「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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十四話目です。よろしくお願いします。


第十四話:伝説のクラーケンと、不憫な盾のソース(前編)

 王都での晩餐会を成功させた一行が次に訪れたのは、抜けるような青い空と、潮の香りが心地よい港町・ポートサージだった。

 王宮での「ビール噴水事件」の説教がよほど効いたのか、勇者アレクと魔女セラフィナは、いつになく真面目な顔でユウマの背中を追っている。

「……いいか、皆。今日のテーマは『海とコクの共鳴』です」

 ユウマは、波打ち際に設置した特設の調理カウンターで、一本の樽を叩いた。

 そこには、今回のために特別に醸造された、深い琥珀色の液体――『シーサイド・エール』が眠っている。

「通常、ビールはキンキンに冷やすのが正義。ですが、このエールは違います。海風にさらされ、わずかに温度が上がった瞬間……隠されていた麦芽の甘みと、複雑な香りの層が爆発するんです。そして、それに合わせるのが――」

 ユウマが視線を向けた先には、浜辺に打ち上げられた「山のような肉塊」があった。

 ……正確には、アレクが先ほど海中で討伐してきた、巨大な魔物『キング・クラーケン』の足である。

「……ユウマ。俺、頑張って仕留めてきたけどよ。これ、どう見てもただの『巨大な吸盤地獄』だぜ? 本当にビールに合うのか?」

 アレクは、全身ずぶ濡れのまま、クラーケンの足に腰掛けて首を傾げる。

「アレクさん、これこそが海の宝ですよ。セラフィナさん、準備は?」

「……ええ。完璧よ。不潔な不純物を一切排除した、瞬間冷凍(フラッシュ・フリーズ)の計算式は構築済みよ。……見てなさい」

 セラフィナが杖を振る。

 ユウマが手際よく「巨大な輪っか」へと切り分けたクラーケンの肉片が、空中でセラフィナの冷気魔法に包まれた。

「凍結温度、マイナス196度。細胞壁を壊さず、旨味成分であるアミノ酸を一瞬で結晶化させて閉じ込める……! これぞ理系魔法の真髄、『魔法のフラッシュ・フリーズ仕立て』よ!!」

 一瞬で表面が白く輝いたイカの輪。そこにリリィが、祈りを込めた衣を纏わせていく。

「聖なる衣よ、油の『しつこさ』を光の粒子で分解しなさい! 食べた人が重たさを感じず、無限に食べ続けられるように……『ホーリー・ライト・フライ』!!」

 ドォォォォンッ!! という音と共に、巨大な鍋(ガレスの盾を改造した特製フライヤー)の中で、イカリングが黄金色に躍動し始めた。

 数分後。

 直径50センチはある、巨大な、そして神々しいまでに輝く『伝説のクラーケン・イカリング』が完成した。

「……さあ、ガレスさん。仕上げの出番です」

「おう! 任せておけ! このために我が盾には、ユウマ殿監修の『特製ソース噴射機構』が搭載されているのだからな!!」

 ガレスは、磨き上げられた大盾を構えた。

 この日のために、盾の内部には大量の自家製タルタルソースが充填されている。

 ユウマの計算によれば、盾の表面にある極小のノズルから、適正な圧力でソースを噴射することで、巨大なイカリングに「均一かつ美しく」ソースをコーティングできるはずだった。

「……ガレスさん。圧力バルブの解放は、慎重にお願いしますね」

「分かっている! 騎士の精密な力加減、見せてくれよう! タルタル・バースト、解放!!」

 ――ドビュッッ!!!!!

 ……その瞬間、物理法則を超えた事態が発生した。

 セラフィナの冷気魔法と、リリィの浄化魔法、そして真夏の海辺の気温上昇が、盾の内部で「予期せぬ圧力の暴走」を引き起こしたのである。

「……あ」

 ユウマが声を上げるよりも速かった。

 盾のノズルから、真っ白なタルタルソースが、消火ホースも真っ青の勢いで逆噴射されたのである。

「う、うわぁぁぁぁぁっっ!!?? 目が、目がぁぁぁ!!」

 あまりの勢いに、盾を構えていたガレス自身が、ソースの反動で後方へ吹き飛ばされた。

 そして。

 噴射されたタルタルソースの九割は、肝心のイカリングではなく、ガレスの顔面、兜の隙間、そして鎧の隅々にまで「完璧な密度」で叩きつけられた。

「…………ガレスさん。……大丈夫ですか?」

 静まり返った浜辺。

 全身、真っ白なソースまみれになり、雪だるまのようになったガレスが、プルプルと震えながら立ち上がる。

 その顔面からは、卵の欠片やパセリがポタポタと滴り落ちていた。

「…………ユ、ユウマ殿。……味は、……味は良い、ぞ……。鼻の穴に入ったソースが、驚くほど……美味い……」

「……不潔だわ。不潔なほど、タルタルまみれね」

 セラフィナが呆れたように呟くが、その視線はすでに、奇跡的に適量のソースがかかったイカリングに釘付けだった。

「……さあ、気を取り直して。……乾杯しましょう」

 ユウマが、海風で少し温度が上がった『シーサイド・エール』を全員に配る。

 ガレスはソースを拭うのを諦め(「これはこれで騎士の勲章だ」と言い張った)、白い顔のままジョッキを掴んだ。

「……乾杯!!」

 ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ……。

「…………っ、ぷはぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 アレクが、叫んだ。

 クラーケンのイカリングを一口齧ると、瞬間冷凍で閉じ込められていた海の旨味が、熱々の衣の中で爆発した。プリプリを通り越して「弾力という名の暴力」と化したイカの肉。

 そこに、少し温度が上がることでコクを増したエールが混ざり合う。

「なんだこれ……! このビールの苦味が、イカの甘みを極限まで引き立ててやがる! 飲み込んだ後に鼻を抜ける、この麦の香りと潮の香り……。王宮のビールが『鋭い剣』なら、これは『母なる海』だ……!」

「……そう。このエールは、キンキンに冷やしすぎると、この『コク』が眠ったままになってしまうんです。海辺の、少し暖かい風の中で飲むからこそ、完成する味なんです」

 ユウマは、満足げに自分のジョッキを傾けた。

「……不潔だわ。……この、揚げ物の脂をエールが包み込んで、溶かしていく感覚。……計算式が、多幸感で塗りつぶされていく……。ユウマ、これ……止まらないわ」

 セラフィナも、眼鏡を曇らせながら巨大なイカリングを豪快に頬張っている。

「本当ですね……! クラーケンさんも、こんなに美味しく食べてもらえて、きっと成仏しています!」

 リリィの天然なコメントと共に、浜辺には幸せな笑い声と、ジョッキの触れ合う音が響き渡った。

「……おい、ユウマ殿。私の顔のソースも、誰か有効活用してくれんか? ビールに合うぞ、これ」

「……ガレスさん。それはさすがに品質管理上、認められません」

「……不憫ね、ガレス」

 夕焼けに染まるポートサージの海。

 全身タルタルまみれの騎士、痛風予備軍の勇者、計算を放棄した魔女、そして聖なる揚げ物担当の聖女。

 その中心には、常に完璧な一杯を追求する、一人の「狂った醸造師」がいた。

 ユウマたちの「異世界ビール開拓記」は、潮騒の音と共に、さらなる深みへと入り込んでいくのだった。




海回ですね。週末に食べる揚げ物ってなんでこんなに美味いのだろうか。
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