原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第24話 飼われる側

 

 

 

 

ラウンジには、すでに何人か集められていた。

 

十三人。

 

同じ年頃に見える少女たちなのに、立ち方も顔つきもばらばらだ。怯えている子。怒っている子。状況を測っている子。最初から人間でなく部屋の空間の方を見ている子。そういう差だけは、出会って十秒で分かることだ。

 

エマは中央寄り。誰からも離れすぎない位置に立って、左右を確認している。

 

ヒロは出口と全体が見える位置。腕を組んでいる。処理している顔だ。

 

ハンナはその中間。姿勢だけ端正に保っている。

 

ナノカは壁と窓と通路を見比べられる場所を選んでいる。

 

アリサは壁を背にして、腕を組んで、目だけが動いている。

 

ミリアは誰かの隣に立ちたそうにしているが、一歩が踏み出せていない。

 

メルルは、周囲の人間を観察している。誰の隣が安全かを測っているように見える。それが怖い種類の観察であることが、今はまだ俺にしか分からない。

 

こういうのは、あとで行動に出る。

 

俺は笑顔を作って部屋に入りながら、頭の別の部分で確認を続ける。人数。位置。出口との関係。窓の高さ。棚の中身はまだ見えない。後でいい。

 

「いやぁ〜すごいですねっ!」

 

自分でも少し大きすぎる声を出した。場にそぐわない明るさを、わざと一段乗せる。

 

「突然牢屋で目覚めて、化け物に監視されて! なんだかすごいことが起こっているのを感じますよ〜!」

 

何人かがぎょっとした顔でこちらを見る。目立てたか。よし。

 

壁際のソファにいたアリサが、面倒くさそうに言った。

 

「高まってんのはお前だけだろっ……」

 

「おや。そうでもないかもしれませんよ?」

 

俺は笑って肩をすくめる。

 

「だってほら。あれれ〜? 飼育員さんですかね〜!」

 

指差した先、壁の上のモニターが点く。フクロウの顔が、場の中心に割り込んできた。

 

その一瞬だけ、ココが鼻で笑った。

 

「どちらかと言うと飼われる側じゃね?」

 

空気が小さく動く。笑いまでいかない。ただ、息が一度だけ軽くなる。

 

 

 

どこから現れたのやら、小さなフクロウがテーブルの上に舞い降りた。

 

白くて丸い。可愛げの押し売りみたいな見た目のくせに、声だけが妙にくたびれている。

 

『ええ。みなさん、正しくはその通りでございます』

 

即答だった。

 

アリサの軽口を完全に拾ってから、続ける。

 

『わたくしが飼育員で、みなさんが被飼育対象、あるいは管理対象、といったところでしょうか』

 

軽口を拾っておいて、内容だけはしっかり管理者の視点だ。その落差で空気が一気に固まった。

 

『改めまして。わたくし、ゴクチョーと申します。裁判、囚人、この牢屋敷全体の管理を担当しております。牢屋敷のゴクチョーでございます』

 

丁寧だ。雑なマスコットじゃない。

 

ヒロが一歩前へ出た。

 

「ここは何なんですか?」

 

『牢屋敷でございます』

 

「そういう話ではありません」

 

『でしょうねえ……』

 

フクロウが首を傾げる。人を苛立たせる距離感に慣れている。

 

『では簡単にご説明いたしましょう。みなさんは魔女候補として、ここへ収監されております。外へは出られません。危険区域へは立ち入り禁止。夜間の無断行動も、おすすめはいたしません』

 

「おすすめって何だよ」

 

アリサが吐く。

 

『命が惜しければ、という意味です』

 

軽く言うな。

 

エマの肩が小さく揺れた。メルルが青くなる。ナノカはモニター以上に、ラウンジの出口を塞ぐ看守の位置をしきりに見ていた。

 

『みなさんは政府の検査で魔女因子を持つと測定された。それをもってここへ収監されています。この春から共同生活を送っていただきます。監房は各自一室。共用施設は時間内に限り使用可。規則違反者には、然るべき対応がなされます』

 

「……ふざけんなよっ! そんな検査した記憶ねぇしっ!」

 

ココが言う。

 

『……そう言われましても……そういうルールですので。諦めてここで余生を、とでも考えてください』

 

ゴクチョーはそこで、少しだけ間を置いた。

 

『それと、』

 

その一言で、全員の体が固くなる。

 

間を置くのを知っている。使い慣れている。

 

『この牢屋敷で殺人事件が起きた場合、みなさんには捜査を行っていただき、その後――魔女裁判をしていただきます』

 

「裁判……?」

 

ミリアが聞き返す。

 

『ええ。犯人を一人、指定していただくのです』

 

「犯人を、ですの?」

 

ハンナが静かに問う。

 

ゴクチョーは表情を変えなかった。

 

『真犯人でなくても構いません。誰かお一人を指定してくだされば構いません』

 

場が止まる。

 

「……じゃあ、誰も選ばなかったらどうなるんだよ?」

 

アリサの声だけが、妙に乾いていた。

 

『全員処刑でございます』

 

軽い調子のまま、言う。だから余計に響く。

 

エマが息を止める。メルルの肩が跳ねる。アリサは「は?」と吐き捨てかけて、そこで止まる。

 

ヒロの顔だけが、逆に固まった。正義感の強いやつほど、ルールの汚さを真正面から受ける。

 

俺は笑ったまま言う。

 

「なるほど〜。誰か死んだら、名探偵ごっこで一人ずつ押し出せ、と。そういうことですね! ゴクチョーさん」

 

『理解が早くて助かりますねえ、橘シェリーさん』

 

呼ばれた瞬間、喉が少しだけ詰まった。こっちの名前で呼ばれるたび、中身の方が半歩遅れる。

 

「おやおや。それはどうもです〜!」

 

返しながら思う。ここは学校でも施設でもない。投票箱付きの屠殺場だ。

 

 

 

『なお、裁判において無指定が続けば、みなさん全員が処刑対象となります。判断の放棄は許されません。どうぞ仲良く議論していただくと』

 

この言い方が腹立たしい。話し合いじゃない。吊るす人間を一人選ばせるだけだ。

 

「そんなの……」

 

誰かが小さく呟いた。

 

ヒロがゴクチョーを見た。

 

「そんなやり方が、許されるはずがない」

 

『ええ、許されませんねえ』

 

ゴクチョーはあっさり言った。

 

『ですが、それがここでのルールですので』

 

反論として最悪だった。最悪なくせに、論理の形をしている。

 

ハンナが静かに息を吐く。

 

「……つまり、正しさは重要ではないということですわね」

 

『理解していただけたなら幸いです』

 

その瞬間、ラウンジの温度が少し下がった気がした。

 

つまりこの屋敷は、真実や正義ではなく、進行だけを守る。犯人が誰かより先に、「誰かを処刑する手順」の方が大事なのだ。

 

俺はようやく腹の底まで理解した。

 

ここでは、正解を出すだけじゃ足りない。時間と空気と、誰が今いちばん吊られやすいかまで見ないと、普通に冤罪が起きる。しかもそれを、こいつは最初から当然の仕様として置いている。

 

『それでは、施設の見学でもご自由に。どうぞ仲良くお過ごしください。できれば、殺し合わずにしていただけると……わたくしも残業はしたくありませんので……』

 

そうしてゴクチョーは飛び去っていった。

 

軽口のあとにだけ、告げられた現実が重い。さっきのアリサとのやり取りが、もうずいぶん前のことみたいだった。

 

ラウンジの中に、誰もすぐには声を出せない沈黙が落ちる。

 

恐怖、怒り、理解の遅れ、現実感のなさ。全部が混ざった沈黙だ。

 

エマが息を吐いた。顔は笑顔に近い形をしていたが、目が笑っていなかった。それでも笑顔に近い形を保っている。あの笑顔を維持するのは、今どのくらいの力がいるだろうか。

 

ミリアは誰かを見た。でも声をかける相手を決められていない。揺れている。今すぐ誰かに話しかければ、自分の動揺が出る。出したくないから動けない。そういうやつは、後で誰かの隣に寄ることで落ち着こうとする。

 

ナノカはもう一度、出口の方を見た。確認に近い動きだ。出口と入口を把握することが最初の行動なのは、俺も同じだ。

 

アリサは舌打ちをした。口には出さない。でも奥歯が動いていた。

 

ヒロは俯いていた。一度だけ頷いて、また上げた。何かを決めた顔だった。何を決めたかは分からない。

 

「……」

 

メルルが、俺を見た。

 

笑顔だった。他の全員が固まっている中で、一人だけ、柔らかい顔をしていた。

 

(観察している)

 

その笑顔の種類を、俺は知っている。相手の反応を見るための笑顔だ。視線をそらすと、また違う方を見る。場の全員を、少しずつ確認している。

 

俺は笑い返した。

 

向こうも笑い返した。

 

それだけだった。それだけだったが、情報として記録した。

 

 

 

その中で、俺は一つだけ決めた。

 

名探偵ごっこでも何でもいい。少なくとも、初手で誰かの処刑ボタンを雑に押す側には回らない。

 

無理かもしれない。全員救えないのかもしれない。救ってはいけないのかもしれない。

 

だが、無理かどうかはまだ分からない。

 

分からないうちは、笑っておいた方がいい。そうしないと、今すぐこっちが折れる。

 

「ではでは〜!」

 

俺はわざと明るく手を叩いた。

 

「私は橘シェリーって言います! 事件が起きたらこの名探偵が解決してみせますっ!」

 

何人かがまた怪訝そうな顔をする。

 

何人かは、少しだけ呆れた目でこちらを見た。

 

その目の意味は分かる。

 

『(何でそんなに平気そうなんだ)』

 

こっちが知りたい。

 

平気なわけじゃない。ただ折れる前に笑った方が、折れるのが一瞬だけ遅くなる。それだけのことだ。

 

笑い続ける理由と、笑い続けられる理由は別だ。

 

俺はこの人たちを、ずっと前から一方的に知っている。知っているから、少しだけ恐怖の種類が違う。死ぬことより、知っていたはずの誰かが、予想していなかった形で死ぬことが怖い。

 

その怖さを、笑顔の下に仕舞って、今日が始まった。

 

いつか、仕舞いきれなくなる日が来るかもしれない。

 

来るとしたら、その時どうするかは、まだ分からない。

 

分からないことを、分からないまま残す。

 

今日は、それで行く。

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