「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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二話目です。よろしくお願いします。


第二話:魔王軍、ビール沼に沈む

 魔王軍四天王の一角、炎獄のザルドを「黒ビール(スタウト)」のバフで粉砕してから三日。勇者アレク一行は、王都への帰還路となる街道沿いで野営をしていた。

 本来ならば、四天王を倒した祝杯を上げるために一刻も早く街へ入るべきなのだが、彼らは動けなかった。理由は単純である。

「……動けん。一歩も、歩けん……」

 勇者アレクが、地面に突っ伏したまま震える声で言った。その顔は青白い。

 聖女リリィも、清廉な法衣を乱したまま木陰でぐったりとしている。

「ユウマさん……助けてください……頭の中で、教会の鐘が乱れ打たれているような音がします……」

 二日酔いである。

 原因は、勝利の夜にユウマが樽出しした『スタウト・エクストラ・ハイ』。アルコール度数$9%$を超える、魔力増幅効果特化型の重厚な一杯だ。その威力はザルドをワンパンで沈めるほどだったが、代償としての「翌日の地獄」もまた、伝説級だった。

「だから言ったじゃないですか。あれは寝る前に飲むもんじゃないって」

 ユウマは一人、ピンピンした様子で朝の麦茶を沸かしている。彼は元会社員だ。取引先との接待や、終わりの見えない飲み会で鍛えられた肝臓は、異世界に来ても健在だった。

「ユウマ殿……くっ、これが魔王軍の呪いか……」

 騎士ガレスが剣を杖代わりに立ち上がろうとするが、膝が笑って崩れ落ちる。

「いえ、ただの脱水症状と低血糖です。ほら、これ飲んでください。特製の麦茶です。ミネラルたっぷりですよ」

 ユウマが差し出した冷たい麦茶を、三人は泥水を啜るような勢いで飲み干した。

「……ふぅ。生き返る……」

「ユウマさんの作る飲み物は、どうしてこうも身体に染みるのでしょう」

 ようやく人心地ついた一行。しかし、平和な時間は長くは続かなかった。

「――見つけたぞ。勇者一行、そして……謎の『醸造師』め」

 低く、地を這うような声。

 森の奥から、黒い霧が溢れ出した。霧の中から現れたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ魔族の精鋭たち。魔王軍直属の偵察部隊だ。

「ヒッ、魔族……!」

 リリィが悲鳴を上げるが、頭を押さえてすぐに黙り込む。大声が頭に響くらしい。

「勇者アレク。我らが同胞、ザルドを卑怯な手で倒した貴様らの命、ここで貰い受ける!」

 部隊長らしき魔族が、禍々しい長剣を抜く。

 絶体絶命。勇者は二日酔いで力が入らず、聖女は魔力よりも吐気と戦っている。

 だが、ユウマは違った。彼は荷馬車の影から、新しい小樽を転がしてきた。

「あの、ちょっといいですか」

 ユウマの場違いな声に、魔族たちが動きを止める。

「貴様……命乞いか? 醸造師。貴様の焼いたパンが美味いという噂は聞いているぞ。だが、戦場に情けはない」

「パンじゃないです、ビールです。あと、命乞いじゃなくて……交渉です」

 ユウマは手際よくジョッキを取り出し、樽の栓を捻った。

 シュッ、という小気味いい音と共に、黄金色の液体が注がれる。立ち上がる泡は細かく、まるで絹のよう。そして、風に乗って漂う芳醇なホップの香り。

「なっ……何だ、この香りは。鼻を突くような瘴気が、中和されていく……?」

 魔族たちがざわめく。彼らは瘴気を糧とする生物だが、ユウマのビールが放つ「清涼な生命力」の香りに、本能的な空腹感を刺激されたのだ。

「これ、『ペールエール・サンセット』。移動中に熟成が進んで、今が一番の見頃です。戦う前に、一杯どうです? 毒見が必要なら俺が飲みますよ」

 ユウマは迷わず、ジョッキを半分ほど煽った。

「ぷはぁっ! ……完璧だ。この苦味が、朝の身体にキくんだよなぁ」

 その飲みっぷりを見て、魔族の部隊長は生唾を飲み込んだ。

「……貴様、我らを毒殺するつもりではないだろうな?」

「まさか。商売道具に毒は混ぜません。気に入ったら、そちらの『魔石』と交換ってことでどうですか?」

 沈黙が流れる。

 勇者たちは呆然と見守っていた。敵対する魔王軍に、自分たちを死にかけたビールを勧める男。

「……少しだけだぞ。少しだけ、味を見てやる」

 部隊長が剣を収め、ジョッキを受け取った。

 彼は恐る恐る、黄金色の液体を口に含んだ。

「…………っ!?」

 魔族の目が、カッと見開かれた。

 彼の脳裏に、かつて魔界の荒野で見たこともない、輝くような草原の風景が広がった。

「これは……何だ。喉を通り過ぎる瞬間、雷に打たれたような衝撃が走り、その後に春の陽だまりのような温かさが残る……。我ら魔族が忘れていた、純粋な『悦び』がここにある……!」

「隊長!? 大丈夫ですか!?」

「貴様らも飲め! これは……もはや魔法だ! 高等な精神回復魔法だ!」

 数分後。

 街道沿いでは、人類と魔族が焚き火を囲んで車座になっていた。

「お前らさぁ、魔王軍の福利厚生どうなってんの?」

 勇者アレクが、魔族の肩を叩きながらジョッキを差し出す。

「福利厚生? 知らん言葉だが……休みはない。戦果を上げねば即処刑だ」

「マジすか。俺のいた会社よりひどいっすね」

 ユウマが追い打ちをかけるように、つまみの「魔獣肉のジャーキー(ビール煮込み風)」を出す。

「これ、新作です。ビールに合うように塩気を強めてます」

「おおお……! この肉、噛めば噛むほどビールの苦味を欲する……! 止まらん、止まらんぞ!」

 魔族たちは涙を流して貪り食った。

 聖女リリィも、いつの間にか復活してジョッキを片手に持っている。

「ユウマさぁん、もう一杯。次は、もっとこう、ガツンとくるやつ……」

「聖女様、顔赤いですよ。あと口調が崩れてます」

「うるさーい! 奇跡だの救済だの、毎日疲れるんですよっ! 私だって、ただの女の子としてプハーッてしたいんですっ!」

「……本音が出ましたね」

 宴は昼過ぎまで続いた。

 すっかり出来上がった魔族部隊長は、ユウマの前に跪いた。

「ユウマ殿……いや、ユウマ師匠。この酒を、我らが主、魔王様にも届けたい。これを飲めば、あのお方の苛立ちも収まるはずだ」

「いいですよ。ちょうど予備の樽があります。あ、でもこれ『生』なんで、早めに飲んでくださいね」

「感謝する! 撤退だ! 総員、この樽を命懸けで運ぶぞ! 振動を与えるな! 泡が死ぬぞ!」

 魔族たちは、戦いに来たことも忘れて、大切そうに樽を抱えて魔法陣の中へと消えていった。

 数日後。魔王城。

 玉座に鎮座する魔王ディアヴォロは、部下から献上された木樽を不機嫌そうに眺めていた。

「……偵察に行かせた部隊が、全員『二日酔い』で帰還したと聞いた時は、我が耳を疑ったぞ」

「申し訳ございません。しかし魔王様……こればかりは、飲んでいただかねば伝わりませぬ」

 部隊長が震える手で注いだ一杯。

 魔王は鼻を鳴らし、一気に飲み干した。

「…………」

 魔王城が、静まり返る。

 側近たちは、魔王の逆鱗に触れて城ごと吹き飛ぶことを覚悟した。

 だが、魔王の口から漏れたのは、破壊の咆哮ではなかった。

「……っはぁぁぁ…………」

 深いため息。

 魔王の瞳から、いつも宿っていた刺々しい殺意が消え、代わりにどこか遠くを見るような、穏やかな光が宿った。

「これは……革命だ。我が数千年の生涯で、これほどまでに心が揺さぶられたことはない」

 魔王は自分の手を見た。

 いつも震えていた破壊衝動が、今は心地よい倦怠感に包まれている。

「勇者との戦いなど、どうでもよくなった。この酒を造った男を連れてこい。いや、丁重に招待せよ。我が城に、最高の醸造所を作る。予算はいくらでも出せ」

「魔王様! それでは人間との戦争が……」

「馬鹿者! この酒を全軍に配備せよ! 士気が上がるどころか、全員仲良く昼寝することになるだろう。それこそが真の平和ではないか?」

 魔王ディアヴォロは、空になったジョッキを見つめ、寂しそうに呟いた。

「……もう一杯、ないのか?」

 その頃。

 勇者一行は、ようやく王都の門が見える場所まで辿り着いていた。

「ユウマさん、次の新作はどんなビールですか?」

 リリィが期待に満ちた目で尋ねる。

「そうですね。次はエルフの森の天然酵母を使った『ホワイトエール』でも作ろうかと。爽やかで、女性にも人気ですよ」

「楽しみです! 私、それなら十杯はいけます!」

「飲みすぎですよ」

 ユウマは荷馬車を揺らしながら、空を見上げた。

 異世界に来て三年。チート能力が「ビールの醸造」だと知った時は絶望したものだが、案外、この世界はこれで救えるのかもしれない。

「ま、とりあえず……王都に着いたら一杯行きますか」

「「「おー!」」」

 勇者一行の掛け声が、夕暮れの街道に響いた。

 彼らの旅は続く。まだ見ぬ最強の「つまみ」と、最高の「一杯」を求めて。

 そしてその裏で、魔王軍が本格的な「ビール輸入ルート」の確保に動き出していることを、彼らはまだ知らない。

 




今回の登場ビール設定メモ
• ペールエール・サンセット
• 特徴: 柑橘系の華やかな香りと、心地よい苦味。
• 効果: 軽度の状態異常回復、精神安定(リラックス効果)。
• ユウマのこだわり: 「夕陽を見ながら飲むのが一番美味い。だからサンセットなんです」
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