原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第17話 第2段階魔女因子検査

 

 

 

封筒は、朝のポストに入っていた。

 

白い。窓つき。差出人は長い部署名。こういう封筒は嫌いだ。嫌いだが、嫌いで済むなら苦労しない。社畜をやっていたころから、白い封筒はたいてい良くない知らせを運んでくることを何度も理解した。評価、指導、異動、未払い、催促。形だけ整った紙は、人を追い込むときほど丁寧で冷たい。

 

俺は玄関の手前で封を切った。

 

『健康診断 第二段階のお知らせ』

 

紙の上の文字は静かだった。静かすぎて腹が立つ。第一段階の結果がどうだったのかは書かれていない。再検査とも精密検査とも違う、曖昧な言い方だけが並んでいる。表向きは健康診断だ。誰も何も思わないのが普通だ。アレ、なんか数値良くなかったんだなとか食生活荒れないように気をつけよ、という感想がいいところ。気になったのは数値ではない。日時。場所。持参物。保護者同伴可。拒否した場合の注意事項。注意事項だけ少し長い。

 

養母が台所から顔を出した。

 

「どうしたの?」

「えへへ。名探偵への招待状ですよ〜!」

 

言ってから紙を振る。軽く。軽い紙のはずなのに、手応えだけ変に重い。

 

養母が近づいて、俺の手元をのぞいた。表情が少し固くなる。養父も新聞から顔を上げた。

 

「……検査?」

「学校でもやるって聞いたような」

「追加らしいです〜。人気者はつらいですねえ~!」

 

笑う。笑いながら、相手の顔色を見る。二人とも心配している。心配される資格があるのかは、なるべく考えない。考えると、たいてい余計なことを言う。橘シェリーだけでない。純粋な優しさの存在は長い間忘れていたから。

 

養父が椅子を引いた。

 

「行くしかないか・・・」

「まあ、そうですねえ。問題がなければ何事もないので! ですが結果がどうであっても楽しみです!」

 

自分で言って、少しだけ喉が乾いた。

 

行くしかない。第一段階だけで終わると思っていなかった。公式の導入では、エマたちは「魔女である可能性があると認定」されて牢屋敷へ送られる。だったら、その前に検査が段階的に進んでいてもおかしくない。むしろ、おかしくない方が困る。だが下手なやり方にも見える。もしかすると牢屋敷に行くまでに部分的に記憶を消す魔法でも使われていたりするのだろうか。

 

今後、情報を秘匿し続けられるとは断定できない。そうなれば・・・例えばもし魔法がなくなったときに、これまでの経緯を説明しなければいけない。魔女裁判が何年続いているか知らない。ただ囚人番号が皆600番代だったことを考慮すれば、単純計算で江戸時代、参勤交代の開始あたりの時期からだろうか。世界史だと大航海時代でスペインとポルトガルが主役の時代だ。

 

新大陸か。先住民になぞらえると・・・

 

やめておこう。たぶんここから先は合っていても現実を変えるための知識にはならない。

 

それよりも困るのは、これの中身だ。

 

紙を部屋へ持ち帰って、机の上に置く。ノートを開く。

 

『第二段階』

『断言はしないし、できない』

『拒否はしない。命に関わらない範囲で。』

『目的不明。選別か、監視強化か』

 

そこまで書いて、手が止まる。

 

俺の存在が、余計な差分を増やしている可能性がある。最初からずっとその感じはある。原作を知らないくせに、原作の骨組みだけはなんとなく知っていて、その骨組みに自分の重みをかけ続けている。何も触らなければまだマシだと思ってきた。でも、触らなくても世界が勝手に反応しているなら話が違う。それなのに感情が思い通りにいかないときもある。

 

(……いや)

 

そこで止める。考えすぎると、何でも自分のせいになる。そういうのは社畜時代にやり尽くした。自分が悪い、自分が遅い、自分の伝え方が悪い。便利な考え方だ。便利なぶん、最後まで搾られる。過度な自責思考は中毒になっているだけだ。中毒っていうのを文字の通り、いつの間にか全身に毒が行き渡っていて、簡単に心も体も壊す。自制心で済む問題ではない。

 

検査の日は、雨ではなかった。助かったような気もするし、天気に助けを求めている時点で終わっている気もする。

 

会場は、市の保健センターの別館だった。新しくも古くもない建物。白い壁。消毒液。床に反射する蛍光灯。こういう場所は、どこも同じ顔をしている。清潔で、やさしそうで、説明が足りない。

 

養母が受付で書類を出している間、俺は周りを見た。

 

同じくらいの年齢の子が何人かいる。制服の子も私服の子もいる。付き添いの親は、みんな少しだけ静かだ。騒ぐほどではない。でも、なんでもない顔では座れていない。壁際の椅子に座っている女の子が、自分の腕をずっとこすっている。別の男の子は、看板の文字を何度も読み直している。こっちを見るやつはいない。余裕がないんだろう。

 

受付番号を呼ばれる。

 

「橘シェリーさん」

 

さん付け。普通。普通すぎて、逆に怖い。

 

「はいはーい! 名探偵シェリーちゃんでーす〜!」

 

職員の女は少しだけ笑った。笑ったが、それ以上は乗ってこない。慣れている顔だ。変な中学生くらい見慣れているんだろう。そう考えると少し楽だ。

 

最初は問診だった。名前。生年月日。既往歴。睡眠。食欲。感情の波。急に怒ることがあるか。力加減を誤ることがあるか。自分で自分を自分だと思えないことがあるか。

 

最後の方だけ雑だな、と思った。

 

「最近、強い衝動に困ることはありますか?」

「推理欲なら常にあります〜」

「日常生活に支障が出るほどですか?」

「日常生活が推理でできていますので〜」

「……では、“はい”にしておきますね」

 

やめろ。そういう自動処理は雑に人を殺す。

 

でも、訂正しない。訂正したところで、余計な印象を残すだけだ。用紙をのぞくと、いくつかの設問には最初から選択肢が印字されていた。情動の不安定さ。他害の可能性。自己認識の揺らぎ。人間、だいたいどれかには引っかかるように作ってある。

 

次は採血だった。

 

腕を出して、看護師に駆血帯を巻かれる。皮膚の下を針が探る感じが嫌いだ。嫌いなだけで、暴れたりはしない。暴れたら終わる。俺は笑ったまま、天井の染みを見ていた。

 

「気分悪くなったら言ってくださいね」

「えへへ、大丈夫です〜。血くらい毎日抜かれてますから!」

「毎日は困ります」

 

真面目に返される。助かる。こういう人たちは、ボケに付き合ってくれない方がいい。

 

採血のあと、個室に通された。質問紙とタブレット。記号選択。図形。色。短文。反応速度。出された単語から連想するものを選ぶやつ。何を見ているのかは知らないが、知らない方が動きやすい。

 

タブレットの画面に出た。

 

『あなたは、自分の力で誰かを傷つけるかもしれないと感じたことがありますか』

 

ある。あるに決まってる。今も怖い。

 

でも、その“ある”は、この世界のシェリーの怪力に対してであって、質問紙の想定している中学生の苛立ちとはたぶん違う。違うのに、選択肢は一つしかない。そういえば、以前の検査にどこか似ている。

 

俺は中間を押した。

 

曖昧な回答は、たぶん一番嫌われる。分かっていて押す。断言しないと決めている以上、最後まで曖昧で通すしかない。

 

会場を出るとき、廊下の突き当たりに監視カメラがあった。普通の建物にもある。あるが、今日はやけに目についた。俺が見たから目についたのか、本当に増えたのかは分からない。

 

帰り道、養母はできるだけ明るく喋った。昼ごはんでも食べて帰ろうか、とか、文房具を見ていく、とか。俺はそのたびに「名探偵は緊急捜査があるので!」と笑って断った。

 

家に着いてから、バンドを机の上でしばらく見た。

 

1日30分程度でいいので1週間ほどつけておいてくれ。それが終われば捨てていいそうだ。どうやってデータ収集するのか不明だが、当然、GPS機能や監視カメラやボイスレコーダーのようなものはついていない。俺に都合が悪いものではない以上気にする必要はない。

 

外すつもりはない。俺にとっては外す方が恐ろしい。ただ、皮膚に密着していると、余計なことまで考える。

 

『第二段階』

『監視強化の兆候』

『検査は選別というより追跡に近いか。』

 

最後に一行だけ足す。

 

『俺の存在が魔法の発達をさらに早めている可能性がある?』

 

書いて、すぐ横線を引いた。断言禁止。まだ仮説だ。

 

でも、その仮説は一度書くと消えない。ノートを閉じても残るし、風呂に入ると自室に置いてきたバンドが思い出される。

 

夜、布団の中で腕を持ち上げた。薄暗い中で番号だけが少し光って見える。

 

まだ中学生だ。まだ三年ある。まだ、のはずだ。

 

その「まだ」が、信用できる二文字じゃない。

 

それが今日の検査結果だった。

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