人間は、花束みたいなものだと思う。
外側はきれいで、近づけば匂いがする。でも匂いは、だいたい腐りかけの甘さだ。腐りかけているから甘い。甘いうちに群れて、甘いうちに傷つけ合って、甘さが失われると今度は誰かのせいにする。そして枯れる。また別の花束が生まれる。また腐りかける。
私はそれを、ずいぶん長い時間かけて観察してきた。
どれくらい長いかは、今更説明する気もない。少なくとも、この学校が建つ前から、この街が生まれる前から、この国が今の形になる前から、私はいた。その間に何人の人間を見てきたか、数えるのも飽きた。顔は覚えていない。名前は残らない。でも腐り方だけは共通している。キレイな景色の中で誰かが壊れるとき、必ず同じことが起きる。壊れた側に罪が押し付けられて、壊れた側がさらに壊れていく。それを私は何度も見てきた。何度でも同じだ。
だから私は今日も、特に何かを期待せずに列を眺めていた。
春。中学校の入学式の日。
校門の前に、真新しい制服が並ぶ。
泣く親。笑う先生。写真。拍手。「おめでとう」。
“キレイな景色”が、今日も正しく点灯している。
私はその列の端――桜の木の影に立ち、息を浅くした。
私の周りの空気は、いつも一歩ぶん空いている。
理由はたぶん、私から漏れる匂いだ。
本人には薄いのに、他人には刺さる。人間には知覚できる異臭。そういう種類のやつ。
「気のせい」って顔で避けられるのは、むかつく。
キレイな景色は嫌いだ。
キレイな景色は、外れたものを必ず踏みつける。
泣いたほうが悪い。空気を乱したほうが悪い。助けを求めたほうが悪い。
そう言いながら、輪の内側だけがキレイであり続ける。
だから私は、壊れたものが好きだ。
壊れたものは正直だ。
それなのに――壊れる前から壊れたふりをして、最初から安全地帯に立つやつは。
一番、嫌いで。
一番、目が離せない。
物色する。
名札の『桜羽エマ』。
少し先で、背の低い子がきょろきょろしている。
笑う準備をしているのに、笑いどころを探している顔。
誰かに嫌われるのを、はじめから怖がっている目。
名札の『二階堂ヒロ』。
その隣、背筋だけがやけにまっすぐな子。
正しさを制服の下に隠して持ち込んでいるとでも言いたげな、硬い歩き方。
同じ制服。同じ列。たぶんこれから同じ時間を過ごす。
――それだけで、人間は簡単に仲間面をする。
私は仲間が嫌いだ。
仲間は、いざとなれば助けないから。
そのとき、異質な匂いが割り込んだ。
甘い紙の匂いじゃない。
新しい布の匂いでもない。
この場には相応しくないであろう匂い。
匂いのする方には。
夜更かしでもしたのか隈ができた目の裏。
息を飲み込む癖。
子どもだ。
でも、すり減った大人の匂い。
私は顔を上げた。
制服の群れの端、いや、誰にも見えない死角だ。青色の髪が揺れている。
(何者……?)
新入生ではない。服装を見れば分かる。外部の人間のようだ。
近くに寄ると分かった。
普通の人間ではない。
特等席から世界を見下ろしてきた私には、人間の腐り方なんて少し見ればわかる。
狂った人間が“狂って見える”ために選ぶ、いちばん正しくて滑稽な狂気の演技。
なのに、内側から漏れてくるものが決定的にズレている。
狂っていない。
狂っていないのに、必死で狂人の皮を被ってやり過ごそうとしている。
あの子も面白い。
視線をあの子から元に戻す。
観測者は、観測されてはいけない。
私は桜の影のまま、青髪の彼女を視界の真ん中に置く。
一瞬だけ、彼女の視線がこちらへ向いた気がした。
でも、すぐに逸れた。
――見えていない。
いや、見えているのに、見ていないふりをしている。自分の身を守るための、臆病で狡猾な生存本能。
上手い。
私はまだ触らない。
壊すのは、もう少し後でいい。
この世界で、彼女がいちばんきれいに壊れる瞬間までは。
人間は最後に必ず正体を見せる。
キレイな景色は必ず血で汚れる。
その瞬間が、いちばん美しい。
「……見つけた」
声は誰にも届かない。届かなくていい。
私の視界のど真ん中で、彼女をはっきりと記憶した。
せいぜい――私を退屈させないでね。