音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?! 作:ポ予
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3日目の朝、俺の携帯経由で扇のおじさまから真依ちゃんたちへの謝罪電話が来たので、おばさまに携帯を貸した。会話内容は、多分家族以外が聞くべきものじゃない。あとでロビーで出がけに携帯を返してもらうことにした。
その間、俺はと言えば、ホテルの大きな鏡の前で生成りのジャンパースカートを両手で持ったまま固まっていた。フリルとトーションレースがこれでもかと幾重にも重なり、背中には凶悪な密度の編み上げリボン。まさにかわいさの極致、欲望のフルコースをそのまま服に仕立て上げたような至高のロリィタドレスだ。
『着ればいいじゃありませんの』
生得領域の奥から菜緒葉ちゃんの声がする。ソファに寝そべっている気配まで伝わってきた。
いや、着るよ。着たいよ。着たいけど、今日は料理するんだよ。呪霊を。
前回東京校の家庭科室で大物を調理した時なんて、紫と緑の体液があやうく天井までロケット噴射しかけてなかったか?
『非術師には見えない種類の汚れなのですから、多少跳ね飛んだところで平気ですわ。それに、これからの重要な商談において、格好で先制パンチをかますのは基本中の基本でしょう? 夏油先輩はこの間、私たちのことを弟に異常な執着を抱く変態だと壮大に勘違いしていらしたのよ。ここで小汚いジャージや適当なパーカーで行ったら、本当に変態のまま終わりですわ』
勘違いでもなんでもなく菜緒葉ちゃんはかなりの歪んだブラコンだし、フリルで行っても変態の上塗りにしかならない気もするが、そこはいいのか。
だが、考えてみれば、夏油先輩は特級術師だ。特級術師との正式な商談・交渉の場であるならば、本来なら呪術高専の制服か、あるいは御三家の格式を示す一番上等な着物で臨むのがTPOに即している。しかし今回の唐突な家出旅において、和服など持ってくる余裕はなかった。ならば、いま手元にある最高にドレスアップされた勝負服こそが、相手に対する最大の敬意とパフォーマンスになり得るのかもしれない。俺が一応は御三家・禪院家のお嬢様であることは、向こうも百も承知のはずだ。
パニエはあえて1枚に抑えて裾の膨らみを上品にし、背中のリボンをキュッと結び上げる。鏡の前でくるりと一回転。半拍遅れてふわっとついてくるフリルの重み。
最高。優勝!!
『それでですね、マコくん。他にもございますのよ。じゃじゃーん!』
菜緒葉ちゃんの指示通りに大きな紙袋をガサゴソと開けると、中から現れたのは今日のための新しいプリントタイツと、黒いエプロンだった。肩紐にフリル、裾にもフリル。極めつけには胸当てがバカでかいハート型にくり抜かれている。
「……何これ」
『もうっ、忘れちゃいましたの? 初日にデパートで買ったヤツですわよ! 生成りに黒のコントラスト、最高にカワイイですわ!』
「却下」
『なんで!?』
「今はギリギリ良家のお嬢様の範疇に留まってるけど、このエプロンを重ねたら素人目にはどう見ても秋葉原のコンカフェ店員か、サスペンスドラマの怪しい第一発見者なんだよ! おまけに袖口の油汚れ・返り血対策がゼロ! 行く途中に絶対、割烹着を買うからな!」
菜緒葉ちゃんは「解せませんわ……」としばらく不服そうに頬を膨らませていたが、実用性について熱弁し続けると渋々納得してくれた。
ロビーへ降りると、おばさまと双子がちょうどエレベーターホールに出てきたところだった。今日の三人はネズミのマスコットで有名なテーマパークへお出かけの予定だ。家族水入らずタイム。対して俺は夏油先輩との緊迫したアポ。昨夜のうちにおばさまにはお小遣いを渡してある。受け取ってもらうまでに「いえ滅相も」「どうぞ受け取ってください」の押し問答が5往復はかかった。
「ナオハ、それきのうのやつ?」
携帯を返してもらっている最中、真希ちゃんが目をキラキラと輝かせた。その少し後ろで真依ちゃんが俺のボリュームのある裾をじっと見つめ、それから呆れたように顔を上げた。
「……えーっ、またそれ着るの」
「今日はご一緒しませんもの。ご安心くださいな」
「……ならいいけど」
真依ちゃんは素っ気なく言うと、おばさまの袖をちょこんと引いた。真希ちゃんが振り返りながらブンブンと手を振る。真依ちゃんは一度も振り返らない。だけど自動ドアの向こうへ消える瞬間、彼女のワンピースの裾が、少しだけ嬉しそうにひらりと揺れた。
ホテルを出て無事に割烹着を手に入れたあと、ついでに駅前のドラッグストアへ立ち寄った。
電話口で夏油先輩は「呪霊を玉にして飲み込んでいる」と言っていた。
生のまま、丸呑み。
あの時は衝撃のあまり受話器越しに叫んでしまったが、昨日1日動物を眺めている間に、ふと閃いたのだ。
それって要するに、めちゃくちゃバカでかい不快な錠剤を丸呑みしてるようなもんじゃないのか? と。
ドラッグストアの棚にはちゃんと狙い通りの物があった。服薬補助ゼリー。チューブ入りのレモン味、イチゴ味、そしてチョコ味。ついでに念のため、昔ながらのオブラートの箱もかごに放り込む。
コテコテのロリィタ服を着た女子高生がレジに大量の服薬ゼリーとオブラートの山を積み上げても、店員さんはピクリとも眉を動かさず黙々とバーコードをスキャンし続けた。
東京、マジですごい。
◇
さて、今日会う予定の夏油傑という人物に対する俺の評価は、実のところとんでもなく高い。
彼は一般家庭出身であるにもかかわらず、五条と並んで「最強」と呼ばれるところまで来ている。俺が地球上から根絶やしにしたい「禪院に非ずんば人に非ず」みたいな血統主義の腐った発想に対する、最強の生きた反証とも言える存在だ。
たとえば俺の弟の直哉は強い術師だが、お父様により洗練された相伝の指導マニュアルが一切なかった場合にも同じくらい強くなれていたかというと、十中八九無理だろう。直哉に限らず御三家や呪術師家系の出身者は、幼少期から英才教育を受けている。その莫大なアドバンテージなしにここまで強くなっている夏油先輩には、下手をしたら五条以上のポテンシャルがあっても驚かない。
しかも、呪霊の遠隔操作頼りでもかなりいけそうな能力にもかかわらず、夏油先輩は肉体的にもかなり仕上がっている。彼の黒閃経験有無は知らないが、前線で殴り合うタイプなら、今後の伸び率は青天井だ。すごすぎる。
極めつけには、現状かなりの好青年である。将来テロリストになり、死滅回游なんて謎の儀式まで始めるなんて、想像もつかない。ゲテモノを無調理で丸呑みしながら命がけで日本を守っている夏油先輩の助けに少しでもなりたいと、俺は本気で考えていた。
──埼玉の田舎町。駅から少し歩いたところにある、青くさく甘い緑の匂いが濃く立ち込めるあぜ道のバス停が、今日の待ち合わせ場所だった。
夏油先輩の単独任務の現場近く。
ちょっと物陰に入って帳さえ張ってしまえば、誰にも邪魔されずに調理実験をその場で完遂できる。
古びた電柱と青々とした田んぼ、そして遠くの用水路しか見えない長閑な景色の只中で、黒い高専の制服姿で謎の巾着袋を携え佇んでいた夏油先輩は、俺の姿を捉えた途端、呆気にとられた顔をした。
「ご機嫌よう、夏油先輩」
日傘をそっと傾け、完璧なお嬢様スマイルで優雅に一礼する。
夏油先輩は俺の過剰なフリル服、そして片手に提げたデパートとドラッグストアのパンパンな袋を交互に注視した。その涼やかな目元と表情が微かにひきつっているのを俺は見逃さなかった。
『ほらご覧なさいな! 格好で先制パンチは大成功ですわ!』
菜緒葉ちゃんは脳内で得意げに胸を張るけれど……そうかなー?
これ、単にドン引きされてるだけじゃない??
先輩はしばらく無言で俺を見つめていたが、意を決したようにひとつ質問を投げかけてきた。
「先に確認させてくれないか。電話で君が言った縛り、あれは本当に成立していたのかい」
表に出ているのは俺だけれど、ここは発言者である菜緒葉ちゃんの領分だ。主導権を少しだけ渡すと、口が勝手に動いた。
「ふふ、ご安心くださいな。条件は『次に私と会うまで』でしたもの。お会いしたので、もう時効ですわ」「……つまり、成立していたのかい」「さあ?」
菜緒葉ちゃんは首を傾げて笑った。
「成立していたかどうかは、私にもわかりませんわ♡」
夏油先輩はそっと目を閉じ、天を仰いで深いため息を吐き出した。主導権を取り戻しながら、俺は内心で手を合わせた。すみません。うちの菜緒葉ちゃんが本当すみません。
「……まあいい。確証がなかったから、この2日半、低級は1体も取り込んでいない。3~4級をこの袋に入れておいたよ」
呪符の貼られた巾着袋を夏油先輩は差し出した。電話口で菜緒葉ちゃんが「言質取ったり!」と叫んだあれが、本当に縛りとして成立していたのかは正直誰にもわからない。なのに彼は律儀に我慢し、この怪しげな巾着をぶら下げて歩いていたのだ。純粋か。電車の中とかで「何だあの袋」って目で見られて恥ずかしくなったりしなかったのだろうか。
巾着の口を少し覗き込むと、似たような見た目の黒く光る怪しげな玉が、なんと8個もゴロゴロと入っていた。
「タッパーに入れればいいのに」
「たっぱー?」
「ご存じありませんの?」
「タッパーくらいは知ってるよ。食べ物を入れる透明なケースだろう。食べ物を入れる」
呪霊は本来食べ物ではないと、夏油先輩は言外に主張しているようだ。だが、そんなことを言えるのは今日までだ。
俺は帳をセットして、周囲の視界を遮断すると、さっさと持参した割烹着を装着した。ロリィタ服の上から真っ白な割烹着を羽織り、背中で紐を結ぶ。パニエのせいで裾が巨大な釣り鐘みたいにぽんと跳ね上がり、俺は人類史上もっとも装甲の厚い給食当番に変身した。怪しさのバロメーターが限界突破している自覚はあるが、背に腹は代えられない。
『あーあ、私がチョイスしたハートのエプロンならスタイリッシュでしたのに』
菜緒葉ちゃんは生得領域でうるさい。
「それにしても意外に大きいですわね、この玉。輪切りにしたら呪霊が死んだりします?」
「いや、弱って数週間使役できなくなるが、死にはしないよ。ただ、噛み砕いたり傷をつけたりすると中からえぐみや悪臭が爆発的に増すからね。丸呑みがベストだと思って、普段は切り分けるような真似はしないかな」
「なるほど。ところで、この中で4級呪霊はどれですの?」
「……これと、これと、これだね。全部イカ型の呪霊だ」
「ふむ。では、記念すべき第一ラウンドですわ! まずは現状の基準データの確認として、通常通りそのまま1個、召し上がってみてください」
「……私に対する嫌がらせかい?」
「客観的な比較データを取るための重要なプロセスです! お願いします!」
嫌がらせのつもりはない。
俺には確固たる考えがあった。
呪術では、代償やリスクの大きさが術式の効果を押し上げる。自分で結んだ覚えはなくても、取り込むたびに苦痛を飲み下していること自体が、術式を支える代償として働いている可能性はゼロじゃない。
俺がいつもの調子で呪霊玉を『美味しく』したら、呪霊の支配が緩んだり、取り込んだ術式の効きが落ちたりするのではないか。
だからこそ、同じ時期に捕獲した同じ等級の呪霊を使って、厳密な比較実験が必要だと判断したのだ。
という訳で、容赦なく食べてもらう。
夏油先輩は腹を括ったように4級の黒い玉をつまみ上げると、顎が外れんばかりに大きく口を開けた。
大きな黒い玉が喉奥へずぶりとねじ込まれ、そのまま胃袋へと滑り落ちていく。
顔色ひとつ変えない。眉すら寄せない。味の悪さや不快感なんて微塵も感じさせない、冷ややかなほど完璧な無表情。
五条や他の同級生の隣で、この人は任務が終わるたび、何百回、何千回とこの平気な顔を作って苦痛を呑み込んできたのだ。
その事実を目の当たりにして、胸がぎゅっと締め付けられた。だが、ここで目を背けては記録が取れないし、安易に「お辛いですわね」なんて同情を寄せるのが、どれだけ不快なことかも想像がついた。
「……うん。相変わらず、最低の味だね。胃の裏側が腐っていくような感覚だ」
「召喚して、動作を確認してみてください」
先輩が掌をすっと返すと、空気の歪みとともにイカのような形状の4級呪霊が現れた。「右」と言えば右へすばやく旋回し、「止まれ」と言えばその場にピタリと静止する。支配力に一切の問題はない。
「ご協力ありがとうございます。では、第二ラウンド! 服薬補助ゼリーとオブラートです! 先輩、どれを使ってみますか?」
「オブラートは以前試したが、味は消えなかったよ。……他のものは何だい? とりあえず、そのチョコ味で」
俺はドラッグストアで買ってきたチョコ味の服薬補助ゼリーをスプーンにたっぷり取り出し、二個目の4級呪霊玉の表面に手早く塗りたくった。黒い玉がツヤツヤとした濃厚なチョコゼリーで隙間なくコーティングされる。
「薬の苦味や不快感をコーティングして、味蕾に触れさせずに喉奥へ流し込む文明の利器です! どうぞ!」
「……本気かい?」
心底胡散臭そうな目でスプーンを受け取った夏油先輩は、半信半疑のままチョコゼリー塗れの呪霊玉を口の中へ放り込んだ。
「あ……」
ゴクリ、と喉を鳴らして呑み込んだ直後、夏油先輩がハッと目を見開く。
「……いかがですか!?」
「……滑りはいい。喉越しも圧倒的にスムーズだ。……だが」
夏油先輩は一転して苦悶の表情を浮かべ、胸元をぎゅっと押さえた。
「口に入れた瞬間はチョコの甘さが勝つんだが、呑み込む直前、ゼリーの膜が破れて中の不快感が一気に溢れ出す……!」
「くっ……ゼリーの膜では呪力と不快感の威力を抑えきれませんでしたか……!」
悔しさと共にそう言うと、菜緒葉ちゃんのツッコミが脳内にも激しく響き渡る。
『マコくん、呪霊を舐めてはいけませんわ! 物理的なコーティングなど、あのドブのような呪力の前には無力です!』
クソッ、やっぱり人類の叡智、化学の力だけじゃダメか。
……だが、俺が本当に試したかったのは、苦痛の軽減と服従度の相関についてだ。
「夏油先輩! 喉越しの改善と最初の一口がマシになったのと引き換えに、呪霊の服従度や支配の精度が下がっていないかを確認してください!」
チョココーティングを経て取り込まれた2体目の呪霊は、命令に対して最初の個体とまったく同じ精度・速度で完璧に反応した。
ここまでで、ひとつの重大な仮説が証明された。取り込み時の苦痛を一部軽減したところで、呪霊の服従度や術式の効力には一切悪影響を及ぼさない。
つまり、苦痛は代償などではなく、単なる無意味な不利益に過ぎないのだ!
「では夏油先輩! 本番はここからですわ!」
俺は指先に術式を発動させた。
「科学の力だけでダメなら、我々の呪術を掛け合わせるまでのこと! ──ここからは第三ラウンド本格的な調理術式×味覚変性の実験に入りますわ!」
薄く小さく均一に、髪の毛より何倍も細い切れ目を無数に走らせる。そして切れ目から触れた呪力の層だけを、『美味しい』ほうへ寄せてゆく。呪霊自体は傷つけないよう、干渉するのは、表面を覆う膜のような部分だけだ。
シュワシュワと黒い玉の表面から紫色の薄い煙が立ち上る。雑巾を絞ったような凄惨な悪臭が、急速に消え去っていく。
調理術式の介入によって、今や黒い球体はまるで丁寧に磨き上げられた黒糖ようかんのような、怪しくも深みのある艶を讃えていた。
「……なっ……!?」
夏油先輩の瞳が驚愕で大きく見開かれた。
先ほどまで鼻を突いていたドブのような異臭が消えたばかりか、いま漂っているのは、ほのかに甘く香ばしい、和菓子屋の店先のような匂いだ。
「さあ夏油先輩! 試食をお願いします!」
夏油先輩は心底信じられないといった様子で視線を泳がせた。しかし目の前の変化に対する好奇心が勝ったのだろう。彼は意を決し、黒糖色の玉を口の中へと放り込んだ。
ゴクリ。
喉仏が大きく上下する。
夏油先輩は固まった。そのまま片手を口元に当て、信じられないものを見るような目で自分の手のひらを見つめ、それからゆっくりと目を見開いた。
「……味がない」
「味がない!?」
「ああ……! 正確に言えば、口に入れた瞬間はほのかな黒糖のような甘みがあって、そのまま何の後味も、あの喉を焼き切るような腐敗臭も残さずに……まるで白湯か何かを飲み込んだみたいに、スーッと胃の中に落ちていった……!」
「勝ったーーーーーーーっ!!!!」
俺と菜緒葉ちゃんは生得領域と現実で同時にガッツポーズを決めた!
「テストです! 先輩、その子の服従度を確認してください!」
夏油先輩がハッと我に返り、すっと掌をかざす。空気の歪みとともに、3匹目のイカ型呪霊が滑らかに実体化し、先輩の意図を完璧に汲み取って空中で素敏く舞う。
先ほどの2体と何ら変わらない、いや、むしろ夏油先輩自身の精神的ストレスが皆無だった分、召喚のレスポンスは以前よりも遥かに軽やかだった。
「……服従度にも命令の伝達速度にも、何ひとつ問題はない。完璧だ……。本当に、あの苦痛を一切感じずに呪霊を取り込めた……!」
夏油先輩はイカ型呪霊の滑らかな動きを呆然と見つめたあと、深く息を吐き出して両手で顔を覆った。
「夏油先輩……」
「信じられない。こんなことが本当に可能なのか……。何年も耐え続けてきたあの苦痛が……こんな、あっさりと……」
その肩が微かに震えているのを見て、胸の奥がぎゅっと痛む。けれど、ここで止まるつもりなんてサラサラなかった。俺には野望と野心がある。
「夏油先輩、感動されているところ大変恐縮ですが、この程度で満足されては困りますわ! 今回はあくまで第一段階である不快感の削ぎ落とし』に成功したに過ぎません! 今後は更なる高み……つまり単に苦痛を無くすだけでなく、至高の珍味として味わい尽くす本格調理の検証に入りますわ!」
「ほんかくてきな……調理……?」
「ええ! 今回は残りの呪霊玉についても時間と呪力の都合上、切り込みと呪力層の微小な介入に留めますが、次回はフォンドボー仕立ての煮込みや、花椒と豆板醤を効かせた麻婆炒めなど、香辛料や火入れを駆使した本格的なメニューを試してみたいと考えておりますの! それから、私と一緒に、これからは玉じゃない呪霊の食い倒れツアーにも行きましょう!」
夏油先輩は呆然としながらも、「フォンドボー……麻婆豆腐……」と呟き、ゴクリと唾を呑み込んだ。その瞳には、かつて見たことがないほどの生気と食欲が宿り始めている。
「……だが禪院さん、東京と京都の距離は致命的だ。互いに任務で一緒になる機会も、中々ないだろう?」
「ふふ、それにつきましても抜かりはありませんわ。少々恥ずかしく、また不本意ではございますが……」
俺は一瞬だけ顔を赤らめ、割烹着の裾をそっとつまんで俯いてみせた。可憐なお嬢様ムードを全力で演出する。
「私、自分のコネを最大限に利用しようと思っておりますの!」
「コネ?」
「夏油先輩と一緒の任務を増やして貰えるよう、上に働きかけるのです。非常に情けなく、みっともない話ですが……早くまた強くなりたいので……」
ぶりっ子程度では誤魔化しきれず、軽蔑されてもおかしくない。恥ずかしさで爆発しそうだった。
「お互いの利になることだし、その程度なら別に悪行でもないと思うよ」
「いや! こういう細々とした部分から腐敗は始まるんですのよ。だから我が家も総監部も呪術界も、腐敗しきっているんですわ!」
「折角フォローしたのに……」
「たしかに。自分の都合のいい方向に物事が進んでいるのに、どうして打ち消したのでしょう……」
と、少々アホなやり取りの後、残りの呪霊玉を調理しながら、菜緒葉ちゃんが生得領域からひとつのアイデアを打ち明けてきた。
『これ、もしかして、不味い状態で食べるというデメリットを縛りにすることもできるんじゃありません?』
なるほど!!
俺は大いに納得し、口火を切った。
「夏油先輩。今思いついたんですけれども、ひとつ……ちょっとしたご提案がございますわ」
俺はすっと表情を引き締め、お嬢様口調のまま、真剣な眼差しで夏油先輩を見つめた。
「今後、私が調理できない状況……つまり、緊急事態などで先輩が未調理の生の呪霊玉をそのまま丸呑みせざるを得ない場面についてです。その際は、たとえば『未調理で取り込む呪霊は、取り込み後の使役時には一段階パワーアップさせる』といったような縛りを課して取り込むことはできないでしょうか?」
──呪術高専という組織は、若い術師たちが浅はかな縛りを結んで自滅しないよう、締結には慎重になるよう教育している。そして特級術師である夏油先輩はそもそも、縛り如きに頼らずとも、圧倒的な実力で大抵の敵をねじ伏せてきたのだろう。こんな提案は不要かもしれない。
だが……。
「縛りは結んでナンボですのよ!」
俺は力強く言い放った。
菜緒葉ちゃんも続けて表層に出てきて言う。
「理不尽な苦痛をただ無償で呑み込み続けるなんて、あまりにも不条理で美しくありません! 本来なら回避可能な苦痛と共に生の呪霊を呑み込むというリスクと苦痛の代償……それを『呪霊の能力強化』という形で術式に還元させるのです! 苦痛に耐えた分だけ、取り込んだ呪霊が強くなる……それくらいのリターンを呪術の理から毟り取るのは当然ではありませんか!」
「…………あはは」
沈黙の末、夏油先輩の口から軽やかな笑い声が漏れ出た。彼は心底楽しそうに、どこかすがすがしい表情で笑い続けた。
「……素晴らしいよ、禪院さん。君の言う通りだ。我慢には報いがあるべきだね。……わかった、いくつか縛りを考えてみることにするよ」
「ご理解いただけて光栄ですわ♡」
俺は完璧なお嬢様のお辞儀を披露した。
ふふん、これで夏油先輩が暗い闇に落ちる未来は完全に回避されたと言っていいだろう!
あとは夏油先輩ともっと仲良くなって、ハッピー改革ライフを共に過ごせれば言うことなしだな!!
『大勝利ですわねマコくん! さあ、帰り道で本日の祝勝会として我が家へのお土産と高級スイーツを買い漁りましょう!』
生得領域内のノリノリな菜緒葉ちゃんの声を聞きながら、俺は割烹着を丁寧に折りたたみ、次回の呪霊フルコースの献立に思いを馳せるのだった。