「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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三話目です。よろしくお願いします。


第三話:聖女の呪いと、戦場の「ちょっとタイム」

魔王城にビールが献上され、世界に束の間の平和(という名の飲み会)が訪れてから数日。

 勇者一行は、次なる目的地「精霊の住まう霧の渓谷」を突き進んでいた。

 本来なら、ここは強力な魔獣が跋扈する危険地帯。だが、今の勇者アレクに恐れはない。彼の手には、ユウマが改良を加えた『アイアン・ラガー』のジョッキが握られていたからだ。

「ははは! 見ろガレス! 魔力の巡りが最高だ! 身体が軽いぞ!」

 アレクが聖剣を一振りすれば、巨大な岩が豆腐のように両断される。

 騎士ガレスもまた、ユウマから「ホップ多め」のビールを補給され、鉄壁の防御力を誇っていた。

 だが、そんな絶好調な彼らの背後で、一人だけ異彩を放つ人物がいた。

「……ううっ。これは、新手の呪いでしょうか……」

 聖女リリィである。彼女はどこか浮かない顔で、自分のウエストあたりを何度も触っては、悲痛な声を漏らしていた。

「どうしました、リリィさん。顔色が悪いですよ? 昨日のラガーが残ってますか?」

 心配して駆け寄るユウマに、リリィは潤んだ瞳を向けた。

「ユウマさん……見てください。法衣が、法衣の腰回りが、昨日から明らかに食い込んでいるのです。さっきから呼吸をするたびに、内側から『みしり……』と不吉な音が聞こえるのです……。これは、魔王軍による空間圧縮系の呪いではありませんか?」

 ユウマは視線を落とした。

 確かに、以前よりも法衣の布地がピンと張っている。特に腹部のあたりが、ふっくらと幸福そうな弧を描いていた。

「……リリィさん、それは呪いじゃなくて『ビール腹』っていう、現代日本…じゃなくて魔物の一種ですよ」

「び、びーるばら!? そんな名前の魔獣が、私の体内に潜伏しているというのですか!? 早く聖なる光で浄化しなければ!」

「無理です。原因は摂取カロリーのオーバーと、ビールの飲み過ぎによる中性脂肪の蓄積ですから。あと、リリィさん、つまみの『揚げポテト・ギルド風』をおかわりしすぎです」

「だって、あの塩気がビールに合うんですもの……っ!」

 聖女が絶望に膝をつく。清廉潔白を旨とする聖職者が、お腹の肉という「贅肉」に敗北した瞬間だった。

 その時だった。

「――グオォォォォォン!!」

 渓谷の霧を切り裂き、巨大な影が現れた。

 この地の主、Aランク魔獣『ミスト・ベア』だ。体長五メートルを超える巨体に、鋭い爪。

「来たか! 出番だ、ガレス!」

「承知!」

 勇者アレクが先陣を切って飛び出そうとした。

 ……が。

「いっ……痛ぇっ!?!?!?」

 アレクが突如、右足の親指を押さえて転げ回った。

「アレク!? 敵の先制攻撃か!?」

「わからん! だが、右足の指が……! まるで万力で締め上げられた後に、何千本もの針で刺されているような激痛が走るんだ! 風が吹くだけでも痛い! ぐあぁぁぁ!」

 ユウマは冷や汗を流した。

「風が吹くだけでも痛い……。アレクさん、それ、『帝王病』…分かりやすく言うならば「痛風」ですね。原因はビールのプリン体です」

「痛風(つうふう)だと……!? 勇者の俺が、歩くことすらできんというのか!」

「仕様です。特にアレクさん、最近スタウト(黒ビール)をガブ飲みしてましたからね。尿酸値がカンストしたんだと思います」

 最強の剣士、痛風により戦闘不能。

 頼みの聖女は「お腹の肉」のショックで戦意喪失中。

「おのれ、残ったのは私だけか!」

 騎士ガレスが大盾を構え、ミスト・ベアの突進を受け止める。

「ここは私が防ぐ! リリィ殿、アレクに回復魔法を! ユウマ殿は後方に退避を!」

 ガレスの献身的な防御により、なんとか均衡が保たれる。

 しかし、ビールの呪いはまだ終わっていなかった。

「……あ」

 ガレスの顔が、急に真っ青になった。

「ガレス様? どこか怪我を!?」

「いや……違う。その、何というか……。ユウマ殿、例の『ラガー』は確かに美味かった。身体も温まった。……だが、先ほどから急激に、その……下腹部に『警報』が鳴り響いているのだ」

「あ、利尿作用ですね。ビールは水より出るのが早いですから」

「そんな冷静に解説している場合か! 限界だ! このまま熊の攻撃を受け続ければ、私の騎士としてのプライドが、別の意味で決壊する!」

 ガレスは必死に股を閉じ、腰をくねらせながら盾を構えた。

 ミスト・ベアの重い一撃が盾を叩くたびに、「ヒッ」というガレスの悲鳴が漏れる。衝撃が膀胱に直撃しているのだ。

「待て、ベアよ! ちょっとタイムだ! タイムをお願いしたい!」

「グォ?」

 魔獣ですら戸惑うほどの、騎士の必死の形相。

「ユウマ殿! 済まぬ! 私は一旦、あの岩陰へ失礼する! あとの守りは、頼ん……だ……!」

 ガレスは盾を放り出し、全力の「内股」という奇妙な走法で岩陰へと消えていった。

 残されたのは、地面で足を抱えてのたうち回る勇者。

 お腹の肉を摘まんで泣いている聖女。

 そして、空になった樽を抱えた元会社員、ユウマ。

 ミスト・ベアは、自分を無視して崩壊していく勇者パーティーを前に、どう攻撃していいのか分からず立ち尽くしていた。

「……しょうがない。ここは俺がやるか」

 ユウマはため息をつき、背負っていた「秘密の樽」を取り出した。

 それは、王都の薬草園から買い取った特殊なハーブと、最高級のホップを掛け合わせた試作品。

「名付けて『ピュア・ゼロ・エール』。プリン体ゼロ、糖質ゼロ。そして……精神を強制的に『無』にするハーブ入りです」

 ユウマは手際よく注いだ一杯を、ミスト・ベアの鼻先に差し出した。

「お前も、戦うの疲れるだろ? とりあえず一杯、どうだ?」

 熊は警戒していた。だが、樽から溢れ出す香りは、森のどの木の実よりも甘美で、清々しい。

 熊は大きな鼻をヒクつかせ……そして、ジョッキを器用に前足で受け取り、一気に煽った。

「――グオォォォォン(……ぷはぁ)」

 ミスト・ベアの瞳から、野生の凶暴性が消え失せた。

 その巨体はゆらゆらと揺れ、やがてその場にどっしりと座り込む。

「……よし。これで、しばらくは大人しく寝てるはずです」

 数分後。

 岩陰からスッキリした顔で戻ってきたガレス。

 痛風の痛みが少し引き、冷や汗を拭うアレク。

 そして、「明日からダイエットです」と誓いながら、空っぽのジョッキを見つめるリリィ。

 平和な渓谷の霧の中に、熊のいびきだけが響いていた。

「……ユウマ。俺、少し反省したよ」

 アレクが、杖を突きながら言った。

「ポーションは飲みすぎても痛風にはならない。だが、お前のビールは……美味すぎるのが罪だな」

「そうですね。これからは『健康診断』という概念をパーティーに導入しましょう」

「けんこうしんだん? また新しい魔法か?」

「いえ、もっと恐ろしい、現実を突きつけられる儀式です」

 ユウマは笑いながら、全員に水を配った。

 ビールの美味しさは、その背後にある「健康」という名の綱渡りの上に成り立っている。それを身を以て知った一行は、少しだけ大人になった。

「よし! 次の街に着いたら、まずは野菜中心の生活だな!」

 勇者が力強く宣言した。

 しかし。

 その日の夜。

「……リリィさん、何やってるんですか?」

 野営の焚き火。ユウマが振り返ると、そこにはコソコソと樽の栓を開けようとする聖女の姿があった。

「……だって、一杯だけ。一杯だけなら、きっと腹筋で相殺(キャンセル)できる気がするんです!」

「できません」

 さらに隣では。

「アレク……。岩陰はどこだ?」

「俺は…勇者だ!鎮まれ俺の右足!!」

 学習能力よりも、アルコールへの渇望が勝る。

 

「えーと、健康診断が楽しみですね」




今回の登場ビール設定メモ
• アイアン・ラガー
• 特徴: 喉越し特化型。キンキンに冷やすことで真価を発揮する。
• バフ: 物理攻撃力・防御力の向上。
• デバフ: 激しい利尿作用。
• ピュア・ゼロ・エール
• 特徴: 糖質・プリン体カット。身体に優しい(はずの)一杯。
• バフ: 精神安定。魔獣の鎮静化。
• ユウマのつぶやき: 「物足りないって言われるのが一番辛いんですよね、これ」
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