「ポーションより、とりあえず一杯」 作:高校ジャージ10年目
ユウマは、魔王城の厨房で、一本のボトルを厳かに掲げた。中には、エルフの里から秘密裏に仕入れた最高級の『一番搾り菜種油』が黄金色に輝いている。
「ビールに枝豆。これは確かに完璧なプレリュードでした。ですが、真の『満足』を胃袋に刻むには、動物性脂肪の暴力…すなわち、肉汁が必要なんです」
「肉、か。…余の出番だな」
魔王ディアヴォロが、自慢の漆黒の爪を研ぎ澄ませる。
「そうです。今回のターゲットは、絶壁の断崖に生息する『キング・コカトリス』その肉質は、魔力を帯びて引き締まり、揚げた瞬間に溢れ出す脂は、どんな魔薬よりも人を狂わせると言われています」
「…不潔だわ。不潔なほど高カロリーね」
セラフィナが計算尺をパチパチと弾きながら、ため息をつく。
「でも、理論上…『高温の油で肉の表面を瞬時に固め、内部の水分を閉じ込める』という調理法は、熱力学的に極めて理に適っている。私の火力調節があれば、完璧な『二度揚げ』を実現できるわ」
「よっしゃぁぁ! 肉だ肉だぁぁ! 鶏肉ならプリン体も(赤身よりは)マシだって聞いたぜ!!」
車椅子を捨て、特製の『痛風ガード付き防具』を装着した勇者アレクが、杖を突きながらも不敵に笑う。
絶壁の狩場:キング・コカトリスの逆襲
一行が訪れたのは、雲を突き抜けるほど高い『断崖絶壁・スカイ・ハイ』。
そこには、翼を広げれば 5 メートルはあろうかという、巨大な鳥魔獣が巣食っていた。
「キェェェェェーッ!!」
キング・コカトリスが、石化の息を吐きながら急降下してくる。
「ガレスさん、盾を水平に! 油を熱するための『特大フライパン』として使います!」
「な、何だと!? 私の聖鉄の盾を、天ぷら鍋にするというのか!? だが、ビールの名においてなら、それも騎士の誉れだぁぁ!!」
ガレスが盾を逆さに構え、そこへユウマが大量の油を注ぎ込む。
「セラフィナさん、プレ・ヒートをお願いします!」
「了解。油温、一気に 160 度へ固定。…魔王、そっちの獲物をこっちへ落としなさい!」
「任せよ!! 『魔王爪・細切れ(シュレッド)』!!」
空中のコカトリスに対し、魔王が音速の斬撃を繰り出した。
絶妙な手際で、コカトリスの腿肉が「一口サイズ」にカットされ、空から降ってくる。
そこへリリィが、聖なる光を纏わせた「下味」の粉(小麦粉、片栗粉、そして秘密の香辛料)を振りまいた。
「聖なる衣よ、肉の旨味を閉じ込め、黄金の鎧となりなさい! 『ホーリー・クリスピー・エンチャント』!!」
粉を纏った肉片が、ガレスの盾に満たされた熱い油の中へ、次々とダイブしていく。
――シュワァァァァァァァァァッ!!!!!
その瞬間、スカイ・ハイの断崖に、抗い難い「香ばしい匂い」が爆発した。
「…計算通り。一度目は中温でじっくり、二度目はアレクの聖剣の摩擦熱を借りて 190 度の高温で仕上げる。これが、完全なる唐揚げの数式よ!」
「いくぜぇぇ! 奥義・黄金回転(二度揚げ)斬りぃぃ!!」
アレクが空中で肉片を聖剣で弾き、摩擦熱で表面を一気にクリスピーに仕上げる。
空から降ってくるのは、もはや魔物ではない。
輝くばかりの、黄金の『唐揚げ』である!
断崖の頂上。雲海を見下ろしながら、一行はキンキンに冷えたジョッキと、山盛りの唐揚げを囲んでいた。
「さあ、いってください。レモンは…あえて、かけるかかけないかは個人の自由ということで」
ユウマの合図と共に、アレクが最大の一塊を口に放り込んだ。
カリッ。
小気味よい音の直後、熱々の肉汁がアレクの口内で噴水のように弾けた。
「熱(あち)ぃ!! 痛ぇ!! ……でも、美味すぎるぅぅぅ!!」
アレクは熱さに身悶えしながら、すぐさま冷えたラガーを流し込む。
ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ…。ぷはぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!
「これだ…! 脂の重みを、ビールの炭酸が一気に洗い流していく…。そして残るのは、肉の旨味とビールのキレだけだ! この循環、魔王を倒した時より達成感があるぜ!!」
「ふむ。この『衣』という概念、素晴らしいな。…サクサクとした食感の後に、柔らかな肉が待ち構えている。余の人生に、なぜ今まで『揚げ物』がなかったのか、激しい後悔を覚えるほどだ」
魔王も、自身の魔力で熱せられた唐揚げを優雅に、かつ猛烈な勢いで食べている。
「リリィさん、セラフィナさんもどうぞ。あ、マヨネーズもありますよ」
「不潔、不潔だわ、ユウマ。こんなもの、一度手を出したら戻れないじゃない。…あ、でも、油の融点とアルコールの親和性を考えれば、これは摂取すべき必須エネルギーね(もぐもぐ)」
「本当、幸せの味がします。ユウマさん、次は世界中の鶏さんを幸せにするビアホールにしましょうね!」
断崖の上で、笑い声とジョッキの音が響く。
だが、幸せな時間は長くは続かない。
「あ、あだ。…あ、あ、あああぁぁぁ!!」
アレクの右足親指が、かつてないほど激しく、もはやサーチライトのように夜空を照らし始めた。
「アレクさん!! だから揚げたてを 20 個も食べるから!!」
「だってよぉぉ!! 止まらねぇんだよ!! ビールと唐揚げが、『もう一口いけるだろ?』って俺の魂に囁くんだよぉぉ!!」
「それは魂じゃなくて、脳内麻薬です!! リリィさん、最大出力の浄化魔法を!! 魔王オーナー、アレクさんが暴れないように押さえててください!!」
「よかろう。…勇者よ、安心せよ。余も、腹がいっぱいで動きたくないが、貴様のその『輝く親指』は、なかなか良い酒の肴になるぞ」
「笑い事じゃねぇぇぇ!! 痛ぇぇぇぇ!! でも美味ぇぇぇぇ!!」
魔王城への帰り道。
黄金色に光る親指を先頭に、一行は千鳥足で進んでいく。
ユウマたちの「おつまみ開拓記」。
二つ目の神器を手に入れた彼らの前には、最後にして最強の壁、『餃子(ギョーザ)』が待ち受けていることを、この時の彼らはまだ知らない。