「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

10 / 24
十話目です。よろしくお願いします。


第十話:禁欲の騎士と、揺らぐ鉄の意志(前編)

 氷の魔女セラフィナが加わったことで、勇者一行の「品質管理」は神の領域に達していた。

 セラフィナが魔力で作り出した「魔法の断熱ジョッキ」は、炎天下の街道でもビールを理想のマイナス2度に保ち続ける。

「……あぁ、美味い。五臓六腑に染み渡るとはまさにこのことだ。……が、うぅっ、やはり来るな。この、下腹部を突き上げるような『解放の予感』が……」

 ガレスが盾を杖代わりにして、小刻みに震えている。

「ガレス、不潔よ。さっきからあなたの括約筋が発する微細な振動が、私のビールの表面張力を乱しているわ。騎士なら精神力で膀胱の熱運動を停止させなさい」

「無茶を言うなセラフィナ殿! 私は騎士であって氷像ではないのだ! ユウマ殿、すまない、私は少しばかり向こうの茂みの……『聖域』を確保してくる!」

「いってらっしゃい。無理は禁物ですよ、ガレスさん」

 ユウマが苦笑しながら見送ろうとしたその時。

 街道の先から、重厚な鎧の擦れる音と共に、圧倒的な「威圧感」が近づいてきた。

 現れたのは、一切の装飾を排した漆黒の重鎧。背中には巨大な十字架型のメイス。

 男の顔は鉄仮面のように無表情で、その瞳には娯楽を憎む者の、鋭く冷たい光が宿っていた。

「……止まれ。酒精(アルコール)の腐敗した臭いを撒き散らす、救い難き堕落者たちよ」

 男の声は、墓石のように冷ややかだった。

「わっ、なんか凄く真面目そうな人が来ましたよ!」

 リリィが、飲みかけのジョッキを咄嗟に背後に隠す。

「私は魔王軍直属、矯正騎士団長カシウス。……勇者一行よ、貴様らの噂は聞いている。各地で『黄金の毒』を振り撒き、魔王軍の精鋭たちを自堕落な宴に引きずり込んでいるという、稀代の悪党どもめ」

「悪党!? 俺たちはただ、美味しいビールを広めてるだけだぜ!」

 アレクが反論するが、カシウスは一歩も引かない。

「それが罪なのだ。……酒は人の理性を奪い、判断を鈍らせ、無駄な笑いと、翌朝の不毛な頭痛をもたらす。かつて我が騎士団も、酒を愛でる不届き者たちのせいで防衛ラインを突破された。……この世に『泡』など不要。人間はただ、冷めた粥と清らかな水だけを飲み、義務と規律のために生きるべきだ!」

「お粥!? ビールをお粥と一緒にすんじゃねぇ!!」

 アレクが激昂するが、カシウスの放つ「禁欲のオーラ」は、周囲の空気を重苦しく沈めていく。

「……計算外だわ。この男、体温が異常に低い。感情による熱産生が一切ないなんて、生物学的にバグってるわね。……不潔なほど、冷徹な個体だわ」

 セラフィナが温度計を見ながら眉をひそめる。

「カシウスさん、でしたか」

 ユウマが静かに前に出た。

「あなたは酒を憎んでいる。それは自由だ。でも、その『水と粥』だけの人生に、本当に一点の曇りもないんですか?」

「……。醸造師よ。貴様の口車には乗らん。私の心は鉄、私の意志は金剛不壊。貴様の毒(ビール)など、私の喉を通る前に我が精神力が蒸発させるわ!」

「いいでしょう。なら、勝負です」

 ユウマは荷馬車の奥、厳重に保管されていた「ラベルのない青い瓶」を取り出した。

「あなたが、この液体を一口飲んで、なお『無駄だ』と断じ、一瞬の微笑みも見せなければ、俺たちは降参します。大人しくビールをすべて捨て、明日からお粥だけで魔王城を目指しましょう」

「ユウマさん!? 正気ですか!?」

 リリィが叫ぶ。お粥だけの人生なんて、彼女にとっては死刑宣告に近い。

「……ほう。自ら破滅を選ぶか。いいだろう、その挑戦、受けてやる。……だが、無駄だぞ。私にとって、味覚とは単なる『栄養素の確認作業』に過ぎない。甘みも苦味も、私の鋼の心を揺らすことはできん」

 カシウスはメイスを地面に突き立て、ユウマが差し出したジョッキを受け取った。

 そこには、今までの一行が飲んでいたものとは違う、奇妙なほど澄み切った黄金色の液体が満たされていた。

 泡はシルクのように細かく、しかし不思議と「酒特有のツンとした香り」がない。

「セラフィナさん、出番です。このジョッキの中だけ、極限まで『静か』に冷やしてください」

「……仰せのままに。分子運動を停止寸前まで抑え込むわ。不純物(カシウス)の喉を凍りつかせるくらいの『静寂の冷気』、見せてあげる」

 セラフィナの魔力がジョッキを包む。

 ユウマはさらに、リリィを呼び寄せた。

「リリィさん。この液体に、あなたの浄化魔法を……ただし、『悪意』だけを取り除くように、優しくかけてください」

「えっ……はい! 聖なる光よ、この雫に宿る『迷い』を清めたまえ!」

 黄金の液体が、パッと白光を放った。

 それは、アルコール度数0.00\%。しかし、ユウマが現代日本の技術(と異世界の魔力)を注ぎ込んで完成させた、究極の**『聖なるノンアルコール・エール』**であった。

「さあ、カシウスさん。あなたの『禁欲』という名の盾、貫けるか試させてください」

「……無意味な。……では、いただく」

 カシウスは、まるで毒薬でも飲むような覚悟で、ジョッキを一気に煽った。

 ――ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ……。

 沈黙。

 街道の風が止まったかのような、長い沈黙が流れる。

「…………っ!!」

 カシウスの鉄仮面のような顔が、ガタガタと震え始めた。

 その瞳には、かつてないほどの激動が渦巻いている。

「…………何だ。……何なのだ、これは」

「カシウス殿?」

 茂みから戻ってきたばかりのガレスが、スッキリした顔で(しかし緊張して)尋ねる。

「……酒精(アルコール)がない。確かに、脳を麻痺させる毒はない。……なのに、なぜだ。なぜ、私の喉は今、歓喜の産声を上げている!? なぜ、閉ざしていたはずの私の心の扉が、この『シュワシュワ』した泡の暴力に叩き壊されているのだ!?」

 カシウスの手からジョッキが滑り落ちそうになる。ユウマがそれを支えた。

「これは酒じゃありません。ただの麦の汁です。……でも、そこに込められた『爽快感』は、禁欲という鎖をも溶かすんです。カシウスさん、あなたは十年、この『喉越し』を悪だと言い聞かせてきた。……でも、身体は正直だ」

「……う、うおおおおおおおおっ!!!」

 禁欲の聖騎士が、その場に膝をつき、大音量で叫んだ。

「美味い……!! 酒精がないのに、こんなに、こんなに……! 私の十年の修行は、この一杯の清涼感に敗北するというのか!! 泡よ、なぜお前はそんなに美しいのだ!!」

 カシウスの目から、一筋の、熱い涙がこぼれ落ちた。

 

   




今回の登場ビール 設定メモ
• 聖なるノンアルコール・エール『ホーリー・ゼロ』
• 特徴: アルコール度数0.00\%。リリィの浄化魔法により「不浄」を取り除き、セラフィナの精密冷却により「喉越し」を極限まで強化。
• 効果: 頑固者の心を開く。二日酔いの心配なし。
• ユウマの評価: 「酔わずにビールの本質を楽しめる、現代知識の勝利です」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。