原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第4話 鏡の中の化物(犯人:施設職員A)

 

 

俺は善人だ。少なくとも、ここにいるガキどもよりは。

 

そう思わないと、やってられない。

 

施設は"保護"の名目で金が降りる。だが現場は地獄だ。汚物、暴言、噛みつき、夜泣き。俺たちが管理しなければ、こいつらは社会に害を撒き散らすだけだ。だから多少の体罰は必要悪――そう教わったし、そう信じることにした。

 

今夜も帳簿を閉じる。数字はきれいに整っている。余った備品費。消えた寄付金。完璧だ。誰も気づかない。気づいたところで、告げ口できる相手もいない。

 

鏡に映る自分の顔は、少し疲れているが、どこか誇らしげだった。

 

"出来損ない"を飼いならしている優越感。俺は、必要とされている。

 

橘シェリーは特に扱いづらかった。泣かない。怒らない。殴っても反応が薄い。たまに、にこっと笑って「先生、いまのは何のためですか?」と聞いてくる。その問いが一番腹立つ。俺たちは"矯正"してやっているのに、こいつは感謝もしない。

 

周りの職員は言った。「妖精だよ、あれは。人間じゃない」

 

何が妖精だ。俺は笑って流した。子どもは子どもだ。脅威なんて――あるわけがない。

 

そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

――コンコン。

 

 

 

 

 

ノックの音がした。こんな時間に?

 

「誰だ」

 

返事はない。代わりに、ドアがゆっくり開く。立っていたのは、橘シェリーだった。銀色の髪。小さな体。薄い笑み。

 

「……部屋に戻れ。規則だ」

 

言い終わる前に、彼女が一歩入ってきた。足音が軽い。なのに、空気だけが重くなる。

 

「先生、鏡を見てください」

 

鈴を転がすような声。子どもの声なのに、背筋が冷えた。

 

「そこに映っているの、今日の『犯人』です」

 

「……は?」

 

笑おうとした。冗談だと思いたかった。だが彼女の手には、紙束があった。帳簿のコピー。寄付金の領収書。俺が隠したはずの、賄賂のメモ。

 

どうして。どこから。

 

彼女は紙束を一枚ずつ並べていく。まるで裁判の証拠品みたいに。

 

「先生は毎週金曜、見回りの時間を五分だけ早めます。防犯カメラが死角になるタイミングがあるから」

 

「倉庫の鍵は、左のポケット。さっき確認しました」

 

「廊下の電球、一本だけ切れてますよね。暗がりって、落ち着きますか?」

 

言葉が、心臓に針みたいに刺さる。こいつ、見ていたのか。毎日。ずっと。

 

「……脅迫か?」

 

声が裏返る。俺は情けないほど小さく見えた。

 

「私は推理をしているだけですよ?」

 

彼女は真顔で言う。

 

 

 

「先生がこれ以上ここにいると、施設は潰れます。潰れると、みんなが困ります。だから先生はいなくなるのが一番です」

 

 

 

「ふざけるな! 子どもが大人に何を――」

 

 

 

俺は机を叩いた。怒鳴れば引く。そういうガキを、俺は何百人も見てきた。

 

だがシェリーは引かなかった。むしろ、少しだけ嬉しそうに目を細めた。

 

「怒り、出ましたね。 脅迫ですか?」

 

減らず口を叩きやがって・・・

 

俺はドアに向かおうとした。廊下に出れば、誰かが――。

 

だが足が動かない。いつの間にか、机の脚に細い紐が絡まっている。俺の足首に結ばれていた。いつ? いつの間に?

 

笑い声が喉の奥で凍る。

 

こいつは、子どもじゃない。子どもの姿をした、何かだ。

 

 

「動機、証拠、ルート。全部知っています。」

 

シェリーは淡々と言う。

 

 

「先生は"正しいこと"をしてるつもりなんですよね。だから罪悪感がない。」

 

 

「早く解け。誰に見せる気だ」

 

 

 

俺は立ち上がり、手を伸ばした。

 

その瞬間、彼女が笑った。子どもらしい無邪気さではない。

 

 

「ねえ先生。自分が死ぬ理由を説明されるって贅沢なことだと思いませんか?」

 

 

「……死ぬ?」

 

 

 

耳鳴りがした。部屋の音が遠のく。俺は本能で後ずさる。だが背中が、鏡台に当たった。逃げ道がない。

 

 

 

 

「待て、何が目的だ。金か? 言うなら――」

 

 

 

「目的?」

 

 

シェリーは首を傾げた。

 

 

 

「私は名探偵です。積み上げた論理で、真実に至る階段を、整えて導く。」

 

"整える"。

 

その言葉が、妙に恐ろしかった。感情がない。怒りも、恨みも、正義感もない。何が動機なのか理解できない。

 

ポケットを探る。携帯がない。机の上に置かれていた。電源は落ちている。

 

 

 

「先生、助けを呼ぶのは非効率ですよ。この時間ですし。」

 

 

 

彼女は楽しそうに言った。俺には見えないどこかを見ているように。

 

俺は震える手で鏡を見た。

 

そこに映る俺の顔は、恐怖で歪んでいた。俺の正義は鏡の中で粉々に砕けていく。

 

その背後に――シェリーがいた。

 

無機質な笑顔。まるで、鏡の中の怪物みたいに。

 

 

「さようなら、先生」

 

 

祈りも、呪いの言葉も吐けず

 

次の瞬間、視界が反転した。

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