白銀の妹   作:meigetu

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お疲れ様です。


五話

「なるほど。いいことが聞けたわ。それよりも……ごめんね。こんな場所に派遣しちゃって」

 

ラナーが静かに頭を下げる。

その隣で、ミラーも少し遅れて同じように視線を落とした。

 

王女二人。

本来なら頭を下げられる立場ではない。

だが二人とも、そんなことは気にしていないようだった。

 

「いや、問題ないわよ。逆に私たちこそ、もう少し警戒するべきだった。」

 

ラキュースは肩をすくめる。

 

「だな。想定外だったのは事実だが、幸い死者は出ていない」

 

ガガーランも腕を組みながら頷いた。

 

もっとも。

“死者が出なかった”のは、こちらが強かったからではない。

 

単に――見逃された。

 

その認識があるからこそ、誰も軽口を叩けない。

 

「どうしましょうか……。まさか、そこまで危険だとは……」

「正直、想定外です。」

 

ミラーは小さく呟き、顎に手を当てる。

考え込む時の癖だ。

部屋に少しだけ重い沈黙が落ちる。

 

その空気を変えるように、ラナーがふと思い出したように声を上げた。

 

「ああ、そうだ。報酬の方をミラー」

「……は、はい。ご、ごめんなさい、こちらを」

 

ミラーは慌てたように脇へ置いてあった袋を持ち上げる。

 

革袋はずしりと重い。

口を開かずとも、中身が相当額の金貨であることは分かった。

 

アダマンタイト級冒険者を動かす依頼としても、十分以上。

むしろもらいすぎなぐらいだ。

 

だが。

 

「いらないわ。」

 

ラキュースは即答した。

 

「……えっと。成功報酬なのですが」

「いや、いいわ。こっちはこっちで、とんでもない物を貰っちゃったし」

 

そう言って、小箱へ視線を向ける。

 

謎の骸骨からもらったリング・オブ・サステナンスという指輪。

そしてラナー達からもらった高位スクロール。

 

金貨など比較にもならない。

 

「正直、今回にしては貰いすぎよね」

「本当に?」

「問題ないわ。」

 

ラキュースは後ろを振り返る。

ガガーランは肩をすくめ、ティアはこくこく頷き、ティナも無言で肯定した。

全員同意らしい。

 

「皆がそういうのなら……分かったわ。」

 

ラナーは少し困ったように笑う。

 

「でも、このまま何も無しというのも落ち着かないし……何か私たちにできること、あるかしら?」

「そうねぇ……」

 

ラキュースが考え込みかけた、その時。

 

すっと。

ティアが手を挙げた。

 

嫌な予感がした。

主に、ラキュースが。

 

「何かありましたか?」

 

ラナーは素直に首を傾げる。

そしてティアは真顔で言った。

 

「私は、ラナー様かミラー様に膝枕してほしいです。」

 

空気が凍る。

 

「ティア」

 

ラキュースの声が低くなる。

ティナが顔を覆い、ガガーランが引いている。

 

だが。

 

「構いませんよ?」

 

ラナーはあっさり言った。

 

「ラナー様!?」

 

今度はラキュースが素で声を上げる。

だがラナーは気にした様子もなく、立ち上がると部屋のソファーへ腰掛けた。

 

優雅な動作。

無駄がない。

 

「お、お姉さま……」

「ミラー。そこにいなさい。」

「は、はい……」

 

なぜかミラーが縮こまる。

 

「ティア、どうぞ?」

「え、あ、はい……」

 

さすがに通るとは思っていなかったのか。

ティアは少し戸惑いながら近づいていく。

 

そして恐る恐る、ラナーの膝へ頭を乗せた。

 

柔らかい。

 

沈み込むような感触。

ほのかに甘い香り。

 

(おお……これがロイヤル太もも……)

 

などと失礼極まりないことを考える。

ティアは目を閉じ、しみじみと幸福を噛みしめた。

その瞬間。

 

空気が少し冷えた。

ラキュースの視線。

そして何より――

 

ミラーの沈黙。

 

静か。

静かすぎる。

 

主に、鬼リーダーとミラー様から恐ろしいほどの殺気が漏れている。

 

「ラナー様になんてことを……」

お姉さま……お姉さま……

 

後ろで何か聞こえる。

 

だがティアは無視した。

 

せっかくの機会だ。

ここで退いてどうする。

 

そのまま半回転。

 

イジャニーヤの里で培った身体能力を最大限活用し、さらに顔面を太ももへ埋める。

 

柔らかい。

そして近い。

近すぎる。

 

(ああ、いい匂い……。ん? 待て、この匂い……事後……? 姉妹丼……? やはり私は間違っていなかった…が…ま…)

 

次の瞬間。

 

「ぐはぁ!?」

 

ティアの体が吹き飛んだ。

勢いよく壁へ突き刺さる。

 

言うまでもない。

 

「あなた、自分が何をしているか分かっているの?」

 

ラキュースが低い声で言う。

笑っていない。

 

「お姉さま! 大丈夫ですか!?」

「ええ。少し驚いただけよ」

 

ラナーは涼しい顔で微笑む。

 

本当に動じていない。

 

むしろ少し面白がっている節すらある。

ミラーはラナーの腕をぺたぺた触って無事確認していた。

 

「本当に済まない……。二度と近づけないようにする」

 

ラキュースが深々と頭を下げる。

壁にめり込んだまま、ティアがぼそり。

 

「いやでも……すごかった……」

「反省するべき。」

 

ティナが壁に埋まったままのティアを引っ張る。

ガガーランは腹を抱えて笑っている。

イビルアイは呆れたように黙っている。

重苦しかった空気は、いつの間にか少しだけ和らいでいた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

蒼の薔薇が去った後。

夜。王女達の私室。

 

灯りは落とされ、厚いカーテンが外界を遮断している。

窓の外に王都の喧騒はあるはずなのに、この部屋だけが切り離されたように静かだった。

 

ベッドの上。

ラナーは仰向けに横たわり、ぼんやりと天井を見つめている。

 

隣にはミラー。

 

触れてはいない。

だが、互いの熱は分かる距離だった。

 

乱れたシーツ。

微かに残る熱気。

甘い匂い。

 

先ほどまでの空気の名残が、まだ部屋に漂っている。

 

「……プレイヤーで間違いないでしょうね」

 

静かな声。

 

「ええ」

 

ミラーは短く答える。

いつもより少し掠れた声だった。

 

「蒼の薔薇は隠そうとしていた。でも隠しきれていない」

 

規格外の存在。

異常な装備。

質問の意図。

 

そして、ティアが不用意に漏らした“ワールド”という単語。

 

「あそこまで揃えば、偶然ではないわ」

 

ラナーは小さく息を吐いた。

プレイヤー。

 

六大神。

八欲王。

十三英雄。

 

いわば法国で言う神と呼ばれていた存在。

それが、また現れた。

 

「ねぇ、姉さま」

「なに?」

「今回のプレイヤーを、どう見ますか」

 

少し間。

ラナーは考える。

 

「……背伸びをしている人間、かしら」

「災厄ではなく?」

「力は災厄級でしょうね」

 

くすり、と笑う。

 

「でも、中身はまだ人間臭いわ」

 

蒼の薔薇の報告を思い返す。

 

死を体現した存在。

圧倒的強者。

それでもなお、会話を選んだ。

 

情報を求め。

対話を行い。

無意味な殺戮をしなかった。

 

「本当に世界を壊すつもりなら、もう壊れているもの」

 

静かな断言。

ミラーは横になったまま、ラナーを見つめる。

 

「なら、接触しますか」

「そうねぇ……」

 

ラナーは悩むように目を細めた。

天井へ向けていた視線を、ゆっくりミラーへ落とす。

 

「直接はまだ早いわ」

「ですが、放置も危険です」

「ええ。だから――遠回しに近づく」

「どうやって?」

 

ラナーは少しだけ笑う。

 

「お兄様よ」

 

ミラーの目が細まる。

 

「王国の顔として?」

「ええ。その通り」

 

正解、とでも言いたげに。

ラナーは左手を伸ばし、ミラーの頭をゆっくり撫でる。

銀糸のような髪を指が滑る。

ミラーは一瞬だけ目を丸くし、それから嬉しそうに薄く目を閉じた。

さっきまで不機嫌だったくせに、こういうところは本当に単純だ。

 

「危険では?お兄様が倒れられると非常にめんどくさいのですが。」

「だからこそ。その匙加減が見たいといったところかしらね。少なからず、どこの骨ともわからない冒険者を放り込むよりましよ。」

 

ラナーは微笑む。

 

「骨にしてはかなり高級ですが。」

「確かにそうね。ふふ」

 

と、ミラーの軽口に、自然と笑みが漏れる。

相当、昼の件がきているらしい。

 

「まあ、お兄様は人を見る目は確かにありますのでいいのではないですか?」

「ええ。そうね。少なからず私たちを見破るほどにはね。」

 

そこまで言って、ラナーは少しだけ笑った。

 

「あと、これは勘なのだけど」

「勘?」

「お兄様と合いそうなのよね」

 

ミラーが怪訝そうな顔をする。

 

「……お兄様と、ですか?」

「ええ」

 

ラナーは頷く。

 

「似ているもの。ああいう、“立場に押し潰されながら考え続ける人”って」

 

ミラーは少し考える。

そしてぽつり。

 

「姉さま、そういう人好きですよね」

「そうかしら?」

「ええ。放っておけないのでしょう?」

 

ラナーは笑うだけだった。

 

否定はしない。

しばらく沈黙。

静かな夜。

ミラーは少しだけ身を寄せる。

 

「……でも、嫌です」

「なにが?」

「そのプレイヤーに、姉さまが興味を持っているの」

 

拗ねた声。

先ほど、自分が嫉妬に駆られてラナーを責め立てていたことなど、まるで無かったように言う。

ラナーは吹き出した。

 

「あらあら」

「笑わないでください」

「だって、さっき散々甘えていた子が何を言うのかしら」

「……それとこれとは別です」

 

むすっとしたまま、ミラーはラナーのお腹へ頭を押し付ける。

ラナーは優しく髪を撫でた。

 

「大丈夫よ」

「何がですか」

「私はちゃんと、あなたのものだから」

 

ぴたり。

ミラーが固まる。

そして数秒後。

顔を隠すように、さらに押し付けてきた。

 

「あんたねぇ……」

 

ラナーは苦笑する。

だがその声は、どこか優しかった。

外では、王都の夜風が静かに窓を叩いている。

その裏で。

世界は少しずつ動き始めていた。




書いてて砂糖吐きそう。

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9月2日投稿予定っす
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