原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第11話 君たちの沈黙を追う

 

 

 

 

探偵は足で稼ぐ。

 

そういう言い方がある。

 

俺は探偵じゃない。

 

社畜だ。

 

でも、足で稼ぐのは得意だった。稼いだところで報われないことも含めて、よく知っている。

 

放課後になると、俺は毎日だいたい同じ方向へ歩いた。

 

駅前の塾の掲示板。模試の案内。図書館の閲覧室。文化センターの張り紙。中学生がうろついていても不自然じゃない場所ばかりだ。

 

探すものは、学校名そのものじゃない。

 

偏差値。文化祭。部活。中高一貫。内部進学。送迎バス。そういう言葉が街のどこに溜まっているかを見る。ネットでも分かる。だがそれは表層情報だ。2次情報、3次情報に過ぎない。

 

条件は単純だった。

 

ヒロとエマが同じ場所にいる可能性が高い学校。

 

たぶん中高一貫。地元という地域区分だと驚くほど浮くくらいの超進学校。

 

――ただし、断言は禁止。全部仮説。

 

図書館の受付で、俺は司書に声をかけた。

 

「あのー!中高一貫校の文化祭っていつですか? 事件の匂いがするんです!」

 

司書は苦笑した。

 

でも、追い返しはしない。これが大事だ。変な子だとは思われても、本好きの子どもだと認識されていれば、情報の取れる範囲が少し広がる。

 

「文化祭?」

 

「そうそう。人が集まるところには事件が付き物ですから〜!」

 

「事件はともかく……そこのラックに学校案内のチラシがあるよ」

 

礼を言って、ラックへ行く。

 

並んでいるのは高校のパンフレットばかりだが、中高一貫は学校名で分かる。校章。制服。所在地。行事予定。ページをめくりながら、それを頭の中で並べる。

 

(ありがとう)

 

そこまで思って、やめる。

 

ありがとうのあとに、ごめんなさいが出そうになるからだ。

 

司書を使っている。

 

使っているのに、礼儀を守っている顔をしている。

 

そういうのは気分が悪い。悪いが、やめるほどの理由にはならない。

 

図書館を出ると、駅前の塾が授業終わりの時間だった。

 

制服の子たちが何人も出てくる。鞄の持ち方。歩幅。群れ方。学校が違うと、そのへんが少しずつ違う。

 

その中に、一人だけ妙に背筋の通った子供がいた。

 

背中がまっすぐ。

 

足が止まらない。

 

信号待ちでも、立ち方に迷いがない。

 

ヒロっぽい。

 

あくまで、っぽい。

 

俺は距離を取ってついていく。

 

尾行と言うほど上手くはない。でも、バレないように必死になるより、バレたときに「妖精さん」で押し切る方がまだ安全だ。

 

相手が曲がる。

 

俺も曲がる。

 

雨上がりの路地で、靴音が少し響いた。

 

角を曲がった先で、その子が振り向いた。

 

心臓が跳ねる。

 

「……誰?」

 

黒い髪。

 

鋭い目。

 

でも違う。ヒロではない。年も近いだけで別人だ。小学校のときの顔など知るはずもないがメイクをしなければ個人の面影というのは残る、だいたい変わらない。

 

俺は反射で笑って、両手を広げた。

 

「 事件の匂いを追いかけてただけですよ! 怪しい人、見ませんでした〜?」

 

相手は一歩引いた。

 

怖がっている。助かる。そこで「何だこいつ」で終われば、深追いされない。

 

「……見てない」

 

「そうですか!残念です!」

 

そこで引く。

 

無理はしない。失敗は失敗として残す。

 

近くの自販機の横にずれて、俺は小さく息を吐いた。

 

心臓がまだ速い。

 

ノートを取り出して、メモを書く。

 

『正義っぽい歩き方=ヒロとは限らない』

 

何のメモだ、と思う。幼稚だろう。

 

でも、こういう外れもいる。焦り過ぎだった。外れを外れとして積んでいかないと、街の地図ができない。

 

その日は、文化センターにも寄った。

 

廊下の掲示板に、学生向けのイベント案内が何枚も貼ってある。英語スピーチ大会。読書感想文。科学コンテスト。こういう場所に、進学校の名前はよく出る。

 

目当ては、学校名そのものというより、どの学校がどういう場に顔を出してくるかだ。

 

一枚、地域の読書イベントのチラシが目に止まった。

 

共催に、聞いたことのある学校名がある。制服の写真も載っている。紺のブレザー。校章は丸の中に線が二本。覚える。

 

(候補、一つ)

 

そのままメモする。

 

決めない。候補に留める。

 

決めた瞬間に、外れたときの傷が大きい。

 

帰り道、もう一度図書館へ戻る。

 

閲覧室の窓際には制服姿の中学生がちらほらいる。問題集を開いているやつ。寝ているやつ。文庫本を読んでいるやつ。

 

俺は棚の影からそれを眺めて、どの学校のどのタイプがここへ来るかを、ぼんやり覚える。

 

直接ヒロやエマを見つけるより前に、

 

まず街の中にある“進学校っぽさ”を覚えた方がいい。

 

歩き方。鞄の置き方。会話の量。

 

ああいうものは意外と学校で揃う。

 

 

今は外部の人間が学校内の情報を得る方法は限られている。

 

 

帰宅すると、養母が「おかえり」と言った。

 

俺は靴を脱ぎながら笑う。

 

「ただいま〜! 名探偵、今日も街を守ってきました!」

 

「街を?」

 

「はい。文化の治安を守ってきました」

 

「なにそれ」

 

養母が笑う。

 

養父もつられて笑う。

 

それで会話は終わる。

 

今日一日で、何か決定的なものを掴んだわけじゃない。でもゼロでもない。

 

情報収集は地味だ。これまでもいくつか進学校を確認したが確定はしていない。

 

遅いし、外れるし、すぐ役に立つわけでもない。

 

でも、その遅さが今の俺の猶予でもある。自分も中学生なのだから近くを歩いていても不審がられることはないだろう。

 

知らないまま牢屋敷へ行けば、たぶん死ぬ。

 

知ったところで死ぬかもしれない。

 

情報は量も質も大事だ。その優先順位は状況が決める。

 

だったら、まだ知っている方に賭けるしかない。

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