探偵には助手がいる。
いないと困る。
困るというか、いない探偵はだいたい独りで喋りすぎる。独りで考えすぎる。独りで考えるやつは、どこかで自分の都合を真相に混ぜる。会社でもそうだった。報告が速すぎるやつほど、あとで前提ごとズレている。余計に修正が遅い。俺はそういうのを何度も見たし、たぶん自分でもやった。
だからワトソンが要る。自分はホームズだ、などと声高らかに主張して、自己優越感に浸りたいわけじゃない。
今の俺に必要なのは、可愛い相棒でも理解ある親友でもなく、判断の偏りを止める相手だ。
夜、ノートの見出しに書く。
『ワトソン案』
その下に三つ並べる。
『エマ寄り』
『ヒロ寄り』
『どちらにもつかない』
最初に消えそうなのは、どちらにもつかない、だった。
そんな都合のいい立場はない。中立ってのは、大体どっちにも嫌われる人間の別名だ。俺は主人公になれないし、なっちゃいけない。少女間で揉め事を起こしそうな火種は少ない方がいい。分かっているのに書いたのは、まだ捨てきれないから。
まずエマ。
エマは話しやすい。たぶん。
自信がなさそうで依存的という印象はあるが、少なくとも、拒絶の仕方が急じゃない。嫌われることを極端に恐れている、と書いてあった。相手の顔を見てから、自分の言葉を変える。そんなイメージだ。プロフィールからの予想が占めるが、そういう人間は会話の摩擦が少ない。その分、つい寄りかかりたくなる。助けを求めたら聞こうとしてくれる。
俺は、エマと親しくなったら危ない。
きっと早い段階で、守りたいみたいな気分が出る。
問題はそこだ。
エマに近づくと、ヒロがついてくる。ヒロが俺の見た通りの人物なら。間違いないだろう。
それに、エマは“ぬくもり”で人を繋ぐタイプだろう。俺がエマだったらヒロに依存する。俺みたいに最初から計算で近づいているやつが混ざると、だいたいろくなことにならない。相手が悪いんじゃない。こっちが汚い。それに、もし打算なら、ヒロはエマと距離を置くのではないだろうか。例え幼馴染でもヒロの正義に反する可能性が高い。
次にヒロ。
正確で、整理が早くて、善悪の線がはっきりしている。ワトソンどころか共同調査相手としては理想に近い。頼もしいことこの上ない。何も知らなければエマと一緒に賞賛さえしただろう。
だが頼もしいのと相性は別だ。
近いが、近いだけで、実際に組んだら一番危ないのもヒロだ。まず橘シェリーとの相性は最悪だろう。シェリーはヒロの正義に反する行動を厭わないからだ。
正しい人間は、間違っているものを矯正しようとする。
矯正されるのはまずい。
しかもヒロは、たぶん俺のズレに一番早く気づく。気づいた上で放っておくタイプじゃない。観察眼に鋭いだけじゃない。
つまり、能力は高い。相性は最悪。
最後に、どちらにもつかない。
候補がいない。
終わりだ。
ペンを置いて、机に突っ伏した。ワトソン探しをしているのに候補が二人しかいない時点でかなりまずい。もっとこう、図書館の司書とか、塾の講師とか、遠い大人でいいんじゃないかとも思う。
だが大人はもっと危ない。記録を残すからだ。相談は保護になる。その保護がどこへ繋がるかは、第二段階検査でよく分かった。牢獄に送られる前に殺処分になるかもしれない。ただでさえ危険な魔女候補なのに、頭の中はよく分からない。放っておけるだろうか。そこまでのシナリオはないと思うが、断言ができないのも事実だ。
翌日、実地で考えることにした。
以前から探していた。中学は知らないがその周辺地域は多くの場合、どこも前世と変わらなかった。有名校から順に当たり、学区を広げた。中にはエマやヒロに似ている子を見かけたが、まずは限定せず色んな場所を回った。最初は骨が折れたが、前世と大差がないからこそ、不自然な学校名は目立った。
聞いたことのない学校。
通学圏の割りに妙に評判が浮いている。
事前に学校には欠席の連絡を入れていることもある。養親は2人とも許容してくれている。それが申し訳なくて、せめてもの償いとしてテストは全て満点を取るようにしている。
意味があるかは分からないが、何もしないよりはいい。
最近ではどっちに通学しているのか曖昧だ。必要な出席は確保している。
放課後だった。
俺は駅前の古い図書コーナーにいた。
制服だ。
見覚えのある二人がいたわけじゃない。そこまで都合よくはない。
ただ、同じ制服の生徒が二人、会話していた。
「今日、あっち寄る?」
「ヒロのやつ、また生徒会に呼ばれてるんじゃない?」
「エマちゃん待ってるし、先にそっち行こ」
その三つで十分だった。
ヒロ。
エマ。
図書室。
そして、学校から駅前図書コーナーへ流れる放課後導線。
心臓が少しだけ速くなる。
これだ。
まだ二人を見たわけじゃない。
でも、交差する場所 は掴んだ。
エマに寄れば、絆されるかもしれない
ヒロに寄っても、相性が良くない。うまく行かない。
どちらにも寄らないなら、たぶん見落とす。
つまり、何をしても増える。
増えるものの種類が違うだけだ。
それでも今は、まだ決めない。
決めたら、たぶん次の一歩が重くなりすぎる。
机の上の虫眼鏡を持ち上げて、電気に透かす。何も見えない。当たり前だ。こんなもので未来が読めるなら苦労しない。
「ワトソン、なあ」
誰にともなく言ってみる。たぶんいない。本音では求めていなかった。
返事はない。あるわけがない。
でも、その返事のなさが、今日はやけに現実的だった。
そう呟いてノートを閉じた。