「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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八話目です。よろしくお願いします。


第八話 氷の魔女と、絶対零度の熱交換(中編)

 「……0.001度。今、私の聖域の温度が0.001度上昇した。許せない。この熱学的冒涜、計算式の汚染……万死に値するわ」

 氷の魔女セラフィナは、先ほどまでの「フローズン・ビール」への感動で潤んでいた瞳を、一瞬でどす黒い「計算狂の殺意」へと変えた。彼女にとって、熱とは「秩序を乱すノイズ」以外の何物でもない。

 館の壁を突き破って現れたのは、魔王軍四天王が一人、灼熱のボルカノ。全身が溶岩のように赤黒く脈打ち、彼が一歩踏み出すごとに、セラフィナが数百年かけて維持してきた精密な氷の床が、無残にもジュウジュウと音を立てて蒸発していく。

「ガハハハ! 氷の魔女よ、貴様のケチな冷蔵庫ごと一緒に溶かしてやろう! このボルカノの熱気、耐えられるかな!?」

「黙りなさい、この歩く粗大ゴミ。あなたの存在自体が熱力学第二法則の悪い冗談なのよ」

 セラフィナが杖を振る。だが、ボルカノの放つ圧倒的な熱量は、彼女の氷結魔法を届く前に「昇華」させてしまう。周囲の温度は急上昇し、ユウマの大切な樽からも「ミシッ」と不吉な音が聞こえ始めた。

「まずい! ユウマさん、ビールが……ビールが煮えてしまいます!」

 リリィが悲鳴を上げる。

「……私の……私の完璧な温度管理下にある被検体(ビール)を、そんな下品な熱で汚さないで!!」

 セラフィナが叫ぶが、相性が悪すぎる。氷は熱に溶ける。それがこの世界の理だ。ボルカノの炎が渦を巻き、一行を飲み込もうとしたその時――。

「セラフィナさん、落ち着いて! 魔法の出力を上げるんじゃない、『相(そう)』を変えるんだ!」

 ユウマが叫びながら、樽の影から身を乗り出した。

「相……? 何を言っているの、この醸造師(素人)は!」

「氷で冷やすから溶かされるんです。いいですか、ビール造りで一番大事なのは『熱交換』だ。……ボルカノの熱を、逆に利用して『気化熱』で冷やすんですよ!」

 ユウマは前世の知識――クーリングタワーやヒートポンプの原理を頭に描きながら、セラフィナに指示を飛ばす。

「あなたの魔力で、この周囲の水分を一気に蒸発させてください! ボルカノの熱を『燃料』にして、蒸発する時のエネルギーで周囲から熱を奪うんだ。……いわば、魔法による『強制冷却サイクル』です!」

 セラフィナの回転の速い脳が、ユウマの言葉を瞬時に数式へ変換した。

「……なるほど。氷を『ぶつける』のではなく、相手の熱を『奪うためのトリガー』として使う……。熱を敵にするのではなく、冷却システムの動力源にするというのね。……面白い、その理論、採用するわ!」

 セラフィナが杖を地面に突き立てる。

 彼女が放ったのは、氷の礫ではない。霧のように細かい「魔法の冷却媒体」だった。

「演算開始。ボルカノの熱量を定数Aとし、蒸発潜熱による冷却効果を関数Xと定義。……消えなさい、熱源体。私のビールの温度を下げなさい!」

 ボルカノが放った巨大な火球が、一行に届く直前。

 シュアァァァァァッ!! という凄まじい音が響き、真っ白な水蒸気が爆発的に広がった。

「なっ……何事だ!? 攻撃が……熱が吸い取られていく!?」

 ボルカノが驚愕する。彼が熱を放てば放つほど、セラフィナの魔法回路がその熱を「冷却エネルギー」へと変換し、周囲の温度を劇的に下げていく。

 それはまさに、魔法と科学のハイブリッドによる「絶対零度のヒートポンプ」だった。

「今です、アレクさんこれを!キンキンに冷え切ったやつを、一発!」

「おうよ! 身体が……身体が今、最高に『冷え』を求めてるぜ!!」

 ユウマが、超高圧で冷却されたばかりの『スーパー・ラガー』をアレクの口に流し込む。

 氷点下数度。極限まで冷やされたビールがアレクの喉を通り抜けた瞬間、彼の聖剣に「冷気」のエンチャントが宿った。

「奥義……アイスコールド・スラッシュ!!」

 一閃。

 熱を奪われ、分子運動が停止しかけていたボルカノの身体が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。

「……バカな……。俺の熱が……ビールの……冷却材に……」

 四天王の一角が、文字通り「冷え固まって」消滅した。

 戦いが終わり、静寂が戻った。

 セラフィナの館はボロボロになったが、彼女はそんなことは気に留めていない様子で、ユウマが作った「即席冷却装置」の魔法回路を凝視していた。

「……信じられない。熱を排除するのではなく、循環させるなんて。……ユウマ、と言ったかしら。あなたの頭の中、一度解剖していい? その『物理法則(チート)』の出所を突き止めたいわ」

「勘弁してください。それより、約束の『魔法の冷蔵庫』、作ってくれますか?」

 ユウマが提案したのは、セラフィナの氷結魔力の一部を封じ込めた、小型の魔導冷具だった。

「……いいわ。ただし、条件があるわ」

 セラフィナが、少し頬を赤らめ(冷気によるものではない)、早口で言った。

「その冷具、私が定期的に『メンテナンス』と『データ回収』をする必要があるわ。つまり、私もあなたたちのパーティーに同行し、常にビールの温度変化を観測し続けなければならない……。これは学術的な調査であって、決して、決してあの『みぞれビール』を毎日飲みたいからじゃないから。勘違いしないでちょうだい、この不純物!」

「……えーと、つまり仲間になりたいってことか?」

 アレクが苦笑いする。

「黙りなさい、脳筋! あなたの呼気だけで周囲の温度が0.2度上がるのよ、不快だわ! 近寄らないで!」

 こうして、一行には「氷の魔女」という名の、非常に気難しくて理屈っぽい、しかし最強の『冷却担当』が加わることになった。

 数日後。灼熱の回廊を再び歩く勇者一行。

 だが、今の彼らに暑苦しさはない。

「ぷはぁーっ!! やっぱこれだよ! 砂漠の真ん中でマイナス2度のビールが飲めるなんて、最高に贅沢だぜ!」

 アレクが、セラフィナお手製の魔導ジョッキを掲げる。

 その隣で、セラフィナは難しい顔をして魔法計器を眺めていた。

「……アレク、飲むペースが速いわ。嚥下時の振動でビールの液温が0.5度上昇している。もっと静かに、物理法則に敬意を払って飲みなさい」

「固いこと言うなよセラフィナ。美味いのが一番だろ?」

「その『美味い』の裏には、完璧な熱交換の計算があるのよ! この単細胞!」

 ユウマは、喧嘩を始める二人を見ながら、荷馬車の揺れに身を任せていた。

 氷の魔女が仲間になったことで、ついに「物流」の問題が解決した。どこへ行っても、最高の状態でビールを提供できる。

 勇者一行の旅は、セラフィナという新しい「変数」を加え、さらに賑やかに(そして騒がしく)続いていく。

 

 

一方、魔王城。

「……ボルカノまで敗れたか。しかも、氷の魔女と醸造師が手を組んだだと?」

 魔王ディアヴォロは、報告書を握りつぶした。

「……最強の熱源を冷却材に変えるとは。その男、ただの人間ではないな……。よし、次の刺客には、酒に一切の興味を持たぬ『禁欲の騎士』を向かわせろ」

 魔王軍の対策が、次第に「対ビール戦術」へと特化していくことを、ユウマたちはまだ知らない。

 




今回の登場ビール設定メモ
• スーパー・ラガー(氷点下抽出Ver.)
• 特徴: セラフィナの魔力により、過冷却寸前まで冷やされたラガー。
• バフ: 「氷属性」の付与。精神の鎮静化。
• セラフィナの評価: 「熱力学的に見て、ほぼ完全な美しさね。……おかわりを要求するわ」
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