原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第21話 三人の放課後

 

 

 

 

放課後の空は、まだ明るかった。

 

駅前は人が多い。制服姿の中学生が立ち止まっていても、誰も気にしない。スマホを見ているやつ、改札の横で友達を待つやつ、コンビニの袋をぶら下げてだらだら歩くやつ。どこにでもいる。

 俺もその中に混ざっていた。

 

画面を見ているふりをしながら、視線だけ動かす。

 来るまでに少し迷った。学校の近くで張る方が早い。でも近すぎると関係者に見つかる可能性が高い。だったら駅前の方がいい。人が多い場所は、見つかっても説明しやすい。説明が必要になった時点で負けに近いが、負け方は選べる。

 

結局、二時間半待った。

 

張り込みとしては短い方だ。前世で終電後のビル前に四時間立っていたこともある。あれに比べればマシだが、中学生の身体には少しきつい。足がだるい。腹も減る。コンビニに入って何か買ってしまうと、そのタイミングで見逃す気がして、結局、水だけで粘った。

 

その三人は、まとまって駅前に出てきた。

 

ヒロ。

エマ。

ユキ。

 

 知っていたわけじゃない。知っていた“気”になっていただけだ。公式サイトの断片、発売前のSNS、ぼやけた紹介文。あれだけで人間関係が分かるはずがない。なのに、こうして同じフレームに入ると、それだけで「物語の中身」が急に近くなる。

 

ヒロはまっすぐだった。

 姿勢だけじゃない。立っている時の重心がぶれない。人混みの中でも、自分の通る幅を最初から決めている感じがする。うるさい場所ほど静かに見えるタイプだ。教室の中心にいなくても軸になる。そういうやつはいる。

 

エマは笑っていた。

 誰かの話に頷いて、肩をすくめて、ちょっと大げさに目を丸くして、空気を丸めるみたいに動く。ああいうのは癖だ。好かれようとしているというより、場が尖る前に自分が先に丸くなることに慣れている。笑顔の奥に疲れが見えることがあるのも、その手の人間の特徴だ。

 

ユキは、読めない。

というかそんな人物、俺は知らない…………。

きっと見落としていたのだろう。名前も会話の中で知った。分かるのは、三人の中で一番立ち位置が定まらない。離れているようで、切れてはいない。輪の外に見えるのに、視線だけは一番中へ入っている。目が冷たい。冷たいが、完全に閉じてはいない。

 あの目は苦手だ。そんなはずないと分かっていても、こちらが品定めされているようで。

 

エマがコンビニへ入って、缶ジュースを二本買ってきた。

 ユキとヒロへ差し出す。ヒロは受け取って、少しだけ眉を動かした。なぜ三本ではないのか。そういう顔に見えた。正しくない、とでも思ったのかもしれない。感謝の前に「そんなのいいのに」が出るタイプだ。

 

エマは笑って肩をすくめる。

 それで会話が終わる。

 

ユキは少し離れて、そのやりとりを見ていた。

 見ているだけ、ではない。切り捨ててもいない。あの距離の取り方はうまいというより、腹が決まっている。近づかないことに意味がある距離だ。

 

(観察してるのか)

 

そう思う。

 同級生を見る目というより、記録する目に近い。感情で動いていない。でも、無関心でもない。そこが嫌だった。無関心ならまだ楽だ。観察している人間は、いつか介入する。

 

俺は手首のバンドを指で撫でた。

 検査の第二段階でもらったやつだ。細いのに、変に存在感がある。冷たい。監視の証拠みたいで腹が立つ。

 

ここへ来るまで、何度も考えた。

 見るのはいいのか。

 同じ場所に立つのは接触に入るのか。

 顔を覚えられたら、もう終わりじゃないのか。

 

禁止事項だけ増えていく。やるべきことは減らない。前世でもそうだった。無理な納期と無理な品質と無理な予算を同時に満たせと言われて、最終的にやったのは“全部ちょっとずつ無理をする”だった。いまも大差ない。違うのは、失敗の代償が命に近いことだけだ。

 

ヒロが何か言っている。

 距離があるから聞こえない。でも、身振りだけで分かる。正しいことを言っている。言い切る前に、少しだけ相手を見る。相手が受け取れるかどうかを確認してから押すタイプだ。

 エマはそれを受けて、角を丸くする。

 ユキはその二人を、少し遠い顔で見ている。

 

三人の関係は、まだ完成していない。

 でも、形はもうある。

 

ヒロが前へ出る。

 エマが空気をつなぐ。

 ユキが外から見る。

 

ここに何か起きれば、順番に壊れる。

 ヒロの正義はいつか排除に近づきそうな危うさがある。エマの笑顔はいつもきれいだ。だから崩れる瞬間は危ない。ユキの観測が介入へ変わる時、たぶん取り返しがつかないような何かが起きる。全部予感だ。だが勘は最後の手段だ。

 

書かない。

 断言もしない。

 ただ、頭の中に置いておく。

 

ユキが、ふとこちらへ目を向けた。

 

心臓が一回、変な跳ね方をした。

 見られた、と思った。だが、視線はすぐ外れた。見えているのに見ない。見ていないふりをしている。どちらでも嫌だ。

 

笑顔を作りたくなった。

 でも、ここで笑うと不審者だ。妖精さんの仮面は、使う場所を間違えるとただの事故になる。

 

俺は息を吐いて、スマホをポケットにしまった。

 今日はこれで終わりでいい。

 

同じ場所にいた。

 それだけで十分だ。

 それ以上は欲張りだし、欲張るとたいていろくなことにならない。

 

駅を離れてからも、背中に視線が残っている感じがした。気のせいかもしれない。気のせいで済むうちは、たぶんまだ安全圏だ。

 

家に帰ると、養母が夕飯を作っていた。

 味噌汁の匂い。油のはぜる音。普通の家の普通の音だ。こういうものに触れると、一瞬だけ体が緩む。緩んだあとで、その分だけ罪悪感が来るのも、もう慣れた。

 

「今日はどうだった?」

 

養母が鍋のふたをずらしながら聞く。

 

「楽しかったですよ〜!」

 

即答した。

 嘘かどうかは微妙だ。

 少なくとも、退屈ではなかった。

 

夕飯の席で、養父がニュースを見ながら「駅前、混んでたろ」と言った。

 俺は味噌汁を飲んでから頷く。

 

「はい〜。名探偵的には、人混みは事件だらけですから」

「疲れただろ」

「ちょっとだけですね!」

 

養父はそれ以上聞かなかった。聞かない優しさもある。助かる時もあるし、きつい時もある。今日は後者だった。もし「誰といたの」とか「学校の友達か」とか聞かれたら、嘘を一つ増やしていたと思う。

 

湯船の中で、さっきの三人の立ち位置を思い返した。

 ヒロは少し前。

 エマはその横。

 ユキは、一歩ぶんだけずれていた。

 

その一歩が、あとで何になるのか分からない。

 分からないのに、妙に残る。こういう微妙な距離が後で効くのは、会社でも同じだった。会議の席。飲み会の並び。誰が誰の隣に座るか。どうでもよさそうな配置が、あとで全部の空気を決める。そのときはそれでよかった。誰も意識しなかった距離感。でもその重要性に気づくのは決まって関係性が壊れた後だ。

 

部屋へ戻ってから、駅前の地図をノートに簡単に描いた。

 コンビニ。改札。ベンチ。自販機。三人の立っていた位置。俺の位置。視線が通る方向。

 

『再現性あり』

『次回は十五分短縮』

『ユキの視線がリスクか』

 

再現性か。張り込みだ。観察だ。中学生相手に。頭では分かっている。分かっているが、やめる理由にならない。やめたところで何も守れないなら、嫌悪感はコストとして払うしかない。

 

ノートを閉じる前、最後にもう一行だけ書いた。

 

『ユキの目は、たぶん“覚える目で、こちらを知っている目”だ』

 

書いてから、ペン先が少し止まる。

 覚える。記録する。残す。

 俺も同じことをしている。

 

 それじゃあ、俺はユキと何が違うのか

 

そこまで考えて、寝る準備をする。

 

 

動かすかもしれない何かが分かったときにまた書く。

 

橘シェリーは名探偵でなければならないから。

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