一方その頃。
ナザリック地下大墳墓、第十階層、執務室。
誰もいない部屋で、一体の支配者は固まっていた。
『……えっ、来るの!?』
思わず内心で思い立ち上がる。
机の上には、一通の手紙。
王国の紋章入り。
差出人には、こう記されていた。
――リエスティーゼ王国国王、ランポッサ四世。
『正直こっちから会いに行きたかったんだけど』
思わず内心でつぶやく。
だが、その場にはすでに一人いた。
「さすがはモモンガ様。」
アルベドである。
うっとりした表情。
完全に誤解している顔だった。
「すでに王国すら掌の上……。」
『違う違う違う。』
内心で全力否定。
だが当然、表には出せない。
モモンガ――鈴木悟は慌てて咳払いをした。
「……ふむ。」
威厳モード。
しかし、内心は普通にテンションが高かった。
(やばい。外交イベントだ。)
しかも相手は、ただの貴族ではない。
現役の国王。
さらに、恐怖公から提出されたレポートによれば。
以前まで荒れ果てていた王国を、短期間で立て直した人物。
王国派をまとめ上げた中心。
現地において、実際に国家運営を行っている支配者。
それが、こちらへ来る。
「うわぁ……。」
思わず声が漏れる。
自分はただの会社員。
どこにでもいる小学生上がりの普通の社会人。
それが偶然、ナザリックの頂点へ立ってしまっただけ。
なのに今は。
NPCたちから絶対の忠誠を向けられ。
巨大組織の支配者として扱われている。
だからこそ。
本物の王。
実際に国家を動かしている人物。
それも賢王と名高い存在。
そういう存在に、純粋な興味があった。
机の上の手紙へ視線を落とす。
内容は、丁寧な謝罪文だった。
カルネ村周辺で起きた地殻変動。
その調査のため冒険者を派遣したこと。
まさか、ナザリック地下大墳墓のような存在があるとは思わなかったこと。
そして。
無断で接触してしまった非礼を詫びるため、一度正式な場を設けたい――という申し出。
『……いや、ちゃんとしてるなぁ。』
思わず内心で感心する。
しかも文章から、妙に誠実さが伝わってくる。
少なくとも、以前の世界の上司のように頭ごなしに否定してくるタイプではない。
(もしかして……相談とか乗ってくれたりしないかな。)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
この世界へ来てからずっと。
モモンガは“理想の支配者”を演じ続けていた。
NPCたちの期待。
過剰評価。
勝手に積み上がっていく威厳。
正直、胃が痛い。
もし相手が、本当に統治能力のある王なら。
この状況について何か参考になる話が聞けるかもしれない。
そんな期待すらあった。
「モモンガ様?」
アルベドが怪訝そうに首を傾げる。
少し、考えすぎてしまったのか支配者ロールを意識する。
「あ、いや。」
慌てて表情を取り繕う。
「楽しみだな、と。」
「っ……!」
アルベドが息を呑む。
完全に別方向へ感動している顔だった。
「すでに王を手中に収め、その上で慈悲まで見せられるとは……。」
(違うってぇ……。)
心の中で頭を抱える。
だが当然、訂正はできない。
むしろ周囲のNPCたちは、今回の会談を。
“王国支配へ向けた覇道の第一歩”
として認識していた。
モモンガだけが。
その空気から完全にズレている。
(でも、賢王とまで呼ばれる王様ってどんな感じなんだろうなぁ……。)
そんなことを考えながら。
彼は少しだけ、少し楽しそうに手紙を見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ナザリック地下大墳墓、第十階層。スイートルーム
モモンガは先ほどの一通の手紙を見つめていた。
すでに執務を終え、部屋の中で横たわっていた。
「来るのかぁ……。」
思わず漏れた声に、自分で気付いて咳払いをする。
誰もいない。
だが、こういう独り言は威厳に関わる気がした。
気分の問題だ。
椅子にもたれながら、再び手紙を見る。
「いや、それはそれとして。」
問題がある。
外交である。
しかも初対面。
そして相手は国王。
「服装どうしよう……。」
威厳。
外交。
第一印象。
そういう単語が頭をぐるぐる回る。
このままいつものローブでも問題ない気もする。
だが、それでいいのだろうか。
向こうは国王だ。
こちらも一応国家元首のようなものだ。
ならば何か正装めいたものが必要なのではないか。
しばらく悩み。
モモンガは決断した。
「セバス。」
呼ぶ。
数秒後。
ノック。
「失礼いたします。」
自室へ入ってきたのは執事長セバス・チャンだった。
「お呼びでしょうか。」
「うむ。遅い時間に呼び出してしまいすまない」
「は、問題ございません。アインズ様のご指示とあればいつでも。」
モモンガは顎に手を当てる。
「少し相談がある。」
「何なりと。」
「今度、人間の国王と会談することになった。」
セバスの表情がわずかに動く。
「それは喜ばしいことかと。」
「そうだな。」
モモンガは頷く。
「そこでだ。」
「はい。」
「服装について相談したい。」
一瞬。
セバスが目を瞬いた。
「服装、ですか。」
「外交の場だからな。」
「なるほど。」
セバスは納得したように頷く。
「確かに重要かと。」
よかった。
変な相談ではなかったらしい。
少し安心する。
「そこで聞きたいのだが。」
「はい。」
「何か適した装いはないだろうか。」
セバスは少し考える。
そして。
「申し訳ありません。」
「む?」
「それに関してですが私より適任がおります。」
嫌な予感がした。
「財宝や装備、式典用品の管理に関しては。」
「うむ。」
「パンドラズ・アクター殿が最も詳しいかと。」
「……。」
沈黙。
セバスは平然としている。
モモンガは頭を抱えたくなった。
いや。
分かっている。
理屈は分かる。
財宝殿の管理者だ。
正しい人選だろう。
だが。
(会いたくないなぁ……。)
自分が作ったNPC。
それも黒歴史の塊。
あの流暢にドイツ語を話す姿を思い出すだけで精神的ダメージが入る。
「アインズ様?」
「いや。」
威厳を保つ。
「問題ない。」
全然問題あるけど。
「では向かうとしよう。」
「は。」
セバスを伴い、宝物庫へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
財宝殿。
巨大な扉の前に立つ。
モモンガは一度深呼吸した。
骸骨なので実際にはできないが。
気分的な問題である。
「開けるぞ。」
「は。」
扉が開く。
次の瞬間。
「アインズ様ァァァァァァァッ!!」
絶叫。
モモンガは反射的に一歩下がった。
目の前。
金髪の男が両腕を広げて立っている。
「我が創造主!」
ビシッ。
「至高なる四十一人の象徴!」
ビシッ。
「死の支配者!」
ビシッ。
「偉大なる――」
「近い近い近い。」
思わず口から出た。
パンドラが固まる。
「ハッ!」
敬礼。
「失礼いたしました!」
「本当に失礼だ。」
思わず本音が出る。
横を見る。
セバスは表情を崩していない。
流石だった。
自分には無理である。
「それでアインズ様。」
今度は普通に話し始める。
普通にできるなら最初からやれ。
「本日はどのようなご用件で?」
「相談だ。」
「ほう。」
パンドラの目が細まる。
「珍しい。」
「そうか?」
「はい。」
少し嬉しそうだった。
「アインズ様が私を頼ってくださることは多くありませんので。」
「……。」
何か言い返そうとしてやめる。
実際そうだった。
自身がかっこいいと思って作った黒歴史が辛い。
「今度、人間の国王と会談する。」
「なるほど。」
「そこで服装を考えていてな。」
「ほう。」
パンドラの表情が変わる。
「外交でございますか。」
「うむ。」
「失礼ながら。」
「何だ。」
「その人物に興味をお持ちですな。」
モモンガが固まる。
「な、なぜそう思う。」
「服装を気にしておられるからです。」
図星だった。
「もし相手をどうでもよいと思っておられるのであれば。」
パンドラは続ける。
「アインズ様は普段通りの姿で会われるでしょう。」
「……。」
言い返せない。
横でセバスが静かに頷く。
「私もそう思います。」
「セバスまで。」
「失礼を。」
だが否定はしない。
つまり同意らしい。
「しかし。」
パンドラは口元に笑みを浮かべた。
「それは良いことかと。」
「何?」
「アインズ様が興味を持たれた人間。」
少しだけ目を細める。
「私も見てみたい。」
モモンガは黙る。
打算が感じられなかった。
純粋な興味。
それだけだった。
「外交上の理由ではなくか?」
「もちろん利益もあります。」
即答。
だが。
「一番の理由は別です。」
「……。」
「創造主たるアインズ様が会いたいと思った人物だからです。」
思わず沈黙する。
こういうところが困る。
変な深読みではない。
ただ純粋な好意なのだ。
「それに。」
パンドラは笑う。
「最近のアインズ様は楽しそうですので。」
「……。」
否定できなかった。
実際。
少し会うのを楽しみにしている。
だからこそ服装まで気になっている。
「ですので。」
パンドラは胸に手を当てた。
「ぜひ同行を。」
「却下。」
「何故でありますか!」
即答だった。
モモンガ君頑張れ。
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