「ではでは〜」
俺は両手を軽く広げた。
「せっかくの共同生活ですから、みなさんも自己紹介をするのはどうでしょう? 顔と名前が一致しないまま疑い合うのはあまりにも非効率ですから」
「……そうだね。シェリー君の言う通り。我々はここで過ごす仲間だ」
レイアが同調する。
「もう疑い合う前提なのかよ……」
ココが刺す。
「前提を疑う余裕がなさそうなので!」
返す。軽く。内心では嫌な表現だなと思う。だが正しい。疑わない自由は、たぶん最初からここにはない。
最初に名乗ったのはエマだった。
「……ボ、ボクは、桜羽エマっ! よろしく……」
短い。柔らかい。声だけで分かる。こういう子は、場が荒れると真っ先に「間を埋める役」へ押し込まれる。自分から入りに行くこともある。良い性質だが、こういう場所だと消耗する。
「私は二階堂ヒロだ」
硬い。礼儀正しい。好かれたい感じはない。正しさの輪郭がすでに声に出ている。正しい人間は安心感にもなるが、間違った対象に正しさを向けた瞬間、周りごと巻き込む。
「遠野ハンナと申します。どうぞ以後、お見知りおきあそ・・・あせばせせ?あそばせ?」
お嬢様口調だが誰が聞いても分かるほど不自然だ。もともとのクセか、努力か。たぶん両方だ。
「紫藤アリサだ。……お前らと協力するつもりはねえよ……」
雑。だが、わざとだろう。投げやりに見せて、距離を取っている。あれは攻撃じゃなく防御に近い。
「……黒部ナノカ」
短い。助かる。言葉で自分を説明する気がない。言葉を上手く使う人間は腹の底が見えない。そうでないやつは、たいてい口より先に動くから分かりやすい。
「氷上、メルル....です……」
細い。だが、潰れきっていない細さ。聞いてほしい弱さだ。弱みを見せる演技か本物かは、今の段階では決めない方がいい。
「蓮見レイアだ。皆と情報を共有できることを願っている」
真っ直ぐな声だ。表明の形をしている。好感度を作ろうとしている。
「佐伯ミリアです……よ、よろしくね」
静かだが、聞こえやすい声だ。誰かに届けたくて声を作っている。
「沢渡ココ。アンタらには期待してないから」
アリサと似たような言い方だが、種類が違う。アリサのは防御だが、ココはもっとフラットだ。無関心に近い。
知っている。この距離の取り方を知っている。
「……宝生マーゴよ」
少しの沈黙があったものの、宝生マーゴは少しだけ微笑んだ。
「わがはいは夏目アンアン、……である……」
それだけ言って、またスケッチブックを下ろした。筆談で話すとは聞いていたが、今は声を発した。環境に気圧されたからかもしれない。
ふと、部屋を物色している少女に目を向ける。彼女だけ名乗ってない。
「あの、あなたはまだ自己紹介してないと思うんですけど....城ヶ崎ノアさん、でよかったでしょうか?」
手元のスマホの魔女図鑑というアプリに少女たちの基本情報は載っている。
「うん、そうだよ。……のあ、城ヶ崎ノアだよ。 う~ん、みんな、不思議な顔してるね〜?」
のんびりした声だった。この状況でそのトーンが出せるなら、かなり胆が据わっているか、それとも状況の深刻さがまだ入っていないか。どちらかは分からない。
名前と外面だけを、頭の中でカードにする。
エマ——寄る側。ヒロ——正しさが先に来る。ハンナ——整える側。ナノカ——地図を見る。メルル——怯えが本物かどうかはまだ判断を保留する。ココ——刺すような雰囲気。レイア——少女たちの視線の中心を取っている。ノア——中心から半歩外れて、全部を見ている。ミリア——場を和らげに来る。アリサ——壊す役に見えて、意外と場を読む。マーゴ——超然としている。何も言わない一瞬の沈黙が一番読めない。アンアン——関わりを避けようとしている。
知らないのは内面と、この先の事件だ。
知っているのは表面だけ。それを忘れてはいけない、と自分に言い聞かせる。ここで「この人はこういうキャラだ」と決め打ちすると、あとで失敗する。今の俺が持っているのは公開プロフィールみたいな表層だけだ。
それなのに、こっちは名探偵の顔をしないといけない。
「それで」
ヒロが言った。
「名乗ったところで状況は変わらない。次に確認すべきは行動方針だ」
やはり来た。怖い時ほど、正しい順番へ寄る。
「単独行動を避ける。情報を共有する。危険区域へ近づかない。最低限、それが必要だろう」
「ヒロちゃん……でいいのかな……? うん、そうだよね……必要なのは分かるよ……でも」
ミリアが困ったように笑う。
「全部その通りにできるかな。みんな、怖いと思うんだ……」
いい返しだ。正しさだけでは人は動かない。怖さの分だけ余る。
アリサが鼻で笑う。
「……学級委員みたいに言いやがって」
「揶揄は不要だ」
ヒロは動じない。
「……私も思うところがある。だがルールがある以上、従わない方が危険だろう」
「だからってお前がそれを決めるのかよ!」
「決めなければ、誰かの行動で防げたかもしれない死を見過ごすかもしれない」
その言い方で、空気が少し冷えた。正しいが、刺さる。しかも、この刺さり方はあとを引く。
「まぁまぁ〜。ヒロさんとアリサさんが両方正しい、でいいんじゃないですか!」
俺は口を挟んだ。
「単独行動は避ける。ただし、全員が固まるのもやめる。二、三人で動く。どうでしょうか!」
「……うわ、慣れてるみたいな言い方」
ここが言う。
「経験者ですから!」
社畜として、とは言わない。
エマが少しだけこちらを見る。その目に「助かった」が混ざる。困る。助けられる役に見えると、その分だけ後が重い。
レイアが腕を組んだ。
「……シェリー君とヒロ君の言いたいことは分かった。じゃあ、二、三人に分けるとして、誰が誰と動くんだい……?」
その問いはもっともだ。もっともだが、今ここで組み合わせを固定すると、それはそれで危険だ。固定されたペアは、そのままアリバイにも疑いにもなる。
「そこまで厳密に決める必要はないと思うんですよ!」
俺は笑ったまま答える。
「なので、まずは見て回れる場所を確認して、危険区域に近づかない。その程度の緩い取り決めでよろしいかと」
「……それは緩すぎるんじゃないかな?」
レイア。
「緩い方が破られにくいですし! 厳密なルールは、たいてい最初に誰かが破ります。破った人だけ悪者になっても、状況は変わらないですからね」
ヒロがこちらを見る。反論したそうな顔だ。だが、今この場で統制を強めると逆効果だと分かってもいる。
「 どうだろう....…のあ、ルールが多いと、何がいけなかったか分からなくなるかな〜?」
ノアが言った。
意見というより疑問の形をしていたが、それが結果的にヒロの反論を一拍ずらした。
その微妙な間を、ミリアが埋めた。
「じゃ、じゃあ、まずは見て回れる場所だけ見ようよ」
柔らかい声。誰かを押す声じゃない。寄せる声だ。
「危ないところにはさ、近づかないって決めてさ。ちゃんと戻ってきてから話せばいいじゃん」
それには何人かが頷いた。エマも、小さく「うん……そうだね」と言った。ハンナは表情を変えないが否定もしない。メルルは、エマが賛成したことで少し安心した顔になる。
ナノカだけは、賛成でも反対でもなく、もうラウンジの出口の作りを見ていた。
「おやおや、ナノカさんはすでに内見モードですね」
俺が言うと、ナノカは少しだけこちらを見た。
「ええ」
「ではシェリーちゃんも、負けずに見学に向かいましょう!」
「……何を張り合ってんだよ、おめえは」
アリサが呆れたように言う。
「見学ですよ!」
「まだ言うんのかよ、それ」
「ええ。探偵は観察から始めますからね!」
ここが鼻で笑った。
マーゴは爪先を見ながら、少しだけ口の端を上げた。笑っているが何が面白いのかが分からない種類の表情だった。
ノアが、ラウンジのガラス棚の前にしゃがんでいた。中を覗き込んで、何かに目を細めている。
「……これ、全部本物かな〜?」
「何の話ですか?」
「全部、なんとなく本物っぽい置き方してるけど、絵みたいな気もする〜?」
その言い方は少し引っかかった。置き方、というところが。飾り方でも並び方でも配置でもなく、置き方、と言った。
アンアンは壁際に立ったまま、まだ何も言っていない。スケッチブックを胸の前で持って、部屋全体を眺めていた。その目が何を見ているのかが分からなかった。
「では、施設案内と参りましょう」
俺は明るく手を叩いた。
「素敵な共同生活の幕開けですからね。せめて間取りくらいは把握しておかないと……迷子で行方不明なんて笑えませんからね!」
「でも……迷う前に死にそうだわぁ……」
マーゴが言った。声は明るかった。明るい声で「死にそう」と言えるのは、強さか鈍さかどちらかだ。
「うーん、それはそれで困りますが……」
返しながら、俺はラウンジをもう一度ぐるりと見回した。
十三人。
この時点で、もう全員が少しずつ違う方向へ壊れ始めている。
それでも、今はまだ「共同生活」のふりができる。
たぶん、それが一番危ない。