原罪:自称ニセモノ名探偵     作:三日月ノア

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第8話 嗤う観測者(傍観者:月代ユキ)

 

 

人間は、花束みたいなものだと思う。

 

 

 

 

外側はきれいで、近づけば匂いがする。でも匂いは、だいたい腐りかけの甘さだ。腐りかけているから甘い。甘いうちに群れて、甘いうちに傷つけ合って、甘さが失われると今度は誰かのせいにする。そして枯れる。また別の花束が生まれる。また腐りかける。

 

私はそれを、ずいぶん長い時間かけて観察してきた。

 

どれくらい長いかは、今更説明する気もない。少なくとも、この学校が建つ前から、この街が生まれる前から、この国が今の形になる前から、私はいた。その間に何人の人間を見てきたか、数えるのも飽きた。顔は覚えていない。名前は残らない。でも腐り方だけは共通している。キレイな景色の中で誰かが壊れるとき、必ず同じことが起きる。壊れた側に罪が押し付けられて、壊れた側がさらに壊れていく。それを私は何度も見てきた。何度でも同じだ。

 

だから私は今日も、特に何かを期待せずに列を眺めていた。

 

 

春。中学校の入学式の日。

 

校門の前に、真新しい制服が並ぶ。

泣く親。笑う先生。写真。拍手。「おめでとう」。

“キレイな景色”が、今日も正しく点灯している。

 

 

私はその列の端――桜の木の影に立ち、息を浅くした。

 

私の周りの空気は、いつも一歩ぶん空いている。

 

理由はたぶん、私から漏れる匂いだ。

 

本人には薄いのに、他人には刺さる。人間には知覚できる異臭。そういう種類のやつ。

 

「気のせい」って顔で避けられるのは、むかつく。

 

 

キレイな景色は嫌いだ。

 

キレイな景色は、外れたものを必ず踏みつける。

 

泣いたほうが悪い。空気を乱したほうが悪い。助けを求めたほうが悪い。

 

そう言いながら、輪の内側だけがキレイであり続ける。

 

だから私は、壊れたものが好きだ。

 

壊れたものは正直だ。

 

それなのに――壊れる前から壊れたふりをして、最初から安全地帯に立つやつは。

 

一番、嫌いで。

一番、目が離せない。

 

 

物色する。

 

 

名札の『桜羽エマ』。

 

少し先で、背の低い子がきょろきょろしている。

笑う準備をしているのに、笑いどころを探している顔。

誰かに嫌われるのを、はじめから怖がっている目。

 

名札の『二階堂ヒロ』。

 

その隣、背筋だけがやけにまっすぐな子。

 正しさを制服の下に隠して持ち込んでいるとでも言いたげな、硬い歩き方。

 

 

 

 

 

同じ制服。同じ列。たぶんこれから同じ時間を過ごす。

 

 

 

 

――それだけで、人間は簡単に仲間面をする。

 

 

私は仲間が嫌いだ。

 

仲間は、いざとなれば助けないから。

 

 

 

 

 

 

 

そのとき、異質な匂いが割り込んだ。

 

 

甘い紙の匂いじゃない。

新しい布の匂いでもない。

 

 

この場には相応しくないであろう匂い。

 

 

匂いのする方には。

 

 

 

夜更かしでもしたのか隈ができた目の裏。

 

息を飲み込む癖。

 

 

子どもだ。

 

 

 

でも、すり減った大人の匂い。

 

 

 

私は顔を上げた。

 

制服の群れの端、いや、誰にも見えない死角だ。青色の髪が揺れている。

 

  (何者……?)

 

新入生ではない。服装を見れば分かる。外部の人間のようだ。

 

 

近くに寄ると分かった。

 

普通の人間ではない。

 

 

特等席から世界を見下ろしてきた私には、人間の腐り方なんて少し見ればわかる。

 

狂った人間が“狂って見える”ために選ぶ、いちばん正しくて滑稽な狂気の演技。

なのに、内側から漏れてくるものが決定的にズレている。

 

狂っていない。

 

狂っていないのに、必死で狂人の皮を被ってやり過ごそうとしている。

 

あの子も面白い。

 

視線をあの子から元に戻す。

観測者は、観測されてはいけない。

私は桜の影のまま、青髪の彼女を視界の真ん中に置く。

一瞬だけ、彼女の視線がこちらへ向いた気がした。

でも、すぐに逸れた。

 

――見えていない。

いや、見えているのに、見ていないふりをしている。自分の身を守るための、臆病で狡猾な生存本能。

 

上手い。

私はまだ触らない。

壊すのは、もう少し後でいい。

 

この世界で、彼女がいちばんきれいに壊れる瞬間までは。

 

人間は最後に必ず正体を見せる。

 

キレイな景色は必ず血で汚れる。

 

その瞬間が、いちばん美しい。

 

「……見つけた」

 

声は誰にも届かない。届かなくていい。

私の視界のど真ん中で、彼女をはっきりと記憶した。

 

 

 

せいぜい――私を退屈させないでね。

 

 

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