原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第15話 見張り台から見る海は真っ直ぐか(被害者:二階堂ヒロ)

 

 

 

私は、曲がったものが嫌いだ。

 

廊下の掲示物が斜めになっているのも嫌だし、係の仕事をサボるのも嫌だし、誰かを笑って傷つけるのも嫌だ。見つけると、手が先に動く。直さないまま横を通ると、喉のあたりがずっと引っかかる。私の信じる間違いは正す。

 

正しいと思っているからだと思う。だが、私の正義が正しくないなら?

 

そこまで言って、やめる。たぶん、それだけじゃない。そう思っていないと、自分の立つ場所がずれる。

 

中学に入って一週間。クラスはもう、見えない順番を作り始めていた。

 

笑い声の中心がある。中心に近いほど言葉が強い。強い言葉は、だいたい離れた席へ飛ぶ。

 

月代ユキは、最初からそこにいた。

 

誰も「いじめている」とは言わない。いじめている人間はそう思っていない。他の言葉で正当化する。それを正義だと謳う。間違った正義だ。ただ少し離れる。理由を口にした瞬間、言った側が悪く見えるからだ。正義ではないという自覚が含まれる。

 

朝のホームルームで、先生が「班で配るプリントを後ろへ回して」と言ったとき、ユキのところだけ一度流れが止まった。

 

前の席の子が手を伸ばしかけてやめる。後ろの子が「そっちから回して」と別方向へ逃がす。たったそれだけのことなのに、見ていると妙に残る。

 

エマはそのたびに、小さく笑って埋めようとする。だが笑っても、止まった流れまでは戻らない。

 

昼前、女子の一人が小さく声を上げた。

 

「え、私の髪留め……」

 

ユキの机の上に、赤いリボンが置かれていた。

 

可愛い。目立つ。すぐ分かる。だからちょうどいい。

 

「近くにいたし」

 

「さっき触ってなかった?」

 

空気が結論へ向かって走る。

 

証拠がないとか、まだ確認してないとか、そういうことは途中で消える。

 

「待ってくれ。」

 

思ったより硬い声が出た。

 

みんなの目がこっちへ寄る。

 

「誰が最後に見たのか教えてほしい。」

 

問い返された女子は、答えながら目を泳がせた。周りはその目を“怪しい”と読む。でも、私には別のものに見える。責められることそのものより、輪の中からはじかれるのが怖い顔だ。

 

エマは隣で笑っていた。空気を丸くしようとしている。でも、丸くしたところで誰も動かない。

 

「順番に確認する。まず教室を探すべきだ。」

 

誰かが舌打ちした。

 

小さい音だった。小さいのに、空気がはっきり変わる。

 

「そこまでしなくても……」

 

「“そこまで”するのが当たり前だ。」

 

言い切った瞬間、やりすぎたかもしれないと思った。

 

でも止められなかった。

 

担任は困った顔をしたまま、私の言葉に従った。机の中。ロッカー。教卓の裏。教室のすみ。探す場所はたいして多くないのに、時間だけ長かった。

 

リボンはロッカーの奥の床に落ちていた。埃がついている。

 

「ありました」

 

私が拾い上げると、教室が一瞬だけ静まる。

 

そのあと、みんな一斉に逃げ道を探し始める。

 

「……じゃあ盗んでないじゃん」

 

「紛らわしいだけでしょ」

 

紛らわしい。

 

その一言で全部を事故にする。

 

ユキは何も言わない。担任は「よかったね」で流そうとする。そこで終わらせたくなくて、私はまた口を開いた。

 

「月代さんに謝るべきです」

 

数人が顔をしかめた。

 

誰かが「疑ったわけじゃなくて」と言う。

 

「疑いました」

 

教室の空気が、今度ははっきり冷えた。

 

そのとき、エマが私を見た。

 

助けて、ではない。やりすぎないで、に近い顔だった。

 

胸の奥が少し痛む。

 

エマは優しい。優しいから、輪を壊したくない。輪を守るために、誰かが端に押し出されることも、見て見ぬふりをする。調和を重視する姿だ。

 

そこまで思案し、今は違うと切る。今はそれを整理している場合じゃない。

 

授業が再開してからも、教室の温度は戻らなかった。

 

先生が板書を始めても、みんなノートを取る手つきが少し硬い。私の方を見ないようにしているのが、かえって分かる。

 

正しいことを言ったはずなのに、居心地が悪い。そういうのは初めてじゃない。それでも私はクラスの中心だった。

 

放課後、廊下でユキを呼び止めた。窓の外は雨の色をしている。

 

「さっきは……」

 

その先が出ない。

 

謝るつもりだった。でも謝ったところで、何が変わるのか自分でも分からない。

 

ユキは小さく首を振った。

 

いい、にも見えるし、どうでもいい、にも見える。

 

「ヒロが悪いわけじゃないですよ。」

 

言ってから、軽すぎたと思う。

 

正しい言葉の形をしている。形だけが先に立っている。

 

ユキは少しだけ笑った。

 

「ヒロは正しいことをしました。」

 

それだけだった。

 

褒められたわけじゃないのは、すぐに分かった。

 

私が立ち尽くしているうちに、ユキは先に行った。追いかけるほどの距離でもないのに、追えなかった。

 

何を言うかはいくつか思いつく。他のクラスメイトならそれで済む。しかしユキは別だった。私は彼女をまだ分かっていない。なら、エマには分かるのか?

 

正しい言葉で届かないとき、どうしたらいいのか、私はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

駅前で、転んだ子を見かけた。

 

私は反射で膝をつく。鞄が開きかけていて、中身が少し出ていた。こういうのは、考えるより先に手が出る。

 

「大丈夫? どこか打った?」

 

その時だった。

 

「大丈夫ですか~!」

 

どこからか私に向けた声が聞こえた。

 

驚いて後ろを振り向く。

 

 

 

誰もいない。

 

幻聴だろうか。

 

私としたことが....疲れているのか?

 

 

 

今日、私は同じことをした。

 

正しいと思う方向へ、教室の空気ごと押した。

 

だが今日のユキの件とは違う気がした。

 

違いがあるとしたら何だ。どんな前提条件だ。

 

関係性か?

 

そこを考えかけて、やめた。簡単な答えをつけると、あとでそれに寄りかかる。

 

転んだ子は立ち上がって、小さく頭を下げた。

 

私は「気をつけて」で済ませる。

 

誰かがその横で、まだ笑っていた。

 

違う。誰もいない。

 

変わった笑い方だった。

 

誰かを助けた後だからだろうか。私とは違う、助けても相手が寄りつきすぎない。そういう計算したような笑い。

 

正しさは、たぶん便利だ。

 

便利だから、見えなくなる。

 

空を見上げる。

 

今日はそれ以上、何も言えない。

 

もうすぐ雨が降る。

 

そんな天気予報を思い出したのはしばらくしてからだった。

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