音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?!   作:ポ予

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こんなの美味しくなる訳がない

 準一級呪霊の調理は、これまでのどの等級とも次元が違った。

 

 今回は特別にお父様の許可を得て『炳』の任務に特別に同行させてもらっていた。術式持ちの呪霊を調理できるかどうかの実験のためだ。現場は京都郊外の廃寺。これまで持ち帰ったことのない格の獲物を相手に、俺は人生初の実戦調理に挑んでいた。

 

 獲物の体長は4m程度、巨大な蟷螂に似ている。ただし頭部には人間の顔が三つ並んでいて、それぞれが別々の方向を向いて喚いていた。腕に相当する鎌状の前肢は長大で、一振りごとに空気が裂ける音がする。

 

「──っ、ぐ……!」

 

 崩れかけた本堂の中、俺の正面では『炳』の術師が二人がかりで呪霊を抑え込んでいる。片方は甚壱くんのそれに少し似た攻撃系の術式で、その攻撃力は甚大。一撃ごとに呪霊の体表が弾けて体液の飛沫が本堂の柱に散る。もう片方は対象を視界に捉え続けることで動きを鈍化させる。二人の連携は見事だった。片方が殴って崩し、もう片方が視線で縫い止める。

 そしてそのわずかな隙間に、俺が『菜切り包丁』を差し込む。

 二級までの呪霊なら弱らせて切れ目を入れ、そこから呪力の質を書き換えて活け作りの要領で「美味しく」すればよかった。しかし術式持ちの呪霊を生かしたまま調律するのは、暴れ馬をなだめながら精密な外科手術を行うようなものだった。「触れた生物の感覚を一時的に反転させる」──痛みが快楽に、快楽が苦痛に変わるという術式。俺はこの呪いを「美味しく」しなければならない。しかしこれまでの四級や三級の呪力が持つ灰汁が泥水なら、術式を持つ呪霊のそれは濃硫酸だ。

 術式の発動に関係している場所を抉り取ってしまえば楽そうに思えるが、呪霊は一瞬で死ぬ。というか、こいつはただでさえ既に死にかけなのだ。どうしてかは知らないが、死んだ呪霊の肉体は急速に消滅していく。だからこそ俺はこいつ相手に限界まで手加減して、相手を生かしながら呪力を書き換えなければならない。場合によっては殺すことこそが失敗になる。それが『菜切り包丁』だ。

 

「お嬢様、こっちはあと三十秒が限界だ!」

 

 拘束系の術師が叫んだ。彼の目は充血している。

 消耗が激しいのだ。手間取っている余裕はない。

 

「あと少し……あと少しですわ……!」

 

 切れ目は既に大小合わせて158本入れてある。呪力の質を書き換える作業についても7割方完了している。ただ、残りの3割──食った人間の消化に使っているらしい、腹部に凝集した呪力が、現状最も強固に抵抗している。ここを突破できれば準一級呪霊の完全調理という前人未到の領域に到達するが──常識的に考えて、今まさに人間を消化しかけてる奴を丸ごと美味しく頂ける訳がない。この部位はもう諦めてしまうか、消化されかけであろう中身ごと「美味しく」するか、それとも──。

 

 俺は3つ目の選択を考えていた。

 腹部をぶん殴って中身をなるべく1箇所に集中させ、それからその部分を抉り取る。あとは呪霊自身の回復力に頼り、その間に調理をする。

 

 何度も殴れば多分死ぬ。だからなるべく素早く、そして呪力の打ち出しと打撃とのラグを縮めて最大限の効果を出せるように──一発で決めるのだ。しかし、拳が呪霊にぶつかった瞬間──

 

「あ……」

 

 目が眩むような()()()()()()()が散ると同時に呪霊の体表に亀裂が走り、三つの人面が同時に裂けるような絶叫を上げた。轟音。埃が舞い上がり、視界が白く染まる。

 俺は反射的に後ろに飛んだ。甚爾くんの修行で叩き込まれた──厳密には遊ばれながら身についた瞬発力が、呪力の流れる体を勝手に動かしてくれる。着地の衝撃が足裏から脛に抜ける。

 

 ──なんだったんだ、今のは。

 

 凄まじい全能感が込み上げている。意図的に細かく調整している呪力操作の全てが、これまでになく上手く行っているような──いや、そんなことを考えている場合ではない!

 

 土埃が晴れると、呪霊の巨体はすでに崩壊を始めている。人面蟷螂の輪郭が煙のように薄れ、断末魔の呻きが本堂に残響している。

 

 やべーよ。大失敗じゃん。

 うっかり殺しちゃったよ。

 

「ごめんなさい! こんなに色々してくださったのに!」

 

 慌ててその場に土下座した。

 これだけ苦労をかけておいて、力加減をミスってうっかり呪霊を殺したなんてシャレにならない。人喰いであることは一旦考慮せずに調理するだけしておいて、えぐそうな部分は残してもらう方針で行った方が良かったのかもしれない。

 しかし術師達の反応は意外だった。

 攻撃系の術師が優しげな顔で言ってくれる。

 

「いやいや、今のは黒閃だよ、お嬢様」

「黒閃? ……そんな技があるんですの?」

「狙って使う技というより、調子がいい時に割と起きやすい現象かな。攻撃の威力が2.5乗になるんだ」

「なるほど……」

「いやぁ。マグレでもすごいさ。そもそも初の準一級で七割まで調理できたんだから、充分すぎる成果だと思うな」

 

 この術師はいつもとても親切で、俺の呪霊料理プロジェクトにも積極的に協力してくれている。彼は爽やかな笑みを浮かべ、膝をついた俺に手を差し伸べてきた。

 

「黒閃を経験すると一気に調子が上がるよ。新しく試したいことも今後もっと増えるんじゃないかな。……困ったことがあればいつでも頼ってくれ、お嬢様」

「お心遣い、痛み入りますわ」

 

 差し出された手を取って立ち上がる。

 本来の目標を達成できなかったのに優しくしてもらえた。こうやって炳の中にも少しずつ理解者が増えていくのは心強い。躯倶留隊だけでなく、主力部隊の中にも俺の術式を認めてくれる人がいる。禪院家には人権無視のひどい風習も大量に残っているが、人助けをしている以上は根本的には善い組織なはずだ。いつかはこの人達が将来の直哉を支え、そして真希ちゃんの居場所を作ってくれるようになる。そう思いながらも、何か見逃していることがある気がする。いや、見ないふりをしているのかもしれない。

 

『たとえば、もしも禪院菜緒葉が厨房での仕事を嫌がって、ついでに片割れも相伝の術師じゃなくて、挙句の果てに当主になりたいなどと言い出したりしてたら……それでも躯倶留隊の皆さんは優しくしてくれていたと思いますか?』

 

 あの問いを思い出す。

 俺は禪院家の根本をまだ変えられていない。

けれども根本にある最も大きな一つの問題というのは何なんだ? そして俺はそれを解決するために、何をどうすればいい?

 

 

 

 

 

 禪院家に戻ったのは夕刻だった。

 流石にくたくただったが、夕餉の支度の時間だ。着替えを済ませて厨房へ生き、魚の下処理を始める。

 軽く触れれば鱗取りは完了、続いてエラぶたを開けて指を突っ込むだけで頭は落ちる。あとは腹に切れ目を入れて内臓を取り出し、水洗いをして中身をしっかり拭き取ればおしまい。

 我ながらなんて便利な術式なんだろう。生きた人間を傷つけないという縛りがいい方向に働いて、多少のミスがあっても指が切れないのもいい。最初の方はかなり苦労したものだった。

 

 一旦塩を振って、それから食料酒の補充のためにと外に出たその瞬間のことだった。通用口の向こうから話し声が聞こえた。

 

 先ほど優しい言葉をかけてくれた術師と、お千代さんだ。遠目には爽やかなエリートと女中の談笑に見える。だが何かがおかしかった。距離が近すぎる。お千代さんの背中が壁に押しつけられるような体勢で、いつもの快活さが表情から消えている。

 適当な理由をつけて割って入ろうとした。しかしその前に、お千代さんの声が聞こえた。

 

「……申し訳ございません。私、甚爾様という心に決めた人がいますので」

 

 その言葉を聞いた瞬間、つい数時間前まで俺と共に戦っていたその男の表情が、一瞬にして醜く歪んだ。袖にされた怒りだ。任務中は穏やかで紳士的で、優しく手まで差し伸べてくれた人と同一人物とは思えない。

 まずいと一発でわかって、無邪気を装ったお嬢様スマイルで割って入った。

 

 「お千代さん、おばさまがお呼びですわよ」

 

 嘘だ。だが、嘘も方便だと思う。

 すると男は普段通りの優しい顔に戻り、「ああ、邪魔したね」と何事もなかったように去っていった。その背中を見送りながら、俺は自分の手のひらがじっとりと汗ばんでいるのに気づいた。

 さっきまで頼もしかった味方。困ったことがあればいつでも頼ってくれと言ってくれた人。その同じ人間が、ただ誘いを断られただけであんな顔を見せた。優しくて穏やかな人だと思っていたのに。

 

「お千代さん、エリートの誘いをあんなにバッサリ断って大丈夫なんですの……?」

「だって嫌ですし。あれでも、かなり我慢して丁寧に断った方ですよ」

 

 お千代さんはケロリとした態度で言った。彼女らしい真っ直ぐさだ。この人の禪院家っぽくない素直さは好感が持てる。けれども得体の知れない胸騒ぎが止まらない。中学を出てすぐにこの家に勤めているお千代さんは、少し世間知らずなところがある。あの手の男は今後もしつこく言い寄ったり、意趣返しに仕事に差し支えるような嫌がらせをしたりしてくるのではないか。

 

「……また絡まれるとよくないから、1ヶ月くらいはなるべく他の方と一緒に行動した方がいいですよ、お千代さん」

「うーん、そうかもしれませんね」

 

 お千代さんの反応は気楽なものだった。

 厨房での仕事が終わるまでの間、俺は何度もお千代さんの方に目をやった。彼女はいつも通りに笑い、いつも通りに仕事をこなしていた。

 洗い物をしながらお千代さんは軽い調子で愚痴を言った。

 

「この厨房、いい加減に温水を出せるようにしてほしいですわよねぇお嬢様。冬場なんて指がちぎれそうになりますもの」

「全体改修が必要だから意思決定層が及び足になってるんですの。でも私が1級呪霊を料理できるようになったら、きっとみんな意見を変えますわ。そうしたらIHを置きますわよ!」

「楽しみにしてます、お嬢様」

 

 別れ際のお千代さんは笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、生得領域で菜緒葉ちゃんは開口一番詰め寄ってきた。

 

「お千代さんは警戒心薄すぎですし、マコくんもそうです! いつまで現代社会の感覚をひきずっているんですの! 本来なら高校生のお千代さんはともかく、マコくんは大人だったんだからもっと注意しましょうよ!」

 

 白い空間に浮遊していた最近の彼女のお気に入りのアニメのポスターは全部剥がされ、コスプレもなしの真剣な様子。

彼女の高圧的な態度はいつものことだ。けれども俺の足元の彼女の瞳に宿る本物の恐怖に気づいてしまって、思わず言葉を飲み込んだ。

 

「……」

「マコくん、これからお千代さんをなるべく裏方に配置してもらえるようおばさまに頼んだ方がいいですわ。あの男と接触する可能性を、一秒でも、一分でも削るんです」

「誘いを断るのがやばそうなのはわかってる。逆恨みとか……」

 

 宥めようと口を開きかけたが、菜緒葉ちゃんはそれを鋭い声で遮った。

 

「いや、まずいのは誘いを断ったこと自体ではありませんわ。……甚爾くんと比べたのが最悪です。あれは致命傷になりかねません」

「……致命傷? たかが好みの話だろ?」

 

 菜緒葉ちゃんは地味な和服の袖口を、指が白くなるほど強く握りしめる。

 

「それが平和ボケだというんですよ、マコくん。……白状しますわ。本当の甚爾くんを目の当たりにするまで、私ですらあの人を下に見ていました。次期当主としてちやほやされて調子に乗っていた弟ならともかく、出涸らしで、術式が発覚するまでは何の役にも立たなかったこの私が、ですのよ? 禪院という家に生まれれば、呼吸をするのと同じように『呪力のない者は人間ではない』という価値観が魂にまで彫り込まれるんです」

「……」

「お千代さんが甚爾くんを選んだということは、自分が猿以下の存在だと言われたのと同じ屈辱なんですのよ」

 

 事態の深刻さが、冷水を浴びせられたようにじわじわと脳に浸透していく。俺は軽率だった。

 この家に現代的な人権感覚はない。

 常に暴力や死と隣り合わせの環境にいる人間は、暴力への閾値が下がる。そして術式を持つ者は呪霊を祓える。だから偉い。だから暴力を正当に行使できる。命懸けの仕事をしている人間は立派だと思っていた。多少なら仕方ないのかもしれないとも思っていた。

 だが──

 

「マコくんのおかげでこの家は少し優しくなった部分もあります。でも、その優しさが向けられるのは、有能で従順な者に対してだけ。マコくんの演じる禪院菜緒葉は、この家の男にとっては最高に都合のいい女なんです。……で、猿に懸想する異種姦趣味の女に、彼らの優しさは向けられるでしょうか」

 

 これまでずっと目を逸らしてきた。

 気づくための手がかりは幾らでもあったのに、見過ごしてきた。

 禪院菜緒葉は呪力が少ないなりに沢山工夫して、人生で初めていろんな人から見てもらえるようになった。それが単に都合のいい存在として優しくされていただけだなんて、虚しすぎるから。

 けれどもこれはそんな甘い話ではなかった。

 この家の女は、男に都合の悪いことをしたら排除される。そしてその「都合の悪いこと」というのは、本当にどうでもいいことだったりする。

 

「……お千代さんは普通に人を好きになっただけなのに」

 

 菜緒葉ちゃんは少しだけ悲しそうな顔で視線を逸らした。それから、いつもの皮肉な声色を取り繕おうとして、取り繕いきれなかった中途半端なトーンで言った。

 

「マコくんのこれまでの頑張りに水を差すのは本意ではありませんのよ。でも、お千代さんに何かあってからでは遅いでしょう」

 

 言い聞かせるような口調。彼女は俺のことを「男だからこそ〈女〉を上手くやれる」と以前評した。その言葉について、今改めて思い起こされる。

 

「……いや、俺のこれまでの考えの方が浅かった」

 

 

 

 ──俺の浅はかな甘さの結果は、すぐに出た。

 いや、菜緒葉ちゃんですら事態を軽く見ていたのだ。

 俺は元々男で、菜緒葉ちゃんは賢いけれども6歳児。もしも俺たちがもっと禪院という家を理解していたら、もっと上手くやれたのだろうか。

 

 

 

 

 翌朝、お千代さんは厨房に来なかった。

 

 

 おばさまは早朝から当主の間に呼ばれていて不在だった。胸騒ぎを抑えられず、行き交う使用人たちに昨夜のことを問うても、誰もが視線を泳がせ、不自然に口を噤む。お千代さんが毎朝、軽やかな鼻歌まじりにこなしていた水回りの掃除を、別の女中が引き継いでいた。感情を去勢されたような機械的な動作。蛇口から跳ねた水が落ちる音だけが、静まり返った空間にやけに鋭く鼓膜を刺す。

 

 昼前になって、おばさまが当主──お父様の元から戻ってきた。その顔は能面のように白く冷たかった。おばさまは厨房に入るなり、何も載っていないまな板の前に立ち、手近な出刃包丁を握りしめた。金属が木を叩く硬い音。それが静まり返った厨房に3回響いた。不機嫌な時の、この人の癖だ。他の女中たちは無言で肩を震わせ、手元の作業に没頭するふりをして目を伏せた。

 

「おばさま、お千代さんはどこですの? 昨夜、炳の方に絡まれていたんです。何かあったんでしょう!?」

 

 駆け寄る俺の声を、おばさまは凍えるような視線だけで遮った。

 彼女は包丁を置き、俺の顔をじっと見つめる。その瞳に宿っていたのは、底の見えない沼のような、静かな諦めだった。

 

「場所を変えましょう、菜緒葉」

 

 おばさまが俺を連れてきたのは奥まった薄暗い食料貯蔵庫だった。古びた木の棚、充満する塩と糠の匂い。外光の届かないその閉鎖的な空間で、おばさまは感情の抜け落ちた声で、淡々と事実を告げた。

 

「……あの子は死にましたわ。昨夜のうちに」

 

 言葉が脳に届いてから意味を結ぶまでには、ひどく時間がかかった。

 お千代さんが。死んだ。

 俺が暖かい布団の中で菜緒葉ちゃんと話していた、まさにその時間に。

 

「……何が、あったんですの」

 

 絞り出した声は自分のものとは思えないほど掠れていた。

 

 おばさまが語った真相は、俺の想像を絶するほどに醜悪で理不尽なものだった。あの男はお千代さんを自室に連れ込んだ。抵抗する術などない。この家でも指折りの呪術師と、ただの女中。象と蟻ほどの差がある。それでも彼女は抵抗し、それが相手の嗜虐心を煽った。

 

「……最中に、首の骨が折れたそうですわ。遺体はそのまま、懲罰房の呪霊に食わせました。証拠隠滅というよりは、単なる後始末ですね」

 

 胃の奥から酸っぱいものが込み上げてきた。

 俺たちが「明日はこうしよう」と夢想していた間にお千代さんは地獄の苦しみを味わい、肉の塊として処理されていたのだ。

 

「……その男は、どうなるのです?」

「直毘人様の聴取の結果、懲罰房で5日間過ごして生き残れば2ヶ月謹慎。その後は厳重な縛りを与えての復帰が決まりました。……下手人は炳の主力でしたから、最終的には戻ってくるでしょうね」

 

 さらりと言われた言葉が理解できなかった。

 

「人殺しが呪術師に復帰できるの? 人を、人を殺したんですのよ!?」

 

 激情が喉を焼く。叫びが込み上げる。

 呪術師は人を守る仕事だったはずだ。それなのに、そんな穢らわしい人殺しが……戻ってくるって?

 許せない。あり得ない。

 おばさまは凍りつくように冷たい手で、俺の震える肩を抱き寄せた。

 

「呪術師は呪詛師を殺すこともある職業ですよ、菜緒葉。普通の人間のように法で裁き、牢獄へ入れることはできません。殺す数よりも救う数が上回ることが確実なら、復帰させない手はありません。それがこの家の、呪術界の天秤です」

「そんな……」

 

 涙が溢れる。泣かずにはいられない。叫ばずにはいられない。こんな家で奮い立った自分ごと汚いものに塗れた思いがする。

 それでもおばさまは表情を変えなかった。

 この家では、年が上の女性ほどこういう能面みたいな顔をしている。その理由が今ならはっきりわかる。

 

「泣くのはやめなさい。これでも重い罰なのです。先代様なら翌朝には任務に就かせていました。身寄りのない女の死を揉み消すなど、この家では容易なのですからね」

 

 叱咤にも似た声は「諦めろ」と言っている。ここは初めからそういう場所だったのだと言っている。

 

「……」

 

 答えられない。

 そんな俺をおばさまは真っ暗な目で見つめ、説き伏せるように言った。

 

「可哀想に、あなたは幼いからまだ理解していなかったのね。この家の女中は、この家の男の妻と娘と、いつ手を出しても構わない女で構成されています。千代は三番目でした。備品が主人の機嫌を損ね、壊れた。ただそれだけの話ですよ」

 

 

 そして、俺は──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




必要な話だと思い、当初から予定していました。
音MADだけをみていると確実に以下2つの勘違いをするからです。

①真希は一貫して超強い
(普通は髪染めてる怖い親戚が足ピアノしながらあの悪口を言ってきたら泣きます。「ケツしか見てねえと思ったぜ」とかも自分より強い男に言えっこないです。なので常識的に考えればこの時点での真希でも直哉と同じくらいには強いだろうというのが原作未履修勢の感想となるはずです)

②禪院代表のカスは直哉で、そこが上限かつ禪院家崩壊の引き金
(音MADを基準に見れば禪院家は「ドブカスなこと言ってる直哉と愉快な仲間達」なので、扇の娘殺しも下手すりゃ直哉の陰謀と誤解されるレベルですよね。実際は直哉は1人で勝手にドブカスやってるだけですし、なんならあの家の中でも友達いなさそうですが。そして真の戦犯は扇だし、甚壱には顔以外にもあかん所があり、かといって個々人の性格だけが問題かというとそれも違うという…)

そしてさらに、何話かかけて仄めかした通り、主人公には以下の問題もあります

③頑張って禪院に適合しすぎているので、反抗的かつ無能と判断された女の扱いがどの程度までエスカレートする可能性があるかを知らない
(真希は『反抗的な子』だから始末されかけた)
④同僚の女中達は概ね甚爾に優しく、特に仲良い人たちに至っては甚爾くん大好きなので、フィジギフ本来の迫害度合いを見誤る
(女中の皆さんが甚爾に優しいのは彼が女心をくすぐるプロヒモだからであって、真希に同じ態度とは限らない)
⑤呪術師は基本的には正義の味方なのだと勘違いしている
(原作を読んでいればなぁ…)

今回の件を体験しなかった場合の主人公は①~⑤に気づくのが遅れます。
結果禪院の暗部から歳を経るごとに遠ざけられつつ重用され、手柄をいっぱい立てて女中みんなの昇給とキッチン新調を達成(あとはセクハラを見かけたら庇う)。それにより「我が家の男尊女卑もだいぶ良くなってきたな!」と判断します。しかし真希は原作以上のルナティックヘルモードになるでしょう。本当なら娘を一番に庇わなきゃいけないはずの扇夫妻の態度が確実に大幅悪化し、躯倶留隊も主人公と真希を比べるからです。残りのメンツも原作と大差ないんじゃないかと思います。

後は言わんでもわかるやろ、詰みや。死ぬで君。

しかしそのルートは脱したので、次回からは禪院家半壊編へいきましょう。乞うご期待!

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