原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第7話  卒業――接触準備

 

 

卒業式の体育館は、埃っぽい花の匂いがした。

 

拍手。校歌。名前を呼ばれる声。全部が遠い。俺は最前列で、座って、笑って、頷いて、役をこなしている。

 

(……卒業か)

 

壇上の先生が泣きながら話している。隣の子が鼻をすする。俺の胸は、ミリほども動かない。何とも感じないのが、なんだか申し訳なく思えてくる。

 

橘シェリーなら、どうしたんだろうか。

 

社畜だった頃、心を無にして理不尽なクレームに頭を下げ続けるうちに、感情が死んでいく感覚があった。今もそれに近い。あの頃は心を削って仕事が上手くなった。今も心を削っている。目的が違うだけだ。

 

式が終わって、外に出る。空が青い。春の風が冷たい。

 

校門の前に、養親が立っていた。男の人は少し背が高くて、女の人はよく笑う。優しい顔。優しい声。先日から施設で面談があって、養子縁組の手続きが進んでいた。みなしごのまま牢屋敷に拉致されるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

シェリーは、この人たちとどう付き合ったのだろうか。わずかな間になるとしても、少しは救われていてほしい。個人的な願望だ。

 

「シェリー、卒業おめでとう」

 

女の人がしゃがんで、目線を合わせる。俺は反射で笑った。

 

「えへへ、ありがとうございます〜!」

 

男の人が少しだけ笑った。その笑い方が疲れた大人のそれで、胃がギリリと痛んだ。

 

(自分と同い年くらいだろうか。話を聞いてやりたい)

 

(それとなく、今度、悩みでも聞いてみるか)

 

嘘を積むほど心が重くなる。でも嘘をやめたら、何か致命的な間違いを犯しそうだ。

 

俺は笑ったまま、頭を下げた。

 

「これからよろしくお願いします。お父さん、お母さん」

 

言えた。言えたのに、胸の中で何かが少しだけ死んだ気がした。

 

全てが終わったら、正直に謝ればいい。

 

 

 

 

 

 

 

家に帰って、部屋のドアを閉める。

 

笑顔の筋肉が解ける。机の引き出しから、ノートを二冊取り出す。一冊は『名探偵日誌』。本物のシェリーが残した観察記録だ。もう一冊は、俺が事件の翌日から書き殴っている原作知識のメモだ。思い出せる限りで書いた。推測も混じっているかもしれない。

 

ページを開く。

 

橘シェリー

・笑顔を絶やさない。読書家。ミステリオタク。自称名探偵。

・「妖精さん」と呼ばれ孤立していた。

・魔法:怪力

 

二階堂ヒロ

・文武両道。正義感が強く、他人に押し付ける傾向あり。

・魔法:不明(公式サイトに記載なし)

 

残りのキャラクターのメモも同じように続く。

 

 

 

情報がなさすぎる。

 

……戦う。誰と。何と。

 

答えは分かっている。牢屋敷だ。裁判だ。処刑だ。

 

中学でやることは決まっている。原作主人公との接触だ。確か桜庭エマだったと思うが、二階堂ヒロだったような気もする。どちらが正しいか、もう確認する手段がない。

 

俺は後者の方が探しやすいと踏んでいる。ヒロの特徴からして、進学校に進む可能性が高い。安易な仮説かもしれないが、これ以上の手がかりがない。遠出するにはこの身では制約があるし、ネットも自由に使えなかった。まずは中高一貫の進学校から当たるしかない。前世ではエリートなんて言葉に縁もゆかりもなかったが、未知の世界に足を踏み入れるのは緊張する。

 

接触の仕方も重要だ。

 

バレないように近づかないといけない。橘シェリーが本来知るはずのない情報だ。それでも2人の関係性だけは押さえておきたい。閉鎖環境では、相手の素性を知っているアドバンテージが生死に関わる。

 

バレないように。でも情報は取る。

 

矛盾している。百も承知だ。それでもやるしかない。

 

窓の外で春の風が鳴った。俺は深呼吸をして、鏡に向かい、笑顔を作る。

 

「ふふっ。名探偵シェリーちゃんに不可能はありません!」

 

部屋は殺風景だった。もうすぐここも離れる。挨拶くらいはしておこう。丁寧な職員の方たちばかりだった。扱いにくい子供だったかもしれないが。

 

卒業は終わった。残りは三年だ。

 

処刑を待つ囚人のような気分だ。執行猶予と言い換えてもいい。

 

どこからだろう。カウントダウンの始まる音が聞こえた。

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