「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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十一話目です。よろしくお願いします。


第十一話:禁欲の騎士と、揺らぐ鉄の意志(後編)

 「……ううっ、ああああ……っ!!」

 街道の真ん中で、漆黒の聖騎士カシウスがジョッキを握りしめたまま膝をつき、嗚咽していた。その瞳からは、十年分の禁欲が涙となって溢れ出している。

「……信じられん。酒精(アルコール)が一切ないのに、私の魂は今、かつてないほど『自由』を感じている……。この喉を駆け抜ける刺激、そして鼻に抜けるホップの清々しさ……。これ自体は、罪ではなかったのか……!」

「そうです、カシウスさん。悪いのは酒に呑まれて義務を忘れる心であって、この『シュワシュワ』した爽快感に罪はないんですよ」

 ユウマが優しく肩を叩くと、カシウスは縋るような目でユウマを見上げた。

「醸造師よ……私は、私は今まで何を……。お粥こそが正義、水こそが真理と信じ、部下たちにも『泡は甘えだ!』と粥を投げつけてきた……。だが、この『ホーリー・ゼロ』を知ってしまった今、私は……私はもう、乾いた喉にお粥を流し込むだけの人生には戻れない!!」

「……よし、落ちたわね。計算通りだわ」

 セラフィナが眼鏡をクイと上げ、手元の温度計をカシウスに向けた。

「不純物(カシウス)くん。今のあなたの体温、さっきより0.5度上昇しているわ。冷徹な仮面の下で、血流が『もっと刺激を!』と騒いでいる証拠よ。……不潔なほど、正直な身体ね」

「わっ、セラフィナさん、言い方がエロいですぅ!」

 リリィが頬を赤らめながら突っ込む。

 そこへ、茂みからスッキリした顔(物理的に)で戻ってきたガレスが、状況を見て目を丸くした。

「……なんだ!? この重苦しい威圧感を出していた男が、なぜ子供のように泣いているのだ? ユウマ殿、まさかこの男の膀胱にもセラフィナ殿の『永久冷却魔法』を叩き込んだのか!?」

「失礼なこと言わないで、このアイアン・タンク。私は無駄な魔力消費はしないわ。彼はただ、自分の『喉越し』への愛を認めただけよ」

「……なんだと!?」

 ガレスはカシウスの前に歩み寄り、その肩にガシリと手を置いた。

「……カシウス殿。貴殿も……貴殿もこちら側の人間だったのだな。……わかる、わかるぞ。私も騎士だ。規律は大事だ。だがな、戦いの後に飲むあの一杯……あれがあるからこそ、我らは明日も盾を構えられるのではないか!」

「……ガレス殿……。貴殿も、同じ苦しみを?」

「苦しみどころではない! 私はこの数日、冷たいビールのせいで『騎士の尊厳(トイレ)』と『至高の味』の狭間で、それこそ死闘を繰り広げているのだ!」

 ガレスとカシウス。魔王軍と勇者パーティーという壁を超え、二人の重装騎士の間に、熱い「ビールの絆」が芽生えた瞬間だった。

「よし、それじゃあカシウスさんの『ノンアル開眼』を祝して、少し早めのキャンプにしましょう!」

 ユウマの号令で、一行は街道脇の広場で野営の準備を始めた。

 カシウスは、脱ぎ捨てた漆黒の兜を椅子代わりにし、ユウマが作る「おつまみ」を興味津々で見つめている。

「……ユウマ殿。これは、何という料理だ?」

「『スパイシー・フライド・ポテト』です。カシウスさんが好きだったお粥とは、真逆の存在……いわば『欲望の黄金棒』ですよ」

「欲望の……黄金棒……。ごくり」

 揚げたてのポテトに、リリィが浄化魔法で雑味を消したハーブソルトを振りかけ、セラフィナが「マイナス5度」の冷気で表面を一瞬でカリッと引き締める。

「はい、これをノンアル・エールと一緒にどうぞ」

 カシウスは震える手でポテトを口に運んだ。

 ――サクッ。

「…………っ!!! 濃い! 塩気が、脂が、私の禁欲で干からびた舌を蹂躙していく! そして、そこへ流し込むこの『聖なるノンアル』……!!」

 カシウスは無心でポテトを食らい、ジョッキを煽った。

「ぷはぁぁぁぁぁっ!!!!! ……生きている……。私は今、十年の死を経て、ようやく現世に転生した気分だ!!」

「ガハハ! いい飲みっぷりだカシウス殿! だが忘れるな、それはノンアルだ! つまり、いくら飲んでも騎士としての判断力は鈍らん! 無敵ではないか!」

 ガレスも自分のジョッキ(こちらは本物のビール)を掲げて笑う。

「……そうか! 酔わぬ、乱れぬ、しかし美味い! これぞ、騎士が求める究極の飲料ではないか!! なぜ魔王様はこれを兵糧に採用しないのだ!? お粥など配っている場合ではないぞ!!」

 カシウスは立ち上がり、熱弁を振るい始めた。

「私は決めた。私は魔王軍に戻り、全軍にこの『ノンアル・エール』を布教する! 酔っ払って防衛線を崩すのではない、ノンアルで士気を高め、かつ冷静に戦う『最強のビア・レジオン』を作るのだ!!」

「……え、それはそれで敵として厄介なことになりません?」

 アレクが冷や汗を流しながらユウマに耳打ちする。

「まあ、お粥を食べてる時よりは、話し合いが通じる相手になると思いますよ。……多分」

 夜が更け、焚き火を囲む一行。

 セラフィナは、いつの間にかカシウスの鎧の温度伝導率について本人と熱い議論(という名の説教)を交わしている。

「いい? カシウス。あなたの鎧の断熱材、材質が古いわ。これじゃあ体温がビールに逃げ放題よ。次までに私の『氷結セラミック』で裏打ちしてきなさい。不潔な温度上昇は許さないわよ」

「は、ははっ! 魔女殿の仰る通りだ。温度管理もまた、騎士の嗜み……勉強させていただきます!」

 ガレスも、新しい「飲み仲間」ができて上機嫌だ。

「カシウス殿、実はな……冷え対策に、この股間に貼る『発熱魔法の魔導具』を開発したのだ。これがあれば、セラフィナ殿の極冷ビールも怖くない!」

「何と! それはぜひ図面を共有していただきたい! 騎士の尊厳は、全軍の課題ゆえ!」

 そんな二人を見ながら、リリィはおつまみのチーズを幸せそうに頬張っていた。

「ふふふ。やっぱり、みんなで飲むのが一番美味しいですね」

 ユウマは、静かにジョッキを掲げ、夜空を見上げた。

 ビールの泡が、憎しみで固まった聖騎士の心を溶かした。

 

「……よし。それじゃあ、明日は王都です。王様にも、最高のキンキンの一杯を献上しに行きましょうか」

「「「「応!!!」」」」

 勇者パーティーに、まさかの「魔王軍の理解者」というパイプができた第十話。

 ユウマのビール革命は、ついに勢力図さえも書き換えようとしていた。

 




今回の登場キャラクター一覧(更新)
• ユウマ:ビールの力で聖騎士を「ノンアル派」に転向させた策士。
• アレク:お粥の刑を免れて一番安心している勇者。
• リリィ:浄化魔法が「ポテトの塩」に最適だと気づき始めた聖女。
• ガレス:カシウスと「尿意と尊厳」を語り合う熱き盾役。
• セラフィナ:カシウスの鎧を勝手に「冷蔵庫化」しようとする温度魔女。
• カシウス:魔王軍・禁欲騎士。ノンアルの美味さに衝撃を受け、全軍への布教を誓う。
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