エ・ランテル郊外。
王国側が用意した会談用の館。
その前に、一台の馬車が静かに止まった。
扉が開き、中から二人の男が降りる。
リ・エスティーゼ王国国王、ランポッサ四世。
そして、レイブン侯。
長旅の疲労は隠しきれない。
特にランポッサ四世は、ここ数日の情報量の暴力で胃が限界だった。
そんな二人を待っていたのは――。
「長旅ご苦労さまです。」
深々と頭を下げる男。
わざわざ、姉妹の命令で手紙を届けにいき合流した、戦士長、ガゼフ・ストロノーフである。
「うむ。よい。妹から話は聞いている。手紙の件、感謝する。」
「はっ。」
短く答えるガゼフ。
ランポッサ四世は軽く肩を回した。
外気は冷たいが、それでも王都よりは幾分気が楽だ。
少なくとも、あの姉妹はいない。
……いや、元凶として脳裏には常駐しているが。
「ところで、お相手は?」
「まだ到着しておりません。」
その返答に、ランポッサ四世は小さく息を吐いた。
「そうか。」
安心する。
流石に、先方を待たせる形にはなりたくなかった。
相手は六大神級の存在。
下手をすれば、それ以上。
国同士の外交というより、災害との対話に近い。
だが。
(……案外、普通に話せる相手かもしれん)
蒼の薔薇の報告書。
ラナーとミラーの分析。
そして自分自身の直感。
それらが妙に一致していた。
だからこそ逆に、不気味でもある。
「ところでだ。」
ランポッサ四世は視線をガゼフへ向けた。
「実際に見たのであろう? ナザリック地下大墳墓とやらは。」
「……は。」
返事がわずかに硬い。
ランポッサ四世は眉を上げた。
「どうした?」
「初めに、メイドの方が対応してくださいました。」
「ふむ。」
「ですが……。」
そこでガゼフは一瞬言葉を止める。
武人である彼が、言葉を選んでいる。
それだけで異常だった。
「強い、と。」
「……ほう。」
「私では、守り切れる自信がありません。」
空気が静まる。
レイブン侯が息を呑んだ。
ランポッサ四世も、流石に顔をしかめる。
分かっていたことではある。
六大神級。
その時点で、人類の尺度では測れない。
だが。
まさか“メイド”ですら、王国最強戦力を上回るとは思っていなかった。
「がんばれー、おにいさま。応援いたしますわ。」
……と、ラナーなら笑って言いそうだと、一瞬思ってしまい、ランポッサ四世は頭痛を覚える。
「また。」
ガゼフが続ける。
「メイド経由で主直々に対応してくださいました。」
「ほう。」
それは意外だった。
もっと高圧的な存在を想像していた。
少なくとも、自分たち人間など歯牙にもかけないような。
「曰く、“気にはしていない”。だが“一度会って話してみたい”と。」
「……。」
ランポッサ四世は黙る。
レイブン侯も腕を組み、考え込んだ。
「何が目的でしょうか。」
レイブン侯が問う。
「分からん。」
ランポッサ四世は即答した。
「だから困っている。」
本当に分からない。
侵略目的なら、もっと別のやり方がある。
脅迫でも、武力でもいい。
なのに相手は、妙に“対話”を選んでいる。
「ガゼフ。」
「は。」
「お前から見て、その主はどうだった。」
ガゼフは少し考え――。
「……不思議な方でした。」
「不思議?」
「圧倒的な死を感じます。」
「……。」
「ですが。」
ガゼフは続ける。
「同時に、理性も感じました。」
「理性、か。」
「はい。こちらを試しているようにも見えましたが……敵意だけではない。」
そこまで言い、ガゼフは視線を落とす。
「少なくとも、無意味に命を奪う存在には見えませんでした。」
レイブン侯が小さく眉をひそめた。
「……それを信用できるかは別ですがな。」
「当然だ。」
ランポッサ四世も同意する。
相手は化け物だ。
その前提は変わらない。
だが。
(人間性はある)
そこだけは、皆の意見が妙に一致していた。
だからこそ厄介なのだ。
完全な怪物なら恐れるだけで済む。
だが、中身が人間なら――交渉が成立してしまう。
「陛下。」
ガゼフが声を潜める。
「もう一つ。」
「何だ。」
「ナザリック側は、こちらをかなり丁重に扱っております。」
「……。」
「おそらくですが、会談そのものを重要視しているかと。」
ランポッサ四世は鼻を鳴らした。
「そりゃそうだろう。こちらとしても胃が痛いわ。」
レイブン侯が静かに頷く。
すると、その時だった。
――空間が揺らいだ。
空気そのものが歪む。
ガゼフが即座に前へ出る。
レイブン侯が息を呑み。
ランポッサ四世は静かに目を細めた。
次の瞬間。
館の前方。
何もなかった空間に、黒い裂け目が走る。
そして。
そこから、ゆっくりと人影が現れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リ・エスティーゼ王国 エ・ランテル近郊 王直轄別宅
会談の場として整えられた広間で、先に通された部屋で、モモンガは静かに椅子へ腰掛けていた。
周囲にはセバス。
そしてパンドラズ・アクター。
パンドラは現在、たっち・みーの姿を取っている。
あの後、パンドラにかなりごねられてしまい、渋々同行させた。
この面々はカルマ値が高い面子で集めた。
この前のようにバトルアックスを振り回されたら、それこそただじゃすまないだろう。
「……。」
モモンガは無言だった。
もちろん威厳のためではない。
普通に緊張している。
(国王だぞ……。)
国家元首。
しかも現地の人間。
それも有能らしい。
今まで会った人間とは立場が違う。
冒険者でもない。
兵士でもない。
実際に国を治めている人物だ。
(何話せばいいんだ……。)
外交。
国交。
交易。
同盟。
頭の中でそれらしい単語が浮かぶ。
だが正直よく分からない。
小卒の元会社員に国家外交など分かるわけがない。
「アインズ様。」
パンドラが静かに声を掛ける。
「何だ。」
「少々緊張しておられますか?」
「……。」
バレていた。
モモンガは少しだけ視線を逸らす。
すると。
「ご安心ください。」
パンドラが胸を張る。
「万が一の場合は私が動きます。」
「何をする気だ。」
「ひとまず、防衛はできます。」
「座れ。」
即答だった。
パンドラは大人しく着席する。
セバスが咳払いした。
「失礼いたしました。」
「いや、お前ではない。」
本当に心臓に悪い。
そんな会話をしているうちに。
ノックが響く。
空気が変わる。
数秒後。
「アインズ様。ご入出されるそうです。」
重厚な扉が開いた。
最初に入ってきたのは一人の壮年の男。
堂々とした体格。
王者の風格。
その後ろにレイブン侯。
さらにガゼフ。
三人は一斉に足を止めた。
視線が交差する。
沈黙。
(気まずい!!)
モモンガは思った。
向こうも多分思った。
何しろこちらは巨大な骸骨である。
怖い。
普通に怖い。
すると。
王が口を開いた。
「初めまして。リ・エスティーゼ王国国王ランポッサ四世である。」
堂々としていた。
声も落ち着いている。
モモンガは少し感心する。
(やっぱ王様ってすごいな。)
そんなことを考えながら。
威厳を意識して答える。
「我が名はモモンガという。」
その瞬間。
レイブン侯の肩が少しだけ震えた。
ガゼフも表情を硬くしている。
無理もない。
相手はアンデッドの王だ。
普通は怖い。
だが王だけは落ち着いていた。
「まずは謝罪を。」
王は頭を下げる。
「我が国の冒険者が貴殿の領域へ踏み込んだ。」
「問題ない。」
即答。
本当に気にしていない。
むしろ面白い出会いだった。
だが。
向こうは礼を尽くしたいらしい。
「寛大な対応に感謝する。」
そこでモモンガはふと思った。
(ちゃんとしてるなぁ。)
上司に欲しい。
いや。
王様だから上司じゃないか。
そんなことを考えつつ話をする。
会談は穏やかに進んでいく。
主にパンドラが対応をし、ところどころ私が意見をはさむ。
実にやりやすい。
ここ周辺の情報など、パンドラが恐怖公のレポートを参照しつつ質問を飛ばす。
そしてモモンガは別途質問を飛ばす。
数十分後。
しばしの沈黙。
紅茶の香りが広がる。
形式的な話は終わった。
王国側は情報提供を行い。
ナザリック側も最低限の情報を返した。
互いに探り合いながらも、大きな問題は起きていない。
むしろ予想以上に穏やかだった。
この国王。
思った以上に話しやすい。
威張らない。
無駄に媚びない。
質問も的確。
返答も早い。
存外話しやすいそんな第一印象を抱いた。
せっかくなので、モモンガは前々から聞きたかった一つの質問を飛ばした。
「一つ聞いてもよいか」
「もちろんだとも。」
「王国を立て直したそうだな」
想定外の質問なのかランポッサ4世の目が見開かれる。
「大したことではありません、私はただ、うまく手綱を握っていただけ、そうすごいことではありません。」
「いや興味深い。できればどのように統治しているとき心がけていることなどあるか?」
と、質問を重ねる。
目の前の王は、首を軽くひねったのち、
「そうだな。結局のところ、人というものは単純なものだ。それは自分も含めてな。腹が減れば、飯を求め、それらが満たされても金だの、名誉などとわかりやすい目標にしか飛びつかん」
「ほう。」
「だから私は善人を当てにしない。」
「ほう。」
「善意だけでは国は動かんからな。」
ランポッサは紅茶を口に運ぶ。
「金が欲しいなら金を与える。」
「名誉が欲しいなら名誉を与える。」
「土地が欲しいなら土地を与える。」
「そして、その代わりに働いてもらう。」
「なるほど。」
「結局、人間は利益で動く。」
そう言って苦笑した。
「夢も希望もない話だがな。だからこそ、わかりやすい餌をぶら下げそこに目指させる。そうやって王国をまわしているといえばいいかな。」
モモンガは内心でおおー。としか思えなかった。
それまでに高みにいる存在に驚きしか出なかったのだ。
だからこそもう一問聞いてみたくなった。
「では、王に必要なものは何だと思う?」
ランポッサは少し考えた。
「責任だろうな。」
「責任。」
「私の一言で人が死ぬ。」
静かな声だった。
「税率を変えれば飢える者が出る。」
「軍を動かせば兵が死ぬ。」
「誰かを処刑すれば、その家族は泣く。」
紅茶を置く。
「だが王は、その全てに署名をしなければならん。」
「……。」
「間違えることもある。」
「失敗することもある。」
「だが最後に責任を取るのは王である私だ。」
苦笑した。
「少なくとも私はそう思っている。」
(まずい。)
モモンガは内心で固まる。
(責任取れてなくないか俺。)
デミウルゴスが勝手に動く。
アルベドが勝手に解釈する。
気付けば計画が進んでいる。
最近では何を言っても深読みされる。
(あれ?)
(これ俺ダメじゃない?)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ランポッサ4世は、目の前の骸骨を目の前に戦々恐々としていたのをすっかり忘れ、親しさすら感じていた。
最初は、妹たちにどう仕返しをしてやろうかと思うぐらいには驚かされた。
向こうは骸骨だし負のオーラのようなものまで漏れている。
驚くのは見た目だけだ。
話してみれば分かる。
目の前にいるのは魔王ではない。
少なくとも、自分が想像していたような存在ではなかった。
むしろ。
責任に悩み。
組織運営に悩む。
どこにでもいる為政者だった。
もちろん力は違う。
あまりにも違う。
指一本で王国など消し飛ばせるだろう。
だが。
その中身は存外、人間臭い。
(なるほどな。)
ランポッサは内心で苦笑する。
(あの姉妹が言っていた通りだ。)
外見は化け物。
中身は人間。
そして。
本当に恐ろしいのは。
それを蒼の薔薇の報告だけで見抜いた、あの姉妹の方なのかもしれなかった。
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