原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

6 / 26




第6話 妖精さん事件簿(傍観者:クラスメイトB)

 

 

 

 

 

 

わたしは、あの子がこわい。

 

かわいい顔で、かわいい声で、にこにこ笑っているのに。近づくと、息が詰まる。胸がぎゅっとなる。たぶん、目が笑っているようで笑ってないから。

 

橘シェリーは、今日も明るかった。

 

「おはようございま~す! 今日もみんな、元気にしてますか〜?」

 

そう言って、笑う。教室が一瞬だけ静かになって、それから小さい笑いが起きる。誰も返事をしない。返事をしたら、何かが起きそうで。

 

事件は、昼休みに起きた。

先生が集めていた募金の袋が、消えた。

 

「え? 昨日までここにあったのに……」

 

先生が困った顔で机の上を探す。みんながざわざわする。誰かが言った。

 

「……ねえ、あいつじゃない?」

 

目が、わたしの隣の席の子に向いた。転校してきたばかりで、まだ友だちがいない子。その子は顔を真っ赤にして、首を振った。

 

「ち、違う……!」

 

先生は困ってる。みんなは疑ってる。わたしは助けたいのに、助け方がわからない。

そのとき、橘シェリーが手を挙げた。

 

「先生、ちょっとよろしいですか?」

 

先生が目を丸くする。でも頼るものがないから、うなずいた。

 

「……橘さん、何か知ってるの?」

 

シェリーは教室を見回した。その視線がひとりひとりに刺さって、みんなが少しずつ固くなる。

 

「まず整理しましょう。募金袋は"消えた"んじゃないですよ。"移動した"んです。物が消えるって、物理的に難しいですから」

 

言い方が先生みたいだった。でも声は子ども。そこが気持ち悪い。

 

「次に。昨日まで募金袋があったのは先生の机の引き出し。鍵は先生しか持ってない……と思ってますよね?」

 

先生がびくっとした。みんなの顔が動く。わたしの隣の子が、もっと赤くなる。

 

「でも先生、体育のとき、鍵を机の上に置いてましたよね。わたし、見てたんです」

 

先生が口を開けて、閉じた。確かに昨日、鍵が机の上にあった気がする。でも、そんなこと言っちゃだめじゃないの?

シェリーは笑った。

 

「犯人は先生じゃないですよ。先生が犯人なら、こんなやり方しません。もっとうまく隠す。先生ならそんな失敗しないと思うので」

 

わたしの背中が寒くなった。わからない。先生のことを、どうしてそんなふうに言えるの?

 

「じゃあ、誰が……」

 

先生の声が震える。シェリーは、わたしの隣の子を見た。

でも責める目じゃなかった。虫眼鏡で標本を見るみたいな目だった。

「昨日、鍵に触れた可能性があるのは、先生と、その時間に教室に残っていた人。鍵で引き出しを開けて、中のものを取り出して、また閉めた。だとしたら、移動先があるはずです」

シェリーは立ち上がって、先生の机をぐるりと回った。それから、何でもないみたいに言った。

 

「机の裏側、確認してみてください。さっき授業中にずっと見てたんですけど、脚の影の形がちょっとおかしかったので」

 

先生がしゃがんで、机の裏を見た。募金袋が、テープで貼り付けてあった。

教室が、一瞬で静まり返った。

そのあと、先生は「よかった……」と言った。みんなは笑った。隣の子への疑いが、そっと消えた。

 

隣の子は、助かった。でも助かったのに泣いていた。泣きながら、わたしに小さい声で言った。

 

「……あの子、こわい」

 

わたしも、うなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後だった。

 

 

 

 

 

みんなが下校するために次から次へと教室から出ていく中、橘シェリーは何やら作業をしていた先生に近づいていった。

 

なんだろうと思い、2人に見えない位置から聞き耳を立てた。

 

しばらくは雑談をしている様子だった。

 

なーんだ、つまんない。そう思って帰ろうとした。

 

わたしは足が止まった。

 

だってシェリーが会話の最後、先生に言ったから。

 

「次から鍵はポケットに入れておいた方がいいですよ。……それとも、誰かに試されたかったんですか?」

 

 

先生の顔が、固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から、みんなは橘シェリーのことを「妖精さん」と呼ぶのが共通認識になった。かわいい言葉のはずなのに、呼ぶときだけ声が小さくなる。

妖精って、人じゃないから。

人じゃないものに正しさを突きつけられるのが、怖いから。

シェリーは今日も笑っている。

 

事件の度にシェリーはこう言う。

 

「えへへ〜。事件解決ですよ〜!」

 

その笑顔が、わたしにはいちばん怖かった。

 

怖いのに、どこかずっと見ていたかった。それが余計に怖かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。