ハーメルンで、まのさばの原作キャラ成り変わりものが1つもなかったので自給自足です。
第1話 惨劇のあとで
頭をかち割った。死んだ。間違いなく殺した。自分がやったということに衝撃も後悔も罪悪感もなかった。
だが、余りにも勢いよく殴ったためか、足元がおぼつき、頭から床に落ちてしまった。少女は倒れた。万が一相手が生きていたら殺されていただろう。
本来なら彼女、橘シェリーの犯した事件は闇に葬られ、心を知らない怪物のまま長い間苦しむことになるはずだった。
だから、それはほんの僅かな運命のいたずらだった。
血の匂いが、やけに甘い。
そう思った瞬間、意識が途切れた。
――目覚めたとき、見慣れない天井が視界を塞いでいた。
白い。清潔だ。血の染みがない。
それだけで、どこにいるのかが分からなくなった。
2025年7月17日、俺は死んだ。
あっけなかったと思う。
絵具の付いてないパレットを使って絵を描こうとしている、おまけに薄めるための水は僅かしかない、それくらい無意味で空っぽの人生だった。
俺は確か、コンビニ帰りの夜道を歩いていた。スマホを見ながら。信号が変わって。それから先の記憶がない。
身体を起こそうとして、手のひらが止まる。
軽い。
細い。
指が華奢だった。
視線を落とす。見知らぬ胸元。肩まで垂れた銀色の髪が、視界の端に揺れる。
俺の身体はこんなじゃない。俺の手は もっと節くれだって、傷だらけで、三十年近くの疲れが染み込んでいる。
「……誰だよ」
声が高かった。
少女の声だった。
飛び起きる。部屋の隅にあった姿見に駆け寄り、そこに映った顔を見た瞬間――背筋が凍った。
整った顔立ち。どこか自信に満ちた、口元の弧。美しく、エネルギーに溢れた瞳。
見覚えがある。
いや、「見たことがある」だ。
明日、発売予定だったゲームの公式サイト。キャラクター紹介のページ。青い髪に、全体的に青いがシャーロックホームズのような服装に虫眼鏡を携えたミステリオタクの少女
「……橘、シェリー」
名前が、勝手に口をついて出た。
脳の奥で、記憶が繋がっていく。yootubeやtweeterで時々おすすめなどに上がっていたので、申し訳程度のミステリオタクとして、攻略サイトが出る前に自力クリアしてやろうと意気込んでいた記憶がある。
タイトルは――
「魔法少女ノ魔女裁判」
明日発売のはずだった。
絶海の孤島で、十三人の魔法少女が殺し合いを強いられるデスゲーム。 ルールはどうだっけな。推理を間違えれば全員処刑。犯人なら、なおさら処刑。コンテニューなし。攻略サイトなし。全員死亡エンドあり。全員処刑はないだろうか。談合を防ぐために必要か。
そして俺は今、ゲームの外側ではなく、中にいる。
「……ふざけんなよ」
膝が震える。
俺はただの社畜だ。残業して、上司に頭を下げて、家でコンビニ弁当を食うだけの男だ。推理ゲームは好きだったが、それは命がかかったデスゲームを体験したいわけではない。
机の上に置かれた新聞に、ふと目が止まる。
日付を確認する。
2016年
高校入学が9年後だから
9年間の猶予なのか?
いや小学生で出来ることなんてたかが知れている。
中学3年間が限界だろうか。
それに主人公だったかエマかヒロの小学校なんて分からない。
でもヒロの行きそうな中学なら・・・・
「……執行猶予、か」
原作の本番は孤島が舞台だ。つまり今は、まだ始まっていない。
三年だ。準備期間が三年はある。
問題はたった一つ。
俺はこのキャラクター「橘シェリー」を演じられるのか、ということだ。
そもそも演じるかどうか。
バタフライエフェクトという言葉は有名だ。
そしてもう1つの方も。
歴史の修正力。
対になる表現だが、どちらが正しいかは分からない。今の現実が最も理解できないんだ。
どちらの考えに基づくか決めないといけない。
確かに今日目覚めるまでは橘シェリーが生きていた。
それなら、橘シェリーを無視して、原作を無視して生きることが本当に理にかなっているのだろうか。
公式サイトの紹介文は覚えている。
「自称名探偵」 「 一切道徳心を持たない 」 「 妖精さんと呼ばれている。」
イメージが沸きあがる。
名探偵という自己イメージを持ち、それに従って全てを論理のみで解決する姿。そのために世間と感覚がずれて妖精さんと呼ばれる。快活で明るそうな性格は全て嘘で、自己利益を最大化させ、そのためなら本来あるべき道徳心も無視して仲間を裏切り、切り捨てる。
俺はその真逆の人間だ。読みたくないけど空気を読む。理不尽に対してキレ散らかしたいけどのみ込む。怒鳴られれば無視したいけど謝る。上司の無茶ぶりに反論せず渋々可能な範囲で残業で応える。どこをどう切り取っても、サイコパスには見えない。
だが、逆に考えれば――「普通に振る舞う」方が危険だ。
本物のシェリーを知っている人間が、この身体の周囲にいる。彼らは「橘シェリーらしくない何か」に気づく。そこから疑念が生まれ、不信が積もり、孤島で処刑候補に躍り出る。
魔女検査があるのかもしれないが、それでもあからさまにバレるような行動をする必要はない。
今は、演じる、怪力の魔法を練習する。この身は小学生だ。養子に取られるにしても今はこの施設がシェリーにとっての世界なんだろう。
鏡の前に立ち、唇の端を持ち上げてみる。ゆっくりと、試すように。常にですます調で礼儀正しくだったっけな。
「ふふっ。私は名探偵ですからね。アンガーマネジメントも完璧なんですよ!」
ぞわり、と鳥肌が立つ。
気持ち悪い。最悪だ。
でも、通じる。この顔で言えば、通じてしまう気がした。
廊下が騒がしかった。どうやら職員たちが駆け付けたようだ。大丈夫?ケガはない?と聞いてくる
白々しい。その一言が声に出るのを抑える。
これから証拠隠滅をしようとも、間に合わないことが分からないのだろうか。一職員の死因を隠そうとしたことで、施設全体の悪事は隠せない。
隠そうとするなら必ずバラす。 どうせ魔女だとバレるなら、そのくらいは問題ないだろう。シェリーと違う選択だとしてもだ。
少しして
胸の奥に小さな棘が刺さる。
橘シェリーは?
橘シェリーは、どこへ行った?
まさか、俺が記憶喪失になった橘シェリーだというのか?考えられる。平気だと思っていたが予想以上に橘シェリーは自身の過ちに耐えられなかった。殺人をしていないと思い込もうとしている。憑依転生したときに、俺が干渉したのかもしれない。
それはいいとしても原作では彼女が一般人と成り代わる展開があるはずがない。メインシナリオからずれるだろうし、そういうゲームではないはずだ。
記憶喪失になる可能性はあったとしても後者は考えられない。オカルトは2つも3つも起きないからオカルトなんだ。
施設で、何かが起きた。甘い血の匂い。崩れ落ちる大人たち。赤黒く濡れた床。彼女は壊れる前に壊した。
そして殺され・・・かけた? だから生きている。
でも、その隙間に、俺が入り込んだ。
まるで罪を告げるように、あの甘い匂いが鼻の奥で蘇る。
それでも。
俺は、生きる。
たとえこれが原罪だとしても。
そばにあった小さな鏡を覗き込んだ。
鏡の中の名探偵は、俺を見て笑っていた。