「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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十七話目です。よろしくお願いします。


第十七話:氷の魔女と、ぬるくなった絶望(後編)

 「……くっ、演算が……収束しない……。冷やそうとする端から、熱が平均化されていく……。こんなの、数式に対する冒涜だわ……!」

 常温将軍カロンの『中庸(ミディアム)』の権能により、絶対零度のプライドをズタズタにされたセラフィナが、膝をついて震えていた。周囲はどんよりとした摂氏25度の「ぬるい霧」に包まれ、一行の戦意をじわじわと削り取っていく。

「あはは、無駄だって。氷の魔女さんも、そっちの聖女さんも。ここでは祈りも魔法も、全部『ちょうどいい』ところで止まっちゃうんだから」

 カロンが欠伸をしながら、ぬるくなったビールを指差して笑う。

 だがその時、一行の中で唯一、瞳に「浄化の炎」を灯したままの少女がいた。

「……セラフィナさん、顔を上げてください。数学でダメなら、信じる力――いえ、『執念』で押し通すしかありません!」

 リリィが聖杖を強く握りしめ、セラフィナの肩を抱いた。

「リリィ……? 何を言っているの。熱力学的に不可能なのよ、この領域での強制冷却は……」

「物理法則がどうしたっていうんですか! ビールは、祈りなんです! ユウマさんが込めた情熱を、こんな『ぬるま湯』に負けさせていいんですか!?」

 リリィの叫びが、淀んだ空気を震わせた。ユウマはその言葉を待っていた。

「……その通りです。セラフィナさん、リリィさん。カロンの権能は『平均化』。なら、その平均値を突き破るほどの『高密度』を一点に集中させればいい。……ガレスさん、盾を中央に!」

「おう! この『栓抜き盾』の強度が試される時だな!!」

 ガレスが大盾を地面に叩きつけ、裏側のタルタルソース・タンクを空にして「圧縮室」へと切り替える。

「作戦を伝えます。セラフィナさんは冷却ではなく、魔力のすべてを『圧力』に変えて、ガレスさんの盾の中にビールを押し込んでください。そしてリリィさん、あなたは……その押し込まれたビールの中の『停滞の呪い』を、聖なる力で一粒残らず叩き出してください!」

「「……!!」」

 理系(魔女)と文系(聖女)が、初めて視線を交わした。

「……わかったわ。数式を『温度』から『大気圧』へ変換。不潔な停滞ごと、鋼鉄の檻に閉じ込めて圧縮してあげる!」

「私も負けません! 聖なる泡よ、停滞を撥ね除け、無限の輝きを放ちなさい! 『超・重圧浄化(ハイプレッシャー・ブレッシング)』!!」

 セラフィナの凄まじい魔力がガレスの盾に注ぎ込まれ、中のビールを物理的に押し潰していく。普通なら樽が爆発する圧力だが、そこへリリィの浄化魔法が「構造の補強」と「活性化」を同時に叩き込んだ。

 パキパキッ、という空間が軋む音が響く。

「な、なんだ……!? 僕の領域の中で、エネルギーが……逆流している……!?」

 カロンの顔から余裕が消えた。

「いける! ガレスさん、全開放(リリース)!!!」

 ユウマの合図と共に、ガレスが盾のバルブを一気に開いた。

 シュボォォォォォォォォンッ!!!!!

 瞬間、カロンの領域に「黄金の閃光」が奔った。

 高圧から一気に解放されたビールは、断熱膨張による物理的な超冷却と、聖女の祈りによる爆発的な炭酸の「キレ」を伴い、カロンを直撃した。

「ぎゃあああああああ!? つめた……っ! いや、痛い!! 喉越しが……喉越しが強すぎるぅぅぅ!!」

 ぬるま湯の王・カロンは、凍りつくような冷たさと、喉を千切らんばかりの超刺激的な「泡の弾丸」に撃ち抜かれ、そのまま灰色の霧と共に彼方へと吹き飛んでいった。

 嵐が去った後、そこには澄み渡った青空が広がっていた。

 ガレスの盾の蛇口からは、今までに見たこともないほど「輝く泡」を纏ったビールが注がれている。

「……はぁ、はぁ……。どう、リリィ。私の『圧縮計算』、完璧だったでしょ?」

「ふふ、私の『炭酸強化』があったからこそですよ、セラフィナさん」

 魔女と聖女が、互いに息を切らしながらも、どこか誇らしげに微笑み合っていた。

 ユウマが、その究極の一杯を二人のジョッキに満たす。

「……お疲れ様です。二人の力が合わさらなければ、この『停滞を切り裂く一杯』は完成しませんでした」

 アレクとガレスもジョッキを合わせる。

「「「「「かんぱーい!!!」」」」」

 ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ……。

 ぷはぁっ!!

「……凄い。冷たさはもちろんだけど、この泡……。まるで生きているみたいに喉を踊るわ。これが『聖女の浄化』の力なのね」

「セラフィナさんの冷気も、今までよりずっと鋭いです! まるで氷の針が心地よく溶けていくみたい……!」

 二人はお互いのビールを一口交換し、その「自分にはない凄さ」を認め合った。

 温度を司る魔女と、魂を清める聖女。最強の二本柱が、ついにここに完成したのである。

「……さて。魔王軍の『常温地獄』も打ち破りました。次は……」

 ユウマが地図を広げたその時、ガレスが悲痛な声を上げた。

「ユウマ殿ぉ!! 私の盾が……あまりの圧力で、栓抜きの部分が『自動回転式』になってしまったぞ!! これでは、盾を構えるたびに私がぐるぐる回ってしまう!!」

「…ま、まぁ、それはそれで、広範囲の敵の首を撥ねる『回転栓抜き攻撃』として有効かもしれませんね」

「真面目な顔で恐ろしいことを言うな!!」

 一行の笑い声が、もはや「ぬるくない」清々しい風に乗って、魔王領の奥深くへと響いていく。




今回の登場ビール設定メモ
• 高圧浄化ラガー『停滞破り(スタグネーション・ブレイカー)』
• 特徴: セラフィナの圧縮魔法とリリィの浄化魔法を一点に集中させ、物理限界を超えた炭酸圧を実現。
• 効果: どんなに心が折れそうな時でも、一口飲めば「やってやるぜ!」という強気な気持ちにリセットされる。
• 魔女と聖女の共同作業: 二人が協力した時のみ、泡の色がうっすらと七色に輝く。

次はいよいよ魔王城です。
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