「ポーションより、とりあえず一杯」 作:高校ジャージ10年目
勇者は死にかけていた。
「回復魔法を! 早く!」
聖女が叫ぶ。しかし彼女の魔力は底をつきかけている。目の前で倒れているのは、王都随一の剣士にして、選ばれし勇者アレク。
魔王軍四天王、毒霧のバルザックの瘴気をまともに浴びたのだ。
「ポーションは!?」
「さっき全部使いました!」
絶望的だった。呼吸は浅く、肌は土気色。あと数分で心臓が止まる。
そのときだった。
「……あの」
場違いな声が聞こえた。
振り向くと、荷馬車の横で麦袋を抱えた青年が立っている。エプロン姿。腰には奇妙な樽型の容器。
「今、命に関わる場面なんだが?」
騎士が睨む。
「わかってます。でも、たぶん――それ、効きます」
青年は真顔で言った。
「は?」
「とりあえず一杯、どうですか?」
騎士は本気で殴ろうとした。
だが聖女が止めた。
「……待って。もう魔力がないの。何でも試すしか……」
青年は手際よく木製のジョッキを取り出した。腰の小樽から黄金色の液体を注ぐ。
しゅわり、と泡が立つ。
芳醇な香りが漂った。麦の甘みと爽やかな苦味。
「これは……酒か?」
「ビールです」
青年は胸を張った。
「異世界転移してから三年。俺のチート能力は“最高のビールを醸せる”ことでした」
「帰れ」
「まあまあ」
彼は勇者の口元にそっとジョッキを当てた。
「飲ませるのか!?」
「飲ませます」
勇者の喉が、ごくりと鳴った。
その瞬間。
ぶわっ、と光が弾けた。
「な、なに!?」
勇者の顔色がみるみる赤みを取り戻す。呼吸が深くなり、胸の傷がじわじわと塞がっていく。
「嘘だろ……」
騎士が膝から崩れ落ちた。
聖女が震える声で言う。
「……完全回復。しかも毒素まで消えてる……」
勇者はむくりと起き上がった。
「うまい」
第一声がそれだった。
「何だこれは。爽やかで、それでいて芯がある。俺は今、生きていると実感している」
「それはただ酔ってるだけでは?」
青年は真顔で言った。
「名前は?」
「ユウマです。元・会社員です」
「ユウマ、我がパーティーに入れ」
勇者は真剣だった。
「回復魔法より効く。しかも美味い。これは革命だ」
こうしてユウマは、勇者パーティーの“回復担当”になった。
ただし、問題が一つある。
――飲みすぎると翌日が地獄、ということだ。
◇
三日後。
魔王軍の小隊を撃破した夜。
「かんぱーい!」
勇者、騎士、聖女、そしてユウマは焚き火を囲んでいた。
ジョッキがぶつかり合う。
「ははは! 魔王軍など恐れるに足らん!」
「勇者様、それ三杯目です」
「まだいける!」
ユウマは冷静に注ぐ。
「今日はホップ強めです。戦闘後なので爽快感重視で」
「ユウマ殿……あなたは天才です」
聖女がうっとりしている。
そして翌朝。
「う、うぅ……頭が割れる……」
「世界が回っている……」
勇者と騎士が地面に転がっていた。
「二日酔いですね」
ユウマは麦茶を渡した。
「回復は!?」
「それは治せません」
「何故だ!」
「仕様です」
この世界の神は、どうやら二日酔いには厳しいらしい。
◇
一週間後。
魔王軍四天王、炎獄のザルドとの戦闘。
激闘の末、勇者が再び致命傷を負う。
「ユウマ!」
「はいはい」
ユウマは落ち着いて別の樽を取り出した。
「今日は特別醸造。スタウトです」
黒く重厚な液体。
勇者が飲んだ瞬間、炎の傷が消え、筋肉が膨れ上がる。
「力が……みなぎる!」
「アルコール度数高めですから」
「お前それ今言うな!」
勇者はザルドを一撃で吹き飛ばした。
戦闘後。
「ユウマ……これは軍事利用できるのでは?」
騎士が真剣な顔で言う。
「やめましょう」
ユウマは即答した。
「戦争のために飲む酒は、まずいです」
その言葉に、聖女が小さく笑った。
「では、何のために?」
ユウマはジョッキを掲げる。
「今日生きてることを祝うため、です」
夕日が黄金色に染まる。
泡がきらめく。
勇者はしみじみ言った。
「ポーションより効くな」
「でも飲みすぎ注意です」
「わかっている」
三秒後。
「もう一杯!」
「勇者様ァァァ!」
こうして世界は今日も救われた。
だいたい酔いの勢いで。
魔王軍がこの事実を知るのは、もう少し後の話である。
――そして魔王自身がビール沼に落ちるのも。
はじめましての人ははじめまして。
お久しぶりの人はお久しぶり。
オリジナルを書くのは久々なので楽しみながら書いて行きます!