「ポーションより、とりあえず一杯」 作:高校ジャージ10年目
勇者一行はついに王都へと帰還した。
魔王軍四天王を二体も撃破するという快挙を成し遂げた彼らを待っていたのは、鳴り止まない喝采と、王宮での盛大な晩餐会……のはずだった。
しかし、一行が通されたのは豪華な謁見の間ではなく、王宮の地下深くにある「魔力解析室」。
そこで彼らを待っていたのは、眼鏡をかけた神経質そうな老魔導師、王宮筆頭医術師のシルヴィウスであった。
「……勇者アレク殿。そして聖女リリィ殿、騎士ガレス殿。皆さんの戦果は聞き及んでおります。しかし、前線からの報告書に気になる記述が多すぎる」
シルヴィウスは分厚い羊皮紙を叩きながら、冷徹な声で言った。
「『勇者が足の指を押さえて悶絶』『騎士が戦闘中に何度も岩陰へ失踪』『聖女の法衣が物理的に限界を迎えている』……。これは魔王軍の呪いか、それとも新型の精神攻撃か。王命により、皆さんの身体を徹底的に精査させていただきます」
こうして、異世界史上初の「健康診断」が幕を開けた。
「ユウマさん……これ、絶対やばいですよ」
アレクが青い顔でユウマの袖を引く。
「逃げられませんよ。これもまた、プロの冒険者としての『管理』ですから」
ユウマは一人、余裕の表情で腕を組んでいる。彼は前世で、前日の夜から絶食し、バリウムを飲んでグルグル回される地獄を何度も経験してきた猛者だ。
「それでは第一検査。魔力共鳴式・体内組成分析……要するに『身体測定』を開始します。まずは聖女殿から」
リリィが震えながら、魔導回路が刻まれた円盤の上に乗る。
シルヴィウスが杖を振ると、円盤から青白い光が放たれ、リリィの全身をスキャンした。空中に、彼女の身体データが数値化されて浮かび上がる。
「……ほう。リリィ殿、三ヶ月前のデータと比較して、体重がプラス五キロ。特に『腹部魔力貯蔵量(中性脂肪)』が異常値を示しています。これは……まさに『豊穣の女神』も驚きの成長ぶりですな」
「ひ、ひぃぃぃっ! 公開処刑です! 聖女のプライバシーを侵害していますっ!」
「さらに、血中の糖分濃度も高い。お菓子を控えていると言いながら、実際には『液体状の麦の菓子』を大量に摂取している疑いがある。聖女にあるまじき数値です。明日から一ヶ月、王宮地下墓地での断食修行を推奨します」
リリィはその場に泣き崩れた。
続いて、騎士ガレスが測定台に乗る。
「ガレス殿。筋肉量は申し分ないが……いかんせん、腎臓周辺の魔力回路が酷使されている。利尿魔法でも浴びたのか? 常に『排出』の準備が整いすぎていて、膀胱の弾力性が限界に近い」
「ううっ……それは、その、戦術的な理由で……」
「そして最後。勇者アレク殿」
シルヴィウスの眼鏡が、キランと光った。
アレクが台に乗ると、空中の数値が真っ赤に染まった。アラート音が部屋に鳴り響く。
「なっ……なんだこれは! 血液中に、目に見えるレベルで『尿酸の結晶』が析出している! まるで体内に小さな剣が数千本浮いているようなものだ。これでは、歩くたびに激痛が走るのは当たり前。医学的に言えば、君は今すぐ車椅子に乗るべきだ」
「車椅子の勇者なんて、吟遊詩人に歌われないだろ!」
「やかましい! このまま放置すれば、君の腎臓は魔王の心臓より先に停止するぞ。原因は明らかだ。……おい、そこの青年」
シルヴィウスの鋭い視線がユウマを射抜いた。
「お前がこの者たちに与えていた『黄金色のポーション』。あれを持ってこい」
ユウマは冷静に、荷馬車から小樽を取り出し、ジョッキに注いで差し出した。
「どうぞ。最新作の『キング・ピルスナー』です」
部屋中に、爽やかでいて重厚なホップの香りが充満する。
シルヴィウスは眉をひそめながらも、鑑定魔法をかけつつ一口啜った。
「……むっ」
老魔導師の動きが止まる。
二口目、三口目。彼は無言で飲み干した。
「……シルヴィウス様?」
助手の魔導師が心配そうに声をかける。
沈黙の後、シルヴィウスは震える手で空のジョッキを見つめた。
「……何ということだ。この喉越し……そして、体内を駆け抜ける魔力の奔流。これほどの純度を持った『快楽』を、私は医学の書物ですら見たことがない。これはもはや、薬学の域を超えた……芸術だ」
「でしょう?」
ユウマが不敵に笑う。
「だが! だからこそ危険なのだ!」
シルヴィウスは再び机を叩いた。
「この液体は、あまりにも完璧すぎる。身体が、細胞が、これを求めすぎるのだ。その結果、人間としての理性を失い、プリン体と糖質の濁流に身を任せてしまう。勇者パーティーがこれほどまでにボロボロなのは、この『美しき猛毒』に依存した結果だ!」
アレク、リリィ、ガレスの三人は、図星を突かれてうつむいた。
「よろしい。私が直々に『健康改善計画』を作成する。今日から一週間、勇者一行は酒を禁じ、野菜と白湯のみの生活を送れ。ユウマ、お前の樽はすべて没収……と言いたいところだが、成分分析のために私が預かる」
「……先生、今ちょっと目が泳ぎませんでした?」
「気のせいだ。とにかく、禁酒だ!」
禁酒生活二日目。
王宮の宿舎は、静まり返っていた。
「……ユウマさん、死にそうです」
アレクが、しなびたレタスを噛み締めながら呟く。
「足の痛みは引きましたけど、心に大きな穴が開いたみたいです。魔王を倒したあとの虚脱感よりもひどい。世界がモノクロに見えます……」
「我慢してください。尿酸値を下げないと、次の戦場で本当に動けなくなりますから」
隣では、リリィが白湯を飲みながら虚空を見つめていた。
「……白湯。ただの、熱い水。これが、私の人生のすべてだというのですか……。昨日の夜、夢を見たんです。黄金色の海で、泡の精霊と一緒に踊る夢を……」
「末期症状ですね」
ガレスに至っては、騎士の誇りもどこへやら、空になったユウマの樽をクンクンと嗅いで回るという、不審者一歩手前の行動に出ていた。
そんな時、部屋の扉がノックされた。
現れたのは、昨日の厳格な医術師、シルヴィウスだった。
しかし、彼の様子がおかしい。眼鏡は歪み、白衣にはビールの飛沫(?)が飛んでいる。そして、その手には何故か、ユウマから没収したはずの樽があった。
「……先生、どうしたんですか、その姿」
「ユウマくん。……緊急事態だ」
シルヴィウスは震える声で言った。
「没収した酒を、王に報告するために運んでいたのだが……途中で、王宮親衛隊の連中に見つかってしまった。彼らもまた、戦場での噂を聞いていたのだ。そして……」
シルヴィウスが背後の廊下を指差す。
そこには、武装を解除し、陶酔した表情で床に転がっている親衛隊員たちの姿があった。
「……解析のために一口与えたら、この有り様だ。彼らは今、『これがないと城の警備はできん!』とストライキを起こし始めている。さらには、情報を聞きつけた王妃様までが『美肌に効く泡を寄越せ』と騒ぎ出しており……」
「王都、崩壊してるじゃないですか」
「このままでは、勇者が魔王を倒す前に、私の胃に穴が開いて死ぬ。ユウマくん……助けてくれ。医学的に、この事態を収拾する方法はないのか!?」
ユウマはため息をつき、立ち上がった。
前世の社畜時代、無茶な要求をするクライアントと、現場の暴走を何度も仲裁してきた経験が、今こそ試される時だ。
「……先生。医学的に解決しようとするから無理なんです。これは『マネジメント』の問題です」
「マネジメント……?」
「要するに、ルールを決めるんです。飲み過ぎるから病気になる。ならば、健康的に飲める仕組みを作ればいい」
ユウマはシルヴィウスから樽を取り返し、手際よく数杯注いだ。ただし、今回はそのままではなく、ある「工夫」を施した。
「これは……?」
差し出されたジョッキを、アレクたちが奪い合うように受け取る。
「『ハーフ&ハーブ』です。ビールの量を半分にし、代わりに肝臓の働きを助ける薬草の抽出液と、炭酸水で割りました。アルコール度数は低く、しかし風味は損なわない。……そして、これを飲む条件は一つ。一日の終わりに、規定量の野菜を摂取し、十キロの走り込みを行うこと」
アレクが一口飲む。
「……美味い。……けど、物足りない!」
「その『物足りなさ』が、明日への活力になるんです。全部満たされちゃダメなんですよ、人間は」
シルヴィウスも、その一杯を口にした。
「……なるほど。これなら内臓への負担も少なく、魔力の昂りも適正範囲に収まる。……ユウマくん、君は医術師に転向する気はないか?」
「お断りします。俺はただのビール好きの会社員ですから」
一週間後。
再検診の日。
「……驚いた。勇者の尿酸値が、正常範囲まで劇的に低下している。聖女の腹部魔力貯蔵量も適正化され、騎士の膀胱もかつての柔軟性を取り戻している」
シルヴィウスは満足そうに診断書を閉じた。
「勇者一行。君たちの『健康診断』は合格だ。……ただし」
シルヴィウスはニヤリと笑い、自分のデスクの下からマイジョッキを取り出した。
「これから、王宮医術局公認の『適量摂取講習会』を行う。講師はユウマくんだ。……さあ、準備はいいかね?」
「「「はいっ!!」」」
こうして、勇者一行は再び戦場へと向かう準備を整えた。
彼らの腰には、新しいルールが刻まれた。
「一杯目は命の泉、二杯目は力の源、三杯目は地獄の門」
それを合言葉に、彼らは再び歩き出す。
魔王との決戦の日は、まだ遠い。なぜなら、適量を守りながら旅をするのは、魔王を倒すよりもずっと難しい修行なのだから。
一方、魔王城。
「……届かぬ。王都から、あの『黄金の液体』の新作が届かぬぞ」
魔王ディアヴォロは、イライラと爪を噛んでいた。
「魔王様、どうやら王都で『健康診断』なる儀式が流行っているらしく、輸出制限がかかっているようで……」
「おのれ、健康診断……。人類め、卑劣な術を使いおって……!」
魔王軍が次に狙うのは、聖剣でも王都でもなく、「ユウマの健康管理プログラム」になることを、彼らはまだ知らない。
」
今回の登場ビール設定メモ
• キング・ピルスナー
• 特徴: 王宮にふさわしい、最高級の原料を使用した王道のラガー。
• バフ: 全ステータスの一時的な大幅向上。
• デバフ: 依存性が極めて高く、禁酒時の精神的ダメージが甚大。
• ハーフ&ハーブ(健康管理Ver.)
• 特徴: 薬草の苦味をホップの香りで包み込んだ、身体に優しい一杯。
• バフ: 疲労回復加速、肝機能向上。
• ユウマの格言: 「物足りなさが、最高の調味料です」