ラウンジには、すでに何人か集められていた。
十三人。
同じ年頃に見える少女たちなのに、立ち方も顔つきもばらばらだ。怯えている子。怒っている子。状況を測っている子。最初から人間でなく部屋の空間の方を見ている子。そういう差だけは、出会って十秒で分かることだ。
エマは中央寄り。誰からも離れすぎない位置に立って、左右を確認している。
ヒロは出口と全体が見える位置。腕を組んでいる。処理している顔だ。
ハンナはその中間。姿勢だけ端正に保っている。
ナノカは壁と窓と通路を見比べられる場所を選んでいる。
アリサは壁を背にして、腕を組んで、目だけが動いている。
ミリアは誰かの隣に立ちたそうにしているが、一歩が踏み出せていない。
メルルは、周囲の人間を観察している。誰の隣が安全かを測っているように見える。それが怖い種類の観察であることが、今はまだ俺にしか分からない。
こういうのは、あとで行動に出る。
俺は笑顔を作って部屋に入りながら、頭の別の部分で確認を続ける。人数。位置。出口との関係。窓の高さ。棚の中身はまだ見えない。後でいい。
「いやぁ〜すごいですねっ!」
自分でも少し大きすぎる声を出した。場にそぐわない明るさを、わざと一段乗せる。
「突然牢屋で目覚めて、化け物に監視されて! なんだかすごいことが起こっているのを感じますよ〜!」
何人かがぎょっとした顔でこちらを見る。目立てたか。よし。
壁際のソファにいたアリサが、面倒くさそうに言った。
「高まってんのはお前だけだろっ……」
「おや。そうでもないかもしれませんよ?」
俺は笑って肩をすくめる。
「だってほら。あれれ〜? 飼育員さんですかね〜!」
指差した先、壁の上のモニターが点く。フクロウの顔が、場の中心に割り込んできた。
その一瞬だけ、ココが鼻で笑った。
「どちらかと言うと飼われる側じゃね?」
空気が小さく動く。笑いまでいかない。ただ、息が一度だけ軽くなる。
どこから現れたのやら、小さなフクロウがテーブルの上に舞い降りた。
白くて丸い。可愛げの押し売りみたいな見た目のくせに、声だけが妙にくたびれている。
『ええ。みなさん、正しくはその通りでございます』
即答だった。
アリサの軽口を完全に拾ってから、続ける。
『わたくしが飼育員で、みなさんが被飼育対象、あるいは管理対象、といったところでしょうか』
軽口を拾っておいて、内容だけはしっかり管理者の視点だ。その落差で空気が一気に固まった。
『改めまして。わたくし、ゴクチョーと申します。裁判、囚人、この牢屋敷全体の管理を担当しております。牢屋敷のゴクチョーでございます』
丁寧だ。雑なマスコットじゃない。
ヒロが一歩前へ出た。
「ここは何なんですか?」
『牢屋敷でございます』
「そういう話ではありません」
『でしょうねえ……』
フクロウが首を傾げる。人を苛立たせる距離感に慣れている。
『では簡単にご説明いたしましょう。みなさんは魔女候補として、ここへ収監されております。外へは出られません。危険区域へは立ち入り禁止。夜間の無断行動も、おすすめはいたしません』
「おすすめって何だよ」
アリサが吐く。
『命が惜しければ、という意味です』
軽く言うな。
エマの肩が小さく揺れた。メルルが青くなる。ナノカはモニター以上に、ラウンジの出口を塞ぐ看守の位置をしきりに見ていた。
『みなさんは政府の検査で魔女因子を持つと測定された。それをもってここへ収監されています。この春から共同生活を送っていただきます。監房は各自一室。共用施設は時間内に限り使用可。規則違反者には、然るべき対応がなされます』
「……ふざけんなよっ! そんな検査した記憶ねぇしっ!」
ココが言う。
『……そう言われましても……そういうルールですので。諦めてここで余生を、とでも考えてください』
ゴクチョーはそこで、少しだけ間を置いた。
『それと、』
その一言で、全員の体が固くなる。
間を置くのを知っている。使い慣れている。
『この牢屋敷で殺人事件が起きた場合、みなさんには捜査を行っていただき、その後――魔女裁判をしていただきます』
「裁判……?」
ミリアが聞き返す。
『ええ。犯人を一人、指定していただくのです』
「犯人を、ですの?」
ハンナが静かに問う。
ゴクチョーは表情を変えなかった。
『真犯人でなくても構いません。誰かお一人を指定してくだされば構いません』
場が止まる。
「……じゃあ、誰も選ばなかったらどうなるんだよ?」
アリサの声だけが、妙に乾いていた。
『全員処刑でございます』
軽い調子のまま、言う。だから余計に響く。
エマが息を止める。メルルの肩が跳ねる。アリサは「は?」と吐き捨てかけて、そこで止まる。
ヒロの顔だけが、逆に固まった。正義感の強いやつほど、ルールの汚さを真正面から受ける。
俺は笑ったまま言う。
「なるほど〜。誰か死んだら、名探偵ごっこで一人ずつ押し出せ、と。そういうことですね! ゴクチョーさん」
『理解が早くて助かりますねえ、橘シェリーさん』
呼ばれた瞬間、喉が少しだけ詰まった。こっちの名前で呼ばれるたび、中身の方が半歩遅れる。
「おやおや。それはどうもです〜!」
返しながら思う。ここは学校でも施設でもない。投票箱付きの屠殺場だ。
『なお、裁判において無指定が続けば、みなさん全員が処刑対象となります。判断の放棄は許されません。どうぞ仲良く議論していただくと』
この言い方が腹立たしい。話し合いじゃない。吊るす人間を一人選ばせるだけだ。
「そんなの……」
誰かが小さく呟いた。
ヒロがゴクチョーを見た。
「そんなやり方が、許されるはずがない」
『ええ、許されませんねえ』
ゴクチョーはあっさり言った。
『ですが、それがここでのルールですので』
反論として最悪だった。最悪なくせに、論理の形をしている。
ハンナが静かに息を吐く。
「……つまり、正しさは重要ではないということですわね」
『理解していただけたなら幸いです』
その瞬間、ラウンジの温度が少し下がった気がした。
つまりこの屋敷は、真実や正義ではなく、進行だけを守る。犯人が誰かより先に、「誰かを処刑する手順」の方が大事なのだ。
俺はようやく腹の底まで理解した。
ここでは、正解を出すだけじゃ足りない。時間と空気と、誰が今いちばん吊られやすいかまで見ないと、普通に冤罪が起きる。しかもそれを、こいつは最初から当然の仕様として置いている。
『それでは、施設の見学でもご自由に。どうぞ仲良くお過ごしください。できれば、殺し合わずにしていただけると……わたくしも残業はしたくありませんので……』
そうしてゴクチョーは飛び去っていった。
軽口のあとにだけ、告げられた現実が重い。さっきのアリサとのやり取りが、もうずいぶん前のことみたいだった。
ラウンジの中に、誰もすぐには声を出せない沈黙が落ちる。
恐怖、怒り、理解の遅れ、現実感のなさ。全部が混ざった沈黙だ。
エマが息を吐いた。顔は笑顔に近い形をしていたが、目が笑っていなかった。それでも笑顔に近い形を保っている。あの笑顔を維持するのは、今どのくらいの力がいるだろうか。
ミリアは誰かを見た。でも声をかける相手を決められていない。揺れている。今すぐ誰かに話しかければ、自分の動揺が出る。出したくないから動けない。そういうやつは、後で誰かの隣に寄ることで落ち着こうとする。
ナノカはもう一度、出口の方を見た。確認に近い動きだ。出口と入口を把握することが最初の行動なのは、俺も同じだ。
アリサは舌打ちをした。口には出さない。でも奥歯が動いていた。
ヒロは俯いていた。一度だけ頷いて、また上げた。何かを決めた顔だった。何を決めたかは分からない。
「……」
メルルが、俺を見た。
笑顔だった。他の全員が固まっている中で、一人だけ、柔らかい顔をしていた。
(観察している)
その笑顔の種類を、俺は知っている。相手の反応を見るための笑顔だ。視線をそらすと、また違う方を見る。場の全員を、少しずつ確認している。
俺は笑い返した。
向こうも笑い返した。
それだけだった。それだけだったが、情報として記録した。
その中で、俺は一つだけ決めた。
名探偵ごっこでも何でもいい。少なくとも、初手で誰かの処刑ボタンを雑に押す側には回らない。
無理かもしれない。全員救えないのかもしれない。救ってはいけないのかもしれない。
だが、無理かどうかはまだ分からない。
分からないうちは、笑っておいた方がいい。そうしないと、今すぐこっちが折れる。
「ではでは〜!」
俺はわざと明るく手を叩いた。
「私は橘シェリーって言います! 事件が起きたらこの名探偵が解決してみせますっ!」
何人かがまた怪訝そうな顔をする。
何人かは、少しだけ呆れた目でこちらを見た。
その目の意味は分かる。
『(何でそんなに平気そうなんだ)』
こっちが知りたい。
平気なわけじゃない。ただ折れる前に笑った方が、折れるのが一瞬だけ遅くなる。それだけのことだ。
笑い続ける理由と、笑い続けられる理由は別だ。
俺はこの人たちを、ずっと前から一方的に知っている。知っているから、少しだけ恐怖の種類が違う。死ぬことより、知っていたはずの誰かが、予想していなかった形で死ぬことが怖い。
その怖さを、笑顔の下に仕舞って、今日が始まった。
いつか、仕舞いきれなくなる日が来るかもしれない。
来るとしたら、その時どうするかは、まだ分からない。
分からないことを、分からないまま残す。
今日は、それで行く。