「ポーションより、とりあえず一杯」   作:高校ジャージ10年目

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九話目です。よろしくお願いします。


第九話:氷の魔女と、絶対零度の熱交換(後編)

 灼熱の四天王ボルカノを、無理やり「巨大な保冷剤」として再利用し粉砕してから数日。一行は王都へ続く涼しい街道を進んでいたが、そこには以前のようなのどかな宴の風景はなかった。

「……ガレス。今、そのジョッキを右手に持ったわね? 万死に値するわ」

 氷の魔女セラフィナが、眼鏡をキラリと光らせて鋭い声を放つ。

「な、なんだというのだセラフィナ殿! 私はただ、この至高の一杯を喉に流し込もうとしただけで……」

「あなたの手のひらの温度は36.5度。それがガラスを伝わってビールに熱を運んでいるのよ。私の精密な演算によれば、その保持時間で液温が0.02度上昇したわ。不潔よ! 今すぐその右手を切り落として、私が作った特製アイス・サイボーグ義手に替えなさい。そうすれば永久に0度を保てるわ」

「怖すぎるだろう!? ビール飲むために身体を改造してたら、騎士の前に人間を辞めることになる!」

 ガレスが必死に盾(と自分の手)を守るように身を引くが、セラフィナの追撃は止まらない。

「アレクもよ! あなたのその『ぷはーっ』という吐息。その熱風がジョッキの表面を掠めるだけで、炭酸の溶存量に影響が出るの。飲むなら真空地帯で飲みなさい。計算が狂うじゃない」

「リリィ! あなたは飲む速度が遅いわ。一口ごとに私の魔法で冷却し直さなきゃいけない私の手間を考えたことがあるの!? あなたの胃袋を直接冷凍保存してあげましょうか!?」

「ひぃぃっ! 聖女が冷凍食品になっちゃいますぅ!」

 そう、セラフィナは極度の**「キンキン信者」であると同時に、自分の設定した温度を乱す者を許さない「熱管理の鬼」**だったのだ。

「……ユウマ殿、頼む! 助けてくれ!」

 ガレスが涙目でユウマに泣きつく。

「セラフィナ殿が加わってからというもの、ビールは確かに最高に冷えていて美味い。だが、彼女の視線が冷たすぎて、別の意味で凍え死にそうだ! 私は、もっと……もっとこう、人間らしく、豪快に『あー美味い!』と叫びながら飲みたいのだ!」

 ユウマは苦笑しながら、手元の図面をセラフィナの前に広げた。

「セラフィナさん、落ち着いて。ガレスさんの言う通り、飲む側が緊張してちゃ味も半分ですよ。……これを見てください。故郷の英知『真空二重断熱構造』の魔法版です」

「……何よこれ。ジョッキの中に、もう一つジョッキがある……不潔な二重構造ね」

「違います。この間の空間を、セラフィナさんの魔力で『絶対真空』にするんです。そうすれば、ガレスさんの手の熱も、アレクの熱い吐息も、ビールには一切届かない。……つまり、彼女の魔法を常に維持しなくても、ビールの温度は物理的に固定される。これぞ、完璧な独立系冷却システムです」

「……! 魔法を『ぶつける』のではなく、外界から『隔離』するのね。……不潔なほど合理的だわ。演算開始!」

 理屈(と効率)さえ通れば、セラフィナの行動は光より速い。

 彼女はすぐさま、ガレスたちのジョッキに「魔導断熱コーティング」を施し始めた。

 その夜、焚き火を囲んでの宴。

 新しく生まれ変わった「魔法の断熱ジョッキ」を手に、ガレスが豪快にビールを煽った。

「うおおおおお!! 冷たい! 焚き火の目の前にいるのに、最後の一口まで雪解け水のようにキンキンだ! そして、ジョッキを握っている手は全然冷たくない! これだ、これこそが私が求めていた『騎士の休息』だ!」

「でしょ? セラフィナさんの魔法と、俺の知識の合わせ技です」

 ガレスがガハハと笑いながら、セラフィナにジョッキを差し出す。

「セラフィナ殿! 貴殿の魔法は確かに凄まじい。……どうだ、そんなに温度計ばかり睨んでいないで、貴殿もこの『完璧な状態』を共に楽しもうではないか!」

「……ふん。私は自分の計算が正しいことを証明したいだけよ。あなたが喜ぶかどうかなんて、私の数式の『端数』に過ぎないわ」

 そう言いながらも、セラフィナは差し出されたジョッキを受け取り、一口飲んだ。

 ――シャリリッ。

 彼女の魔法とユウマの構造が、喉を最高の刺激で愛撫する。

「…………。……。0.1度くらいの温度上昇なら、今の賑やかさの『必要経費』として計上してあげてもいいわ。……不純物(仲間)がいる環境下での熱力学も、研究対象としては……悪くないわね」

「ツンデレだ……。教科書通りのツンデレ魔女だ……」

 ユウマがボソッと呟く。

「何か言ったかしら、醸造師くん?」

「いえ、今夜の月はマイナス10度くらいに見えて綺麗だな、って褒めたんですよ」

「意味不明よ。……でも、悪くないわ」

 ガレスの笑い声と、セラフィナの小言。

 凸凹な一行を乗せた馬車は、キンキンに冷えたビールを揺らしながら、王都への道を陽気に進んでいく。

 しかし、平和な一行の背後には、魔王軍が放った「ビールを愛する者への最大の刺客」が、音もなく迫っていた。

 

 




今回の登場ビール設定メモ
• 魔法の断熱ラガー
• 特徴: セラフィナの「絶対零度魔法」を真空断熱で閉じ込めたジョッキで提供。
• 効果: 砂漠でも焚き火の横でも、1時間はキンキンを維持。
• ガレスの一言: 「セラフィナ殿の魔法があれば、もはや盾を凍らせて敵を殴ることもできるのではないか!?(怒られた)」
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