百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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第四話 黒服

 

 祭りが終わったことで、アヤメとナグサも元の日常に戻り始めた。調停委員会による鍛錬を繰り返し、時々百鬼夜行のパトロールを行ってトラブルが無いかの確認。これといった変化もないからか、いつものように二人で鬼の下に向かいだす。あそこはいつも変わらず賑やかで、最近は中等部の子達も混じるようになってきた。

 

 少し前は狐耳を持った生徒が鬼に突撃し、鬼の周りで忍者ですか!?忍者なんですか!?と騒いでいた。忍者と聞いてもあまり実感がわかないものだが、鬼が忍者ではないかと言われると少し頷いてしまいそうになる。

 アヤメが初めて会った日は屋根から屋根へと飛び移って移動し、直線で走っていても追いつけなかった時は本当に人間なのかどうか信じられなかった。身のこなしもやけに上達していて、トラブルを起こした魑魅一座を追いかけるときなんかは壁を走って追撃していた。

 

 あれ、もしかして鬼さんって本当に忍者なのでは…?

 

 アヤメがそう思っていると、いつも鬼が昼寝しているお店に着いた。店主さんが二人に気づいて会釈をしてきたので同じように会釈し返す。そして屋根に目を向けるが、今日は鬼は寝ておらず看板猫がゴロゴロしていた。

 

「鬼さん今日はいないみたいだね」

「そうね。猫ちゃんはいるみたいだけど…」

「なんだい、今日は鬼の兄ちゃんに用があったのか?なら今日は兄ちゃんの職場に行ってみたらいいさ。今は仕事中だろうしな」

「職場?職場ってどこにあるの?」

「この道をまっすぐ行ったら『大和』っていう名前の看板がある筈だ。受付で鬼面さんに会いに来ましたって言えば、多分会えるぜ」

「そうなんだー。ありがとねおじちゃん!早速行ってくるよ」

「ありがとうございました」

「おう、今後とも御贔屓にな」

 

 店主の言う通りに歩いて行けば、確かに看板が立てかけられた一階建ての建物があった。看板には確かに『大和』であり、添えるようにして『キヴォトスの運びを担う会社』と書かれていた。

 

「ごめんくださーい」と言いながら戸を開けて中に入ると受付が視界に移りこみ、受付嬢であろう生徒がなにやら作業をしていた。戸の開閉音で気づいたのか、こちらに目を向ける。

 

「あら、どのようなご用件で参られましたか?」

「えっと、鬼面さんに会いに来ました」

「あっちにあるお店の店主さんから、鬼さんが今はこっちにいるって聞いてて。もしかして今って忙しい感じですか?」

「いえ、今日は来客がいらっしゃっていたんです。もしよろしければ、あちらにおかけになってお待ちください」

 

 案内に素直に応じてソファーに腰かけると、すぐ横にあった「来客室」と書かれたドアが開く。あまり待たなかったなと思いながら立ち上がろうとして……硬直する。

 

「クックック…ですので、今のアビドスには向かわないことを推奨しますよ。あなたが砂漠の気候程度で倒れるとは思いませんが、万が一があるのでね」

「了解。まぁもし行くとしても、すぐ帰れるように準備しとくわ」

「まぁ、妥当な判断でしょうか。あぁそれと以前頂いた日本酒なんですが、気に入ったのでまた頂くことは可能でしょうか?」

「あー…今は手元に無いし、手に入れるのも時間かかるな…。まぁ手に入ったら先に渡すよ」

「感謝いたします」

 

 最初に目に入った姿は歴然とした大人の余裕を醸し出すスーツ、薄い霧のように立ち上る黒い顔には亀裂が走り、只人でないことが一目でわかる。

 

 毎日毎日飽きもせず暴れだす不良がいることで戦闘経験が着実に積み上がって来ていた二人は即座に戦闘態勢に移行できるように己の愛銃に手を伸ばす。それは自己防衛反応であり、培われた警戒心の表れ。そして何よりも、この身の何処かもわからない何かが警戒を促した。

目の前の大人に隙を見せるな、と。

 

「アヤメ…っ」

「わかってる」

 

 立ち位置で言えば、来客室の奥側で鬼が話しておりその前に黒いスーツ姿の異形がいる。そしてアヤメ、ナグサの順で立っており、アヤメが前衛を担っている。体が目を逸らすという行動を取りたがらないことで後ろの確認をすることが出来ないが、声の震えからナグサが恐怖に耐えていることは確実だった。かくいうアヤメもまた、冷汗が頬を垂れるのを感じる。

 

(もし襲ってきた時はどんな戦い方をしてくる?何を優先基準として動き出す?人質を取ってくる?舌戦で揺さぶってくる?わからない。けれどせめてナグサだけでも守り抜く…っ)

 

「…おや?」

「あ?」

 

 剣呑な雰囲気に気づいたのか、立ち止まった黒スーツの異形と鬼。が、鬼は何が起きているのかわからず体を横にずらして部屋から顔を出し……面の奥で血の気が引いた。

 

「おわーッ待て待て待てッ!!?アヤメにナグサマテ!こいつはオレの元同僚なんだよ!!」

「っ鬼、さん…?」

「同僚、って…」

「あっぶねぇなマジで……アヤメには前に言ってたか。今はこの大和で働いているけど、元は別の職場で働いてたんだよ。そん時の同僚がこの黒スーツの大人だったんだ」

「クックック…どうも、百鬼夜行にお住いのお二方。今日は彼に会いに来ただけですので、そこまで警戒されることはありませんよ。まぁ、こんな風貌ですから恐れられるのは仕方ありませんがね。クックック…」

「すまんな、前もって伝えてなかったオレのミスだ。今度埋め合わせはするよ」

「では、今度の飲みはあなたの奢りでお願いします。それでは…」

 

 建物から立ち去り、気配が完全に消えたことでアヤメとナグサはやっとの思いで警戒を解いて息を吐く。先程の黒スーツの異形を目の当たりにして、未だに消えないこの震えは何なのだろうか。わからない。だがあの視線に込められたものは感じ取った。

 あれは、実験体を見る科学者の目だ。人を人として見ず、数多の反応を確かめるためだけのモルモットに向けるような目。好奇心と無関心の矛盾した、されど方向性が違うために両立した探究者の眼差し。鬼が声を掛けた瞬間にその視線は消えて人として見る目となったものの、しばらくは忘れられそうにない。

 

「悪ぃな二人とも、怖かっただろ?あいつの真ん前で言うわけにゃいかねぇから黙ってたけどな…」

「…ううん、大丈夫。ナグサは?」

「……」

「…ダメそうだな。どこかで茶でも飲もうか。すまん、今日は外出してるって書いといてくれ!用向きは電話かメールで頼む」

「わかりました。それでは鬼様、また明日」

「あぁ。二人とも行けそうか?」

「行けるよ」

「…はい」

 

 自分達も建物から退出し、近くの茶屋にお邪魔して一息つく。まばらではあるが、人の気配を直に感じたことで震えも治まった。鬼が注文した茶を口に含めば、乱れたテンションも落ち着き始める。どうやら抹茶を頼んでいたようで、ナグサは口に含みつつ手で温かさを容器越しに感じてほう…と息を吐いた。

 

「さて、何から話したらいいかね…とはいってもそんなに話せることは無いんだよな。あいつから口止めされてるし」

「そうなの?じゃあ、あの人はなんで鬼さんに会いに来てたの」

「ただの近況報告と飲みの誘いだ。オレの散歩の区域はほぼキヴォトス全体だから、時期的に危険なところに行きそうだったら教えに来てくれるのさ」

「随分、その…仲が良いんだね?」

「オレが元職場に入ったのもあいつからの誘いだったからな。まぁ入って早々に違う同僚の顔面叩き切って追放されたけど」

「追放って、あんまり聞かない単語だけど…」

「曰く、「組織の体裁を保つために過度な問題行為は咎めなければいけない」んだとさ。おかげでずっと亜空間で浮いてたからキヴォトスの変化もわからなかったしな。そもそもこっちに来る前に送られたから前のキヴォトスなんて全然知らんし…

「亜空間???…でも話しぶり的にあの大人との確執はなさそうだよね。それはなんで?」

「まぁ、あいつ自身が追放に消極的だったのもあるな。オレが稀有な存在だって言ってたし。後はまぁ…空間ぶった切って出てきたらめちゃくちゃ興奮しながら出迎えてきて不満とかそこらへんがぶっ飛んだってのもある」

「「????」」

 

 散歩の範囲がキヴォトス全域という物理的に不可能ではと感じる情報は置いておき、その後の話の途中までは理解できた。問題を起こしたのならそれに反省しなければならないし、過度なトラブルを引き起こしたのなら罰は必要がとなるのもわかる。理解できないのはその後だった。内容が亜空間への追放とかいうのも何それ?と疑問に思ってしまうし、空間をぶった切って出てくるというのはどういうことだ?大人の世界というのはファンタジーにファンタジーを重ねた世界だったのだろうか。いやそんなことはないだろうし……。

 二人して頭を抱え、悩んで悩んで悩み続けた末に……

 

「「わたしたちにはよくわからないことがあったんだなぁ」」

「思考放棄すんじゃねぇよ。……まぁそのあとは他の奴からももう問題を起こさないだろうし反省の意も見られるからって感じで職場に復帰したんだよ。そんでそこからは……あー……色々あって退職した!以上!」

「色々が気になるんだけど!?」

「あ、アヤメ落ち着いて…!」

「ふー…よし、落ち着いた」

「だけど二人の警戒もわからんでもないな。言っちゃあなんだが、あいつってマッドサイエンティストみたいなもんだし。今は違う方向に意識を向けてるからオレも文句ないんだがな……。そういや二人はオレに何の用だったんだ?聞き忘れてた」

「あー、授業も終わって委員会の活動も今日は休みでさ」

「アヤメと二人で鬼さんに会いに行こうって話になったんです」

「別に来るのはいいんだが、オレのところに来ても特に面白くないだろ?散歩に連れて行ってるわけでもないし」

「鬼さん、それ本気で言ってる?この前なんか中等部の子と湖に行ってなんかしてたじゃん」

「あれはイズナに強請られて連れて行っただけだわ」

「じゃあ修行部の子と一緒に寝てたのは?」

「なんでナグサが知ってんだよ!?あれはツバキがいつの間にか横にいただけで────」

 

 いつもの日常の風景。いつもの時間。いつものこの空気は変わらず少女達と鬼を包んで優しく見守っていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

少しばかり時が経ち。

 

「…………鬼さん、その肩にいる人は……?」

「散歩してたら拾った」

「ひぃん……」

「「???」」

 

二人の少女の思考はまた宇宙の彼方へと吹き飛んだ。

 

 

 





☆七稜アヤメ
最近誰かに頼られることが多くなったウーマン。描写外で人助けをよくしている。知り合いの鬼のことで一度思考を放棄し、さらにもう一度思考を放棄した。

☆御稜ナグサ
ちょっとだけ自信の無さが薄まって気がするウーマン。アヤメという幼馴染の隣にいる自分に思うところがあったが、「アヤメの幼馴染」という自分ではなく、「御稜ナグサそのもの」を知ろうとした鬼の存在によって自分をさらけ出そうとする勇気を持とうとしていた。幼馴染ともども情報の氾濫にパンクしかけた。

☆黒いスーツ姿の異形
ただただ元同僚の様子を見に来ただけ。出会った二人に興味をひかれたが、そこまで関心を向けることでもなかった。それ以上の材料はすでに見つけている。前にもらった日本酒は今でもちびちび飲んでいる。

☆鬼
やっと元職場の話が出た主人公(視点描写一切なし)。元同僚との会話を楽しんでたら知り合いと剣呑な雰囲気になっててめちゃくちゃびっくりした。元職場を完全に退職した理由は入って早々に起こした問題とは別にある。散歩してたら拾った。

☆ひぃん
ひぃん。



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