「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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六話目です。よろしくお願いします。


第六話:至高のペアリングと、罪深き揚げ物

 エルフの里を後にした勇者一行は、王都へ続く大街道の宿場町に滞在していた。

 エルフの「超低アルコール・ビール」で心身ともに(無理やり)デトックスされたアレクたちは、かつてないほど健康だった。健康すぎて、欲望が限界まで煮詰まっていた。

「……なぁ、ユウマ。俺、もう我慢できねぇよ」

 宿屋の談話室。アレクが震える手で机を叩いた。

「ビールはいい。お前の造るビールは最高だ。だがな……この宿の飯を見てくれ」

 机の上に並んでいるのは、パサパサの黒パン、薄味の野菜スープ、そしてカチカチに乾燥した塩辛い干し肉だ。異世界の冒険者にとっては標準的な食事だが、今の彼らにとっては苦行に近い。

「この素晴らしい『アンバー・エール』に対し、この干し肉はあんまりだ! 歯が折れるほど硬い肉を噛み締めながら、せっかくの芳醇なコクを流し込む……。これはビールに対する冒涜じゃないのか!?」

 騎士ガレスも深く頷く。

「左様。ユウマ殿、贅沢は言わぬ。だが、この喉越しを受け止める『相棒』が欲しいのだ。……例えば、その、もっとこう……脂ぎっていて、塩気が強くて、罪悪感の塊のような何かが!」

「……わかりました」

 ユウマは静かに立ち上がった。その瞳には、かつて金曜日の夜に新橋のガード下で「最高の最初の一杯」を求めて彷徨っていた頃の、鋭い光が宿っていた。

「正直、俺も限界でした。ビールが『主役』なら、料理はそれを輝かせる『最高の舞台』であるべきだ。……皆さん、厨房を借ります。今日は異世界の食材で、現代日本の『居酒屋の知恵』を再現します」

 ユウマは宿屋の主人に金貨を握らせ、厨房の占有権を得た。

 彼が用意したのは、この地域の森で獲れたばかりの『ワイルド・チキン』の肉、そして『マウント・ポテト』、さらに魔界に近い市場で仕入れた謎の香辛料だ。

「リリィさん、手伝ってください。聖級の浄化魔法で、この肉の臭みを極限まで消し、代わりにこの香辛料を『浸透魔法』で芯まで染み込ませるんです」

「えっ!? 私の聖なる魔力を、料理の下ごしらえに使うのですか!?」

「これは救済です。味覚の迷い子たちを救うための、立派な儀式ですよ」

「……わかりました。やります!」

 聖女の魔力によって、鶏肉は細胞レベルでスパイスと調和した。

 次にユウマは、大量の『ラード(魔豚の油脂)』を大鍋で熱した。バチバチと跳ねる油の音。それは、戦いの始まりを告げる太鼓のようだった。

「いいですか、アレクさん。これから俺が作るのは、ビールの永遠の恋人……『唐揚げ』、そして『フライドポテト』です」

 ユウマは秘伝の配合(小麦粉に微量のビールを混ぜた衣)を纏わせた肉を、高温の油に投入した。

 シュワァァァッ!! という、全人類を陶酔させる音が厨房に響き渡る。香ばしい、あまりにも暴力的な食欲をそそる香りが宿屋中に広がった。

「な、なんだこの香りは……。鼻腔を突き抜け、胃袋を直接掴んで揺さぶられるような……!」

 談話室で待機していたアレクとガレスが、犬のように鼻をヒクつかせながら厨房を覗き込む。

「はい、お待たせしました。本日のペアリング・セットです」

 運ばれてきたのは、黄金色に輝く『ピルスナー』と、山盛りの唐揚げ、そしてカリカリに揚げられたポテトだ。

 唐揚げの表面には肉汁が浮き出し、見るからに熱々でジューシー。ポテトには、エルフの里で分けてもらったハーブソルトが惜しみなく振りかけられている。

「……いただきます」

 アレクが、我慢できずに唐揚げを一つ、口に放り込んだ。

 ――サクッ。

「あふっ、熱っ……! でも、なんだこれ……噛んだ瞬間、肉汁が……聖女の加護を受けた肉汁が、爆辞のように溢れ出してくる……!」

 そしてアレクは、すかさず冷えたピルスナーを流し込んだ。

 ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ……。

「……ぷ、ぷはぁぁぁぁぁぁっ!!!!! 天国だ! ここに天国があったぞユウマ!!」

 アレクは天を仰いだ。

「脂の旨味を、ビールのキレが完璧に洗い流していく! そして洗われた口が、再び脂を欲する! この……この終わりなき円舞曲(ロンド)! 止まらん、一杯じゃ足りん!」

「次はこっちです。ポテトをどうぞ」

 ガレスがポテトを数本まとめて口に運ぶ。

「……っ! この塩気! そして芋の甘み! これをアンバー・エールで追いかけると……。くっ、アンバーのコクが芋の風味を引き立て、芋がアンバーの苦味を優しく包み込む。……ユウマ殿、これはもはや外交だ。王国と帝国の百年戦争が、このジョッキの中で和解した!」

「私も……私も我慢できません!」

 リリィも、ダイエットの誓いをかなぐり捨てて唐揚げに食らいついた。

「……はふ、はふっ。……美味しい……。魔力を使っても届かなかった『多幸感』の極致がここにあります……。あぁ、ビールが……ビールが喉を鳴らして喜んでいます!」

 宴は最高潮に達した。

 だが、ユウマはそこで終わらなかった。

「……真の至高のペアリングは、ここからです」

 彼が出してきたのは、真っ黒な液体がなみなみと注がれた『インペリアル・スタウト』。アルコール度数は高く、チョコレートやコーヒーのような濃厚な香りがする。

「……黒ビールか。これには何を合わせるんだ? さすがに揚げ物は重すぎるだろ」

 アレクが不思議そうに聞く。

 ユウマが卓上に置いたのは、小さな白い塊だった。

「『ブルー・ゴートチーズ(青カビの山羊チーズ)』の蜂蜜がけ……に、少しだけ黒胡椒を振ったものです」

「チーズ? 酒のつまみとしては定番だが……」

 ガレスが半信半疑で、チーズを一口、そしてスタウトを一口。

 その瞬間、彼の時間が止まった。

「……バカな」

「ガレス様?」

「……何だ、これは。チーズの強烈な癖と塩気が、蜂蜜の甘みと出会い、それをスタウトの重厚な苦味がすべて抱き止める。……口の中で、銀河が爆発したような感覚だ。……さっきの唐揚げが『最高の祭り』なら、これは『大人の禁断の恋』だ」

「表現がポエムになってますよ、ガレスさん」

 ユウマは苦笑いしながらも、自分も一杯煽った。

 そう、ビールは単なる飲み物ではない。

 合わせる料理によって、勇者にも、聖女にも、そして魔王にすらなれる変幻自在の芸術なのだ。

 しかし、幸せな時間には必ず「代償」が伴う。

 翌朝。

「……お腹が、重いです……」

 リリィが、法衣のウエスト部分を悲しそうに見つめていた。

「昨日、あんなに『引き算』の美学を学んだのに……。揚げ物の『足し算』には勝てませんでした……」

「……あいたたた。指は痛くない。だが、胃が……胃が『もう脂を受け付けん』と悲鳴を上げている……」

 アレクも、布団の中で丸まっている。

「皆さん、それが『ペアリング』の罠です。美味すぎる組み合わせは、自制心を破壊する。……さて、今日の朝食は、エルフの里で習った『デトックス・スープ』ですよ。しっかり飲んで、次の街まで走り込みます」

「「「えぇぇぇ……」」」

 勇者一行の悲鳴が、宿場町に響く。

 だが、彼らの顔には、どこか満足げな色が浮かんでいた。

 一方、その頃。

 魔王城の一角では、一人の偵察兵が魔王ディアヴォロに報告をしていた。

「……魔王様。例の醸造師が、新たな『兵器』を開発した模様です」

「ほう、今度はどんなビールだ?」

「いえ……ビールを百倍美味くする『揚げた肉』と、中毒性の高い『黄金の細長い棒』です。これを与えられた人間は、皆一様に『もうこれ無しでは生きていけぬ』と涙を流し、運動能力を著しく低下させて自堕落な生活に陥るとか……」

 魔王は静かに玉座から立ち上がった。

「……恐ろしい男だ。力で屈服させるのではなく、胃袋から人類を支配するつもりか。……よし、その『揚げた肉』とやら、一刻も早く確保せよ。……毒見は、我が直々に行う」

 世界を救うはずの至高のペアリングは、知らず知らずのうちに魔王軍の軍事バランスすらも、油と塩気で揺るがし始めていた。

 

 




今回の登場ビール設定メモ
• アンバー・エール
• 特徴: カラメル麦芽の香ばしさと、程よいコク。
• ペアリング: 揚げ物全般、特に香辛料の効いた肉料理。
• バフ: 食欲増進、士気向上。
• インペリアル・スタウト
• 特徴: 真っ黒で濃厚。高アルコール。
• ペアリング: 癖の強いチーズ、チョコレート、ドライフルーツ。
• バフ: 精神の深遠化(ただし、酔いも深遠になる)。
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