原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第18話 力と言葉の距離感

 

 

 

 

 

 

 

怪力は便利だ。シンプルな能力だから使い方に応用力が試される。少女たちのプロフィールを思い出す。魔法か。確か発火の魔法を持っている子もいたな。紫藤アリサ、だったよな。彼女とはどこかで橘シェリーと近いモノを感じる。

 

怪力は便利だから困る。

 

この身体に入って最初のころは、とにかく分かりやすかった。重いものが軽い。鍵が安っぽい。人間の骨がどれくらい脆いか、想像だけで済ませておきたいのに、手が勝手に計算してしまう。計算しないと社会に排除される。

 

便利な力は、使わない方が難しい。

 

以前から練習はしている。だが、こうして時々腕がなまらないように練習している。何かの節に、魔女になったときに魔法が暴走してないのに、コントロール不可能になる。そんな失態は犯せない。

 

夜、養父母が寝たあと、庭へ出た。

 

ちゃんとした訓練場なんてない。そんなものがあったら逆に怖い。異世界であってここは異世界ではないのだ。小さい庭と、物置と、端に置かれたブロック塀。洗濯竿。植木鉢。人を殴らずに壊せそうなものだけ選ぶと、案外選択肢は少ない。

 

俺は軍手をはめた。意味があるかは知らない。ないよりマシだ。手袋をすると、少しだけ「作業」になる。作業なら落ち着く。体と外界が区切られたことで、自分の手から離れた感じがする。

 

最初は物置の取っ手を握った。

 

ウォーミングアップからだ。

 

力を入れる。少し。さらに少し。金属がきしむ。そこでやめる。手を離す。深呼吸。もう一度。今度は弱く。さっきより手前で止める。

 

これを繰り返す。

 

プログレッシブオーバーロードという言葉がある。運動能力を高めるために知っておくと有用な考え方だ。

 

単純だ。単純だが、嫌になる。力の限界を知る訓練じゃない。少しづつ負荷を上げる。限界よりずっと手前で止める。会社で「怒るな」「言い返すな」「今は飲め」を覚えたのと似ている。出せるものを出さない練習は、だいたい性格が悪くなる。

 

洗濯ばさみを一つ握る。

 

ぱき、といった。

 

思ったより簡単だった。

 

「・・・」

 

 失敗は失敗だ。言い訳しても元には戻らない。壊れた洗濯ばさみをポケットに入れて、次はブロック塀の角を指先で押す。力を抜いているつもりでも、砂が少しこぼれた。

 

駄目だ。

 

大きな力を出さない練習はできる。やろうと思えばより大きな力を出す練習も。できるが、問題はそこじゃない。俺が本当に怖いのは、重い物を持てるかどうかじゃない。感情で出力が変わることだ。敵を排除するならまだその後は拷問で済む。だが他の少女は?人は死んだら生まれ変わらない。少なくともこの世界では。

 

そこまで考えて、昼のことを思い出した。

 

帰り際、廊下で一年の男子が先輩に肩を押されていた。遊びの範囲という顔をしていたが、押されている方は笑えていなかった。ほんの一瞬、足がそっちへ出た。頭より先に出た。すぐ止めた。止めたはずなのに、その瞬間だけ、指先に熱が集まる感じがあった。

 

守りたいと思ったとき、ボルテージが上がる。魔法という凶器の。

 

そう考えると、嫌な感じがする。怒りならまだ単純だ。苛立ちも、我慢すれば済む。面倒なのは、善意の方だ。助けたい。守りたい。止めたい。そういうまともそうな感情の方が、体に回る。だがそれで全体の状況が改善しない場合でも、個人の関係を優先するべきか。基本的には違うと思う。正義の話だ。3つの正義。

 

俺は物置の横へしゃがみこんだ。

 

そこで、ブロックを一つ持ち上げる。ゆっくり。両手。重さはあまり感じない。感じないことが怖い。普通ならここで「重い」と思うはずのところが抜けていると、止める場所も分かりにくくなる。俺は前世から力持ちと聞いても元々憧れはなかった。必要性が分からなかっただけだ。だがこの世界では違う意味を持つ。

 

下ろす。もう一度持つ。今度は片手。できた……できるのか。

 

そのまま少しだけ視線を上げると、二階の窓に明かりがついた。養父だ。トイレか水か、そのへんだろう。俺はすぐブロックを置いて、ホースを持った。庭の手入れをしている中学生の顔を作る。夜中に。

 

窓の明かりはすぐ消えた。

 

助かった、ではない。こういうのが続くと、そのうち「何してるの」と聞かれる。そのときに困る。

 

翌日の放課後、もう一度確かめた。

 

今度は学校の裏庭だ。園芸委員が使うらしい狭いスペースで、古いジョウロとプランターが並んでいる。誰も来ない。こういう時、公立の中学で良かったと思う。私立を選んでしまったら、専門のガーデニング関係の人が担当するのだろうか。

 

こういう場所ばかり覚えていく。

 

土の入った袋を持ち上げる。軽い。軽すぎて、逆に扱いづらい。普通なら腰を入れるところで、腕だけで動いてしまう。動いてしまうから、雑になる。

 

雑になった瞬間、袋の口が裂けて、土が少しこぼれた。

 

「……はい、二回目の失敗」

 

しゃがんで土を集める。スコップや他の道具を使うと音を出してしまう。こういう後始末だけは妙に慣れている。目立たないように、元通りに、誰にも気づかれないように。施設でも会社でも、やってきたのはだいたいそれだった。

 

手のひらを見る。汚れているだけで、怪我はない。きれいな手だ。こっちが怪我しないのも、少し気味が悪い。だが守ってやりたくなる手だ。

 

守りたいときに上がる。じゃあ逆に、守る必要がない作業ならどうか。試しにジョウロを持って、植木に水をやる。何でもない動きだ。何でもないはずなのに、水の勢いが強すぎて、土がえぐれた。

 

極端だ。止めるか、出すか、どちらかに寄りやすい。中間が下手だ。

 

これで人を支えるとか、肩を抱くとか、転びそうなのを受け止めるとか、そういう普通の助け方ができるのか。たぶん難しい。難しいというか、今のままではやりたくない。

 

軍手を外して、ノートを庭へ持ってくる。屋外でノートを開くのはあまり好きじゃない。湿気るし、虫も来る。でも、今のうちに書かないと忘れる。

 

『怪力=出力の問題ではない』

『感情連動の疑いあり』

『怒りより“守る”という動機で危険』

『物理で押し切る行為の多用は探偵というペルソナに矛盾か』

 

最後の一行だけ、少し強く書いた。

 

探偵が物理で片づけるのは、嫌だった。嫌というか、逃げだ。暴力で解決するなら、推理なんて最初からいらない。この身体はたぶん、そういう楽な方へすぐ転ぶ。だからこそ、先に線を引いておかないといけない。

 

ノートを閉じたところで、塀の向こうから猫が飛び乗ってきた。

 

黒っぽい。細い。野良だろう。こっちを見て止まる。俺も止まる。互いに様子見だ。

 

「……おまえは気楽でいいな」

 

言いながらしゃがむ。猫は逃げない。だが寄ってもこない。正しい距離だ、踏み込まない距離だ。分かっている。触ることはしない。俺には俺の悩みがあって橘シェリーの悩みもある。猫にはたぶん・・・今日の食事の悩みがあって、寝床の悩みがある。動物を見た時には、アレは可愛い、いや可愛くない。そんなケンカをするくらいそこに優劣を付ける理由はない。

 

どちらも分かった気にさえならなければ、こうして争いは防げる。

 

そのとき、家の裏の方で、何かが落ちる音がした。

 

がたん。

 

大した音じゃない。たぶん風で何かが倒れた。たぶん。だが猫は一瞬で身を低くした。俺も反射で立ち上がる。足がそっちを向く。心臓が一つ跳ねる。

 

熱が来た。

 

腕の内側から先にくる。指、肘、肩。身体が先に構える。敵がいるわけでもないのに、止める準備だけが妙に早い。

 

俺はすぐ両手を開いた。握るとまずい。開いて、息を吐く。鼻から吸って、口から長く出す。意味があるかは知らない。ないよりマシだ。

 

「落ち着け」

「落ち着け、じゃねえだろ」

「いや、今はそれしかない」

 

独り言が増えていく。嫌な兆候だ。

 

音のした方へ行くと、倒れていたのは植木鉢だった。風で動いたホースが引っかかったらしい。土が少しこぼれている。花は無事。たぶん、明日養母が見つけたら片づける。そこまで考えて、膝の力が抜けた。

 

さっきの熱が、まだ少し残っている。

 

たったこれだけで上がるなら、本当に人を守れるのか。守ろうとした瞬間に余計な力が出るなら、それはもう凶器だ。善意とセットになった凶器が一番たちが悪い。

 

部屋へ戻ってから、もう一度ノートを開いた。

 

『守る=出力上昇』

『接触前に距離を取る』

『押さえる、掴む、止める、全部危険』

 

その下に、小さく書き足す。

 

『人を助ける時ほど、手より口を使う。安易に頼ると魔女?』

 

魔女は魔法を使う。なら魔法を使えば使うほど魔女になりやすい?分からない。これも仮説だ。だが練習をしない理由にはならない。力が高まることとコントロールは別の領域だ。

 

寝る前、手のひらを見た。普通の女の子の手だ。爪も短い。薄い。こんなもので人を壊せるのがアンバランスだ。

 

布団に入っても、さっきの熱だけはなかなか抜けなかった。

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