原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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ハーメルンのまのさば100作品超えましたねえ、めでたい。最近になって気づきました。あと、各話タイトル修正してます。


第31話 密室と逸れる視線

 

 

 

 

 

昨夜、のあは自分が見てしまったものの名前を知らなかった。

 

描きかけの絵があった。液体を空中で動かしながら、次の形をどうしようか考えていた。液体は嘘をつかない。動かすと動いた形のままでいる。だから絵を描くのだと。

 

そこで何かが動いた。

 

壁ではなく、部屋の空気の中で。

 

のあは視線がそちらへ引っ張られるのを感じた。引っ張られながら、変だなあと思った。変だなと思いながら、でもそっちを見てしまった。

 

見てしまったものは、光みたいなものだった。光というより、光に見えるように動く何かだった。見ていると、どこから来たのかが分からなくなる。足音は聞こえなかった。扉が開く音も聞こえなかった。

 

のあが「あ」と思ったのは、その次だった。

 

もうその時には、のあの視界は黒で塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裁判前の捜査時間は短かった。

 

短いのに、やることは多い。死体。現場。証言。部屋の施錠。移動経路。アリバイ。魔法。時間切れになれば、それだけで誰か一人が「いちばん怪しいやつ」として押し出される。ゴクチョーはそれでいいのだろう。この屋敷の空気もそういうふうにできている。

 

ノアの死体が見つかった後、誰も大声を出さなかった。昨日ヒロが死んだ時よりも、むしろ静かだった。ひとつ前の死で、もう「人は普通に死ぬ」と全員の身体が学習してしまったからだ。

 

 

 

「最後にノアさんを見たのは、いつですか?」

 

意を決して俺が聞くと、ミリアが最初に答えた。

 

「朝食のあと。ラウンジで見たよ」

 

「ボクも」エマが続く。「でも少しだけ。こっちを見ていなかった」

 

「ウチは見てないぞ」アリサ。

 

「廊下ですれ違った」ナノカ。

 

「ラウンジにいたはずだよ」レイア。

 

「"はず"ですか?」

 

「逐一覚えてるほど暇じゃないからね」

 

「私は暇ですので、そういうのを覚えてしまいますね〜!」

 

軽口を叩いたが、返したのはココの短い鼻笑いだけだった。

 

「それより」ココが言った。「あてぃし、昨夜、通路を通った時、ノアの部屋からキツイ匂いがしてたんだよね。でもいつもああいう匂いするし、気にしなかった」

 

その一言で、全員が少し固まった。

 

「何時ですか?」

 

「……配信中だから記録残ってる。夜の20時ちょいくらいだっけ」

 

「一人でしたか?」

 

ここが少し迷った。

 

「いや。レイアとおっさんと一緒だった。3人で通った」

  

 おっさんというのはミリアのことらしい。なんでもミリアの所作や受け答えが、おじさんのように見えるのだとか。

 

 

 

レイアが腕を組む。

「配信の撮れ高を探してたんだ。別に怪しいことじゃないよ」

 

「怪しいとは言っていませんよ〜!」

 

俺は笑う。「ただ、匂いが強かったということは——」

 

「——血の匂いが、分からなかったっということかしら」

 

マーゴが静かに続けた。

 

「その時もうノアちゃんが死んでたとしても、3人とも気づかなかった可能性があるわね」

 

ココが顔を歪める。

 

「……マジかよ」

 

「まだ確定ではないです〜」

 

俺はすぐ言う。

 

「ただ、昨夜の20時の段階でノアさんが生きていたかどうかの確認が、まず必要ですね〜」

 

 

 

 

 

 

部屋の中を観察した。

 

入口。窓。争った痕。物の位置。ノアの向き。床の色。手元の下絵。

 

感情は後だ。

 

部屋の中は、生活空間というより作業場に近かった。散った画材。倒れたキャンバス。ノアの手についた色。だが、散り方が不自然だ。パニックで暴れたというより、どこか一点に意識を固定されたまま崩れた形に見える。

 

「ノアさんの視線が、天井付近を向いていますね〜」

 

俺は言った。

 

「床でも、扉でも、窓でもない。部屋の内側、少し上の方を見ています。描きかけのキャンバスはテーブルの上で横向きです。テーブルを見るなら視線は水平になるはずなのに」

 

「……見せられたものを見てた顔」

 

ナノカが小さく言った。俺の言いかけた結論をそのまま出した。

 

全員がそちらを見る。

 

「視線、ですか?」俺が聞くと、頷く。

 

「見たいものじゃなくて、見せられたものを見てた顔」

 

その言い方に、少しだけ背中が冷えた。

 

エマが息を呑む。「どうして分かるの?」

 

「なんとなく」

 

短く答えた。その「なんとなく」が、いちばん怖い。

 

レイアがそこで、ほんの少しだけ顔をしかめた。刹那。短い。だが見えた。

 

 

 

 

 

「もう一つ、確認したいことがあります!」

 

俺は部屋の入口から廊下を指した。

 

「ノアさんが倒れた位置から、扉の外まで距離があります。近づいた人間が離れずに刺すなら、扉のすぐ前まで入らないといけない。でも、ノアさんの周囲に、近くまで人が来た痕跡がないんです」

 

「じゃあ遠くから?」エマが言う。

 

「もしくは、ノアさんが気づいていなかった、ということですかね〜」

 

「怪しくねーか? そんなの」アリサが言う。

 

「不思議ですよね〜!」俺は頷く。「普通、人間が近くに来れば気づきます。でも、視線が完全に別のものへ引き付けられていたなら、死角は正面にもできる」

 

「視線誘導みたいな話?」ココが言う。

 

「そういう魔法が存在するなら、可能性はあります〜」

 

「ねえ」ココが顔を上げた。「そういう魔法って、ここにいる誰かが持ってたりする?」

 

沈黙が落ちた。

 

「魔法については、裁判の場で確認しましょう〜!」

 

俺は話を進める。「それより今は、アリバイです。昨夜、20時から就寝時間まで、誰がどこにいたか教えてください〜!」

 

 

 

 

 

 

アリバイ確認は順に進んだ。

 

ココ・レイア・ミリアの三人は「配信後、別々に監房へ戻った」と言った。ここは配信記録がある。ミリアも「ココちゃんと一緒に機材の片付けをしてた」と言った。

 

「レイアさんは?」

 

「別々に戻ったと言ったじゃないか。私は一人で監房にいた。証明できる相手はいないね」

 

「聞いた方は?」

 

誰も答えない。

 

「分かりました〜」

 

マーゴとナノカが互いを証言した。隣同士で、音でわかる。廊下に出た気配がなかった、と。

 

エマとアンアンは医務室。「アンアンちゃんの体調が悪くて、ずっとそこにいた」。

 

「医務室の外の廊下の音は?」

 

「聞こえなかったよ。」

 

 エマが言う。

  

 「だよね、アンアンちゃん」

 

 

「(あぁ、医務室は壁が厚いからな)」

 

 アンアンは自信ありげだった。

 

 

 

 

 壁が厚い……か。確かシャワールームもそうだったな。

 

ハンナとメルルは監房で配信を見ていた。「間違いなくメルルさんと一緒でしたわよ」。

 

「つまり」俺は整理する。「就寝時間帯にアリバイが確認できない方は、レイアさん一人ですね〜」

 

レイアの目が細くなる。「だからといって私が犯人だとはならないんじゃないかな」

 

「ええ、なりませんね〜!」

 

俺は認める。「ただ、もう一つ確認です。配信記録には、3人が通路を通った20時頃の映像が残っているはずです。その前後、つまり19時台から20時の間に、誰かが別でノアさんの部屋へ近づいた記録があるかどうかを調べてください〜!」

 

ココが頷く。「はぁ、あてぃしが確認してこいってことなん?裁判の時でいいじゃん」

 

「ボクも一緒に行くよ、ココちゃん!」

 

エマが立ち上がった。ココは少し驚いた顔をしたが、止めなかった。

 

二人が部屋を出てから、レイアが静かに言った。

 

「……シェリー君の推理は、全部"かもしれない"で繋がってる。証拠はどこにあるのかな」

 

「現時点では、状況証拠だけです〜」俺は認める。「でも、レイアさんにも聞きたいことが一つだけ...…聞かせてください」

 

「何をだい」

 

「昨夜20時頃、3人で通路を通った時。ノアさんの部屋の前を通った時、中から音は聞こえましたか?」

 

レイアは少しだけ答えを遅らせた。

 

「……聞こえなかったよ」

 

「描いていれば、スプレーの音が出るはずです。液体を操る魔法は静かではない。なのに、音がしなかった」

 

「それが何だと」

 

「20時の段階で、ノアさんはもう描いていなかった可能性があります。描くことができない状態だったか、描くことを止められていたか」

 

ラウンジが静まった。

 

レイアは何も言わなかった。

 

沈黙そのものが、少しだけ形を持った気がした。

 

 

 

 

 

 

エマとココが戻ってきた。

 

ココが言った。「配信記録、確認してきた。19時から20時の間に、ノアの部屋の前を一人で通った人間の気配がある。映像には映ってない。でも音は拾えてたっぽい」

 

「どんな音ですか?」

 

「静かな、でも重い。ドアが開く音じゃなくて、廊下の床が少し軋む感じ。一歩か二歩分じゃねーかな」

 

「一人分ですか?」

 

「……二歩、だったかな。でも一人分に聞こえた」

 

「何時?」

 

「19時40分くらい。その後は静かだった」

 

俺は記録する。19時40分。一人分の、重い足音。その後、20時に三人が通った時は音がなかった。

 

「……レイアさん」

 

俺は言う。

 

 

「その時間帯、レイアさんはどこにいましたか?」

 

レイアはしばらく答えなかった。

 

答えなかった時間の長さが、また何かを言っていた。

 

「覚えていないね」

 

「そうですか〜!」

 

俺は笑う。笑いながら記録する。「では裁判の場で、魔法の仕様も含めて確認させていただきますね〜!」

 

レイアは頷いた。頷き方が、少しだけ諦めに近かった。

 

「一つだけ言っておきます〜!」

 

俺は全員に向かって言う。「今日の裁判、真犯人が分からないまま終わる可能性があります。分からないまま終わると、どうなるかはご存知の通りです。それを避けたいなら、今から互いに"自分が不利に見えること"を一つずつ話してください。話さなかった分だけ、バレた時に使われますからね」

 

誰も返事をしなかった。

 

それでも、空気が少しだけ変わった。

 

つまり、実質的な魔法の開示だった。

 

  

 

ココが最初に言った。「……要するに魔法の開示ってことじゃん……。あー、あてぃしの魔法は……千里眼。だけど、あてぃしのことを認知してる人間からしか情報が得られない。だからノアっちの部屋の中は見えてない。ノアっちが配信見てたか分かんないけど。それだけ」

 

 

 

エマが続いた。アリサも渋々口を開いた。ハンナも、ミリアも、マーゴも。

 

全員が話し終わった後、レイアだけが残った。

 

「……私の魔法は、視線を引き付ける効果がある」

 

ラウンジが静まる。

 

「でも、昨夜ノア君の部屋に近づいていない。証明する人間はいない。それ以上でもそれ以下でもないね。」

 

「ありがとうございます〜!」

 

俺は頷く。

 

証明する人間がいないことは、アリバイが成立しないということでもある。

 

だが、ここで追い込みすぎると、場の空気が怖がりに変わる。怖がった空気は、雑な判断を早める。

 

「裁判で、全部確認しましょう〜! 証拠が出揃ってから、決めましょう!」

 

俺はそう言った。

 

そうすることが正しいかどうかは、まだ分からない。

 

ただ、裁判前にここで決め打ちをする方が、もっとまずい結末に近い気がした。

 

描きかけのキャンバス。散った絵具。ノアの手。

 

まだ、全部は揃っていない。

 

 

 

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