犠牲が出ることを許容したくなかった。リオは大を救うために小を切り捨てるべきだと考えているが、全てを救える可能性があるのならそちらを選ぶほどに優しい心を持っている。
だからこそ、鬼はアリスが王女だということを思い出しても自分を責めることのないようにしたかった。勇者を目指した主人公の正体はラスボスであり、その命が続く限りラスボスが生き続ける……なんて、主人公が知った時の心の傷は、どれほどのものとなるだろうか。少なくとも、自分が死ぬべきだと思う可能性はあるだろう。
そのためにも、鬼はアリスが周りの存在に気づけるように質問した。自分が魔王だとしたら、周りはどう感じるのか、と。そしてその結果は────
『……はい。アリスは勇者になります!例えアリスが魔王だろうとなんであろうと、自分を貫きます!そしていつか、魔王と手を繋げる勇者になります!』
周りの友の存在に気づき、真の勇者を目指す一人の生徒と成った。
◇◆◇◆◇
「そんじゃあアリス、今日はここでお別れだな。ちゃんとゲーム製作に取り掛かるんだぞ?」
「お侍さんもありがとうございました!アリスは今日でレベルアップだけでなく、真の勇者になるための条件を知ることが出来ました!」
「……オレの言葉はオレの考えが混じる。ちゃんと自分で吟味し、理解し、自分だけの言葉に変えることが必要だ。オレの目指した勇者じゃなく、アリスが目指す勇者を考えるんだぞ」
「……!はい!」
程なくしてミレニアムに戻り、木陰でアリスを見送る。
出会って一日も経っていないにも関わらず、すでに鬼とアリスの距離感は親しいものとなっていた。偏にアリスのコミュニケーション能力の高さもあるが、鬼がアリスを見守るような思いで接していたというのもあるだろう。
まるでアリスが尊敬する、先生のようで。
「アリス」
「?」
「もしも不安になったら、ちゃんと友達に聞いてみな。絶対に悪いようにはならない」
「わかりました!……お侍さん、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「お侍さんの真名は、何ですか?」
「……」
アリスは鬼のことをお侍さんと呼んでいたが、それがあだ名に近いものであることはわかっていた。だからこそ、鬼の本当の名を知りたかった。仲良くなりたい相手の名前も知らないというのは、RPGにおいて敵対フラグに近い。偽名を名乗られ、再度出会った時に本当の名前がわかると同時に戦闘というのよくあることだ。
アリスの問いかけに鬼は悩む。悩み、悩み続けた末に……口を開く。
「……鬼」
そう言うと、鬼はバイクと共に影へと飛び込んで姿を消す。木陰にはアリスだけが残った。
「……!パンパカパーン!職業サムライの鬼が仲間になった!」
嬉しそうに宣言し、スキップしそうなぐらいの笑顔でゲーム開発部の皆の元へと向かう。新たな仲間との出会いを祝福するように、木々を風が揺らした。
アリスは 勇者から 真の勇者 に目覚めそうだ……!
次回はアリスと仲間達の話から始まります。それではまた