音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?! 作:ポ予
『菜切り包丁』禪院菜緒葉の憂鬱
「……キ、キタアアアアアア!!」
禪院家の広大な庭園の片隅で、俺──禪院菜緒葉、6歳──は天を仰いで叫んだ。
叫ばずにはいられるものか。
今現在、俺の脳内には前世の記憶と刻まれた術式の情報が、音MADの爆音と共に奔流となって押し寄せている。
(殴打音)(殴打音)(殴打音)(殴打音)
──人の心とかないんかぁ?
──別嬪さんやけど真希ちゃんはアカン♪
──兄さん方はみんなポンコツやし♪
──甚壱くんはな……顔がアカンわ♪
(ナイフで刺す音) (ナイフで刺す音)
……なんだろう。前世の記憶が戻ってくるのって、もっとこう、暖かい光の中で感動的な映像がじんわりと流れるモノじゃないのか。なんで音圧まみれのビートに乗ったクソみたいな情報ばかりがドカドカ叩き込まれて来てるんだ。頭が割れそうだぜ。
俺の脳を蹂躙しているのは、前世の俺(男)がYoutubeでアホほど見まくった禪院家の音MADだ。呪術廻戦に登場する禪院直哉とその愉快な仲間達のシーンを切り貼りし、暴力的な音圧のビートに仕立て上げた著作権無視の現代芸術。令和屈指のネタキャラである直哉は、サブヒロインの真希ちゃんにワンパンで沈められ、トドメに女中から背中を刺されて死ぬ。このかませっぷりが音MAD職人の琴線に触れたらしく、晩年の俺のYoutubeおすすめ欄は直哉一色だった。
同じ音MAD転生なら、バカヤロイド*1の世界がよかった。俺はデスノートなら全巻持っている。一方で呪術廻戦はアニメすら見ていない。知識の源泉は音MADの断片と、Xのおすすめに流れてきた幾つかのクソコラと、あとはいっぱい人が死ぬ漫画だという噂くらいのもので、原作知識を活かせる余地は微塵もなかった。
……呪術廻戦って、たしか途中で東京が壊滅するんじゃなかったっけ?
私刑が横行しているとはいえ、犯罪者にさえならなければ平和に暮らせる新世界の神の支配下の方がよっぽどマシだ。キラ様助けて。
だが──今の俺に恐怖はなかった。
なぜなら、同時に発現した術式が、あまりにも勝ち組だったからだ。
「『触れた場所に不可視の斬撃を発生させ、該当物質の纏う呪力の質を美味しく操作する』だと……。これ、アレじゃん! 俺、転生チート主人公確定じゃん!!」
全身がカッと熱くなる。溢れ出す万能感。呪術廻戦エアプの俺でも、ラスボスの宿儺がこんな感じのお料理術式の持ち主だったことくらいは知っている。
最強キャラとして名高い五条悟が宿儺の斬撃で真っ二つにされてしまった当時の大騒ぎは、原作を読んでいない俺のもとにさえ届いた程だ。
それに似た術式を持って生まれるなんて、こんなのはもう勝ち確だ。
禪院家に女として生まれ、相伝の術式は双子のクソ弟が引き当て、天才だチヤホヤだと持ち上げられる横で、俺はずっと一人放置されてきた。女だというだけで誰にも期待されず、たまに会う母親以外には名前すら滅多に呼んでもらえない。そんな菜緒葉ちゃん(=俺)にも、とうとう報われる時がきたのだ!
俺は選ばれし天才。この腐りきった禪院家とクソ弟を圧倒的な武力(斬撃)でひれ伏させ、将来的にやってくる真希ちゃん無双をどうにかしてやるぜ!
「見てろよクソ親父ども! 今、歴史が変わるぜ……!」
俺は脳内で完璧なシナリオを再生した。
宴会場に乗り込み、机をスパーンと真っ二つにする。全員が目を丸くして絶句。クソ弟が「アッチ側に立ってるんは……姉貴や……」と震える。扇のおじさまが「我が一族の……誇りよ……」と言う。お父様が膝をつき頭を垂れて「お前こそが禪院の後継だ」と言う。そして俺は満面の笑みを浮かべ──完。
最高のプレゼンを脳内リハーサルしながら、短い足をフル回転させて屋敷の奥へ走る。着物なのでクッソ走りにくい。裾が足に絡みつくたびに殺意が湧く。時代錯誤のクソ実家め。前世の記憶を取り戻す前の菜緒葉ちゃんは自覚していなかったが、いくらおとなしい女児だからってこんな動きづらい服を着せておくなんてどうかしている。
折しも今日は、お父様をはじめとした親戚の有力者連中が集まって飲み会を開催している真っ最中だ。
俺はバターン!! と勢いよく襖を開け放った。
「お父様! 皆様! お集まりのところ失礼いたしますわ!」
前世の記憶を取り戻す前から肉体に染み付いているお嬢様口調が、勝手に口をついて出る。
酒臭い和室に集まった禪院の面々──部屋にいる全員の視線がこちらに吸い寄せられた。
まず目に入るのはお父様だ。盃を片手に上機嫌で座っている。音MADの時代には故人になっているらしいが──多分この酒量じゃ肝臓がもたんだろうな、と妙に納得する。
その膝の上には直哉。俺の二卵性の双子の弟だ。今はまだ無邪気な瞳をきらきらさせているが、この顔の裏にあの将来のドブカスぶりが眠っていると思うと、なかなかの味わいがある。
お父様の隣で姿勢正しく杯を傾けているのが扇のおじさま。たしか作中第3位の炎使いとかいう設定だったはずだが……この神経質そうな表情からはまるで想像がつかない。
そして少し離れた位置に甚壱くん。直哉に「顔がアカン」と言われるキャラだが、別にアカンくはないだろう。野武士系のワイルドなイケメンだよ。直哉の美的感覚の方がアカンわ。
将来のやられ役たちが並ぶ中、俺は仁王立ちで言い放った。
「
そう叫ぶと、お父様は面白そうに目を細めた。
「ほう……菜緒葉か。どれ、やってみろ」
狙いを定める。標的は甚壱くんの前に置かれた、いかにも頑丈そうな黒檀の机だ。
(いくぜ……世界を切り裂く、俺の第一歩!)
全身の呪力を指先に集中させる。イメージは真空の刃。「はああっ!」と気合一閃、机の端に指を叩きつけた。
パシッ。
静寂が部屋を包む。
……机は、割れない。
真っ二つにも、ならない。
「……あれ?」
首を傾げ、触れた場所を凝視する。
そこには、裁縫の針でちょっと引っ掻いた程度の──長さ3ミリ、深さ0.5ミリの小傷が、ポツンと刻まれていた。
「…………えっ?」
「…………」
お父様がじーっとその傷を見つめる。扇のおじさまが、無言で指先をその傷に這わせる。甚壱くんでさえ口元を手で押さえていた。
「……菜緒葉。これだけか?」
「い、いやいやいや! 今のはウォーミングアップですって! もう一回! もう一回やらせて!」
俺は必死に机をペチペチ叩きまくった。
パシッ、パシッ、パシッ!
机の角に、消しゴムのカスくらいの削り跡が次々と量産されていく。
「……ぷっ、あーっはっはっは!!」
沈黙を破ったのは直哉だった。お父様の膝から転がり落ちんばかりに腹を抱え、畳をバンバン叩いている。
「何やそれ! 菜緒葉ちゃん、そんなん木がササクレとるだけやんか!」
「ち、違うのよ直哉! これは構造や硬さを度外視して対象を切り刻んだうえに美味しくしちゃう、とってもすごい術式で……!」
「いや、直哉の言う通りだ」
お父様は呆れたように溜息をつき、盃をぐいっと煽った。
「菜緒葉、お前の呪力量は一般人に毛の生えた程度。呪力効率も呪力出力もイマイチ。その術式……せいぜい、厨房で野菜に飾り切りでも入れるのが関の山だろう。名前も『菜』切り包丁の『菜』だしな。ガーハッハハハ!」
「『菜切り包丁の菜緒葉』か! ちょうどええやん、将来は俺に美味いもん作ってや!」
クソ親子は笑い転げる。「包丁娘」「刺身のツマ製造機」と口々に野次が飛んだ。
扇おじさまは何も言わないが、何故か滅茶苦茶嬉しそうな顔をしている。自分の家に子供ができないのが悩みだから、俺の出来の悪さに安堵しているのだろう。お前もお前で性格に難があるよ。
あまりの怒りに、直哉の断末魔を用いた例の音MADのビートが脳内に鳴り響く。
(……ドブカスがああああああ! ドブカスがああああああ! ドブカスがああああああ!)
天才転生ヒロインの夢は、早々に破られた。
便利なキッチン用品へと成り下がった俺だが、しかしまだ諦めてはいない。
数ミリ切れるなら……首筋の血管だけ狙えば、ギリいけるんじゃね?
そんな物騒なことを考えながら、俺の禪院家サバイバルは幕を開けた。
◇
さて。今後この禪院家で生き残っていくために、まずは状況を整理しよう。
俺は、禪院家当主・直毘人の長女である菜緒葉ちゃんに生まれ変わっている。厳密には転生なのか憑依なのかは正直よく分からない。自分の中にもう一つの魂の気配があって、それが深い眠りについているような、そんな感覚がある。ただ、これまでの菜緒葉ちゃんの記憶はしっかり残っていて、彼女の鬱屈も不満も、まるで自分自身の傷のように胸の奥がじくじく痛む。
お父様──直毘人は、術師としては超一流で、目下の者にも公正な当主だ。しかし、いい親かと問われれば首を横に振るしかない。あちこちで子供を作り、術師の才能がなければ見向きもしない。おまけにアル中。それでも菜緒葉ちゃんは信じていた──強い術式にさえ目覚めれば、お父様はきっと振り向いてくれる、と。呪術界では忌み嫌われる双子のせいで親類からは白い目で見られ、直哉には「俺の出涸らしやね」とからかわれ続けながらも、その一縷の望みだけを握りしめていたのだ。
さっき、その望みは盛大に砕け散ったわけだが。
──もしかしたら、幼い菜緒葉ちゃんはもう色々なことがすっかり嫌になって、心の奥に閉じこもってしまっているのかもしれない。
だったら、俺がやる。直哉達に吠え面をかかせてやるのが、この体を借りている俺の使命だ。
で、そのためには解決しなきゃいけない爆弾が何個もある。俺が音MADとクソコラから得た断片的な知識を総動員して、なんとか整理してみよう。
• 第一の爆弾:東京壊滅。
何年後かは不明だが、クリスマス*2に渋谷で呪霊がなんかヤバいことをやらかして、東京が壊滅的な被害を受ける。詳細? 知らん。クリスマスと渋谷という単語しか手がかりがない。
だが日本を守る禪院家の一員を名乗る以上、これを指をくわえて見ているわけにはいかない。
・ 第二の爆弾:禪院家崩壊フラグ。
21年後、今はまだ影も形もない真希ちゃんが、この腐れ実家を物理的にデリートする。
(俺のお気に入りの音MADに「この27は今日も差別する♪」という歌詞がある。事件発生は直哉がその年齢のときで間違いない)
菜緒葉ちゃん(俺)も禪院の一員である以上、何もしなければ巻き込まれて詰む。
問題は、俺が真希ちゃんの覚醒に至る全体像をほとんど理解していないことだ。真希ちゃんが妹の真依ちゃん共々、父親の扇おじさまに殺されかけたのが引き金──とYoutubeのコメント欄で読んだ記憶はある。だが、そもそもなぜ実の父がそんな凶行に走る? 禪院家は人を守るのが使命の術師だぞ。身内殺しなんて闇堕ちにも程がある。……いや、扇おじさまなら案外あり得るかもしれないな。怖すぎる。
• 第三の爆弾:ドブカス直哉を取り巻く怨恨。
成長した直哉はドブカスに磨きがかかり、「3歩後ろを歩かれへん女は背中刺されて死んだらええ」と公言するようになる。その報いとして真希ちゃんにボコボコにされた挙句、別の女性に背後から刺されて死ぬ。因果応報すぎて同情の余地がない。
扇おじさまをどうにかできたとしても、直哉のような男がいる限り、この家に刃傷沙汰は尽きないだろう。仮に他の誰も直哉を刺さなかったとしても、俺が刺す。
だから俺は、直哉をギャフンと言わせつつ、こいつが女から買ってきた恨みを少しずつ解消していくしかない。
……のだが。
俺──禪院菜緒葉は絶望していた。
「……マジですの?? せめて炊飯器くらいは置きましょうよ……!」
案内された厨房は、控えめに言って昭和へのタイムスリップだった。薄暗い土間。煤で黒ずんだ天井の梁。竈の口からはまだ昨晩の灰の匂いがする。水道も、温水機能などあるわけもない。足元のひんやりした感触が草履越しにも伝わってくる。まな板の木目には長年の使用で深い傷が無数に刻まれていて、この厨房で何人の女たちが声も上げずに働いてきたかを物語っていた。唯一、壁に整然と並んだ磨き込まれた包丁だけが、薄闇の中で鈍い光を放っている。
禪院家の家風は徹底的な男尊女卑だ。女の仕事である料理を楽にするための設備など、誰も気にかけないし、何一つ用意されない。
そして才能なしの烙印を押された『菜切り包丁』の俺は、6歳にしてそんな場所の女中見習いに配属されたのだった。
こんな境遇から東京を守る? 直哉をぶっ飛ばす?
……先行きが不安すぎるぞ。
「何を突っ立っているのです、菜緒葉」
頭を抱えていると、背後から氷のように冷たい声が響いた。
そこに立っているのは扇おじさまの妻、つまりは俺のおばさまだ。彼女はこの家の女中たちを束ねる女中頭だ。その眼光は特級呪霊より鋭い(俺調べ)。着物の衿は寸分の乱れもなく、帯の結び目もきっちりしている。まさに禪院家に相応しい女傑である。
──てかこの人。
よく見たら、音MAD内で直哉を包丁で刺してた人じゃね? 顔立ちはだいぶ若いが、目元にどこか面影がある。あなたのザシュ音(包丁で直哉の背中を刺す音)の音圧にはお世話になりました……。
「菜緒葉、今日から貴女は、ここで女としての弁えを学びなさい」
おばさまは厳しい口調で調理道具の配置を説明し始めた。感情を一切乗せない、事実だけの羅列。包丁の手入れ、竈の火の起こし方、水の量の見極め方。教えることは教えるが、励ましの一言もなければ、目が合っても微笑みひとつない。人間味を削ぎ落としたプロフェッショナル、という印象だ。
こんな恐ろしい人を相手にして、直哉はよくも「その点真依ちゃんは立派やね。真希ちゃんと同じ顔同じ乳。強がっとるけど自分が女やと心底理解しとる」なんて言えたものだな。
いや──待てよ。
真希ちゃんと真依ちゃんが扇おじさまの将来の娘ということは、この人は二人のママじゃん。
マジかよ。
直哉お前、母親の前で娘にセクハラしてたのかよ……。
「……菜緒葉、手が止まっていますよ」
おばさま──未来のザシュ音の主であり、不遇な双子の母となる予定の女性──が、冷徹に俺を急かした。手には包丁がある。そうだ。俺はニンジンの下拵えを教わっている最中だった
この人に同情している場合じゃない。今の俺はただの才能なしの女中見習いだ。
「申し訳ございません。あまりに立派なニンジンでしたので、どう料理してやろうかと」
おばさまが包丁を差し出す。しかし俺はそれを手で制した。
「おばさま。私、包丁は使いませんわ。この指先こそが我が家の厨房の主役だと──あのお父様や直哉に思い知らせてやりますの」
「……何を馬鹿なことを」
呆れた声。
でも──俺を見る目がほんのわずかに変わった気がした。同類を見下ろす目ではなく、何かを見定めるような、そんな眼差し。
俺は自分の中に楔を打ち込んだ。いつだったか大人達が話しているのを盗み聞きした、呪術師としての自分自身への契約だ。
(……『縛り』だ。魂に刻め)
『今後一日でも術式を使った料理をしない日があれば、禪院菜緒葉のただでさえ少ない呪力量をさらに半分にする。その代わり、料理をしている最中の呪力操作の成長率を、『ドブくらりん』のBPMのように早める』
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走った。
呪術的な制約の成立。魂の奥底に、鎖がかちりと嵌まる感触がある。
次の瞬間──視界が変わった。
ニンジンの繊維の一本一本が見える。そこに微かに流れる大地の呪力。俺の指先から滲み出る数ミリの斬撃。それらが精密機械の歯車のように噛み合い始める。
呪力に乏しいなら、呪力効率を極限まで高めて消費を絞るしかない。
パシシシシシシシシッ!!!
厨房に、超高速のミシンが走るような音が響いた。
俺の指がニンジンの表面を撫でるたび、紙一枚よりも薄い斜め細切りが芸術的な弧を描いてザルの中に積み上がっていく。切り口はなめらかで、光に透かせば向こう側がうっすら透ける。一本のニンジンが、ほんの数秒で橙色の羽根のような薄片の山へと変わった。
「なっ……!?」
おばさまが目を見開いた。
俺の術式は、ただ切るだけじゃない。
『該当物質の纏う呪力の質を美味しく操作する』
おばさまも禪院の女だ。俺がニンジンに何をしたのか、一目で見抜いたのだろう。細切りになったニンジンの一片一片に均一に呪力が通っていて、加熱すれば最大限の甘みが引き出されるよう、繊維レベルで干渉が施されている。
おばさまは、今日初めて微笑んだ。
それはほんの一瞬、唇の端がわずかに持ち上がっただけの、見落としそうなほど小さな笑みだった。
「……いいでしょう。面白い意地を張るものですね」
彼女はニンジンをひとつまみ摘み上げ、光にかざして検分する。それからゆっくりと俺に視線を戻し、静かに言った。
「ですが、ここは禪院の厨房。一度でも男性がたが『不味い』とおっしゃれば、貴女の居場所はありませんよ」
この人はずっとそうやって生きてきたのだろう。時代錯誤な家の中で、それでもプロフェッショナルとして自らを律し続け、厨房という女の城を一人で築き上げてきた。そこに悲嘆は決して表出しない。ただ、厳然たる結果だけがそこにある。
俺はまっすぐに彼女を見つめた。
「望むところですわ、おばさま。あのドブカ……弟の舌、私が(物理的に)分からせてやります」
おばさまは答えなかった。ただ踵を返し、次の指示を出し始める。背筋は相変わらず定規のように真っ直ぐで、感情というものを一切寄せ付けない。
でも──その背中を見ながら、なんとなく思った。
21年後に直哉を刺すかもしれないこの人も、昔は菜緒葉ちゃんと同じような孤独を抱えた女の子だったんじゃないか、と。
それは悔しいことのような、悲しいことのような、そんな気もした。だが、すごい人だとも思った。学ぶべきところは山ほどある。
俺の術式なら、厨房だって修行の場になるのだから。
──斯くして、俺の包丁を使わない料理人生活が、今、猛烈な勢い(BPM220くらい)で始まったのである。