「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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番外編②:おつまみがない!?

 魔王城ビアホール『パンデモニウム』。

 かつて世界を恐怖に陥れた漆黒の居城は、今や昼夜を問わず黄金色の泡が弾け、酔客たちの笑い声が轟く「世界最高の聖地」へと変貌していた。

 だが、その店主であるユウマは、カウンターの奥で一人、深刻な顔をして頭を抱えていた。

「…ダメだ。これじゃあ、ビールのポテンシャルを殺している」

「どうしたのよ、ユウマ。不潔なほど暗い顔をして。私の冷却魔法、今日は誤差 0.01 度以内に収めているわよ? 文句のつけようがないはずだわ」

 セラフィナが、白衣のポケットから温度計を取り出しながら不満げに口を尖らせる。

「温度は完璧です、セラフィナさん。リリィさんの注ぎ方も、魔王オーナーの接客も。でも、足りないんです」

「足りない? 何がですか? 樽の在庫なら、まだ地下にたっぷりありますよ!」

 リリィが、ジョッキに付いた水滴を聖なる布で丁寧に拭き取りながら小首を傾げる。

「『おつまみ』ですよ」

 ユウマは、カウンターに置かれた一皿を指差した。そこにあるのは、この世界で「酒の肴」として一般的な、カチカチに乾燥した『塩漬けの干し肉』と、パサパサの『黒パン』。

「いいですか、皆さん。今、僕たちが提供している『アルマゲドン・ラガー』や『魔王スタウト』は、もはや神の雫です。それに対して、このおつまみはどうです? 顎が疲れるだけで、ビールのキレを加速させるどころか、むしろ邪魔をしている。ビールは、最高のパートナーがいて初めて、その真価を発揮するんです」

「言われてみれば、そうだな。余も、この干し肉は少々その、ドラゴンを丸呑みしていた頃に比べれば、物足りなさを感じていたところだ」

 エプロン姿の魔王ディアヴォロが、腕組みをして頷く。

「そこでですよ。僕は決めました。この世界に、『三大・ビールのお供』を召喚します。すなわち、『枝豆』『唐揚げ』『餃子』です!!」

 ユウマの宣言と共に、店内の空気が変わった。

 だが、そこへ店の奥から悲痛な叫び声が響く。

「ま、待てぇぇユウマぁ……! 揚げ物は……揚げ物だけは、今の俺には毒だぁぁぁ!!」

 車椅子に乗った勇者アレクが、右足をパンパンに腫らしながら現れた。

 前作の激闘(飲み比べ)の代償である『痛風』は、今や彼の「勇者の証」を通り越し、もはや「歩く尿酸値の権化」としての風格さえ漂わせていた。

「アレクさん、安心してください。…だからこそ、まずは『枝豆』から始めるんです。植物性タンパク質、豊富なビタミン、そしてプリン体の排出を助けるカリウム! 枝豆こそ、今のあなたに必要な『救済のつまみ』なんですよ!」

「え…マジか!? それ、食っても足、痛くならないのか?」

「むしろ、積極的に食べてほしいくらいです」

「よし、行こう!! その『エダマメ』とかいうやつを、今すぐ狩りに行くぞ!!」

 アレクは、激痛に顔を歪めながらも、ビールのための情熱だけで車椅子を猛回転させて立ち上がった。

未踏の地:大豆の樹海

 一行がやってきたのは、魔王領のさらに北。常に雷雲が立ち込め、高濃度の魔力が大地から噴き出す『ボタニカル・マッド・フォレスト』。

 ここに、伝説の食材『爆裂大豆』が自生しているという。

「ユウマ、これのこと? 不潔だわ。不潔なほどエネルギーが充填されている植物ね」

 セラフィナが指差した先には、身長 2 メートルを超える巨大な「動く鞘(さや)」があった。

 それは魔力を吸収して成長する魔植物で、獲物が近づくと中の豆を音速で射出する、まさに生きる散弾銃だった。

「あれが、枝豆……? 嘘だろ、ユウマ。あんなデカい弾丸を食うのかよ」

 アレクが聖剣を抜こうとするが、一歩踏み出すたびに「ぐふっ……!」と親指を抱えて蹲る。

「アレクさん、無茶は禁物です。…ガレスさん、前へ!!」

「おう!! 私の盾が、ついに『全自動・豆収穫機』として覚醒する時が来たか!!」

 ガレスが大盾を構えて突撃する。

 ドガガガガガッ!! と、魔植物から放たれる『豆の弾丸』が盾に激突するが、今のガレスの盾は、高圧ビールに耐えるために極限まで強化されている。

「今だ、リリィさん! 鞘の『殺気』を浄化してください! セラフィナさんは、豆が飛び出す瞬間に、鞘ごと『ボイル(煮沸)』するんです!!」

「ええい、無茶を言うわね! 精密演算……開始!! 鞘の表面温度を一気に 100 度へ!! 内部の圧力と水分量を最適化し、一瞬で『茹で上がる』計算式を構築!!」

「私も合わせます! 聖なる雫よ、土の汚れを清め、最高の『塩加減』を付与しなさい!! 『ホーリー・ソルト・シャワー』!!」

 凄まじい光景だった。

 勇者が悶絶し、騎士が盾で弾丸を受け止め、魔女が熱線を放射し、聖女が塩の雨を降らせる。

 それは魔王を倒した時以上に、一分の隙もない完璧な連携。

 そして――。

 パキパキパキッ!!!

 という快い音と共に、巨大な鞘が弾けた。

 中から飛び出してきたのは、リリィの浄化によって汚れ一つなく、セラフィナの熱線によって絶妙な「アルデンテ」に茹で上がった、鮮やかな緑色の宝石たち。

 ユウマは、空中に舞うその豆を、特製のザルで見事にキャッチした。

「完璧だ。……この、立ち上る香気。これこそが、ビールの魂を揺さぶる前奏曲!」

 

ビアホール:至福の試食会

 魔王城に戻った一行。

 カウンターには、キリッと冷えた『一番搾り・魔王城産ラガー』と、山盛りの『爆裂枝豆』が並んでいる。

「さあ、食べてみてください」

 アレクが、恐る恐る指先で鞘を押し、中の豆を口に放り込む。

 コリッ、という心地よい歯応えの直後、大豆の濃厚な甘みと、リリィの聖なる塩気が口の中いっぱいに弾けた。

「…………ッ!!!」

 アレクは、言葉を失ったまま、ジョッキを掴んでビールを流し込んだ。

 ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ……。ぷはぁぁぁぁぁっっっっ!!!!

「これだ!! これだよ、ユウマ!! ビールの苦味が、豆の甘みで何倍にも引き立てられてやがる!! 喉を通る瞬間のこの『リズム』……! 止まらねぇ、手が止まらねぇぞ!!」

 アレクは、痛風の痛みを忘れたかのように、猛烈な勢いで枝豆を口に運び始めた。

「…あら。意外と、悪くないじゃない。…この食物繊維の食感と、ビールの炭酸の刺激。不潔なほど、論理的な組み合わせね。私の演算も、この幸福感を否定できないわ」

 セラフィナも、眼鏡を曇らせながら器用に豆を食べている。

「本当ですね……! ビールだけで飲むよりも、ずっと心が温かくなる気がします。これが、ユウマさんの言っていた『パートナー』なんですね」

 リリィも、頬を赤くして満足げに微笑む。

 そして、魔王ディアヴォロも。

 彼は大きな手で、小さな枝豆を器用につまみ、咀嚼した。

「……ユウマ。……貴様、恐ろしい男だな。……この『エダマメ』という小兵、一粒一粒が、我が魔王軍の兵士よりも統制が取れている。……ビールを飲む、豆を食う、またビールを飲む……。この無限ループは、もはや余の虚無の魔法さえも凌駕する永久機関だ」

「オーナー、分かっていただけましたか」

 ユウマは、自分も一粒食べて、深く頷いた。

「……でも、これはまだ序章です。次は、肉の旨味が爆発する『唐揚げ』、そして肉汁の小宇宙『餃子』。この三種の神器が揃った時、この世界は本当の意味で『平和』になるんです」

「よし。……次は鶏か。……余も、火入れに関しては譲れんぞ」

 魔王の瞳に、新たな野心が灯った。

 窓の外では、平和になった世界を象徴するように、美しい月が昇っている。

 

 だが、その平和を享受する勇者アレクに、再び異変が起きた。

「あ。……あだだだだだ。……あ、あ、足が、光り始めたぁぁぁ!!」

「あ、アレクさん! 豆を食べるスピードが速すぎて、結局プリン体の総摂取量がオーバーしてます!!」

「嘘だろぉぉぉ!? 『救済のつまみ』じゃなかったのかよぉぉ!!」

「食べ過ぎれば、何だって毒になります!! ほら、リリィさん! また浄化魔法の準備を!!」

「もー、アレクさん! お代わりは一回につき一ジョッキって決めたじゃないですか!!」

 魔王城に、再び騒がしく、そして幸せな喧騒が戻ってきた。

 

 ユウマたちの旅は、終わらない。

 最高の一杯に相応しい、最高の一皿。

 その究極の「黄金比」を求めて、異世界の食卓は今日も熱く燃え上がっている。




• 新登場:『爆裂大豆』
• 生息地: 魔力濃度の高い樹海。
• 特徴: 茹で上がると、中の魔力が旨味成分(グルタミン酸)に変換される。
• 危険度: 収穫に失敗すると、時速 300 キロの豆でハチの巣にされる。
• アレクの「尿酸値メーター」
• セラフィナが開発。アレクの親指の輝きが「黄色」から「赤」に変わると、リリィの強制浄化(気絶付き)が発動する。
• 魔王の野望
• ビールの次は「揚げ物」の極致を目指すことを決意。現在、魔王の魔力で 180 度を維持する「魔導フライヤー」を設計中。
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