音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?!   作:ポ予

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VS扇そのいち〜レスバだけ勝てばいいってモンじゃない〜

 禪院扇は我が子の誕生に期待をかけていた。

 

 兄の直毘人に遅れを取っているとはただの一度も感じたことはない。才も研鑽も家系への忠誠も、己こそが次期当主に相応しいと信じて疑わなかった。それにもかかわらず理不尽な天運は兄にのみ微笑んだのである。

 兄が子供の質に恵まれていないという事実だけが扇の自尊心をかろうじて満足させていた。兄の一から七番目の息子達は皆無能、末の子らに至っては呪術界において欠陥品とされる双子であった。これだけ作って、一体どうしてどれもこれも出来損ないなのやら。しかしそこに自分の活路があると扇は信じた。

 

 その盤面は兄の末子の直哉が相伝の術式『投射呪法』を発現させた瞬間から音を立てて崩れ始めた。直哉は幼さにもかかわらず扇を格下と見做す傲慢さを隠そうともせず、その視線は常に扇の頭上を飛び越え、さらにその先を捉え続けている。そして、片割れの菜緒葉は直哉以上に扇の神経を逆撫でした。一度は「出涸らし」と切り捨てられたはずの娘はようやく女中代わりに使える程度の価値を見出されたかと思えば、今や得体の知れぬ変貌を遂げていた。

 今の菜緒葉は扱いづらいことこの上ない。直哉のような子供らしい短慮があれば、まだ叱り飛ばし、抑えつける余地もある。しかし菜緒葉には隙がない。文句をつけようと手ぐすね引いて待ち構えていても、菜緒葉は常に最適解を差し出し、扇の憤怒を宙に浮かせてしまう。その完璧さが逆に不快であった。

 そしてさらに許しがたいのは、菜緒葉があの「猿」──甚爾との接触を公然と続けていることだ。

 忌まわしき一族の汚点と密通する娘を断罪せんとするたびに、周囲は決まって彼女を擁護する。

 

「菜緒葉がいなければ甚爾の矛先がいつまたこちらを向くか分からん。一族の安泰のための防波堤だ」

「直哉があれほど甚爾を信奉している以上、弟に従うのが禪院の女として当然の勤めなのだから仕方ありませんよ」

「菜緒葉は甚爾に友人の仇を取ってもらったようなものです。菜緒葉の業績は大きいんだから、この程度の欠点は見逃してやるべきでは?」

「そもそも扇、オマエ菜緒葉がいなければ甚爾に池に落とされてそのまま溺れ死んでたかもしれないだろう?」

 

 身内は口々に菜緒葉を称え、扇の正論を度量の狭い僻みとして封殺する。誰もが菜緒葉の異質の能力が持つ輝きに目を焼かれ、彼女が孕む毒に気づこうともしない。

 だが扇は知っている。

 彼女は所詮欠けた双子に過ぎないのだ。

 一発逆転の芽はまだ残されている。

 今、妻の胎の中に宿る命が『十種影法術』をその身に宿して生まれ落ちさえすれば。兄の家系を、生意気な直哉を、そして得体の知れぬ菜緒葉をすべて力でねじ伏せ、この屈辱の歴史を塗り替えることができる。

 そう、確信していた。

 

 しかし──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真希ちゃんと真依ちゃんが生まれたのは、肺の奥まで凍りつくような冷たい雪の降る日だった。元々音MAD知識でわかってたことだけれども、真希ちゃんは甚爾くんの再来であるフィジカルギフテッド。真依ちゃんの方も微妙だ。ちまちま呪霊食を続けてきた今の俺と同程度の呪力量──つまり中の下レベル。それでも術式によってはいい線行く可能性は十分あるが、俺は原作における彼女が直哉が「論外」と評する程度の術師にしか成長しないことを知っている。それについては、直哉が甚壱くんの顔をディスる一連の語録で言及されていた。

 

 俺は出産を終えたばかりのおばさまのことが心配でたまらなかった。本来なら出産後早々に押しかけるのはご迷惑かもしれないが、ここは禪院家だ。

 甚爾くんの件でみんなが警戒を強めた後での真希ちゃんの誕生。それがどれだけ危ういことかくらいはわかる。心ないことを言う人や、最悪真希ちゃんに危害が加えられる可能性もある。立場の安定してきた俺が近くにいることで、おばさま達をそういった災厄から守らなくてはならない。

 廊下を歩く足音がいつになく焦燥に乱れる。おばさまの部屋に近づくにつれ、襖越しに漏れ聞こえてきたのは、赤ん坊の泣き声ではなく、低くねじ切れたような男の怒号だった。

 

「怠けてばかりいるからだ。慣れぬ計算だの、厨房の改修だの……。女の分際で楽を覚え、知恵をつけた。その報いがこれだ。貴様の腐った胎がこの家の未来を汚したのだぞ!」

 

 扇のおじさまの声だった。

 

 俺は迷わず襖を滑らせて踏み込んだ。

 部屋の中には目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

 

 おばさまは二人の赤ん坊を庇うようにして抱いている。しかしそれを見下ろすように立っている扇のおじさまの顔には、父親としての慈しみなど微塵もない。あるのは期待していた宝くじをはずしたような浅ましい絶望と逆恨みだけだ。

 女中仲間のゆかりさんはおばさまの布団の横に正座して、怯えた顔で俯いている。目の前でどれだけ理不尽な光景が繰り広げられていても、この人が当主の弟に口出しできるはずがない。だから黙って空気のように存在感を消すしかない。

 

 この光景を見た瞬間に頭の中で何かが切れそうになった。

 ──どうせこういうことになるだろうとは思っていたが、この家は本当にクソだ。扇のおじさまが悩むこと自体は理解できる。だが、その分の情状酌量を考慮してもこれはあり得なかった。

 ひとつ深呼吸をして、口を開く。

 

「…………扇のおじさま、苛立っているのはとてもよくわかりますが、そういう言い方はないでしょう。厨房の改修によって捻出された時間でこの家の事務効率がどれほど上がったかを、おじさまがご存知ないはずありませんものね。知らなかったら、この家の采配に関わる者として失格だもの」

 

 まずは扇のおじさまに共感を示し、なるべく穏やかに、スマートにおばさまを庇うつもりだった。無理だった。完全に皮肉になってしまった。命懸けで子供を産んだばかりの妻に全責任をなすり付けるこの態度は、どう考えても論外だ。

 

「で、おばさま。とりあえず2人とも病気もなく元気に生まれてきてよかったですわ。とってもかわいい子達……」

 

 おばさまの方へ向き直る。こんな人は無視して明るくおばさまをフォローしようと思ったからだ。けれども扇のおじさまは完全にキレていた。

 

「出ていけ、部外者の小娘が」

 

 思いっきり罵られた。

 

「部外者ではなく、真希ちゃんと真依ちゃんのいとこなんですけれども……」

 

 睨んでやろうかと思った。

 いちいちムカつく男だ。ただし向こうも俺に心底ムカついているようなのでお互い様ではある。ここまで嫌われるようなことをしたつもりはないんだが、音MAD知識による無意識の偏見が滲み出ていたのだろうか。

 これ以上の苛立ちをぶつけたらまた扇のおじさまの態度を硬化させてしまうかもしれない。

 

「……ごめんなさいね、おじさま。つい熱くなってしまってしまいましたわ。双子同士、思うところがあったので」

 

 一応謝る。

 そして宥めるための言葉を考えた。

 

「……でもねおじさま。男ならまだしも女の子で、不幸中の幸いですわ。女が前線に出なくても誰も文句は言いません。おじさまがどんと構えて今までにも増して功績を挙げていけば、表にあまり出ない娘が双子だったという程度のこと、いずれは恥でも何でもなくなりますわよ」

 

 実力主義とうっすらとした性差別が入り混じったロジック。禪院家の男には結局こういうのが一番ウケる。いつもそうだった。

 躯倶留隊や灯の中でも負けん気が強いタイプの人や、あとは直哉や甚壱くんなんかもこれで一発だ。

 お父様も、かつては末子が双子な上に片方が出涸らし気味なせいでヒソヒソ言われていた。というか、このおじさまもその1人だった記憶がある。しかし所詮は少し陰口を言われる程度で、お父様が当主を辞めさせられるということはなかった。自分こそが一族を率いるに相応しいという実力を常に示していたからだ。

 だから扇のおじさまもこの辺りで心を入れ替えて、妻子のために一生懸命頑張る姿をみんなに見せればいい。そうすれば周りも却って見直すはずだ。娘達への評価はともかく、当人への好感度は以前よりも上がる可能性すらある。「甲斐性」というのは、男女問わずいつの時代も周囲から評価される項目なのだから。

 

 扇のおじさまは一瞬黙った。

 俺はその沈黙を好意的に受け取りかけた。

 けれども。

 

「……小娘が。お前に何がわかる」

 

 次の瞬間から扇のおじさまの目が完全に据わり始めた。

 

「お前にとって双子に生まれたことなど、所詮は笑い話で済んだだろう」

 

 よくわからないが、俺の励ましは却って地雷を踏む結果に終わったらしい。

 はぁ?

 

「笑い話ですって? 私の母が産んだのが直哉だけだったら、あの人ももっと大事にされて、もう少し長生きできていたかもしれないのに。それでも私はやれるだけのことをやって、ようやくここまで認められた。おじさまだってそれはご存知でしょう?」

「たかが母親が死んでいる程度で甘ったれるな」

 

 扇のおじさまの声には深い侮蔑が滲んでいた。人の母親が死んだ話に対して、この男はなんてことをいうんだ。

 しかし俺が一番引っかかったのは「双子でも頑張ったら何とかなりましたよ」という話を、この人が否定したがっていることだ。

 普通なら逆ではないのか。

 もしかして、結局は単に自己憐憫に浸りたいだけなのか?

 俺と違って、華々しい手柄を立てるための任務をいくらでもこなせる立場のくせに。

 一度は抑えようとした怒りが再燃する。

 声を荒げたくなる。だが、ギリギリで堪える。そんなことをしようものなら女は感情的だと結論づけられて、話の内容なんて一切聞いてもらえなくなるからだ。

 

「甘ったれてなどいません。私の父は、私達が双子に生まれたことについて一度も庇ってはくれませんでした。……今は仕方ないと思っていますが、昔は恨みました」

「……」

 

 扇のおじさまの眉がわずかに動いた。俺がお父様を批判するのは珍しいと思ったのだろう。

 

「でも、そんなお父様ですら、母や私達を責めたりはしませんでした。それに対しておじさまの体たらくはいったい何なんですの?」

 

 あくまで冷静に言った。

 するとますますおじさまの表情が歪んだが、もう構わない。

 全部言っちゃえ。そう思った。

 

「おじさまは特別1級で、この家でも有数の実力者。それはご立派なことですわよ。ですが自分の子供の出来が気に入らないからといって妻を責め立てるのは、真に優れた殿方のすることではありませんわよね?」

 

 これ、何年か前に言ってたら確実に首が飛んでたやつだ。だけど今は立場があって、以前ほど卑屈に身を縮めなくてもどうにかなる。

 それに、他にこれを言える奴がいないなら、多少ヤバくても言うしかないよな?

 

 勿論、おじさまは激怒する。

 

「子供が生意気を言うな。口を慎め! 直哉といい、直毘人からどういう教育を受けたらそんな風になる?」

 

 怒鳴りつけられた。

 

「いい教育を受けたと思っていますわ。少なくとも、目の前で産後の女性が理不尽に罵倒されているのを黙って見過ごせとはお父様から教わっていません」

 

 あの人だって真っ当な親とは言いがたいが、お前よりゃ一億倍マシだ。

 それをお嬢様口調で言い換えてやる

 するとおじさまの指先が、屈辱で目に見えて震え始めた。

 

「貴様のような女、私がいつか当主になったら……」

 

 おじさまはとうとうよくわからないことまで言い出した。

 

「次の当主は直哉でしょう」

「だが、私の次の子が十種影法術の男の子だったら……」

「その時はその子が当主になるだけですわよね?」

 

 もう嫌だ。何言ってるんだコイツは。

 世の中には相互理解が不可能な相手もいるのだということが心底よくわかった。

 

 完全に頭に来た。

 扇のおじさまも同時に限界を迎えたらしい。

 

 金属が擦れる音がした。俺は反射的に指先に呪力を集中させ、抜かれる寸前の刀身に向けて斬撃を飛ばす。刃の付け根に切断線が走り、鋼がキィンと甲高い悲鳴を上げて──

 

「もうやめなさい、菜緒葉」

 

 おばさまの声が響いた。

 静かな声。

 けれどもその声は初めて震えて聞こえた。

 双子のどちらか片方がぐずり始める音がした。

 

 俺は扇のおじさまの剣閃を辛うじて避けている。扇のおじさまの折れた刀、そこからゆらめく蒼炎の間合いを事前に予測したのだ。

 俺は扇のおじさまの術式を聞かされていない。だが、折れた刀から炎みたいなのが生えて伸びるという原作知識が──原作知識が、実質的に初めて役に立っている。

 俺はまだやれる。そう言おうとした。

 

 しかし、そう言おうとして振り返った先。おばさまは、双子を抱いたまま、まるで死人のような目で俺を見ていた。

 その目は、助けを求めてなどいなかった。

 ゆかりさんが小さく嗚咽を漏らした。その震えはおじさまにではなく、俺の方にも向いていた。この部屋に新しい暴力を持ち込んだのは、俺だ。

 

 ──あぁ、そうか。

 

 ここで俺が扇のおじさまとやり合ってスッキリしたとして、この後この男と夫婦として暮らしていくのはおばさまだ。俺はこの先、24時間おばさまを助けられる訳ではない。

 おれがおじさまに一矢報いて気持ち良くなって、その後におじさまの鬱憤がより弱い相手に向かないと言い切れるだろうか。

 それに気がついた瞬間、指先から呪力が抜けていく。

 

「……申し訳、ございませんでした」

 

 俺はその場に膝をついた。迷いはなかった。滑り込ませた両手の間に、深く、重く、額を畳に叩きつける。

 

「……扇おじさま。私が全部間違っていましたわ。若気に任せ、あまりに増長しておりました。おじさまの仰る通り、私はただの無知な小娘。一族の未来を憂えるおじさまの深いお考えも知らず、生意気な口を……。どうか、どうかお許しくださいまし」

 

 一語一語が自分の歯を一本ずつ引き抜いているような苦痛だった。前世の仕事中の記憶を含めても、これほど腹の底が煮えくり返る演技は初めてだ。だが今の俺にできるのは、この男の肥大化した自尊心をこれ以上ないほど丁寧に慰撫してやることだけだ。正しさは、この局面では何の武器にもならない。

 

「フン……ようやく自分の立場を理解したか」

 

 扇のおじさまは俺を見下ろした。その目に浮かんでいたのは勝利の愉悦だった。幼い姪が額を畳に擦りつけている光景を、この男は純粋に楽しんでいた。

 おじさまは踵を返し、俺の脇を通り過ぎた。通り過ぎる時、足袋を履いた足先が俺の指にわずかに触れた。踏んだのか、かすっただけなのか、わからない。それが故意かどうかを確かめるために顔を上げることはしなかった。

 

 襖が閉まる。足音が廊下の奥に消える。

 沈黙の中で、双子のどちらかが小さくぐずった。

 俺はゆっくりと上体を起こした。膝が畳に食い込んでいて、感覚が少し遅れて戻ってくる。

 

「ごめんなさい、おばさま。……余計なことを」

 

 声が掠れた。

 おばさまは双子の顔を覗き込んでいた。その横顔はいつも通り、感情を一切寄せつけない能面のようだった。

 ゆかりさんがおばさまの頰に慰めるように触れ、双子の片方を抱き上げ、水差しを注ぐ。なんだかとても疲れた顔をして見えた。

 

「いいのよ。……せめて、真希と真依にもあなたのような子に育って欲しいものだわ」

 

 おばさまはどこか哀しげに言った。

 その裏にある気持ちはよくわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で。とりあえず怪我はなくて安心したぞ、菜緒葉」

 

 テレビの前で隣でワンカップを煽りながらお父様が言う。新しいテレビ──俺が数年前にぶん投げて壊した先代の後継機で再生されているのは、萌え系スペオペギャグだ。令和の洗練されたキャラデザを見慣れた俺からすると、瞳がでかすぎるし、髪のハイライトの入れ方が独特だし、なんか全体的に質感が古臭い。でも不思議なもので、平成の流行デザインもこれだけ浸かっていると愛着が湧いてくる。かわいい気がしてきた。というか、かわいい。この子はかわいい。

 

「今大事なシーンだから後にしてくださいまし」

「いいだろ、このアニメどうせ脚本がガバガバじゃないか。1話見逃しても問題ないない」

「お父様はやっぱり私にとって不倶戴天の敵ですわ。作画とシナリオの整合性でしかアニメを評価せず、美少女の尊さを理解しない硬派気取りの男に未来はありません」

「いや、今は真面目な話をしてるんだ。こっちを見ろ」

 

 お父様の声のトーンが変わった。

 誤魔化し通せるわけがない。折れた刀の報告も俺の土下座の件も、当主の耳にはゆかりさん経由ですべて入っているはずだ。

 

「……扇のおじさまの話ですか。別に大したことではありませんよ」

「いや、扇には先に話をした。厳重注意だ。産後の妻がいる部屋で子供相手に抜刀するなど、論外だとな。しかしそれだけだとお前を逆恨みしそうだからフォローもしておいた。……だが奴、余計に顔を真っ赤にしてプルプル震えおって。何が癪に障ったのか」

 

 お父様は面倒そうに頭を掻いた。

 

「親切心で言ってやったのだぞ? 『落ち込むのは分かるが、生まれたのが息子じゃなくて不幸中の幸いだったな』となぁ。十種辺りを期待して、呪力無しの男児が生まれた日にゃ目も当てられん。禪院の男がお茶汲み係なんてそれこそ一族の恥辱だが、女なら家庭に収まれば誰も文句は言わん」

「……私もまさにそんな感じのことを言って激怒されたんですけれども……」

 

 納得いかない。しかし、あの男も注意されたのだと思えば少しだけ溜飲も下がった。

 お父様は酒を啜りながら、声のトーンを少し落とした。

 

「菜緒葉。弱い男を追い詰めるなよ」

「弱い? おじさまは特別1級ですわよ」

「術師として強いのと人間として強いのは違う。扇は子供の目に見えている状況以上に肩身が狭い。俺が当主をやっている限りな。そこに直哉が相伝を引いて、お前が頭角を現して、甚爾が大暴れして出て行った時にトラウマを植えつけられて……。扇にしてみれば、自分の居場所がどんどん削られていくような感覚だろうさ。そこへ十種も出なかった。あいつは今、相当追い詰められている」

 

 うん。まあ、その辺りは俺だって全く理解できない訳じゃないけれど。

 

「追い詰められていたら妻を罵っても許されると?」

「そうは言ってない」

「じゃあ何なんですのよ」

「下手に刺激すると却ってこじれる。直哉みたいにヤンチャなのより、ああいう男の方が根に持って怖いのは知っているだろう。当面は、お前はこの件に関わるな。奥方の体が回復して仕事に復帰したら、普通に気にかけてやる程度にしておけ。扇と喋るのも奥方の所へ遊びに行くのも禁止な」

「お父様はおじさまに甘すぎますわ。あなたにとっては可愛い弟かもしれませんが、私にとってはもはやただのカスです。あんな男をお姫様みたいに甘やかしてどうなりますの? 肩身が狭いっていうなら、その分本人が頑張ればいいだけじゃありませんか! 修行を頑張ったり甚壱くんみたいに部下に優しくしたり、方法はいくらでもあるでしょう? 私はそうしました」

「……それはお前が強いから言えるんだ、菜緒葉」

 

 お父様は何故だか憂いを帯びた調子で言った。

 弟への情なのか単に面倒くさいのか、はたまた何がしかの深謀遠慮があるのか。

 いずれにせよ、それで俺が引き下がると思ってるのか?

 

「強いと思うなら、もっと戦わせてくださいな! 女だからって温い任務ばかりで甘やかされて、心底迷惑なんですけれど! 早く昇級させてくださいまし!」

 

 少しだけ熱くなった俺を、お父様は再びワンカップを口に運びながら、ひらひらと手を振ってあしらった。

 

「お前が死んだら呪霊食の供給が止まるだろうが。ついでにオタク仲間もいなくなるしな。直哉はオタクをバカにしているから、一緒にアニメ観てもあまり楽しくないんだよ」

「この、クソ親父……!!」

 

 悔しさに歯噛みしつつも俺は再び画面に向き直り、宇宙戦艦の美少女たちが繰り広げるドタバタ劇に無理やり意識を集中させた。

 

 結局最後はいつもこうやって煙に巻かれるのだ、俺は。

 

 




そのに(完勝編)はまたいずれ…
でも、いくら禪院が男尊女卑傾向の強い家だとはいえ、第三者の目があるところで妻を罵り姪っ子を土下座させた扇の行動はのちのち響いてくると思います。

扇という男が禪院家での人望のなさゆえに性格が悪くなったのか性格悪いせいで人望がなくなったのかをここ最近ずっと考えており、悩み中です。両方の要素がありそうな気もしますが、どっちなんでしょうね…
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