「なるほど。いいことが聞けたわ。それよりも……ごめんね。こんな場所に派遣しちゃって」
ラナーが静かに頭を下げる。
その隣で、ミラーも少し遅れて同じように視線を落とした。
王女二人。
本来なら頭を下げられる立場ではない。
だが二人とも、そんなことは気にしていないようだった。
「いや、問題ないわよ。逆に私たちこそ、もう少し警戒するべきだった。」
ラキュースは肩をすくめる。
「だな。想定外だったのは事実だが、幸い死者は出ていない」
ガガーランも腕を組みながら頷いた。
もっとも。
“死者が出なかった”のは、こちらが強かったからではない。
単に――見逃された。
その認識があるからこそ、誰も軽口を叩けない。
「どうしましょうか……。まさか、そこまで危険だとは……」
「正直、想定外です。」
ミラーは小さく呟き、顎に手を当てる。
考え込む時の癖だ。
部屋に少しだけ重い沈黙が落ちる。
その空気を変えるように、ラナーがふと思い出したように声を上げた。
「ああ、そうだ。報酬の方をミラー」
「……は、はい。ご、ごめんなさい、こちらを」
ミラーは慌てたように脇へ置いてあった袋を持ち上げる。
革袋はずしりと重い。
口を開かずとも、中身が相当額の金貨であることは分かった。
アダマンタイト級冒険者を動かす依頼としても、十分以上。
むしろもらいすぎなぐらいだ。
だが。
「いらないわ。」
ラキュースは即答した。
「……えっと。成功報酬なのですが」
「いや、いいわ。こっちはこっちで、とんでもない物を貰っちゃったし」
そう言って、小箱へ視線を向ける。
謎の骸骨からもらったリング・オブ・サステナンスという指輪。
そしてラナー達からもらった高位スクロール。
金貨など比較にもならない。
「正直、今回にしては貰いすぎよね」
「本当に?」
「問題ないわ。」
ラキュースは後ろを振り返る。
ガガーランは肩をすくめ、ティアはこくこく頷き、ティナも無言で肯定した。
全員同意らしい。
「皆がそういうのなら……分かったわ。」
ラナーは少し困ったように笑う。
「でも、このまま何も無しというのも落ち着かないし……何か私たちにできること、あるかしら?」
「そうねぇ……」
ラキュースが考え込みかけた、その時。
すっと。
ティアが手を挙げた。
嫌な予感がした。
主に、ラキュースが。
「何かありましたか?」
ラナーは素直に首を傾げる。
そしてティアは真顔で言った。
「私は、ラナー様かミラー様に膝枕してほしいです。」
空気が凍る。
「ティア」
ラキュースの声が低くなる。
ティナが顔を覆い、ガガーランが引いている。
だが。
「構いませんよ?」
ラナーはあっさり言った。
「ラナー様!?」
今度はラキュースが素で声を上げる。
だがラナーは気にした様子もなく、立ち上がると部屋のソファーへ腰掛けた。
優雅な動作。
無駄がない。
「お、お姉さま……」
「ミラー。そこにいなさい。」
「は、はい……」
なぜかミラーが縮こまる。
「ティア、どうぞ?」
「え、あ、はい……」
さすがに通るとは思っていなかったのか。
ティアは少し戸惑いながら近づいていく。
そして恐る恐る、ラナーの膝へ頭を乗せた。
柔らかい。
沈み込むような感触。
ほのかに甘い香り。
(おお……これがロイヤル太もも……)
などと失礼極まりないことを考える。
ティアは目を閉じ、しみじみと幸福を噛みしめた。
その瞬間。
空気が少し冷えた。
ラキュースの視線。
そして何より――
ミラーの沈黙。
静か。
静かすぎる。
主に、鬼リーダーとミラー様から恐ろしいほどの殺気が漏れている。
「ラナー様になんてことを……」
「お姉さま……お姉さま……」
後ろで何か聞こえる。
だがティアは無視した。
せっかくの機会だ。
ここで退いてどうする。
そのまま半回転。
イジャニーヤの里で培った身体能力を最大限活用し、さらに顔面を太ももへ埋める。
柔らかい。
そして近い。
近すぎる。
(ああ、いい匂い……。ん? 待て、この匂い……事後……? 姉妹丼……? やはり私は間違っていなかった…が…ま…)
次の瞬間。
「ぐはぁ!?」
ティアの体が吹き飛んだ。
勢いよく壁へ突き刺さる。
言うまでもない。
「あなた、自分が何をしているか分かっているの?」
ラキュースが低い声で言う。
笑っていない。
「お姉さま! 大丈夫ですか!?」
「ええ。少し驚いただけよ」
ラナーは涼しい顔で微笑む。
本当に動じていない。
むしろ少し面白がっている節すらある。
ミラーはラナーの腕をぺたぺた触って無事確認していた。
「本当に済まない……。二度と近づけないようにする」
ラキュースが深々と頭を下げる。
壁にめり込んだまま、ティアがぼそり。
「いやでも……すごかった……」
「反省するべき。」
ティナが壁に埋まったままのティアを引っ張る。
ガガーランは腹を抱えて笑っている。
イビルアイは呆れたように黙っている。
重苦しかった空気は、いつの間にか少しだけ和らいでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
蒼の薔薇が去った後。
夜。王女達の私室。
灯りは落とされ、厚いカーテンが外界を遮断している。
窓の外に王都の喧騒はあるはずなのに、この部屋だけが切り離されたように静かだった。
ベッドの上。
ラナーは仰向けに横たわり、ぼんやりと天井を見つめている。
隣にはミラー。
触れてはいない。
だが、互いの熱は分かる距離だった。
乱れたシーツ。
微かに残る熱気。
甘い匂い。
先ほどまでの空気の名残が、まだ部屋に漂っている。
「……プレイヤーで間違いないでしょうね」
静かな声。
「ええ」
ミラーは短く答える。
いつもより少し掠れた声だった。
「蒼の薔薇は隠そうとしていた。でも隠しきれていない」
規格外の存在。
異常な装備。
質問の意図。
そして、ティアが不用意に漏らした“ワールド”という単語。
「あそこまで揃えば、偶然ではないわ」
ラナーは小さく息を吐いた。
プレイヤー。
六大神。
八欲王。
十三英雄。
いわば法国で言う神と呼ばれていた存在。
それが、また現れた。
「ねぇ、姉さま」
「なに?」
「今回のプレイヤーを、どう見ますか」
少し間。
ラナーは考える。
「……背伸びをしている人間、かしら」
「災厄ではなく?」
「力は災厄級でしょうね」
くすり、と笑う。
「でも、中身はまだ人間臭いわ」
蒼の薔薇の報告を思い返す。
死を体現した存在。
圧倒的強者。
それでもなお、会話を選んだ。
情報を求め。
対話を行い。
無意味な殺戮をしなかった。
「本当に世界を壊すつもりなら、もう壊れているもの」
静かな断言。
ミラーは横になったまま、ラナーを見つめる。
「なら、接触しますか」
「そうねぇ……」
ラナーは悩むように目を細めた。
天井へ向けていた視線を、ゆっくりミラーへ落とす。
「直接はまだ早いわ」
「ですが、放置も危険です」
「ええ。だから――遠回しに近づく」
「どうやって?」
ラナーは少しだけ笑う。
「お兄様よ」
ミラーの目が細まる。
「王国の顔として?」
「ええ。その通り」
正解、とでも言いたげに。
ラナーは左手を伸ばし、ミラーの頭をゆっくり撫でる。
銀糸のような髪を指が滑る。
ミラーは一瞬だけ目を丸くし、それから嬉しそうに薄く目を閉じた。
さっきまで不機嫌だったくせに、こういうところは本当に単純だ。
「危険では?お兄様が倒れられると非常にめんどくさいのですが。」
「だからこそ。その匙加減が見たいといったところかしらね。少なからず、どこの骨ともわからない冒険者を放り込むよりましよ。」
ラナーは微笑む。
「骨にしてはかなり高級ですが。」
「確かにそうね。ふふ」
と、ミラーの軽口に、自然と笑みが漏れる。
相当、昼の件がきているらしい。
「まあ、お兄様は人を見る目は確かにありますのでいいのではないですか?」
「ええ。そうね。少なからず私たちを見破るほどにはね。」
そこまで言って、ラナーは少しだけ笑った。
「あと、これは勘なのだけど」
「勘?」
「お兄様と合いそうなのよね」
ミラーが怪訝そうな顔をする。
「……お兄様と、ですか?」
「ええ」
ラナーは頷く。
「似ているもの。ああいう、“立場に押し潰されながら考え続ける人”って」
ミラーは少し考える。
そしてぽつり。
「姉さま、そういう人好きですよね」
「そうかしら?」
「ええ。放っておけないのでしょう?」
ラナーは笑うだけだった。
否定はしない。
しばらく沈黙。
静かな夜。
ミラーは少しだけ身を寄せる。
「……でも、嫌です」
「なにが?」
「そのプレイヤーに、姉さまが興味を持っているの」
拗ねた声。
先ほど、自分が嫉妬に駆られてラナーを責め立てていたことなど、まるで無かったように言う。
ラナーは吹き出した。
「あらあら」
「笑わないでください」
「だって、さっき散々甘えていた子が何を言うのかしら」
「……それとこれとは別です」
むすっとしたまま、ミラーはラナーのお腹へ頭を押し付ける。
ラナーは優しく髪を撫でた。
「大丈夫よ」
「何がですか」
「私はちゃんと、あなたのものだから」
ぴたり。
ミラーが固まる。
そして数秒後。
顔を隠すように、さらに押し付けてきた。
「あんたねぇ……」
ラナーは苦笑する。
だがその声は、どこか優しかった。
外では、王都の夜風が静かに窓を叩いている。
その裏で。
世界は少しずつ動き始めていた。
書いてて砂糖吐きそう。
お気に入り登録、評価、感想をいただけるとやる気が出ます。
よろしくお願いいたします。
9月2日投稿予定っす