原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第5話 第1段階魔女因子検査

 

 

腕に針が刺さった。感じたのは痛みか。

 

それだけのことなのに、妙に現実感がある。だから、痛みより、「自分の身体じゃない腕に刺さった」という感覚の奇妙さのほうが上回った。細い手首。青白い皮膚。血管が透けて見える。直視させられる、女性の腕。

 

(こんな腕してたんだな、俺)

 

(いや、俺じゃないけどな)

 

白衣の女が淡々と採血管を交換する。俺は黙って壁のポスターを眺めた。

 

今日は健康診断という名目で、午前中で授業が切り上げられた。向こうから来てくれたらしく、学校の中に見慣れない白衣の人間が三人ほど増えていた。恐らく魔女を見つけるためのものだろう。どうやって測定するのかは推測でしかないが、魔女の因子か細胞のような何かがあることは確かなはずだ。

 

(本来、魔女因子検査は高校入学前のはずだ)

 

("第1段階"か。公式サイトにそんな設定、あったか?)

 

知らないことが多すぎる。この身体に入り込む前日に死んだ俺には、本編をプレイした記憶がそもそもない。SNSで流れてきた断片だけが頼りだ。

 

「――橘さん」

 

無表情な男が声をかけてきた。

 

「次は心理チェックです。タブレットを見てください」

 

画面に質問が並んでいた。

 

『あなたは最近、強い怒りを感じましたか?』

 

(感じた。)

 

『眠れない夜がありますか?』

 

(ある)

 

『誰かを傷つけたいと思ったことがありますか?』

 

指が止まる。

 

施設の職員の話だ、と自分に言い聞かせる。あれはシェリーがやったことで――いや、違う。俺がやった。俺の手で、あの頭を。

 

(考えるな。……ダメだ。この身体になってから感情的になる場面が若干増えた。)

 

 

心の葛藤を発散させたかった。

 

 

だから、指先でタブレットを操作しながら、口を動かした。

 

「この質問、ちょっと雑じゃないですか。怒りにも種類があると思うんですよ。"理不尽への怒り"と"自分への怒り"って、全然別物ですよね?」

 

女検査官が眉をひそめた。

 

 

ただのやつ当たりだ。……ここで文句を言ってどうするんだ。

 

「……橘さん、緊張してる?」

 

(してるに決まってるだろ)

 

「緊張? ぜーんぜん。こういう心理診断、面白いから好きですよ」

 

女検査官が何か書き留めた。俺には読めない。

 

機械のボタンが押され、モニターに波形が出る。数字が並ぶ。意味は分からないが、二人の表情を見ていれば大体わかる。

 

何かが、おかしい。

 

男が小さく眉を上げた。女がペンを止めた。二人が目線を交わした。

 

陽性。そういうことだろう。シェリーの身体に魔女になる因子か何かがあることは最初から分かっていた。でないと困る。

 

女がモニターを指さす。

 

「数値が……この年齢にしては」

 

「ああ」と男が静かに言った。「十代後半の臨界域に近い」

 

検査室が静かになった。

 

俺の心臓だけがうるさかった。

 

陽性なのは安心した。だが、

 

(俺が憑依したせいで加速してる? 俺のせいで?魂の引継ぎ?橘シェリーは死んでいない? そもそも魔女因子って男にもあるのか。検査が男女別になってるのは、形式上だけでなく、そういうことか?)

 

 

気になることはいくらでもあった。

 

「先生、そのグラフ、見せてくれませんか~!」

 

「……申し訳ありません。橘さんには見せられないものですので」

 

その声は若干の動揺を孕んでいるように聞こえた。男が椅子を引いた。

 

 

さっきの驚きが嘘みたいに機械的な動作だった。

 

 

 

検査は終わったようで部屋から退出するように指示された。

 

 

廊下に出た。

 

昼間だというのに薄暗い。薄暗いのはきっと照明だけではないな。

 

 

 

ふと思い出す。

 

 

養子の話はどうなっているんだろうか。そもそもそんな話、なかったのか。問題なければ卒業を機に引き取られる。そういう手筈になると、向こうからは可能性を伝えられた。

 

 

 

教室に戻ることになっている。全員の検査が終われば帰宅だ。

 

 

歩きながら、開きっぱなしの書類棚が目に入った。「再検査」「要観察」のラベルが並んでいる。随分、管理が雑だ。

 

 

そのとき、目の前を検査員らしき人物が通りかかった。抱えているのは書類の束。

 

見えたのは一瞬だった。

 

 

 

 

『送致候補:〇〇〇〇』

 

 

立ち止まらなかった。立ち止まったら怪しまれる。廊下を歩き続けながら、その文字を頭の中で何度も繰り返す。

 

 

送致候補。

 

つまりこの世界は、俺が想像していたよりずっと先まで準備が進んでいる。候補者リストがある。ここから選ばれる。

 

 

当然だ。国が動いているのなら、検査一回でいきなり連れて行くわけがない。俺みたいにみなし子ならまだしも、普通は両親への説明が必要だ。いや、そんなことで自分の子供の殺害を親が納得しない。だが、どちらにしろ準備は、もっと大掛かりなはずだ。

 

 

(俺は今、そのリストに乗った)

 

 

廊下の窓を通り過ぎた瞬間、ガラスに自分の顔が映った。

 

 

胃のあたりに手をやる。痛まないはずなのに、何かが重い。幻肢痛というやつだろうか。それとも、ただの気のせいか。

 

封筒を握る手に力が入った。 検査結果らしい。何の意味もないことは分かっているが、それでも意味を持たせるために存在している紙だ。

 

 

それなら、俺は、自分に意味を持たせられるだろうか。

 

 

(もう後戻りはできない)

 

 

シェリーの顔に戻す。

 

 

来た道を思い出して廊下を歩いた。

 

 

 

 

握り直した紙が、やけに重かった。

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