音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?!   作:ポ予

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『浴』についての独自解釈が滅茶苦茶あります。


禪院家悲劇的ビフォーアフター

 俺が家の端っこでチマチマと自分なりの反乱を繰り広げている間に、本丸の方がとんでもないことになっていた。たしかに俺は「こんな家ぶっ壊れちまえ」と思っていた。厨房を破壊し、卓球台を割りテレビをぶん投げた。でも、そこら中にひび割れが走り、母屋の屋根が物理的にくの字にひしゃげるような、そんなダイナミックビフォーアフターを頼んだ覚えはない。

 

 えっ、真希ちゃん襲来前にこんな最終決戦(エンドゲーム)みたいなピンチが来るの?

 聞いてないよ。

 というか、この破壊の規模……。

 

 何???????

 

 数秒フリーズした後、俺は前世にお気に入りの動画で聞いた蘭太くんのセリフを思い出した。転生から1年以上が経過し、そろそろうろ覚えだが、たしか「禪院家が全員いるのは当時の甚爾の気まぐれ」……的なやつだ。

 

 ……その気まぐれが完全に終わりを告げている気がする。

 

 

 

 呪力枯渇で笑う膝を叱りつけ、ふらふらしながら池に浮いている扇のおじさまを引っ張り上げる。失神状態の成人男性を池からサルベージするのは、疲れ切った幼女の体力では死ぬほどキツい。

 

「……っ、ハァ……っ。ひ、一人でやるもんじゃありませんわね……!」

 

 濡れ鼠になってゼェゼェ言いながら、同じくずぶ濡れのおじさまを芝生に転がしていると、複数の懐中電灯の明かりが近づいてきた。躯倶留隊の面々だ。

 

「な、菜緒葉ちゃん!? こんな時間にこんな場所で何やってんの! 逃げて、早く! 今あっちでゴジラみたいなのが暴れてるから!」

 

 先頭を走ってきた健太郎が、俺の姿を見るなり悲鳴に近い声を上げた。

 

「落ち着いてくださいまし。一体、何が起こっていますの?」

 

 俺が問いかけると隊員たちは、震える声で口々に絶望を報告し始めた。

 

「いやぁ、出て行き際にあいつ、懲罰房から『炳』のあの人を引き摺り出してな。そのまま衆人環視の中でタマを潰したんだ。それを注意しようとした術師が投げ飛ばされ、取り押さえようとした奴らがさらに……」

「おい! 女の子の前でそんな下品で野蛮な話をしちゃダメだろ、常識的に考えて!」

「いや、でも物理的に潰したんだぞ!? あとついでに骨もいっぱい……。あれはもう反転術式でも再起不能、男としても術師としても死んだも同然だ……!」

「そんなのの後始末に巻き込まれて扇さんもカワイソ……」

 

 俺は自分の殺意をどう処理するかで手一杯だったが、考えてみれば、今回の件で怒っていたのは俺だけではなかった。

 お千代さんと甚爾くんは別に付き合っていたわけじゃない。彼女が一方的に金を貢いだりアプローチしていただけの間柄だ。甚爾くんにとっての彼女は単に、都合のいい女中のひとりに過ぎなかったのかもしれない。

 それでも。

 自分のことを「好きだ」と言っていた真っ直ぐな女の子が自分に懸想したという理由だけでゴミみたいに殺されて、それが真っ当に裁かれることすらない。そんな環境で、平気でいられる人間がいるはずもない。

 元々クソだと思っていた家だし、もう出るかとなって、あとはまあみんなの言ってた通りの流れか。

 

「……そういうわけで、今、甚壱さんと直毘人様が甚爾を説得中(物理)だから、菜緒葉ちゃんはあっちへ行っちゃダメだ。お風呂入って自分の部屋に戻って寝てなさい。送ってくよ」

 

 健太郎にそう促され、足の力がふっと抜ける。次の瞬間俺は、隊員の誰かの背中に背負われていた。前が全然見えない。

 

「ま、待って。下ろしてくださいまし! 直哉を起こしてこなきゃ……!」

 

 しかしみんなは俺を笑うばかりだ。

 

「いやぁ、菜緒葉ちゃんは今日も優しいなぁ。こんな地獄絵図の中で、真っ先に弟を心配するなんて……」

「流石は菜緒葉ちゃん、双子だけあって、直哉様の分の『人の心』まで全部持って生まれてきたんだなぁ……」

 

 俺が直哉の心を吸い取ったとでも???

 ……いやいや、今はそんな高度なツッコミを入れている場合ではない。

 違う。違うんです。

 直哉は甚爾くんの大ファンなんだ。その甚爾くんが家出ついでに大暴れするなんていう歴史的瞬間を寝過ごしたと知ったら、あいつの性格上、一生どころか来世まで俺を呪ってくるに違いないんだ。

 しかし、俺の懸念をよそに運搬担当の足は止まらない。

 

「きっと誰かが優先的に直哉様を保護してるから、大丈夫だよ……」

 

 優しい言葉をかけてもらえたが、そういう意味じゃないんだよな……と思いつつ、俺はそのままズルズルと運ばれていく。もう観念するほかないのか?

 だがその道中、廊下の真ん中で隊員たちが一斉に足を止めた。

 そして盛大な悲鳴が上がる。

 そこには、俺が先ほどベキベキに叩き壊した卓球場の無残な姿があった。

 

「……おい、嘘だろ。卓球場まで壊されてやがる!」

「極悪非道だな! あの野郎、クソッタレな禪院家という名の砂漠の、数少ないオアシスを……っ!」

 

 崩壊した卓球台の無残な姿を見て、屈強な男たちが本気で涙ぐみ始めた。

 

「……いや、それは、その……」

 

 えええええ!

 泣くの!? そんなに泣くほど、この卓球台、みんなの心の支えだったの!?

 

「許せねえよ禪院甚爾! 卓球台に何の罪があるってんだ!」

「俺は明日から何を楽しみにすればいいんだ……」

 

 悲憤の声が夜の空気に満ちる。

 今、恐るべき冤罪が爆誕しようとしていた。

 いや、「私がやりました」と正直に白状すればいいのだが、卓球を奪われた男たちの怒りは明らかに常軌を逸していた。ここがこんなにも躯倶留隊の皆さんの心の支えになっているとは思っていなかった。逆上した彼らにピンポン玉の刑とかに処されたらどうしよう。

 

「あ、あの、実はですね、その……それ、私なりのサボタージュというか、福利厚生改善のためのストライキ的な意志表示でして……」

 

 震える声でどうにか穏便な言い換えを探りながら自首しようとした、その瞬間。

 

「卓球の何がそんなにオマエらを惹きつけてるんだよ……」

 

 返り血まみれの甚爾くんが無音で現れた。

 彼はまるでハエでも追い払うような手つきで、泣き叫ぶ男たちの首筋に手刀を叩き込んでいく。視線で追うことすらできない、暴力の神域。

 一瞬で静まり返った卓球場(跡地)に、隊員たちの「ぐぇっ」という断末魔だけが虚しく響く。甚爾くんは落ちていたラケットを無造作に踏み潰すと、俺の襟首を子猫のように掴んで持ち上げた。

 

「すみません、とんでもない濡れ衣を……」

 

 消え入りそうな声になりながら謝ると、甚爾くんは欠伸をしながら肩をすくめた。

 

「冤罪? ……別にどうでもいい。俺は昔から仲間外れにされてて、卓球のルールすら知らねぇしな。ただのガラクタだろ、あんなもん」

 

 ──え、切なっ。

 躯倶留隊の人たち、こんなに善良なのに甚爾くんをハブってたの?

 甚爾くんはいじめられて「仲間に入れてほしければ呪力を持ってこい」とか言われてラケットも持たせてもらえなかったの?

 俺は思わず、襟首を掴まれたまま訴えてしまった。

 

「…… 誘ってくださったら、師弟のよしみで私が魔球の打ち方とかを伝授しましたのに……」

 

 甚爾くんはこの世の終わりでも見るような目で、俺を凝視した。

 

「……オマエ、マジで何言ってんの?」

「卓球は、孤独を癒やす心のオアシスらしいですわよ……」

「捨て置けよ、そんなオアシス」

 

 本気で言ってるんだけどな。

 暗闇の中、甚爾くんの背中越しに見える壊れた卓球台がなんだか彼の不遇な子供時代みたいに見えてきて、俺は少しだけ泣いた。

 ハンカチがないので甚爾くんの着物の袖で涙を拭いていると(汚れが増えただけだった)、甚爾くんは静かに言った。

 

「オマエとは、最後に会っておこうかと思ってな」

「……最後、なんですのね」

「ああ。予定より早まったが、今夜この家を出る」

 

 もうわかっていた。

 精鋭を傷つけ、当主の弟を池に放り込んだ後のこの人に、この家の風土が改革されるまでずっと一緒にいてくださいとは、言えっこない。

 

「お前の父親は無事だ。あいつに恨みはないし」

「……そうですか。それは本当に良かったですわ」

「だが、何人か死んだかもしれねぇな。初めて本気で人間を殴ったから」

 

 甚爾くんの声は平坦だった。事実を述べている。それだけだ。

 

「……」

「……俺を咎めるか? お嬢様」

 

 あのカスはどうでもいいとして、他の人も死ぬか、重傷を負ったかもしれない。それでも──甚爾くんを責められなかった。お千代さんが殺されたことで俺は包丁を握って、投げ捨てて、結局家の破壊に勤しんだだけで終わった。甚爾くんは俺より強いから、ずっとシンプルだった。俺の代わりに敵討ちをしてくれたようなものなのだから、俺はこの人を糾弾できる立場にない。

 

「甚爾様。……当面の生活費が心配でしょう」

「は?」

「そうだ。忌庫に行きましょう。あそこにある呪具、適当に見繕って持って行けばいいですわよ。卓球場の濡れ衣のお詫びですわ」

 

 甚爾くんは少しだけ意外そうに眉を上げた。

 

「……いい子ちゃんのお嬢様が盗みの手伝いか?」

「いい子ちゃん、ですか。……そういうのはもうやめようと思って」

 

 家中で何故か迫害されている、ちょっと不思議で滅茶苦茶強いお兄さん。俺と直哉はこの人に構ってもらって嬉しかったけれど、結局俺たちは特に何もしてあげられなかった気がする。なら、最後くらいド派手に泥棒の片棒を担いでも罰は当たらないだろう。

 これまでは周りの顔色を伺ってどうにか円満に解決しようと足掻いてきた。一定の成果は出せたと思う。けれども結局それは、最悪のシステムの前でも最強の個人の前でも、丸切り無力だった。

 

「滅茶苦茶怒られそうですが、もういいんです。私、もっと強くなります。新しい家を見つけたら、住所を教えてくださいね。いつか遊びに行くから」

「なんでだよ」

「お師匠様ですもの」

「……師匠はもう引退だ。柄じゃねぇ」

「なら──『お友達』ってことで」

 

 甚爾くんは答えなかった。

 答えないのがこの人の返事だ。拒絶するなら「ふざけるな」と言うはず。何も言わないのは、否定しきれないということ。お千代さんのポジティブさを受け継いで、そう思うことにした。

 

「だからわざわざお別れを言いに来てくださったんでしょう? 忌庫へは一緒にいきましょう。あとは直哉に……」

 

 そう言いながらも、体に力が入らなくて滅茶苦茶眠い。呪力を使い果たした体が限界を告げている。意識が遠のく。欠伸をしながら俺は目を閉じて──

 

 

 

 

「いや。直哉のことは一旦放っておきましょう。目ぼしい呪具をサクッとパチって来ましょうか。甚爾くん」

 

 

 

 

 ──私が目を開けた。

 

 未だびしょびしょの服が気持ち悪い。けれども気持ちの方は悪くなかった。甚爾くんの大活躍のせいでいまいち締まりのない結末にはなってしまったが、私の提示したいかにも「乗るなマコくん! 戻れ!」という感じの選択肢に乗らなかった彼に、私は正直少し惚れ直している。

 

 ただ──なんで録音機器を用意して行かなかったんですの私は。私のバカ。バカ私。

 あんなにも()()()()みたいな出来事がいっぱい起きていたのに!

 

 しかしそんなことを言っても今更なので、しばらくは呪力切れで引っ込んだマコくんの代わりを務めることに決めた。

 マコくんは十分頑張った。もう休んでもいいと思う。

 

 私を持ち上げていた甚爾くんは足を止め、何とも言えない顔をして地面に降ろしてくれた。

 

「……随分と急にシャキっとしやがったな。お嬢様」

「さあ、何のことかしら。それより甚爾くん、呪具はお好き?」

 

 歩き出しながら、何でもない世間話を切り出すことにした。これから私は盗みの片棒を担ぐ。──それは当然悪徳なのだけれども。本来なら許されないことなのだけれども。不思議と高揚している自分がいる。何故ならこの家では呪具使いは舐められる風潮がある。我が家らしい実力主義ならぬ術式至上主義を突き詰めれば、呪具頼りの戦いは軽蔑されて当然。呪具使いでも当主になれるのなら、それこそ甚爾くんにでも次期当主をやってもらった方がいい。それに、お母様も呪具頼りの男は短小粗チン野郎だと言っていた。呪具は弱者の武器なのだ。けれども同時に、我が家ほど呪具を溜め込んでいる家も中々ない。これはちょっとした矛盾だ。甚爾くんは呪具に頼らないと呪霊を祓えないことを色々言われて、この家の風習をどう思っていたのだろうか。

 ──甚爾くんの答えはシンプルだった。

 

「好きでも嫌いでもねぇ。必要だから使う、それだけだ」

「カッコいい答え。直哉は得物アンチ気味なんですけれども……今の聞かせたらきっと意見が変わりますわよ?」

 

 そう言ってはみたけれど、実際どうだろう。直哉は私よりも強くこの家に呪われている。逆に「甚爾くんほどの強者すら認められないこの家で、相伝の自分はせめて武器なしで頑張れないと当主になる資格はない」と思うかもしれない。あの子は私よりも愚かで、かわいい。

 

「ちなみに私は女の子らしく、呪具が大好きなんですの。……あなたほどではないけれど、私の呪力量はあまりに乏しい。術式があるからようやく『術師』を目指せるという惨状」

「だから呪具のコレクションでも始めたいってか。随分と必死なこった」

 

 甚爾くんは嘲笑する。いや、嘲笑ではないのかもしれない。この人には私でさえ恵まれているように見えて、苛立ちを堪えて笑っているのかもしれない。けれども私はその笑いを受け流した。

 

「いいえ。もっと根本的な、存在の在り方として、私は呪具に可能性を見出していますのよ。……実のところ、私が5歳の頃に最初に検討したのは呪物の取り込みでした。呪力量は天性のもので、増えないというのが定説ですが……」

 

 甚爾くんの笑いが止まった。

 

「呪物を取り込み過去の術者を自らの肉体に受肉させれば、器としての呪力量は底上げされ、理論上は複数の術式行使すら可能になる、だったか。だが、それだと昔のバケモノに脳みそを乗っ取られるだろ」

 

 私は私なりに考えている。甚爾くんが呪具を持ち、頭を使って戦っているのと同じように。たしかに私には猿と罵られる苦しみはわからないけれど、代わりに弱い女なのだから。

 

「そう。だからその案は捨てましたわ。代わりに6歳で始めたのが、『菜切り包丁』を応用しての『呪霊食』」

 

 忌庫の重厚な扉の前に辿り着く。

 私は掌印を結んだ。マコくんなら対象に触れるだけで術式を発動できるが、今の私はまだ、彼の力を引き出すために余分な手続きを必要とする。開示の真似事に加えなけなしの呪力を練り、指先を複雑に組んでようやく、扉の鍵を『調理』して切り裂くことができた。

 ──甚爾くんは掌印を結ぶ私をじっと見ていた。よく考えたら、甚爾くんに普通に扉を蹴破ってもらった方が早かったかもしれない。

 

「……甚爾くん、呪霊食のメカニズムが呪具化のそれと概ね同じだということは、ご理解いただけていますかしら?」

「……それは、『浴』による呪具化の話をしているのか?」

「うふふ、大正解」

 

 扉が音もなく開き、暗がりに鎮座する呪具たちの気配が溢れ出す。

 刀、弓、剣、槍──様々な武器が見える。

 

「昔のお殿様が、家宝が盗まれるのを恐れて、盗人が呪われるようにと器物を呪霊の蠱毒に漬け込んだ。それが『浴』の始まり。……強い呪力を持つ魂が物質を観測し続けることで、その物質はその呪力を映す鏡となるのです」

 

 術師が長く使った武器に術式が刻まれるというのは、結局その応用だと私は思っている。

 常識的に考えれば、人間の呪いより呪霊の命が懸かった呪いの方が強い。登録済みの特級呪霊の中にも呪具を使う者がいたはずだし、元々呪具は呪霊の発明だったりしないだろうか──なんていうのは、流石に与太話だけれども。

 

 甚爾くんは私の思考を理解したのだろう。

 彼の足が止まった。

 返り血を浴びた貌が、暗がりの中で月の光を反射する。

 

「つまり、呪霊食ってのは、ダウングレードされた『浴』か。極限まで弱体化・無毒化させられた呪霊の魂が捕食者の魂を内側から観測し続けることで、肉体がその呪力を映す器になっていく」

「その通りです。私は呪霊を使って、私自身の肉体を呪具のように変えられないかと考えておりますの」

 

 マコくんの調理した、2級クラスが上限の、おまけに毒抜きされた呪霊を呪術師が食べるのであれば、何の問題もない。多少呪力の雰囲気が変わるが、呪力は少しずつ増える。そして呪霊の影響はほぼ受けない。安全性は既に確認できている。

 結局、呪霊食というのは、一つの魂が極限まで弱められた魂のかけらに触れる繰り返し。魂と魂未満の存在の接触であれば、そう大きな問題にもならない。

 

 甚爾くんはぽつりと言った。

 

「……5歳の頃からそこまで考えてたのか」

「はい。話すのは初めてですが」

 

 ──女がこんな話をするのは賢しらで鼻につくと思われがちだ。こういう話に付き合ってくれる大人は、甚爾くんくらいだと思う。

 私達の境遇には、少しだけ似た部分があるから。

 甚爾くんはしばらく考えるようなそぶりを続けてから、鉾を片手にこちらを向いた。

 

「普通の呪術師の魂なら、お前の言う方針で全く問題ないだろうな。だが、2つの魂を持つ奴に呪霊食をさせるならどうだ? ……たとえば、受肉した呪物の『器』とか」

 

 私は興奮して息が止まりそうになった。

 こういう話に付き合ってくれるというだけでも好感度が高いのに、こんな素晴らしい質問を、こんなにも早く?

 直哉は甚爾くんの強さや格好良さに惹かれているようだけれども、この人の本当にすごい部分は頭の良さだと思う。恵まれなくて、常に思考を巡らせなければ生きて行けなかった人間にしかあり得ない賢さ。

 

「実はそれが私の最近一番興味があるテーマなんですのよ!!」

 

 思わず声が弾んでしまった。

 甚爾くんが「なんだコイツ」という顔をしてくるが、全然気にならない。

 

 一つの肉体に二つの魂が対等に共存するのは本来不可能だ。

 甚爾くんの出した例──受肉した呪物の『器』が呪霊食という弱体化された『浴』を経れば、呪霊達の魂は宿主ではなく呪物の人格を優先的に観測し、その人格の確立を手助けすると思う。

 私の場合は──その逆。私の体が呪霊を食らう際、その死にゆく魂は、メイン人格のマコくんではなく、より根源的な魂を優先的に観測する。その『浴』に似た現象によって再誕したのが私だった。

 

「私の考えでは、『浴』の無毒版である呪霊食は、主人格を不安定にするリスクがありますわ。呪霊食という弱い『観測』によって辛うじて顕在化する人格Aと、より強い力を持っている主導人格B。AとBの入れ替わりが不安定かつ頻繁に起きたり、人格が混ざってしまうことも……あり得るんじゃないかしら? もちろん思考実験として……思考実験としての話ですわよ!」

 

 私自身の正体に肉薄されるリスクも忘れ、嬉しさのあまりについついべらべら喋ってしまう。お父様にこういう話をすると「菜緒葉が男だったら良かったのに」というので、少し悲しかった。でも、この人は違う。マコくんがこの人と友達になってくれていて本当に良かった。マコくんはやっぱり、私よりも断然上手くやってくれる。

 

「……甚爾くんなら、AとBの人格を混ぜないためにどうします?」

 

 ──禪院菜緒葉という肉体の在るべき理想は、私がマコくんの頑張りを特等席で見守って、今日のように呪力切れになったら魂の核を入れ替えてダメージを逃がす運用だ。しかし現状では私の魂があまりに弱い。呪霊食をしていない日が続くと、マコくんの中に私が溶け込んでしまう。

 マコくんは私のことをただ好き勝手なタイミングで出てくるだけのワガママな女だと思っているようだけれども、結構色々と事情があるのだ。

 今はどうにかなっているが、初潮が来たらどうなるかわからない。マコくんに私の人格を混ぜると、私の悪意がマコくんの倫理を蝕む。禪院家崩壊の未来への『適応』が失敗する可能性もある。

 

 だから相談してみた。

 甚爾くんは振り返らなかった。

 振り返らないまま、一瞬で私の求める答えをくれる。

 

「知性のある術式持ちの呪霊をボコボコにして、絶対服従するよう叩き直してから料理する。そうすりゃ、そいつの目が人格Cになって、主人格を四六時中固定し続けてくれるだろ。……まあ、呪力のねぇ俺には実感のわかねぇ話だが」

 

 素直に面白い回答だと思った。

 

「甚爾くん天才!!!!!」

 

 思わず叫んで、パチパチと拍手までしてしまった。

 

 そう。主観(マコくん)と客観(私)がぐちゃぐちゃになるなら、それを外側から串刺しにする「絶対的な観測者」を用意すればいい。

 

「あーあ、面白い。やっぱり甚爾くんは最高ですわ。ねえ、今のイカレた回答、お父様に聞かせてあげたい! あの人、術式持ちの呪霊を調理したらまずは動物実験しろとか、ショボい術師に食べさせるとか、そういう生ぬるいことばっかりおっしゃってるんだもの……」

 

 甚爾くんは、私の燥ぎっぷりを「頭の沸いたガキが何か言ってる」とでも言いたげな、薄ら寒い目で見下ろしていた。

 でも、そんな冷たい視線すら今の私にはご褒美だ。

 

 私は上機嫌のまま、忌庫のさらに奥――厳重に封印された箱を術式でこじ開け、中から無骨な鎖を引きずり出した。

 

「お礼に、とっておきをあげますわ。……はい、これ。カッコいいでしょう?」

 

 ジャラリ、と重厚な音が響いた。私は甚爾くんの手に『万里ノ鎖』を握らせる。彼はその特性を理解しているのか、わずかに口角を上げた。その野性味溢れる横顔に、私はさらに調子に乗る。

 

「ついでなので将来の話をしましょう、甚爾くん。将来生まれるあなたの子供の話」

「あ?」

 

 甚爾くんの眉間の皺が深くなる。

 

「こんなことまであったのに、俺と生涯を共にしたがる相手がいるとでも?」

 

 ……えっ。

 あまりの純情すぎる物言いに、一瞬、思考がフリーズした。

 彼はこの家を壊せるほど強いのに、まだこの家に呪われている。

 自分は弱く劣っていて、愛される価値がない存在だと思っているのだ。

 お千代さんに限らずこの人を幸せにしたい女の人も、それ以上を望む女の人もいくらでもいたのに!

 

「……ぷっ、あはははは! うわ、うわー! 純情! 甚爾くん、そんなこと言っちゃうんですの!? 甘い言葉のひとつでも囁いて、やることやりゃ子供なんてできますわよ、大人の男の人の癖にそんなことも知らないんですか? 案外かわい……」

 

 瞬間、肌を焼くような殺気が忌庫に満ちた。

 

「……っ、ひっ」

 

 冗談が過ぎた。完全に腰が抜けた。

 甚爾くんの瞳が深淵のような暗さで私を射抜いている。それは子供に向けられる眼差しではない。獲物を屠る直前の、剥き出しの「個」の重圧だ。

 

「……じゃ、じゃなくて! 甚爾くんは格好いいから、きっと素敵な人と巡り会えますわ! 私が保証しますわ!」

「……」

 

 必死のフォローにもかかわらず甚爾くんは不機嫌そうなままだ。

 しかし、ここでこの言葉を言わないという選択肢はない。

 

 私とマコくんの間には一つだけ、利害の一致しない点がある。多分、マコくんの方が正しい。だけれども譲れない一点が。

 甚爾くんは今、この家を力で蹂躙し、全てを捨てて出ていこうとしている。けれどその実、自分の価値を「呪力のない猿」と定義したこの家の物差しを、何一つ壊せてなどいないのだ。そんな彼にもしも子供ができて、たとえばその子供が直哉よりもよっぽど優秀だったとき、この家はどうなるだろうか。

 マコくんならこんなことはしない。

 けれども私は、常に最悪の事態を想定する。

 だからこの、最悪に性格の悪い取引を持ちかける。

 

 

「だから甚爾くん……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

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